第24話
その姿を見た神殿騎士たちが最初に考えたのは、リンが自分たちを裏切り、彼らと組んで罠に嵌めたのではないか、というもの。
しかしその疑念は彼女と共に現れたウルによってすぐに否定される。
「──ああ。このお嬢さんは別に皆さんを裏切ったわけじゃありませんよ。そこで出くわして、一緒に来ただけです。どうも僕をここから遠ざけたかったみたいですけど、まさか理由もなく力づくで妨害することもできなかったみたいでね」
「…………」
確かに。他の者ならまだしも、この状況でウルが現れれば対処に迷う気持ちは分かる。
それにもしリンが裏切っていたのだとしたらノコノコここに現れる理由はないだろう。疑いはむしろ失敗の原因を自分たち以外に求める八つ当たりのようなものだった。
一方足止めという役割を果たせず申し訳なさそうに視線を彷徨わせるリンだが、その瞳にはそれ以上にヴァンたちが拘束されていることへの困惑の色が濃い。
状況が理解できず立ち尽くすリン──いや、理解できていないのはヴァンを含めた神殿騎士全員がそうだ。黙り込む彼らを尻目に、ウルは芝居がかった態度で冒険者たちに話しかける。
「いやぁ、ロックさん。これは一体どういう状況ですか? 迷宮内とは言え神殿騎士の皆さんにこんな真似をして……追剥にしてもせめて相手を選びましょうよ」
ロックと呼ばれた青年は背後の仲間たちと顔を見合わせ、肩を竦めて失笑した。
「クハッ。そいつぁ酷ぇ言いがかりだ。俺らはこいつらに襲い掛かられた側ですぜ? 転がしてんのも仕方なく返り討ちにしただけだ」
「ええっ!? まさか、そんな、神殿騎士の皆さんが理由もなく人に襲い掛かったとでも!?」
ウルはワザとらしく大仰に驚き、目を丸くしてヴァンたちを見下ろした。
「いやいやいや。敬虔なる神の使徒たる神殿騎士の皆さんがそんな犯罪行為に手を染めるなんて──」
「疑うのはもっともですが、事実でさぁ。俺らは出るとこ出たって構いませんぜ?」
「ロックさんを疑うわけじゃありませんが……」
ウルは地面に転がるヴァンの前にしゃがみ込み、首を傾げる。
「……ひょっとして、この人たち、神殿騎士のカッコした偽物だったりしますか?」
ウルはニッコリと花咲くような笑みを浮かべて続ける。
「ねぇ皆さん。偽物なら偽物だって言った方がいいと思いますよ。神殿騎士が迷宮内で恥知らずにも罪のない人たちに襲い掛かるなんてあり得ませんし、この期に及んで身分を偽装していると罪が重くなるだけですよ?」
『…………』
「ね、偽物なんですよね? ほら、自分たちは神殿騎士のコスプレしたただの犯罪者ですって、ちゃんと白状してくださいよ」
『…………』
明かな侮辱であり挑発だ。ウルの背後で冒険者たちが口元を抑えて笑いを噛み殺しているのが見えた。
しかしヴァンたちは偽物扱いされてなお、それを否定することもできず黙って目を逸らすことしかできなかった。何せ自分たちがやったことは表に出ればただの犯罪行為。この状況で本物の神殿騎士だなどと名乗れるはずがない。
沈黙するヴァンたちを見下ろし、やがてウルは堪えきれなくなったようにクスクスと笑いを零した。
「プッ……クスクス。いや、すいませんからかうようなことを言って。実を言うと僕ら最初から全部分かってたんですよ」
その言葉にパッと顔を上げるヴァンたち。そこには憐憫混じりの失笑を浮かべるウルの顔があった。
「この間のゴブリン事案で先走った至高神の神殿の方々ですよね? 自分らが中央から白い目で見られるようになったのは、自分らに断りもなく騒動を解決した冒険者のせいに違いないって俺のこと調べてたんですよね? 具体的にどんな能力があってゴブリン事案でどんな活躍をしたのか。可能なら自分たちの勢力に引き込むか排除したい。だけど犬ジイの関係者っぽいから、中々取れる手段が少なくて苦労してたんでしょう?」
『…………』
自分たちの内情が丸裸にされていることに絶句する。
「ぜ~んぶ、犬ジイが教えてくれました」
──くっ!!
油断していたつもりはない。最大限警戒していた。にも関わらず仇敵に自分たちの行動が筒抜けになっていたという事実に、ヴァンは奥歯を砕けんばかりに噛みしめた。
──この状況を仕組んだのは『犬』? このガキは関係者どころか、完全な『犬』の部下ということか……?
全て『犬』の手の内だったのかと絶望するヴァン。しかしそんな彼の思考を、意外なウルの言葉が否定した。
「──全く、酷いと思いません? あの爺さん、自分のせいで俺が危ない目に遭いそうだってのに、ニヤニヤ笑いながらこんなこと説明してきたんですよ?」
『────!?』
ウルの発言にヴァンは目をむいた。彼には分かる──ウルの発言に嘘はない。
「……どういう、意味だ?」
「?」
「これは、あの老人の仕掛けたことではないのか……?」
ヴァンの問いかけにウルは不本意そうな表情で肩を竦めた。
「まさか。別に俺は犬ジイの部下でも何でもない。あの人が俺を守るために余計な労力を払う義理はないでしょう」
「……ならば、貴様とあの老人の関係はなんだ?」
「ただの取引相手です」
即答するウルの言葉に、やはり嘘はない。
──ただの取引相手と言うには関りが深すぎるように思える。しかしそれ以上の関係ならば『犬』が前面に出てこない理由は何だ?
ヴァンの脳裏に疑問が渦巻く中、ウルは半眼になって嘆息する。
「う~ん……何て言ったらいいのかなぁ。ゴブリン事案の中身についちゃギルドから口外を禁止されてるんで詳しいことは言えないんですけど、そもそも上級冒険者でも手を焼く騒動を、俺みたいなひよっこがどうこうできたと本気で思ってます?」
ウルを調べる契機となった大前提を覆しかねない発言に、ヴァンたちはポカンと大口を開けた。
「どういう、意味だ?」
「だからそのままの意味ですよ。おかしいと思いません? 詳細な情報は伏せられてて、だけど何か俺が関わってるっぽいって噂だけが出回ってるこの状況」
そこでウルは言葉を区切り、ボソリと小声で付け加えた。
「ホントはこういう発言もすべきじゃないんでしょうが……俺は別にそこまで犬ジイに恩があるわけじゃないんでね」
「どういう、意味だ?」
「…………」
同じ問いを繰り返すが、今度はウルは黙して何も答えない。
ヴァンの脳内で与えらえた情報がパズルのピースのように組みあがっていき──先に部下の一人が口を開く。
「──まさか、ゴブリン騒動を本当に解決したのは、貴様ではなく『犬』なのか?」
「…………」
ウルは無言で微笑み何も答えない。
部下たちはむしろその反応に確証を得た様子で、次々と推理を口にしていく。
「貴様が解決したという情報が出回ったのは意図的か偶然か……どちらにせよギルドもあまり『犬』の影響力が大きくなることは望んでいまい。敢えてそれを否定はしなかった」
「いや、『犬』もいい歳だ。策だけ出し、こやつが実行役を担ったということではないか? ギルドや他の者も実態を把握していない可能性もある」
「だが、敢えて『犬』が自分の功績を隠す理由は何だ?」
「裏で何か取引があったか、それとも自分の手の長さを誤魔化すためか……」
「情報が足りん。この状況で奴の思惑を考えてもドツボにハマるだけだ! 肝心なのは、奴がこの小僧を囮に使ったということ──」
興奮した様子で喋り続ける部下の輪に加わることなく、ヴァンは黙ってウルの表情を窺っていた。
部下たちの会話の中で、ウルは既に『犬』に囮にされた一冒険者に過ぎず、そもそも彼に注目したこと自体が間違いだったということになっている。
自分から矛先が逸れたからだろうか、ウルはその話の流れに満足しているように見える──が、それだけだろうか?
ヴァンのその疑問が形になるより早く、ウルがパンパンと手を叩いて部下たちの言葉を遮る。
「推理や想像はご自由ですが──皆さん自分がどういう状況に置かれてるか忘れてません?」
『────』
そう、ヴァンたちは正当な手続きを踏まず迷宮内で冒険者たちに襲い掛かり、返り討ちに遭い捕縛された。
自分たちが探ろうとしていた魔導技師──ウルの正体が何であれ、その事実は何も変わらない。
「流石にこれだけのことをやらかせば神殿騎士とは言えもみ消すのは不可能でしょう。この街の至高神の一派も決して一枚岩じゃない。俺らや犬ジイが手を出さなくても、頭を過激派に押さえられた現状を良く思わない方々が積極的に動いてくれるでしょうしね」
『…………』
絶望的で確実な未来予測に神殿騎士たちは言葉を失う。
皆、この場で見逃せと騒いでもどうにもならないと分かる程度の知能はあり、自分たちがどのような処分を下されるか、そしてそのことが身内にどのような影響を及ぼすかを想像し、表情を暗くしていた。
「──見逃してほしかったら、相応の対価を払っていただかないとね」
『────は?』
その絶望に滑り込むように聞こえたウルの言葉に、ヴァンたちは耳を疑う。
「ん? まさかタダで見逃して貰えると思ってたわけじゃないでしょう? 貴方がたやその関係者全員の将来がかかってるんです。はした金で済ますつもりはありませんよ。ねぇ?」
ウルに話を振られて、後ろでやり取りを見守っていたロックたちが口々に同意する。
「ああそうだ。なんせ殺されるとこだったんだから、しっかり払うもん払ってもらわにゃな」
「心理的甲斐性? とにかく俺らの心にゃ大きく深~い傷がついた。こいつぁ中々治療に手間と時間がかかるなぁ」
「どうせお前らいい家の出なんだろ? 金がなけりゃ実家に泣きついてでも払えよ」
ニヤニヤと笑いながら、彼らも金でカタをつけることに異存はないようだ。
完全に罪を逃れることは不可能だと考えていたヴァンは、理解できないといった面持ちでかぶりを振って口を開く。
「どういう、つもりだ……? まさか、我らを見逃すと言うのか?」
「払うもん払ってもらえればね」
「ふ──っ!!」
ふざけるな──そう、叫びそうになった口を歯を食いしばって閉じる。
自分が口にしていい言葉ではないと理解していながら、しかしヴァンはからかわれているとの思いを捨てきれなかった。
そんな内心を見透かすようにウルは嘆息。
「別にふざけてるつもりはありませんよ。あんたらを官憲に突き出したところで俺らにゃ百害あって一利なし。それなら金で手打ちにした方が賢いでしょ」
「……どういう意味だ?」
ヴァンは僅かに落ち着きを取り戻し、問い返す。
「言葉通りですよ。あんたらを突き出して俺らが得られるもんと言えば、精々教会関係者からの恨みだけだ。仮に過激派が一掃されても、他の連中が『面子を潰された』って逆恨みしてこないとも限らない」
「…………」
あり得ることだ、とヴァンはウルの懸念を内心で肯定した。
「……我らが貴様らに報復するとは考えないのか?」
「さぁ?」
ウルはアッサリ肩を竦めた。
「これ以上俺らに関わるメリットはないと思いますけど、プライドが絡む話なんで俺には何とも。まあそうなったら、本格的に犬ジイに庇護を願い出るしかないかもしれませんね」
「…………」
暗に『これ以上仕掛けてくるなら自分は完全に犬ジイにつく』と宣言され、ヴァンは押し黙る。
彼らがこの状況で自分たちを抑える“保険”を準備していないとは考えづらい。
何より自分たちを倒した手段──【聖壁】が発動しなかった原因が全く分からない現状、彼らに手を出すことは躊躇われた。
ウルが本気で自分たちと敵対してしまえば、その手段は間違いなく『犬』を始めとした敵対者に渡る。いや既に渡っている可能性はあるが、こちらと和解するということは、少なくともその手段を広めるつもりはないという意思表示だろう。
──万一、あれが偶然ではなく、我らの護りを封じる手段があったとして、それが公に広まることになれば……
自分たちどころか至高神──いや、宗教関係者に関わる全てのパワーバランスが激変する。
──こいつの言葉に嘘はない。だが、我々の襲撃を明らかに予期し罠にかけた行動といい、十中八九何か裏がある。本当にこのままこいつの口車に乗っていいのか……?
自分たちに選択肢などない。
そのことは理解した上で、ヴァンはウルの手を握ることに強い躊躇いを覚えていた。
それは使命感や理性もそうだが、このまま引き下がってどう上司を報告しようと途方に暮れる無意識の社畜的思考でもあった。
「……一つ、聞かせろ」
「おや。この状況でまだ何か?」
「いいから答えろ。貴様らも今後不要な疑いを向けられたくはないのだろう?」
ヴァンは敢えて強気にウルに問う。
「貴様らはここで何をしていた?」
「ふむ……?」
「我々を罠に嵌め、話し合いのテーブルにつけるだけならもっと簡単で確実な方法が幾らでもあったはずだ。態々人を雇って、こんな場所で何をしていた?」
何か根拠があっての問いかけではない。
だがウルから返ってきた答えを聞いて、ヴァンは一も二もなく和解案に飛びついた。




