第17話
「……学院が監視してる竜種は見た限りかなり大人しい個体。万が一暴れだしたとしても、宥めるのは難しくない」
それが地上に出没した混血の竜種を現地で確認してきたアリーゼの評価。
その発言をどこまで信じていいかは分からないが、どちらにせよ竜種相手にウルたちができることなどない。アリーゼが問題なしと判断したならそれ以上自分たちが言うことはないと割り切る。
問題は新たに判明した小さな、しかし無視できない問題。
「迷宮産の魔物の出没に関しては相当数の目撃情報が確認されていますわ。流石に討伐不能種クラスは例の混血竜一体だけですが、グリフィンからサンドウォーム、それに私たちが遭遇したミノタウロスまで、この地域に生息している筈のない強力な魔物が次々目撃されていますの」
ミノタウロスの襲撃を逃れた後、改めて情報収集を行ってきたブランシュの報告。
お疲れの二人に昼食のウサギの串焼きを手渡しながらリンはブランシュに気になったことを確認する。
「学院の動きはどうなんですか? 状況やタイミング的に迷宮の崩壊と無関係とは考えにくいですし、一旦計画を中止することも視野に入りそうなものですけど……目撃された魔物への対処は進んでいるんでしょうか?」
「……今のところサッパリですわ」
リンの質問にブランシュは鼻の辺りに皺を寄せ、苦い表情を浮かべて答えた。
「サッパリって……魔物の対処は騎士団とかに任せているということですか?」
「そちらもサッパリなのですわ」
「???」
ブランシュが何を言っているのか理解できず、リンは目を瞬かせた。
『……要するに、学院も帝国も出没した魔物に関しては放置してるってことでしょ』
「その通りですわ」
「はぁっ!?」
ウルとブランシュの言葉にリンの顔が驚愕に歪む。
「ミノタウロス級の魔物が出没してるんですよ!? 討伐には正騎士団でも最低一個小隊は必要。自警団やここらで小銭稼ぎしてる冒険者じゃ話になりません! 放置していいレベルの危機じゃないでしょう!」
思わずドンと地面を叩いたリンに、ウルたちは困ったように顔を見合わせた。
「……私たちに文句を言われても」
「あっ。す、すいません……!」
リンが一先ず落ち着きを取り戻し、アリーゼもブランシュもそれ以上説明する気がなさそうなので仕方なくウルが口を開く。
『……これは推測が混じるけど、学院は今回の魔物の出没は自分たちの責任じゃないって突っぱねてるのかもな』
「は? いやいや、竜種の出没まで確認されてるのに自分たちとは無関係ですなんて通じないでしょう」
『だけどその竜種の出没も、アリーゼさんたちのせいだって噂が流れてるだろ?』
ウルがチラリと視線をやるとアリーゼとブランシュは困ったねとでも言いたげに肩を竦める。
「そこでシレッと自分は私たちとは別だとアピールしているあたりが憎らしいですわね」
「……だね」
『──自分たちは被害者だ。魔物の対処まで行う義理は無い、っていうのが俺が予想する学院の主張。単純に計画を続けながら魔物の対処まで手が回らないっていうのもあるだろうし、ここで魔物の対処を自発的に行えば学院に非があるからそうしたんだろうと帝国側に追及する材料を与えることになると考えたんじゃないかな』
ジト目で睨んでくるアリーゼたちから目を逸らしウルはリンに向けて推測を語る。しかしリンの反応は芳しくなく、全く腑に落ちていない様子だ。
「そんな屁理屈みたいな責任逃れのために? 国民に被害が出た方が責任問題になるんじゃありませんか?」
『そこは対外的なものというより学院と帝国上層部の間での話かな。そもそも今回の計画に関して学院と帝国上層部の間で密約があったのは間違いない。計画に伴うリスクを黙認してたのは帝国も同じだからね。原因を公にできない以上、国民の被害云々は彼らにとっては大した問題じゃないと思うよ』
「…………」
根が善良なリンには受け入れがたい発想だったらしく無言で顔を顰める。
『逆に帝国からすれば、責任の所在をはっきりさせる前に魔物の問題に対処してもメリットがない。魔物の対処には相応の被害を覚悟しなくちゃならないだろうし、何で何の見返りもなく学院の尻拭いをしてやらなきゃならないんだってとこじゃないかな』
「……でもでも! 帝国としても国民の被害は防ぎたいはずですよね? そのリスクを黙認して学院に責任を認めさせたとして、一体何のメリットがあるって言うんですか!?」
『さぁ? その辺りは当人たちに聞かにゃ分からんけど──』
ウルはそう言ってチラリとアリーゼとブランシュを見るが、二人は彼がどんな説明をするのか興味津々で見守っており、代わってくれる気配はない。
『──推測はできるよ』
「例えば?」
『一番ありそうなのは帝国側が学院の研究成果を自分たちのものにしたい、交渉で優位に立って利権を確保したい、とかかな。この間見物に行った中規模迷宮跡。あそこも態々ゴーレムなんぞ労働力に使わんでも、帝国に人手を借りればもっと作業が捗ったはずなんだ。それをしてないってことは学院は研究の本丸に帝国側を関わらせてないってことだろ。帝国側としては学院の研究が実った時、出来るだけ自分たちに利益を引っ張ってきたいだろうけど、今の状況じゃどこまでやれるか怪しい。だから帝国側にとってのベストは研究成果を盗むこと、それが無理でも学院に貸しを作って、できるだけ交渉を優位に進めることだ』
「……むう」
ここまで聞いてようやくリンも魔物の出没に対する学院や帝国の動きが鈍い事情を理解する。決してそれを納得したわけではないようだが。
ただしここまでは話の前提であり前段。問題はこの状況を受けて自分たち──正確にはアリーゼたちがどう動くかだ。
ウルはリンからアリーゼに向き直って話を続ける。
『それで、今後はどう動きます? 学院も帝国も魔物の出没で混乱していることは間違いない。その隙を突いて調査や潜入を進めるか、どうせ悪い噂が立ってるんです。混乱を助長する側に回ってもいい』
「ちょ──!?」
ウルの提案を横で聞いていたリンが非難するような声を上げるが、ウルは無視して真っ直ぐにアリーゼ見つめた。
「……ごめん。カエルに正面から見つめられるの、案外気持ち悪い」
『体液顔に擦り付けたろか!!?』
真面目な空気をアリーゼに破壊され、ウルは本気で怒り、籠の中でピョコピョコ跳びまわる。
アリーゼはそんなウルから目を逸らし、唇に人差し指を当ててしばし考え込むようなそぶりを見せた後、ポツリと。
「……うん。調査や潜入もいいけど、まずは出没した魔物の対処をこっちでやろうか。一般人に被害が出たら大変だから……ね」
『────』
そのあまりに真っ当すぎる決断に、ウルとリンはそれぞれ別の意味で目を丸くした。
今後の方針が決まり、具体的な動き方についての話し合いが終わった後。
ウルは一人で昼食の後片付けをしているリンに近づき、話しかけた。
『これは忠告だけど、どういう意図であれ今の段階で教団に情報を上げるのはやめとけよ』
「────へ?」
キョトンと、思ってもみなかったことを言われた風に振り返るリン。しかしその出来過ぎた反応に、逆にウルは彼女がそのことを検討していたと確信する。
そして彼女の反応を無視し、独り言のように一方的に続ける。
『今回の件は良くも悪くも話が大きすぎる。報告すれば教団は喜んでくれるだろうし、その結果国民が救われることもあるかもしれんが、帝国に配意して余計なことを知った人間が消されるリスクも相応にある』
「…………」
無反応。無言でウルの言葉を聞き流すリン。
ウルはリンダの体内で、自分の手をゆっくり動かしながら続けた。
『無理に止めるつもりはないけど、せめて伝える情報と相手は選ぶんだな』
「…………」
リンダはウルの意図を探るようにスッと目を細め、何も言わずその場を立ち去った。




