第14話
アリーゼたちには不審な点がある。
まずは正確な状況を見極めなければならない。
そんなウルの言葉にリンは腕組みし難しい顔で唸り声をあげた。
「言いたいことは分かるんですけど……その、騒動の規模やレベルが凄すぎて、見極めにしたってそう簡単な話じゃありませんよね」
『まぁ、言いたいことは分かるよ』
弱気な──しかし冷静な言葉を口にするリンに、ウルは理解を示しつつ、ふむと少し考えるそぶりを見せた。
そしてリンダを操って近くに落ちていた木の枝を拾い、地面に線を引きながら続ける。
『情報収集とか危険の伴う話は別にして、まず今分かってる情報の整理からやっていこうか。当初聞いてた説明から大分事情が複雑になってきてるしな』
「ふむふむ」
ウルは中心点から外に向けて三本の線を引き、地面を三分割する。
『まずはこの件に関与している勢力から。一つはアリーゼや犬ジイたち──言いづらいからチーム“無法者”とでも呼ぼうか』
「正当な呼称ですね」
枠の一つに“無法者”と書き込みながら続ける。
『二つ目は当然“無法者”と敵対してる“学院”勢力』
「……三つ目は?」
『学院と手を結んでいるらしい “帝国”勢力』
“学院”“帝国”と書き込んでいくウルに、リンは不思議そうに首を傾げる。
「わざわざ学院と帝国を分けて考える必要があるんですか?」
『両者は必ずしも一枚岩とは限らないからね。手を結んでる理由や条件次第じゃ、切り崩せる可能性もある』
学院と帝国勢力の間に“協力関係?”と書き込むウルに、リンはなるほどと頷いた。
『続いて各勢力の戦力──』
ウルは無法者の枠に、アリーゼ、ブランシュ、そして少し離して外側に犬ジイ、呪文遣い(未確認)と書く。
『アリーゼの本来の戦力を“一〇〇”とした場合、今の彼女は精々“五〇”』
アリーゼの名前の横に“一〇〇→五〇”と書き込み、続いてブランシュが“二”、犬ジイが“八〇”、呪文遣い“一〇〇”と次々適当に書き込んでいく。
『この辺りの数字は適当だし、別に真っ向勝負してるわけでもないから目安程度だな』
「……数字自体は異論ありませんけど、私たちはいいんですか?」
『戦力外だよ』
「…………」
本当は自分たちの立ち位置を定めたくなかったからだが、ウルは敢えてそう言ってごまかした。もし書くとするならカエルのウルは“〇”、リンは“二”と言ったところだろう。
続いて学院の枠の中にカノーネ“一〇〇”、直弟子“三〇”、ゴーレム(?)使い“四〇”、傭兵“三〇”と、アリーゼやブランシュから聞いた確定戦力を書き込んでいき、ふと思い出したように呟く。
『──と。忘れてた』
学院の枠を更に内と外とで二分割。内側がカノーネたち“伝承科”、外側に“その他の部門”と新たに枠を付け加えた。
「その他の部門……今のところは直接事態に関与せず、傍観してる感じでしょうか?」
『だな。これも状況次第じゃ態度を変える可能性がある。チーム無法者としては伝承科の足を引っ張ってくれることが理想だけど、最低限協力さえ阻止できればいいってスタンスだろうな』
両者の間に“傍観中”と書き込み、ざっくり勢力図を描き終える。
その図をマジマジと見つめ、リンは呆れたように溜め息を吐く。
「……改めて見ると意味わかんないチート勢力ですね、この“無法者”って。今は大分戦力が落ちたり分散したりしてますけど、それでも全部結集したら学院の一部門を圧倒してるじゃないですか」
『確かに。まぁ実際にはここに未だ全容の見えない帝国の戦力や、学院の他の部門への牽制とかも絡んでくるから、そう単純な話でもないだろうけどな』
リンはしばしその図をふんふんと頷きながら眺めていたが、コテンと首を横に倒して呻く。
「う~ん……勢力分析はこれでいいとして、結局ここから何が分かるんでしょう?」
『……少しは自分で考えろよ』
ウルは呆れたように苦笑し、しかしすぐリンダが持つ木の棒で学院──伝承科を指して続ける。
『まず今回の一件、学院に後ろ暗いところがあるのは間違いない』
「……何でそう言い切れるんですか?」
目を細めて疑問を口にしたリンに、ウルは木の棒を帝国側に向けて理由を補足した。
『本部が襲撃されたってのに帝国が俺らの捕縛に動いてる気配がない。包囲網は敷かれてるが、それはあくまで学院──伝承科が独自に敷いてる緩いもんだ』
「……確かに。私も普通に村で買い出しとかできてますしね。曲がりなりにも両者が協力関係にあるなら軍警が動かないのはおかしいですよね」
『考えられる理由は二つ。帝国に借りを作りたくない、あるいは深入りさせたくないか』
「ふんふん。少なくとも一枚岩でない、帝国に対して後ろ暗いところがあるというのは間違いなさそうですね」
リンはウルの推測に納得を示す。
そしてウルは今度、無法者の部分を棒でトントンと叩きながら続ける。
『そしてもう一点。アリーゼたちの動きも不自然だ』
「具体的には?」
『これだけの戦力が揃ってたなら、もっといくらでもやりようはあっただろう。様子を窺ってるのかどうか知らんが、後手後手に回り過ぎてる』
「……う~ん。そうは言っても学院相手に慎重になってたってことじゃ──」
リンはそう口にしかけて、しかしすぐさま微妙な表情でかぶりを横に振って否定した。
「──いえ。学院に正面からカチコミいれる人たちが、そんな真っ当な考え方をするはずがありませんね」
単純に学院の動きを妨害するだけなら奇襲の一つもかけていればそれで片が付いていた。学院側の正確な狙いを調べたいなら転移呪文で犬ジイをに援軍を頼んで調べさせてもいい。彼らが組めば学院側の要人の一人や二人攫う位簡単だったろう。
現状こそ戦力が減衰・分散して動きがとりづらくなっているが、元々アリーゼたちチーム無法者にはそれだけの戦力が揃っていた。
『まるで学院の成果を──』
ウルの言葉は聞かせることを躊躇うように掠れ、誰の耳にも届かなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ウルとリンが状況分析を行っているのと時を同じくして、一人の男がアリーゼたちの動きに同様の疑念を抱いていた。
男の名はアイゼン。学院所属の呪文遣いとしては珍しいドワーフの妖術師。まだドワーフとしては若年にあたる五〇代にも関わらず、その実力は既に一流の域に達していた。
呪文遣いとしての適性が低く、戦いや鍛冶を生き甲斐とするドワーフの彼が妖術師となった理由は、その姿を一目見れば明らかだろう。全身から色素が抜け落ちたアルビノ。肉体的に虚弱で周囲から忌子として疎まれて育ったアイゼンは、自分を排斥した同族を見返すための力を求めて魔導の道に足を踏み入れた。
ドワーフらしく魔力には恵まれなかったが、彼は“深淵に潜む者”と呼ばれる超越存在と契約を結ぶことでそれを克服。降霊科に所属し、研究一筋で役職にこそ就いていないが、新進気鋭の死霊魔術の使い手として周囲から一目置かれるまでとなった。
そんな彼は現在、研究資金の提供と引き換えにカノーネの要請に応じ、伝承科が行っている研究に協力している。
ウルたちが迷宮跡地で目撃した鉄巨人を操っていたのがまさに彼。アイゼンは詳しい事情は知らされないまま、カノーネのあまり帝国を研究に関わらせたくないという求めに応じ、その魔術により物的労働力にあたる部分をカバーしていた。
アイゼンとしては迷宮やカノーネの研究などどうでもよく、研究資金さえ引き出せればそれでよい。
軽いバイト感覚で協力していた、が──学院本部を襲撃したという死霊の軍勢の痕跡を目の当たりにして、その考えを改めざるを得なくなる。
「……冗談ではないぞ。現場での作業中、こんな化け物に襲われては一溜りもないではないか。いや、現状襲われていないことが何かの奇跡のようなものだ。何故襲われていない? カノーネが儂に何かを隠している……?」
資材を取りに戻った学院の研究室で、頭を抱えて溜め息を吐く。
タイプこそ違えど同じ死霊術の使い手だからこそわかる。学院を襲撃したというカノーネの敵は自分などと比較することも烏滸がましい化け物だ。あれを敵に回すリスクを考えれば、とてもあの程度の対価では釣り合いが取れない。
「ギアスを結ばされている以上、今更手を引くことも裏切ることも出来ん。どうしたものか……」
あんな化け物を敵に回したくないが、その選択権は自分にはなく、敵に回ればその時点で自分は終わる。
暗闇の中で頭を抱えるアイゼンのすぐ傍で、何かがゾワリと蠢いた。




