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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第四章

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第7話

「これ、どこの冥府……?」


学院の地下牢から脱出し、地上へと帰還したリンは目の前に広がる悪夢のような光景に思わず足を竦ませた。


見渡す限りの死霊の軍勢が無秩序に暴れまわり、学院の魔術師たちに襲い掛かっている。これがただの死霊であれば同規模の軍勢はリンも任務で見たことがあるので、さほど驚きはしなかっただろう。


──一体一体が亡霊騎士デュラハンと同格かそれ以上……!?


しかし視界内の死霊はそのどれもが難敵として知られる亡霊騎士と同等かそれ以上の圧を放っている。かつて神殿騎士たちが任務で討伐に向かった際は、たった一体の亡霊騎士相手に一〇人小隊の半数が犠牲となった。そして今眼前で暴れまわっている数はどう少なく見積もっても一〇〇ではきかない。


『助けに来てもらってなんだけど、これは流石にやり過ぎじゃねぇか?』


リンに抱えられた籠の中でウルが険しい声を出す。


確かにいくら不当に拘束された自分たちが逃れるためであってもこれでは学院側に尋常ではない被害がでる。ましてや学院に所属する魔術師の大部分はウルたちの誘拐とは無関係な学徒たち。恨みを買い過ぎるのは良くないといった打算的な話より前に道義的にも度が過ぎている。


「心配ありませんわ!」


しかしブランシュはそんな彼らの懸念をアッサリと否定した。


「アー姉さまは大雑把なようで器用ですから。不意打ちの初撃も人のいない場所を狙って放っているはずですし、この状況にしても全力ではありませんもの」

「これで、全力じゃない……?」

「はいですの。正確に言えば手を抜いているというわけではなく現状で一二〇%ほど。ただしその気になれば二〇〇%以上まで限界を引き上げることができるという意味ですわ」


そこでブランシュは周囲を見回し、少し顔を顰めて続けた。


「恐らく想定より学院側の迎撃戦力が少なかったので、余力を残して様子をうかがっているのでしょう」

「…………」


この地獄のような光景を引き起こしておいて様子見? 意味が分からないとリンはブランシュの頭部をマジマジと見つめた。


『いや、全力じゃないにしろやり過ぎには違いないだろ。建物の破壊もそうだけど、こんな戦いに巻き込まれたら蘇生も難しいんじゃね?』


ウルの言葉は正しい。

先ほどブランシュはこれが襲撃者の一二〇%だと言った。まだ襲撃者に上があるにせよ、これだけの規模の死霊の軍勢を完全に制御できるとは思えない。普通に考えて少なからぬ数の犠牲者がでるだろうし、こんな高濃度の瘴気に汚染されれば蘇生術の成功率は大きく下がる。


「それは学院を舐めすぎですわ」


ブランシュはその懸念を一蹴し、空中のある一点を指さした。


「迎撃にあたっているのは大陸最高峰の魔術師が集う賢者の塔のトップの一人。八大部門の一つ、伝承科の部門長──」


ブランシュが指さす先に浮かんでいたのは杖を持った銀髪の小柄なエルフ──あれは、ウルをカエルに変えた人物か?


そのエルフは死霊の軍勢の正面に立ち縦横無尽に飛び回りながら、その無差別な猛攻をたった一人で凌いでいた。いやあれは凌いでいるというよりも、背後の学徒たちを守っている?


『くそぉぉぉっ! どうせあんたら見てるんでしょぉぉ!? あんたらの弟子も危ないんだから手を貸しなさいよぉっ!──って、約束だから自分たちは手を出さない!? これがそんなこと言ってる状況──うぎゃ!?』


罵声と悲鳴が聞こえるがエルフの動きは止まらず、杖を振るって虚空に無数の魔術紋を描き、死霊の軍勢を防ぎ、捌き、砕いていく。彼女が一体どんな魔術を使用しているのか、ウルたちが知るそれとは隔絶しすぎていてまるで理解できない。恐ろしく高度な魔術が使われていることは間違いないのに、ウルたちでは発動に伴う魔力さえ感じ取ることさえできず、ブランシュが指さすまでエルフがそこにいることさえ気づけなかった。それだけ魔力の流れが洗練されていて無駄が無いということか、それとも感じることさえできないほど次元の違う魔術と言うことか。


「流石カノーネですわ」


ブランシュが感心したような声を漏らす。

傍目には襲撃者が放った死霊の軍勢をエルフの魔術師が何とか凌いでいるようにしか見えなかったが、彼女の感想は違うらしい。


「アー姉さまの無差別攻撃を完全に防いでますわ。学院の未熟者たちを庇いながら、攻撃を自分の後ろに一歩たりとて通していませんの」

『あ~……なるほど、そういう状況か』


襲撃者の姿が見えない──恐らく瘴気が湧き出る中心部にいるのだろうが飛び回るエルフとは離れている──ことを不思議に思っていたが、状況を理解して納得する。


「何がそういう状況なんです?」

『いや。これ、戦闘じゃなくて人質を取って脅してるんだな~、って』

「あ~……」

「何か文句がありまして?」


自分たちを助けに来た側が悪役ムーブをしている状況にウルとリンが微妙な声を上げるが、その態度に苦言を呈したのはブランシュだ。


「仮にも賢者の塔を出し抜こうというのです。いくらお姉さまたちでも正攻法ではどうにもなりませんわ!」


それはそう。


「それに未熟者を人質に取っているとはいえ、アー姉さまも決して余裕があるわけではありませんわ。他の部門長が出てくれば均衡は一気に崩れます」

「ならどうして他の部門長は出てこないんですか?」

「性格と仲が悪いのですわ」

『…………』


あまりにもあんまりな説明にウルとリンは絶句する。


「彼らからしてみれば表で多少騒ぎが起きようと何の実害もありませんもの。アー姉さまが正面から突っ込んできた時点で罠の可能性を疑わざるを得ませんし、下手に突っ込んで被害を被るのは馬鹿馬鹿しいというわけですわ」

『……なるほど。襲撃者の奥の手以外にも、仲が悪いなら襲撃者と迎撃者がグルの可能性とか、色々考えなくちゃいけないわけか』

「────」


ウルの納得にブランシュは意外そうな顔をして彼を見つめる。


『……何? 俺なんか変なこと言ったか?』

「──いえ。おっしゃる通りですわ。それよりこの均衡もいつまでもつか分かりません。一刻も早く脱出しましょう」

「確かに。こんな大規模な術をいつまでも維持できませんよね」

「というより、アー姉さまが飽きて暴れすぎてしまう可能性が──」

「──すぐ逃げましょう今逃げましょう早く逃げましょう! どちらに向かいますかどこが安全ですかどこを見渡しても巻き添えで襲われそうで怖いんですが!」


焦った様子でにじり寄るリンにブランシュは一瞬面食らうも、直ぐに冷静さを取り戻し瘴気溢れる小門に続く道を指さした。


「あちらですわ」

「近づいただけで即死しそうな瘴気に満ちてますが!?」

「ご安心を。私が合図を送れば一〇秒だけ道を作ってくださる手筈となっていますわ」


ブランシュの説明にリンは納得した様子で頷く。

死霊の軍勢に意識を取られてウルたちが脱出したことは今のところ周囲に気づかれていないようだし、そういうことなら仮に誰かに見つかっても逃げることは難しくあるまい。


籠の中のウルはそう判断すると、もはや彼に何ができるわけでもないので黙って彼女たちに身を任せることにした。


そしてリンたちが勢いよく走り出す中、ふとあることに気づく。


──ブランシュの言う“お姉さま”は二人。一人はあそこに。じゃあ、もう一人はどこだ?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


空間を割ってカノーネの工房に一人の女魔術師が現れる。


本来、神域の魔術防御で固められた部門長の工房に外部から侵入することなど不可能だ。しかし工房の主が不在でその意識が完全に他所に向けられており、工房の護りに疵が生じているこの状況であれば、その不可能も絶対ではなくなる。勿論それは、侵入者が工房の主と同格以上の使い手であることが前提だが。


彼女たちの狙いは最初から二つあった。


一つは“彼”の使いを救出すること。


そしてもう一つは、救出に併せて騒動を引き起こし、カノーネの工房に侵入しその研究成果を奪取、あるいは破壊すること。


カノーネは彼女たちをおびき寄せるつもりだったのだろうが、本当におびき寄せられたのはカノーネの方だった。


恐らくカノーネは姿を見せない自分が後詰めであると誤解し、ありもしない自分の襲撃を警戒しながら襲撃の対処にあたっているはずだ。


「さて、と。曲がりなりにもあの娘が手掛けた研究なら、ただ破壊して終わりなんて程度の低い内容じゃないだろうし、できれば丸ごともらい受けたいところだけど──」


──プシュン!!


研究成果を保管している場所にあたりをつけ、棚に手を伸ばした女魔術師を遮るように一条の光矢が舞う。


自動障壁でそれを防いだ女魔術師は、心底意外そうな顔をして背後を振り返った。


「……意外だわ。まさか読まれてた?」

「いえ。まさかこんな大物が引っかかるとは、私にも予想外でしたよ」


答えたのは眼鏡をかけたヒューマンの男。年齢は三〇前後だろうが、纏っているローブの色を見ると一級の導師の資格を有していることが分かる。


男は緊張した様子で眼鏡の位置を直しながら続ける。


「カノーネ様が警戒していたのは他の部門長の悪ふざけです。それにしたって、形だけでも留守番がいれば事足りると思っていたのですが──」


そこで大きく溜め息を一つ。


「念のために聞きますが、大人しく引き下がっていただけませんか?」

「いやよ」

「……でしょうね」


杖を構え戦う意思を示す男に、女魔術師は少しだけ目を丸くする。


「……意外。まさか貴方ごときが私の相手になると思ってる?」

「────っ」


女は何をしたわけでもない。ただほんの一瞬、彼女が戦意を言の葉にのせただけで、男は全身の魔力が彼女にひれ伏し奪い取られるような感覚を覚えた。


自分とは格が違う。そのことは最初から理解し、今また再確認させられたにもかかわらず男は戦意を緩めない。


「確かに……確かに私の実力は貴女の足元に及ばない。ですが、忘れてはいませんか? ここはカノーネ様の工房です。その恩恵は当然、弟子である私にもあるのですよ……!」


次の瞬間、工房全体に張り巡らされた巨大な魔力回路が起動。そこで生み出された膨大な魔力が男の肉体に注ぎ込まれる。


その魔力量は少なく見積もって女魔術師の一〇倍以上。


「……あらまぁ。ちょっと意外だったわ」

「どうやら見積もりが甘かったようですね。今更見逃すつもりはありませんよ」


優位を確信する男を女魔術師は鼻で嗤った。


「……ハハッ。ホントに」


そして次の瞬間、何の予兆も魔力の揺らぎもなく男の眼前に転移し、その頭に右手を突きつけながら──


「カノーネの弟子が、この程度で私に勝てると思う間抜けだなんてね」

「────っ!?」


数秒後、工房の護りは内側からズタズタに引き裂かれていた。

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