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第7話

「……よし、こんなとこか」


ウルは犬ジイから借りた新たな拠点の片づけを終え、部屋を見回し満足げに頷く。


元々荷物は少なかったので引っ越しや掃除は短時間で片付いたのだが、作業場のレイアウトについこだわり棚などを設えていたら、結局丸一日以上かかってしまった。




ヒポグリフに襲われたあの日から今日で四日目。

ウルはその際に約束したとおり、犬ジイが所有する一軒家を無償で借り受け、引っ越してきていた。


新たな拠点は郊外の庭付き一軒家。

一人で使うにはやや過剰な広さの5LDK平屋建てで、五つある小部屋の内一つを寝室、一つを物置、一つを作業場として使用しても尚、一部屋が余っていた。計算が合わないと思われるかもしれないが、残る一つは先住者の荷物がそのまま残されていて魔法で固く施錠されており、犬ジイからもここだけは決して立ち入らないよう警告されている。


建物そのものは古いがきちんと掃除や手入れが行き届いており、雨漏りなどの不具合は全くなし。本当に、無償で借りるのが怖くなってくるほどの好物件だ。


しいて難点を挙げるとすれば、ギルドや迷宮、商業地区から少し離れていることぐらいだが、個人的にはそれも周囲が騒がしくなくて丁度いい。


ちなみにこの家に入居したのは昨日から。

犬ジイが迷宮に開いた新たな出入り口を塞ぐ段取りや、方々への説明や根回しで忙しく、その手が空いたのは事件から三日が経過した昨日だった。


ウルはその間バイト先に事情を──かなりぼかして──説明し、昨日から三日間ほど休みをもらっている。急にまとまった休みをもらって少し申し訳なく思ったが、上司は便利だからとバイトのウルに仕事が偏りつつあった現状をリスクヘッジ上好ましくないと危惧していたらしく、逆に向こうから少しシフトを減らせないかと打診を受けた。宿代、金庫代などの固定費が不要となったので、当面は週三~四日程度のシフトとなるよう調整しているところだ。


そして丁度ウルも、その空き時間を利用して試してみたいことがあった。




「ふん~ふ~ふ~、ふふふ~ん」


鼻歌を歌いながら、作業場に器材──蒸留器と鍋と乳鉢──をセットし、素材を運び込む。


今回準備した素材はテンタクルスツリーの切れ端とランタン草、星の砂。後は近くの湖から汲んできた桶一杯の水。


ちなみに水以外の素材は、ウルが自ら迷宮に潜って採取してきたものでも店舗で購入したものでもない。実はこれは全て、バイト先の素材買い取り業者で発生する売り物にならない廃棄品をタダで譲り受けてきたものだった。


これはバイトをしている時からずっと考えていたことで、この街に溢れている低品質の素材をうまく活用することが出来れば、迷宮都市という土地柄を活かして効率的に金策と修行ができるのではないか、と。これから行うのはその第一歩となる試みだ。


「ホント、低品質も低品質、魔法屋でこんなの並べてたら客が逃げかねないレベルのクズ素材だけど、見栄えを無視して最低限の成分だけでも抽出できれば、なんとかなる……かも?」


素材の質はシンプルな構造の消耗品であればある程度誤魔化せる、はず。実際、どこまで質を担保できるかはやってみないと分からないので、ウルはものは試しと割り切って作業に取り掛かった。



まず蒸留機に水を注ぎ作業用の窯に載せて火にかける。そして蒸留水ができるのを待っている間にテンタクルスツリーの切れ端を包丁で細かく刻み、粘り気が出てきたら乳鉢で念入りにすり潰す。植物の繊維がほとんど固形を保たなくなった段階で、それを漉し布に包んでギュッと絞り、透明な樹液を抽出した。


その後、蒸留水を鍋に半分ほど注ぐと、沸騰させながらテンタクルスツリーの樹液を少しずつ、かき混ぜながら加えていく。


一時間ほどその作業を続け、鍋の中の液体が僅かに赤みを帯びてきたら、今回の調合に使う有機溶剤が完成。



「──っ、ん~~っ……!」


故郷を飛び出して以来、久しぶりの魔導技師らしい作業に、やけに身体が重く疲労を感じたウルは大きく伸びをして身体をほぐす。


「……何だろ、これ。別に普段のバイトと特別疲れるようなことやってるわけじゃないんだけど──あ~、肩凝るし頭がぼ~っとする」


バイト先の単純仕分け作業に慣れた脳が集中力を使う作業に悲鳴を上げている。ウルは目を瞑って大きく深呼吸を繰り返し、十五分ほど小休止した後、残る作業に取り掛かった。



日に焼けて変色したランタン草をさっと湯がいて、これも包丁で細かく刻み、残っていた蒸留水と一緒に鍋に投入しヘラでかき混ぜながらひたすら煮詰めていく。水分がとんで鍋の中身が粘り気を帯びヘラに纏わりつく様になってきたら、星の砂を投入。そこに先ほど作った有機溶剤を少しずつ反応を見ながら流し入れた。


「よし……よし」


有機溶剤によって鍋に投入した素材が結合し、ランタン草の赤茶色に染まってた鍋の中身が透明なスライム状の物質へと変化していった。


鍋の中から色味が消えたことを確認してから火を止め、冷ましながらゆっくりヘラでかき混ぜていく。そして素手で触れる程度にまで温度が下がったら、中身を清潔な布を敷いていた机の上に移し、それが固くなる前に素早く指で小指の第一関節ほどの大きさにちぎり、球形に丸めていった。


「……あ~くそ! 直ぐ固まって上手く行かね~!」


最初の方は上手くいっていたが、時間が経つにつれて固くなって上手くまとまらなくなっていき、慌てて作業した結果、最後の方は当初の三倍ほどの大きさとなり、球形もかなり歪でひび割れてしまっていた。


「…………まあ、あれだ。見た目が悪いだけで、効果にはそんなに影響ないから」


出来上がった品を見てウルは自分をそう誤魔化すが、効果よりも見た目が商品の値段に直結することをウルは内心よく理解していた。


試作品、試作品と自分を騙しながら、予め煮沸消毒していた小ぶりなガラス瓶の中に出来上がった透明なゼリー状の物体を小分けにしていく。都合一〇個の瓶にみっちり商品を詰め終え、しっかり密閉してウルは大きく息を吐いた。


「ふぅ…………できたー!」


丸一日がかりの長時間の作業を終えて、ウルは思わず歓声を上げた。そして瓶に詰まった完成品を手に取り、ためつすがめつして満足そうに一つ頷く。


「うんうん。瓶に詰めたらこれはこれで味があって悪くないじゃん」


ウルが作っていたのは消臭剤だ。

犬ジイからこの街では冒険者向けの高度で複雑な探索用の魔道具はニーズがないと聞き、どうやって魔道具作りで金を稼ごうか悩んだ結果思いついたのがこれ。


この迷宮都市に来てからずっと思っていたことだが、多種多彩な魔物の素材を扱い、身だしなみを気にしない粗雑な人間の多いこの街は、全体的に臭い。慣れれば街で普通に過ごす分にはさほど気にならないが、生の素材が持ち込まれるギルドや素材買い取り所は時折ウッと吐きそうなほどキツイ臭いがすることがある。


そんな環境を少しでも改善できればと作ったのがこの消臭剤。


「とりあえず明日、ギルドとバイト先に持ち込んで試してみてもらうか」


しっかり消臭効果があって、ニーズがあるようなら、これは安定した収入源になる可能性がある。


素材はこの街ならタダ同然で入手できるものばかりで、製作方法も非常に単純。魔導技師なら誰でも真似れる代物ではあるが、犬ジイに聞いたところではこの迷宮都市には魔導技師がほとんどいない。また、そもそもそれほど利ザヤの大きな商品にはなり得ないので、仮に魔導技師がいたとしても競争相手になる可能性は低いだろう、とウルは考えていた。


とは言っても、あまり大きな期待はしていない。

こんなのは正真正銘思い付きに毛が生えた程度のもの。この街に来てから全く魔導技師らしいことが出来ていなかったので、作業場兼住居確保記念にちょっと何かやって見たくてやっただけのことだ。


「……まあでも、久しぶりの作業ってのも悪くないもんだな」


使用した器具を洗い素材の余りを片づけながら、ウルはただ心地よい疲労と満足感に包まれる。


この軽い気持ちで作った消臭剤が意外な結果をもたらすことなど、この時の彼は全く想像もしていなかった。




その日の深夜。


引っ越しや調合作業の疲れで深く眠りに落ちていたウルは、身体の上にのしかかる重みと冷たい鋼の感触で目を覚ます。


月明り差し込む寝室で彼が目にしたのは──


「お前。よくもまあ堂々と踏み荒らして……この家が誰のものか、知らないなんて言わせないわよ」


自分の身体に馬乗りになってナイフを首元に突き付ける、冷たい瞳の少女だった。

【今回の収支】

<収入>

 銀貨17枚

 ・バイト代(2日分)

<支出>

 銀貨19枚 銅貨9枚

 ・生活費(4日分) 銀貨12枚

 ・DIY材料費   銀貨 7枚 銅貨9枚

<収支>

 ▲銀貨2枚 ▲銅貨9枚


<所持金>

(初期)金貨6枚 銀貨23枚 銅貨23枚

(最終)金貨6枚 銀貨21枚 銅貨14枚

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