第26話
ウルと神殿騎士たちとの裏取引から一週間後。
教会とギルドと共同である発表がなされ、冒険者たちの間に少なからぬ衝撃が走った。
その発表とは『今後、至高神の神殿騎士を中心とした一団が定期的に迷宮内を巡回し、死体回収や治療を請け負うことになった』というもの。
当然、無償ではなく有償事業だが、代金は特別高くはない妥当な水準。
最初は一〇階層の安全地帯までの順路を日に一往復し、負傷者の治療や地上までの護衛、死体の運搬・蘇生を請け負うのみとのことだが、ニーズや安全性を確認しながら徐々に規模を拡大していく意向らしい。
この突然の発表を受け、冒険者からの反応は大きく二つに分かれた。
即ち、困惑と歓迎。
前者は主に教会にあまり良い感情を抱いていない者たち。元々ならず者揃いの冒険者には至高神の教えと相性が悪い者が多く、彼らは教会の迷宮事業への参入に何か裏があるのではと怪しんでいた。
一方で後者は教会に特別悪感情を抱いていない者たちで、彼らは単純に迷宮内での安全性が高まるのではと期待している。
割合で言えばざっと七:三。
前者の懐疑的な者たちも、内心裏のない使える取り組みであってほしいと期待を込めて慎重にその是非を見極めようとしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──ピンッ!
「はい。これがフィールドボスの討伐報酬の分け前」
「──ととっ!」
レーツェルの指に弾かれた白金貨をウルはお手玉しながら慌てて受け取る。
教会とギルドの共同発表があったその夜、探索を休んでいたウルの下を久しぶりにレーツェルが訪れた直後の出来事だった。
「いきなりだなぁ……」
その日の作業を切り上げ、そろそろ食事の準備に取り掛かろうとしていたウルは唐突な来訪者に嘆息し、手の中の白金貨をマジマジと見つめる。
「……半月近く引き延ばして結局報酬は白金貨一枚? 別に文句はねぇけど、あれを倒した報酬としては安くね?」
「カナンも同じこと言ってた」
あっちはしっかり文句としてだけど、とレーツェルは肩を竦めながら言い、特に断ることもせず当然のように椅子に腰かける。
「ただ実際、フィールドボスを倒したからってギルドに直接利益があるわけじゃないから、これでも頑張ってくれた方だと思うよ。一応ギルドの言い分としては『あまり高額な報酬を設定するとフィールドボス討伐を目論む無謀な冒険者が現れかねない』ってことだったけど」
「いや、そんな馬鹿は下層に辿り着く前に死ぬだろ」
「ま、建前よね」
肩を竦めるレーツェルに、実際報酬額に文句があるわけではなかったウルはそれ以上何も言わずポケットに白金貨をしまい込んだ。
「…………」
「…………」
不思議な沈黙が流れる。
レーツェルは黙ったまま意味ありげにウルを見つめ、ウルは何故レーツェルがそんな態度をとるのか理解できず反応に困った。
「……今日は、態々これを届けに来てくれたのか?」
「ん~? まぁ、それもあるねぇ~」
レーツェルの視線が『私に何か言うことはないのか?』と言っているようで妙に居心地が悪い。
「──それで。爺ちゃんの手伝いは上手くいったの?」
言われてウルは『そう言えばそんな名目だったな』と、ここしばらく探索を休んでいた理由を思い出した。
元々ウルは一週間ほど前にレーツェルたちと再び下層に潜る約束をしていたが、自分の周りで教会関係者が不審な動きをしていたこともあり、その予定をキャンセル。彼女たちを心配させないよう、犬ジイに頼んで『犬ジイから急な魔道具の作成依頼が入った』ということにしてもらっていた。
「まぁ、私たちは? 爺ちゃんが知り合いを応援に寄越してくれたから仕事自体は全く問題なく終わったわけだけど? あんな下手な嘘で散々心配かけさせといて、こっちに何の報告もなしっていうのはどうなのかな~と思って、態々一人で話を聞きに来てあげたわけですよ」
──が、犬ジイが喋ったとは思わないが、どうやらレーツェルにはバレバレだったらしい。
「……他の連中は?」
「安心なさいな。みんなには伝えてないわ。特にエレナなんか事情を話したらあんたのとこから離れそうになかったからね」
ほっと一安心。こんな人間同士のゴタゴタなど彼女たちは知らない方がいい。
「──それで、今回は何がどう間違ってあんなことになったわけ?」
「間違ってって何だよ」
ウルが不満そうに言い返すと、レーツェルは半眼で彼を見据える。
「間違ったんじゃなけりゃ狂ってるわね。爺ちゃんが絡んでるのは知ってたから悪いことにはならないだろうと放置してたんだけど、今日発表されたアレってタイミング的にあんた絡みでしょ? 何で教会関係者が人の役に立つようなこと始めるのよ。どう考えても間違ったか狂ったかの二択じゃない」
「…………」
ウルは胸中で『言いがかかりだ』とか『教会が人の役に立つのを狂ってるとか言うな』とか色々反論したい部分はあったがそれら全てを呑み込み、溜息を吐いてレーツェルの向かいの椅子に座る。
「……説明してもいいけど、そっちはどこまで把握してんの?」
「あんたがこの間のゴブリンの一件で教会関係者に目を付けられて、それを爺ちゃんに相談してたこと。後はスラム出身の馬鹿どもと組んでコソコソ何かやってたとこまで、かな」
「……そうか。あ~、ざっくり説明すると──」
ウルは犬ジイのアドバイスを受けて、教会関係者を交渉のテーブルにつかせるためスラムの協力者を囮に神殿騎士を撃退したこととその手口、そして彼らにゴブリン事案を実質的に解決したのは犬ジイだと思い込ませたことを説明する。ちなみに神殿騎士たちからせしめた賠償金については額が額だったので伏せておいた。
レーツェルは神殿騎士を撃退した手口に目を丸くし、犬ジイに全て擦り付けた論理に納得を見せる。
「……そこまでは分かったけど、それがどう間違ったら今日の発表に繋がるわけ? 何より今の話じゃその場しのぎの誤魔化しにしかなってないよね。教会はやられっぱなしじゃない。いくら理屈の上であんたに手を出すことに意味が薄いと理解しても、理屈と感情は別物よ。何も得るものがないんじゃ収まりがつかないでしょ。あいつらが面子だ何だのと非合理な理由ぶちあげて、一番弱いあんたにまた矛先を向けるってのは普通にあることだと思うけど?」
レーツェルが淡々と落としどころの問題を指摘する。言い方は厳しいが、その中身はウルの身を案じていた、
「だから今日の発表なのさ。要するに奴らは、犬ジイが立ち上げようとしてた事業を横取りしてやったと思ってるんだよ」
「……爺ちゃんが? どゆこと?」
首を傾げるレーツェルに、ウルは少しややこしいんだがと前置きして説明を続けた。
「犬ジイが前からスラムで仕事がなくてあぶれてる連中の雇用をどうにかしたいと考えてたのは知ってるだろう? 俺もそれについて少し相談を受けててね。神殿騎士の前で少しぼやいてやったのさ。
『スラムの雇用を改善したいなんて無茶な相談をされて困ってる。その一環としてスラムの住人に魔道具を持たせてテコ入れし、安全を確保した上で探索の採算が取れないか試行しているが中々上手くいかない。順路や安全地帯を巡回して死体拾いなんかをしてもらうという案もあるが、果たしてどこまでのことができるか……困ってるんだ』
──って、いっそこの話がおじゃんになってくれたら良いのに、って含みを込めてね」
「────」
レーツェルは目を見開き、ウルの発言の意図を一瞬で正確に理解する。
「つまりあんたは教会関係者に『爺ちゃんの計画を横取りして一泡吹かせた』って白星を与えて、同時に『自分は必ずしも爺ちゃんの味方じゃない』と匂わせることで矛先を逸らしたわけね」
そこまで口にして、彼女は訝し気に顔を顰める。
「──でもちょっと待って。相手が神殿騎士のまとめ役なら、【真偽判定】の奇跡で嘘は全て見抜かれるって理解してる? 教会関係者が乗ってくるとは思えないんだけど?」
「乗ってくるさ。今の説明には何一つ嘘がないからね」
「む…………?」
ウルの言葉にレーツェルの思考は再び高速で巡る。
「……スラムの雇用を改善する……その一環としての試行……死体拾い屋……誰、が──」
レーツェルの瞳に理解の光が宿った。
「──そっか。あんたは死体拾いや巡回をするのがスラムの人間だとは一言も言ってない。最初から教会関係者にそれをさせるつもりで話してたわけか。そして教会関係者がそれを行えば迷宮内の探索の危険性は格段に下がる。それこそ素人同然のスラムの住人でも迷宮に潜って仕事ができる程度には……!」
「結果、スラムの雇用は改善する。まあ、当面は既存の冒険者とパイを奪い合うことになるから探索場所ややり方は考えないといけないけど、教会の巡回頻度や範囲が広がれば既存の冒険者はもっと踏み込んだ活動ができるようになるんじゃないかと期待してるよ」
肩を竦めてサラリと言うウル。
実際、その辺りの調整は自分の領分ではないので他人事だ。スラムからどのように人を入れていくかの塩梅は犬ジイが差配することになる。
当然、教会関係者より先にギルドには内々に構想は伝えていた。教会がギルドに話を持ち掛けて僅か一週間足らずで今回の発表に至ったのはそうした事前調整があったからだ。
「……ひっどい話。もし騙されたと気づいたら教会関係者から恨まれるわよ」
「大丈夫でしょ」
呆れたように嘆息するレーツェルに、ウルは問題ないと自信たっぷりに微笑む。
「今回の話は教会関係者にもメリットがあることだからね」
「それは迷宮事業の利権や経済的な利益の話?」
今回の件が上手くいけば教会関係者は治療や蘇生による収益だけでなく、迷宮都市での発言権が増すことで直接・間接問わず様々な利益を得ることができる。教会関係者が今回の話に前向きなのはそうした利益を期待してのことだった。平時ならまだしも先の失敗で影響力を落とした彼らにとって、こうした復権の話は黄金よりも稀少だ。
しかしウルはゆっくりとかぶりを横に振る。
「それもあるけど、それだけじゃない。そもそもあの人たちが周りに不満を持って色々やらかす理由ってさ、結局自分が認められてなくて、その上やることなくて暇だからだと思うんだよね」
「…………」
宗教的な根深い問題を物凄く雑にまとめるウル。レーツェルはそれに微妙な表情をしつつも、間違いではないので敢えてスルーした。
「今回の件が上手くいけば、間違いなく冒険者中心に教会関係者を見る目は変わるよ。全員が全員じゃないにしろ、評価してくれる人間が現れればその声を教会関係者も無視できなくなる。冒険者だけじゃなくギルドと話す機会も増えるだろうから互いの不理解も減るだろうね。ついでに忙しくなってこっちにちょっかい出す余裕もなくなってくれれば万々歳だ」
「……そんなに上手くいくかしら?」
「上手くいかなくても関係としちゃ今がどん底なんだ。これ以上悪くなることはないでしょ」
懐疑的な表情をするレーツェルも、それはそうだと認める。
当然、両者の接点が増えることで摩擦が生じるリスクも高まるが、上手くいかなくても特に失うものはない。
教会関係者はこの事業を成功させようと少なくとも当面は冒険者に対し融和的な態度をとるだろうし、まぁ悪い方向には向かわないだろうとの印象をレーツェルも抱いていた。
「…………」
ただやけに澄ました表情のウルを見ていると、それを素直に認めて褒めてやるのも少しだけ癪に障る。だからレーツェルは、敢えて意地の悪い表情を浮かべて口を開いた。
「ふ~ん……そうして教会関係者が忙しくなれば、オークにちょっかいだす余裕もなくなるものねぇ?」
「────」
不意を突かれて一瞬、フリーズしてしまうウル。
「何をいきなり──」
「今回はやけにやる気出してるなとは思ってたのよ。そしたらエレナから教会とオークのゴタゴタについて聞いてたんですって~? 自分から矛先逸らすだけなら、ここまで大掛かりなことしなくてもいくらでも方法はあるものねぇ~?」
「…………」
「…………」
意地悪くニマニマと笑うレーツェルに、ウルは溜め息を吐き目を逸らしながら呻いた。
「……別に、そっちはついでだよ」
「ふ~ん、そっかぁ」
「……そうだよ」
「そうなんだぁ」
「…………」
何かを隠すように顔に手を当て天井を仰ぐウル。
その以前と変わらぬ姿を見つめながらレーツェルは何故か自分がホッとしていることに驚いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
帰り道。
レーツェルは下宿のすぐ近くの路地に珍しい人影を見つけて目を丸くした。
「爺ちゃん……」
祖父との関係は決して悪くないが、孫娘が冒険者を続けることに否定的な彼が自分から顔を見せることはほとんどない。レーツェルは嬉しさを隠すことなく祖父に駆け寄った。
「どうしたの? 用があるなら私の方から会いに行ったのに」
「ん……」
犬ジイはレーツェルが帰ってきた方角を見て、呟く。
「……坊主のとこに行ってたのか?」
「ああ、うん。でも別に変なことはしてないよ? 例の件でまた何かやらかしたのかと思って話聞いてただけ。──あ、その件で何かあった? 話があるなら上がってってよ」
少しだけ浮ついた態度でレーツェルは下宿に祖父を招こうとするが、彼は素っ気なく誘いを断った。
「いや、ここでいい」
「そう……?」
残念そうな表情を浮かべる孫娘を上から下までジロリと眺め、犬ジイはおもむろに用件を切り出した。
「坊主の件だ」
「あ、うん」
「別に断りを入れる義理は無いんだが、一応お前と組んでるみたいだから言っとこうと思ってな」
「?」
一呼吸おいて、宣言する。
「あれは俺が使う」
「────」
言葉の意味が理解できず、レーツェルは目を丸くした。
「それは……また何か仕事を任せたいってこと?」
今もウルは犬ジイからいくつか仕事を引き受けている。今回の教会の発表に関しても、スラムの住人を迷宮探索に投入するためいくつか犬ジイに頼まれて保険となる魔道具を作っていた。
今後そうした仕事が忙しくなるのでレーツェルたちとの探索に割く時間が少なくなる、という意味だろうか?
しかしそんなレーツェルの考えを、犬ジイはかぶりを横に振って否定した。
「いや。あれは、■■を■■するために俺が使う」
「────は?」
レーツェルは絶句し、まるで裏切られたように表情を歪めて祖父に詰め寄った。
「ちょっと待ってよ! ウルはあたしが──」
「お前じゃ無理だ」
犬ジイは冷たく孫娘を切り捨てた。
「お前にあいつは使いこなせない」
「そんなことは──!」
レーツェルの反論を、さして大きくもない犬ジイの言葉が遮る。
「──例のゴブリン。深層に放り込んだみたいだな。何のつもりだ?」
「それは勿論──」
「化け物には化け物をぶつけてみようってか?」
思惑を言い当てられて言葉に詰まった孫娘に、犬ジイは冷たく吐き捨てた。
「その発想がお前の限界だ」
「────」
心臓を鷲掴みにされたようにレーツェルは顔を歪めて息を呑む。
「もう一度言う。お前じゃあいつは使いこなせない。お前に■■■は救えない」
「────」
「今日はそれだけ伝えにきた」
そう言い捨て、犬ジイは孫娘の反論も反応も待つことなく、踵を返し夜闇の中へと姿を消す。
「……この──」
それを立ち尽くして見送ったレーツェルは、やがて絞り出すような声で夜空に向かって吠えた。
「この頑固爺ぃぃぃぃっ!」
本話を以って第三章は終了となります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
第四章は迷宮都市の外の話を書いていく予定です。
幕間的な話を挟んだり、気分転換に他の短編を書いたりして少しだけ間をあけるかもしれません。
【今回の収支】
<収入>
白金貨31枚
・フィールドボス討伐報酬 白金貨1枚
・賠償金 白金貨30枚
<支出>
白金貨6枚 金貨8枚 銀貨5枚
・生活費(18日分) 金貨5枚 銀貨5枚
・消耗品費 白金貨6枚 金貨3枚
(内、妨害粉末1個金貨5枚×5)
<収支>
+白金貨25枚
▲金貨8枚 銀貨5枚
<所持金>
(初期)白金貨42枚 金貨10枚 銀貨8枚 銅貨8枚
(最終)白金貨67枚 金貨 2枚 銀貨3枚 銅貨8枚




