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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第四章

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第12話

「爺ちゃん」


事務所に突然やってきた孫娘の姿に、周囲から『犬』と呼ばれるスラムの顔役は反射的に顔を顰めた。孫を案内してきた部下がその背後でニヤニヤ笑っているのを一睨みして追い払い、素っ気ない態度で応対する。


「何しに来た? 事務所ここには顔出すなって言ってるだろうが」

「ふふん」


普段ならそんな祖父の態度に憤慨、あるいはションボリした反応を返しただろうレーツェルは、ポケットから一枚の羊皮紙を取り出し余裕に満ちた笑みを浮かべる。


「そんなこと言っていいのかな~?」

「……うぜぇ。用事があるならとっとと言え。何だそりゃ?」

「師匠からの連絡」


レーツェルの言う“師匠”とは、現在帝都で活動している彼のかつての仲間だ。今も定期的にやり取りをしており、その縁で先日ウルたちを使いとして送り込んだのだが、それがどうしてレーツェルのところに連絡をと犬ジイは眉をひそめた。


勿論、彼女が弟子──孫と個人的にやり取りをすることもあるだろうし、彼もそんなところまで一々管理していない。だが孫娘がわざわざ自分のところに知らせに来たということは、自分にも関係があるメッセージということだ。直接自分ではなく孫を介して連絡してくる理由が分からない。


「……どういうことだ?」

「緊急連絡みたいね。【送信センディング】で送られてきた」


表情を真剣なものに戻し、レーツェルが犬ジイの疑問に答える。


送信センディング】とは魔術師が主に使う連絡用の中級呪文だ。見知った相手の脳に直接メッセージを送りつけることができる非常に便利な呪文ではあるものの、文字数制限があるため一度に送れる情報量が少なく、使用には相応の魔力リソースを要求される。


手間がかかる上、送れる情報量の少なさから送信相手に誤解を与えるリスクがあるため、彼らは普段手紙でのやり取りを好んでいた。


「何でお前のとこに?」

「多分、盗聴を警戒してるんだと思う。私のところには秘匿回線で送られてきたから」


呪文によりメッセージが盗み見されるリスクを恐れたということか。彼は秘匿回線云々について聞いたことはなかったが、魔術の使い手同士、師弟間での秘術のようなものかと納得し、レーツェルの手から羊皮紙を受け取る。


そしてそれに目を通す前に、レーツェルの後ろに当然のように控えている巨躯の少女を困ったように見つめた。


「……それで。どうして嬢ちゃんまでここにいるんだ?」

「勝手についてきたのよ」


レーツェルの後ろにいたのはオークのエレオノーレ。彼女は親交の深いオークの族長の孫娘であり、犬ジイも無碍に扱えない。


「レーツェルがメッセージを受け取った時、私も偶々一緒にいたんだ。その時、『師匠』という言葉が聞こえた。レーツェルの『師匠』というと、今丁度リーダーが訪ねている筈の方だろう? きっと私にも関係があると思ってついてきた」

「…………はぁ」


関係が無いと突っぱねても食い下がってきそうだったので無駄なやり取りは省き、犬ジイは溜め息を吐いてそのまま羊皮紙に目を通した。書かれているのは【送信】の呪文で脳に送り込まれてきた情報をレーツェルが文字に書き起こしたものだ。



──ガクイン、ツカイヲホバク、アリーゼキュウシュツ、ワタシベツコウドウ、ガクインモクテキ、ハカイノカノウセイ、センリョクソナエ、メイキュウカンシモトム──



「…………ふむ」


文字を書き起こしたレーツェルは勿論、エレオノーレもここに来る前にメッセージには目を通しているのだろう。何が書いてあるのか聞いてくるようなことはなく、ジッと犬ジイの反応を窺っている。


文字数制限により分かりにくい部分はあるが、書いてある内容そのものはおおよそ理解できた。


まず経緯は不明だがこちらが送った使い──ウルとリンが学院に捕縛された。そしてアリーゼがその救出を行い、理由は不明だが伝言を送ってきた女はウルやアリーゼとは別行動をとっているらしい。前後の文から推測するに、ウルを救出するために囮となったか、別途学院に探りを入れているのか、あるいはその両方か。


文の後半はかなり不穏当なものとなっている。ストレートに読み解けば、学院の真の狙いは迷宮資源の効率的な確保ではなく迷宮そのものの破壊である可能性がある。最悪の場合は学院と直接ことを構える必要があるため、戦力を準備しておいてほしい。またエンデの大迷宮にどんな影響が出るか分からないので監視を怠るな、ということだろう。


たっぷり一分ほど考え込んだ後、犬ジイは顔を上げてレーツェルに確認した。


「お前の方からあの女にメッセージを送ることはできるのか?」

「……出来なくはないけど条件が厳しいかな」

「具体的には?」

「私はまだ【送信】の呪文を習得してないから。送れる相手は師匠だけ、それも師匠がネットワーク内に設置してあるボックスにメッセージを放り込む形になるね。師匠がボックスの中をチェックしてくれないと届かないから、向こうの状況次第じゃ二、三日──ひょっとしたら結構な間メッセージが放置されて届かないかも。それと文字数制限は普通より厳しくて二十五文字」


想像していたより厳しい──が、帝都周辺のどこにいるとも分からない相手とやり取りするよりずっとマシか、と自分を納得させる。


向こうもこちらが【送信】で連絡することは想定しているだろうし、ボックスのチェックとやらを何日も放置することはあるまい。文字数制限はいかんともしがたいが、緊急時にこちらに飛んで来いとメッセージを送れるだけでも大分違う。


頭の中で今後の対応について検討している、と──


「状況を説明して欲しい。メッセージの文脈からすると恐らく無事なのだろうと思うが、リーダーは今どういう状況にあるんだ?」


腕組みしたエレオノーレが真っ直ぐに犬ジイを問い詰める。


犬ジイは面倒くさそうに頭をかきながら嘆息。


「……はぁ。嬢ちゃん。この件に関しちゃあんたは部外者だ」

「うん? 私とリーダーは同じパーティーの仲間だ。それをそちらの都合で引き離された上、危険に晒されているんだ。当然、私は事情を聞く権利があると思うが?」


冷たい目つきで突っぱねようとした犬ジイに、エレオノーレは胸を張って堂々と反論する。


ここ最近、真っ向から自分に歯向かう人間がいなかったこともあり、思わぬ反撃に犬ジイは一瞬言葉に詰まる。それを見逃さずエレオノーレは更にたたみかけた。


「それにリーダーは私たちの氏族にとっても、先日のゴブリンの一件で無用な疑いを晴らしてくれた恩人だ。その危機となれば婆様に話を通さないわけにはいくまい」

「…………」


オーク氏族の族長であるマザーは老いてなおこのエンデにおける最強戦力の一人であり、犬ジイであっても粗雑に扱えない──ハッキリ言えば頭の上がらない存在だ。


そしてマザーはエレオノーレから事情を聞けば必ず嬉々として首を突っ込んでくる。義侠心や恩義とかそんな事情ではなく単に暴れたいだけ。荒事の匂いを嗅ぎ取ってすぐにでもノリで帝都に乗り込みかねない御仁だ。


エレオノーレは相応に分別があるのでマザーの名を出しているのはあくまで脅しだろうが、こちらが拒絶すればマザーを巻き込む可能性は否定できない。


おかしいとは思ってはいたがエレオノーレを連れてきたのはこの為か、と犬ジイは孫娘の思惑に歯噛みした。


祖父の忌々し気な視線をレーツェルは鼻で嗤い、付け加える。


「私も仮とは言えあいつのパーティーメンバーなわけだし、蚊帳の外に置かれるのはいい気分じゃないのよね~。それに私の協力がなくちゃ、師匠との連絡が取れなくて困るのは爺ちゃんじゃない?」

「………………ちっ」


犬ジイはフレーメン反応を起こした猫のように顔を顰めた後、舌打ち。心底渋々といった面持ちで孫娘たちの言い分を受け入れた。


「それで改めて確認するが、リーダーは今無事なのか?」

「…………ああ。それだけは保証する」


一呼吸置き、どこまで説明したものか冷静に判断しながら犬ジイは言葉を続けた。


「俺のツレが救出したと言ってる以上、間違いなく坊主は無事だ。学院に追われてるとしても坊主つれて逃げることも出来ないほど間抜けじゃねぇよ。そこは信頼していい」

「……ふむ。だがそもそも何故そこまで学院と関係が拗れているんだ? リーダーからは出立前に学院の実験か何かで帝都周辺の小規模迷宮が崩壊しているらしいということまでは聞いているが、それがそこまでの問題なのか?」


エレオノーレはこの件の背景を知らない。犬ジイは彼女を巻き込んだ孫娘に一瞬だけ鋭い視線を向け、大仰に肩を竦めて惚けることを選択した。


「さぁな。俺もついさっきまでは曲がりなりにも学院本部──賢者の塔がやってることだし、大した問題にはならねぇだろうと楽観視してたんだが……無関係の坊主たちを捕縛だ何だのって話が出てきてるってことは、かなりヤバイことをやってんのかもしんねぇ」

「むぅ……」


嘘はついていない。ただし本心でもない。


首を捻るエレオノーレに、念のため「マザーに言うのは状況がハッキリするまで待ってくれよ」と念押ししながら、犬ジイはひょっとしてウルたちが捕まったのは自分が手紙に書いた“悪戯”が原因かもな~、と目の前の少女たちには間違っても聞かせられないことを考える。


「ともかくしばらくは連絡待ちだ。こっちから動こうにも帝都までは距離があり過ぎるし、状況が分からん。くれぐれも勝手な行動はするんじゃねぇぞ」

「我々も帝都に向かった方がいいのではないか?」

「本当に戦力が必要になれば向こうから【ゲート】を開いてくるだろ。入れ違いになったら目も当てられん」


犬ジイの説明に、エレオノーレは理性ではそれが正しいと理解しながらも感情的に“何もしないこと”に納得できず顔を顰める。


「そんな心配する必要はねぇさ。あれで小僧はしぶとい。こういう複雑な状況でこそ活きる駒だよ」


宥めるような犬ジイの言葉に少女たちは顔を見合わせ、表情の強張りを解いて苦笑した。


「……まぁ、確かに」

「むしろやり過ぎてないかを心配した方がいいかもね」


相応の付き合いと理解あっての信頼。


だが彼女たちも今のウルの状況を正しく理解していれば、これほど気楽に構えることはできなかっただろう。


ウルのこれまでの活躍はあくまで魔導技師として、その魔道具があってこそ。


持ち物全てを奪われ、新たに魔道具を作ることも使うこともできないカエルの身となっていることを、彼女たちは知らない。

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