第3話
「今更ですが、いったいこれはどういう状況なんでしょう?」
『……どういう状況も何も捕まってんだよ。他に解釈の余地はねーだろ』
本当に今更な疑問を口にするリンに、気絶から復活したカエルが不機嫌そうに呻く。八つ当たりして少し落ち着いた様子のリンはその言葉に手を叩いて食いついた。
「それです!」
『……どれだよ?』
「何で私たちが捕まらなきゃいけないんでしょう? 百歩──いや三歩ぐらい譲って貴方は『犬』の関係者だし捕まりそうな後ろ暗いことはいくらでもしてきたんでしょうが──」
『ぶん殴んぞ』
「その身体で出来るものならどうぞお好きに」
リンは「カエルに凄まれても怖くありませ~ん」と挑発的に肩を竦める。
ウルはカエルの丸い目をピクピクひくつかせながら内心『カエルの皮膚分泌成分には毒が含まれてるってことを思い知らせてやる』と報復を決意した。
「私はれっきとした至高神の信徒ですよ?」
『後ろ暗いハニトラ斥候要員だけどな』
「ちゃんと表向きの身分もあります~! 奇跡は授かってなくても公式に認められた教団職員なんです~!」
裏の身分がある時点で表向きの身分にどれだけの価値があるかは分からないが、リンは口を尖らせて反論する。
「仮にも至高神の教団職員を──」
『“仮”って自分で認めたな』
「──うるさいですよ! ともかく公式に認められた正当な教団職員を学院の人間が一方的に捕まえるってどういうことですか? 私有地内ならまだしも、街中じゃ逮捕権なんて認められていません。下手をすれば外交問題に発展しかねませんよ」
リンの主張には一理あった。
自分たちを捕まえた学院は、影響力こそ大きいがあくまで一研究機関であり魔術師たちの互助組織に過ぎない。学院の敷地内でこそ逮捕を含めた一定の自治が認められているが、街中で一方的に人を捕まえる権限などないのだ。
ましてやリンは至高神の信徒だ。帝都に来ていることは彼女の上司も把握しているし、正当な理由なく彼女を拘束していることが伝われば組織間の外交問題に発展しかねない。
まぁ実際、立場の怪しいリンのために教団がそこまでするかというと怪しいところではあったが。
「まぁ……外交問題云々はよく分からんが、確かに何で俺ら捕まったんだろうな?」
「ね? おかしいでしょう?」
「うん。しかも俺に至っちゃカエルにまで変えられて──」
「いや、それは危険人物を見抜く魔術師的センサーが働いたのでは?」
リンの暴言を心のメモ帳にしっかり記した上で聞き流し、ウルは自分たちが捕まったつい昨日の出来事を思い返した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おお……っ!」
停車場で約半月間移動を共にした馬車を降りるとほぼ同時、ウルは目に飛び込んできた帝都の威容に目を奪われた。
侯爵領の領都出身で決して田舎育ちではない彼にとっても、一〇〇万人都市と評される──かなり誇張が含まれており実際の市民は半分ほどだろうが──帝都の街並みは別格だ。
高々とそびえ立つきらびやかな建物と通りを行きかう人の群れ。人種やファッションも多種多様で、あちらこちらから他所にはない熱のようなものが感じられた。
思わず感嘆の声を上げ、田舎者丸出しの仕草でポカンと口を開けて立ち尽くす。
「──後ろが詰まってるんですから、早くどいてください」
「あ、悪い悪い」
馬車の中のリンに文句を言われ、ハッと我に返り邪魔にならないよう降り口から横に移動する。
「全く……田舎者丸出しで恥ずかしい。はしゃいでないで少しは落ち着いたらどうですか?」
「……いや。お前にだけは言われたくねぇわ」
旅人とは思えないキメキメの最新レディーススーツ姿で馬車から降りてきたリンに、ウルは半眼でツッコんだ。
「はぁ? 私のどこがおかしいと?」
「おかしいって言うか、はしゃいでんのはどっちだよって話だよ」
リンは心底心外そうに顔を歪め、意味が分からないと言った様子で反論する。
「私が? はしゃいでる?」
「そのカッコのどこに疑問をさしはさむ余地があるのか。昨日までそんなカッコしてなかっただろうに……わざわざ持ってきてたのかよ」
「これはTPOを弁えた服装と言うんです! ギチギチの馬車の中でこんなカッコしてたらそっちの方がおかしいでしょうが!」
「そもそもそんな服必要ねぇだろって言ってんだよ!」
「はぁん!? これだからものを知らない田舎者は! これは帝都で流行の最新ファッションなんです! 帝都に来るなら必要でしょうが!」
「要らねぇよ! 大体そういうのは帝都のセレブが着るもんであって、テメェみたいな芋娘が着るもんじゃねぇんだよ!」
「誰が芋娘ですって!? 貴方みたいな面の皮の厚い里芋小僧と一緒にしないでくれますぅ~? 私クラスが最新ファッションに身を包めば帝都のセレブに混じっても全く違和感は──」
「違和感の塊だろうが! 周り見てみろ! ンな奇抜なファッション着てる奴がどこにいる!?」
「はぁ~!? そんなの帝都なんだからどこを見渡しても──」
そこでリンは周囲を見渡し、自分と同じようなファッションをしている者はほとんど見当たらないことに気づく。
「──……あれ?」
道を行きかう人々の服装は帝都外の都市とほとんど違いはない。むしろこの辺りは旅行者や商人でごった返しており、彼女のようなキメキメのファッションをした人間はどちらかと言えば浮いていた。
そもそもリンが情報を仕入れたファッション誌に載っているような服を着ているのはウルの言ったように帝都でもごく一部のセレブや知識層。もう少しグレードの高い区画であればまだしも、こんな帝都の玄関口ではただの痛いおのぼりさんにしか見えなかった。
「第一お前、一応俺の護衛と監視のために来てんだろ? 迷宮とかも巡る予定だって覚えてるか? 仕事にかこつけてリゾート気分か、あぁ!?」
ウルのもっともなツッコミにリンは「ぐぬっ」と呻き声をあげるが、すぐに鼻で嗤って胸を張る。
「そーですけど何か!?」
「開き直ってんじゃねぇよ!」
「いいじゃないですかリゾート気分で! こちとら普段陰気なオヤジ連中の相手してストレス溜まってんです! たまの出張ぐらい息抜かせろって言ってんですよ!」
「護衛と監視は!?」
「そもそも私貴方の味方じゃありませんし~? 無関係のところで勝手に死んでくれる分には都合がいいっていうか~?」
「余計なことに気づいてんじゃねぇ! 何も考えず使われるのがいい下っ端だろうが!」
「そもそも私は貴方の部下じゃありませんっ!」
「ぐぬ……っ!」
「ぐぐ……っ!」
大勢の人が行きかう道端で額を押し付け怒鳴りメンチを切り合う二人。
『…………(ヒソヒソ)』
そんな彼らの様子を、帝都の人々は遠巻きに見つめていた。
「…………」
「…………」
「……取り合えず、移動するか」
「……ですね」
周囲から突き刺さる奇異の視線に気づいた二人が、シュンと冷静さを取り戻してそそくさとその場から逃げ出す。
そして早歩きで移動しながら、改めてリンはウルに尋ねた。
「……ところで、目的地はどこか分かってるんですか?」
「ああ。昨日地図と目印は確認した」
ウルはそう言って目印である魔術学院本部──王城と並んで高く聳える賢者の塔に向かって歩きながら答えた。
「『酔いどれ羊亭』──犬ジイのツレはそこを拠点にしてるらしい。まずはそこに手紙を届けて、後のことはそっからだ」
正直なところこの後起こった出来事はあまりに立て込んでいて正確に理解できているのか自信がない。
『酔いどれ羊亭』と言うのは冒険者向けの宿泊施設兼酒場で、採算ラインに乗った大規模迷宮が近隣に存在しない帝都においては冒険者ギルドに代わる役割を担う情報拠点。そこに行けばツレと連絡が取れるはずだ、と犬ジイからはざっくりした説明だけを受けていた。
宿を訪ねて主に犬ジイのツレの名前を出して事情を説明し──次の瞬間には数名の魔術師たちに取り囲まれ、有無を言わさず魔術学院へと連行されていた。
今思い返せば、あの宿は何らかの理由で学院の人間にマークされていて、ウルが口にした名前に反応して魔術師たちは二人を確保したのだろう。
つまり詳しい事情は分からないが、犬ジイのツレとやらは魔術学院に追われていて、ウルたちはそこにのこのこ顔を出してしまったということだ。
抗議もむなしく持ち物を検められ、武器や魔道具の類はもちろん、ガーディアンや犬ジイから預かった手紙までとりあげられてしまう。
そして魔術師の一人が手紙を読み終わるなりウルを呪文でガマガエルに変えてしまい、碌な事情説明も事情聴取もないままリンと一緒にこの地下牢に放り込まれて約一日が経過。
振り返って、思い返して、考えて……
『──うん。やっぱり意味が分からん』
「ですよね~」
やはり意味が分からないという事実を再確認した。




