第25話
──予想以上、だな。
念のためにとコッソリ様子を見に来ていた犬ジイは、ゴロツキどもが神殿騎士を撃退し、その後ウルが猿芝居を交えて神殿騎士を言いくるめていく光景に胸中で心からの称賛を送った。
後者の神殿騎士を言いくるめた手口については穴も隙もあったが、年齢を考えれば悪くない。
圧倒的優位な状況にあったので交渉自体は成立して当然。その上で必要以上に相手の敵意を買うことなく、また一切嘘をつかなかったやり方は評価できる。
──ワザと教えてなかったんだが……ありゃ確実に気付いてるな。
至高神の信徒は【真偽判定】の奇跡により嘘を見抜くことができる。だがそれは当然、呪文を唱え奇跡を発動させていることが前提だ。
その為、至高神の信徒との交渉に臨む際は誰しも呪文を唱えていないか細心の注意を払って確認する。
だが信徒の中でもごく限られた者しか知らされていないことだが、一定以上の上級信徒の聖印には常時発動型の【真偽判定】の奇跡が宿っている。この場では神殿騎士を率いるヴァンもその上級信徒の一人。本来ヴァンは上級信徒と呼ぶには少し格が足りないが、彼は表に出せない任務を行うことが多く、万が一にも裏切り者が出ないよう特別にこの特殊な聖印を授かっていた。
それを理解していたのかどうなのか、ウルはヴァンとの交渉中一切嘘をついていない。
ヴァンがウルの意図を怪しみつつも結局ウルの要求を全面的に飲んでいたのは、ウルの発言に嘘がなかったことが大きかった。
──ま、どうやって見抜いたのかは分からんが、坊主は魔道具の専門家だ。この程度は驚くほどでもねぇな。
犬ジイが本当に評価していたのはゴロツキたちにテコ入れし神殿騎士を倒させた手口。事前にやり方を聞かされ、投入した魔道具の動作試験を見ていたとはいえ、やはりこうも簡単に神殿騎士を倒されるのを目の当たりにすると衝撃は大きい。
しかも使ったのは決して特別な魔道具ではなく、一般に知られている魔道具の派生品なのだからどう評価して良いものか。
──【対抗呪文】の効果を持った妨害粉末……呪文発動成功率を下げるアイテムとして存在自体は知っていたが、本来その妨害効果は微々たるもんだ。呪文を覚えたてのひよっこでも成功率が五割を切ることはねぇと聞いてる。熟練の神殿騎士が初級呪文の発動を失敗すほどの効果はないはずなんだが……
今回、その妨害粉末が熟練の神殿騎士たち相手に劇的な効果を及ぼした理屈はウルから聞いている。
理屈自体は呆れるほど単純──妨害する範囲を絞り、特化させたのだ。
今回のケースで言えば呪文発動全般を妨害するのではなく【聖壁】の妨害に特化することで、妨害粉末は熟練の神殿騎士でも成功率一割を割り込むほどの効果を発揮した。
だが理屈自体は単純でも、特化させるという行為は言葉で言うほど簡単なものではない。
特定の用途に特化した道具を作るというのは一朝一夕にできることではない。例えば獲物の解体用ナイフ一つ例にとってみても、その獲物のサイズや肉質、脂のつき方などに応じて、実際の使い勝手を見ながら一つ一つ試行錯誤しながら作り上げていくものだ。
ウルにはそれを為すだけの時間も技術も経験もなかった。故に今回彼は金に物を言わせて無理やりそれを実現している。
ウルは特殊加工した魔法銀が特定の魔力を吸収する性質を宿すことを利用。まず加工した魔法銀のインゴットに【聖壁】の魔力パターンを記憶させ、特殊な溶剤を使って粉末状に。それを安価な魔鉄の代替材料として使用することで、【聖壁】に特化した妨害粉末を作り出した。
実はこの魔法銀を使用した手法自体は魔導技師の間では広く知られたものだ。しかし特定の魔力や呪文にしか反応しない商品のニーズがそもそも一般的でなく、また製作費用が跳ねあがるため工業的にはほぼ使われることのない死んだ技術でもあった。
──才能……とはまた違うな。
犬ジイの見る限りウルは決して天才ではない。
魔導技師として水準以上の才能があることは間違いないが、世に変革をもたらす発明を生み出すような天賦は見受けられない。
だが同時に彼の在り方は単純な才能以上に面白いと感じている。
──同じ技術と、知識と、手札があったとして、坊主と同じことができる奴がこの大陸に何人いる?
強く優れた能力を持っていることと何かを為せることは全く別物であると、この老人は半世紀以上に渡る人生の中で思い知っていた。
──初めて会った時は大して期待してなかったが……ククッ、この短期間によくもまぁ伸びたもんだ。
成長曲線は人によって全く異なる。
例えば【火球】を習得した瞬間、戦場における魔術師の価値が跳ねあがるように。
例えば戦士の技術と装備が噛み合った時のように。
確かな土壌を下地に、ほんの些細な歯車の噛み合わせで人は劇的に化ける。
実のところウルの成長自体はここ最近の話ではない。当初の度重なる探索失敗で自信喪失し気づいていなかっただけで、彼はエレオノーレと出会った頃にはとっくに化けていたのだ。
元々彼は戦場で使える手札と、それを活かす発想力は十二分に持ち合わせていた。
足りなかったのは戦場のイメージ──と、手札を思うがままに切れる経済的安定。
幾度かの実戦経験とレーツェルに連れられて見たプロの仕事、そしてカーバンクル狩りで得たあぶく銭。これらがウル自身も気づかぬ内に、魔導技師としての彼の在り方を劇的に進化させていた。
──さぁて、どうしてくれようか……
ウルが神殿騎士たちから大金を巻き上げ掌の上で転がす光景を遠目に見守り、犬ジイはここ数十年忘れていた“熱”に頬を緩ませた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……何? 先のゴブリン騒動を解決したのは件の冒険者ではなかった、と?」
至高神の神殿、その最奥の小部屋で神殿騎士ヴァンは司教の前に立ち調査報告を行っていた。
しかしその報告内容に自分たちがウルにいいようにやられ、大金をせしめられたことは含まれていない。
「確定ではなく“その可能性が高い”という段階ではありますが。件の冒険者に迷宮内で接触し情報収集を行ったところ、その者は単に『犬』と取引しただけの実行役に過ぎない可能性が持ち上がりました」
嘘はつかず。断定もせず。事実をぼかして報告する。
司教はその報告内容を訝しみ眉をひそめた。
「どういうことだ? その者が『犬』と関りがあることは聞いているが、騒動を解決したのが『犬』ならば何故その冒険者が解決したなどという話が出てきた?」
「……そこまではまだ。件の冒険者も口止めされていたようで、強引に聞き出せば『犬』が動く可能性もありましたので」
不審そうな表情の司教に、ヴァンは真っ直ぐ目を見て続けた。
「ただその者は『犬』に対する恨み言めいた発言も漏らしており、『犬』の隠れ蓑として利用されているだけという可能性はあるかと」
「ふむ……」
司教はしばし考え込み、自分なりに可能性を吟味する。
「『犬』自身が表に出ることを嫌ったか……あの時我らの動きを掴んでいて、紛争を避けるため敢えて人を挟んだという可能性はあるか」
「…………」
ヴァンはボロを出さないよう敢えて口を挟まない。
やがて司教は諦めたようにかぶりを振り、ヴァンに向き直って口を開く。
「……分からんな。その冒険者は『犬』に必ずしも忠実というわけではないのだろう? こちらに引き込むことはできんのか? 情報だけでも抜き出せれば大分違ってくると思うが」
「……出来ないとは言いませんが、いささかリスクが高いかと」
ここが勝負どころだ、とヴァンは腹に力を込めて続ける。
「『犬』がそれを予想していないとは思えません。その冒険者も『犬』を裏切れないよう相応に保険をかけられていると見るべきです。仮にこちらに引き込むことができたとしても、その者が正確な情報を掴んでいるとは限りませんので……」
「……他に情報源がない状況でその者に拘るのは却って危険か」
ヴァンの意見を認めた上で、しかし司教は諦めきれない様子だった。
「だが『犬』が目をかけているということは、その者自身にも相応の価値があるのではないか? 引き込むのが難しいのなら、『犬』と引き離すだけでも意味はあるように思うが……」
それはウルを排除して『犬』の力を少しでも削げないか、という意味。
「どうでしょう……先ほども申し上げた通り、そうした動きを『犬』が予想していないとは思いません」
そこでヴァンは一呼吸置き、言葉を慎重に選びながら言った。
「またこれは直接奴を見た上での個人的な意見にはなりますが、あれは引き込むにせよ排除するにせよ、到底リスクに見合った益が得られるとは思えません」
「ふむ……珍しく断言するではないか」
部下に言い切られて司教は鼻白んだ。
その言葉に全くの嘘偽りがないからこそ、司教は何の成果も得られないこの状況にやり場のない不満を覚えていた。
その反応を伺いながらヴァンは少しだけもったいぶるように間を置き、続ける。
「……それにその者とは今後も適度な距離を保ち、情報源の一つとして利用した方が有益かと」
「ふむ?」
「実はその冒険者は現在『犬』から無理難題を言いつけられているそうなのですが、これを上手く利用すれば先の一件で些か苦しい状況にある我らの立場を強めることができるやもしれません」
「……詳しく話せ」
「はっ。『犬』はスラムの住人の雇用創出を目的として、かつて自分で行っていた迷宮内での死体拾いを──」
この数時間後、司教はヴァンたち神殿騎士を引き連れ、意気揚々とギルドに乗り込むこととなる。




