第19話
「どうしたものか……」
「…………」
上司から『ゴブリン騒動を解決した冒険者について調査せよ』との命令を改めて受けた神殿騎士ヴァンは、部下の女──リンと陰鬱な表情を浮かべていた。
場所は神殿騎士団の詰め所──と言えば聞こえはいいが、エンデに常駐している団員は二〇人弱。詰め所といっても長屋のようなもので、神殿と異なり彼の執務室は最低限の備品と装備しかない簡素なものだった。
「その冒険者──ウル、と言ったか? ガードがついているというのは間違いないのか?」
「……十中八九、間違いないかと」
ヴァンの問いかけにリンは慎重に言葉を選んで応じる。
「仮に私の勘違いであったとしても、彼は当初の予想以上に周囲の注目を浴びています。近づく者がいれば、何らか疑いの目で見られることは避けられないでしょう」
「むぅ……穏当に当人から情報を引き出すことは難しいか」
ヴァンはどうしたものか、と顎髭をなぞりながら溜息を吐く。その表情は隠すことなく『面倒だ』と主張していた。
神殿騎士ヴァンは家を継げない男爵家の五男として生まれた。
貴族として人並みの野心を備えていた彼は、自分に聖騎士としての適性があることを知ると立身出世を目指し若くして至高神の門を叩く。幸いにも水準を上回る程度の才能はあったようで、二〇代にして正式に騎士叙勲を受けることができた。
ケチが付き始めたのは迷宮都市への派遣を命じられた時。迷宮都市における至高神の権勢は弱く、ハッキリ言えば左遷。早めに出世しすぎたので少しそこで大人しくしていろという大貴族出身者の嫌がらせだ。
今から思えば言われた通り大人しくしていれば早めに中央に呼び戻して貰えたかもしれないのに、当時の彼は若く血気盛んだった。
功績を立てて少しでも早く中央に戻ろうと、迷宮都市で最も野心的な勢力──過激派に所属してしまう。しかもそこで半端に実力を示してしまい、司教に次ぐNO.2──実戦部隊のまとめ役になってしまった時にはもう完全に手遅れだった。
今や彼は司教の──使えない──懐刀。気が付けば中央に戻ることも叶わず、ましてこの迷宮都市ではポジションがなくこれ以上の栄達も叶わないというドン詰まりの状況だ。
これでどうして真面目に仕事をしようと思えるものか。
今回の冒険者の一件に関してもハッキリ言ってやる気はなかった。
そもそも上司──というより過激派の力は周囲が思っているほど強くなく、情報を集めたところで具体的に打てる手はほどんどない。今回の件もどうせ上司は情報を知るだけで満足し、特に何も行動には移さないだろうと高を括っていた。正確には満足するように報告する情報を選別するつもりだったわけだが。
実際に催促される前に適当な報告さえ出来ていればそうなっていた可能性は高い。が、件の冒険者についての情報は思いの外ガードが堅く、あれこれ手をこまねいている間に半端な報告では許されそうにない状況に陥ってしまった。
「こうなることが分かっていれば、もっと早くに思い切った手を取ることもできたんだが……」
「……当初は情報程度、簡単に集まるものと思っていましたし、言っても詮無いことかと」
「分かっている。ただの愚痴だ」
おずおずとしたリンの言葉に溜息を吐き、ヴァンは気持ちを切り替えた。
「──さて。あそこまで司教から具体的な指示を受けては、今更半端な情報を上げたところで許してはもらえまい。最低限、あのゴブリン騒動の顛末とそれにその冒険者がどのように関わったか。後は『犬』との関りについて、どの程度の情報が集まるか、だな」
「……ログナー司教は可能であればその冒険者の取り込み、不可能であれば排除を望んでおられると思いますが」
今指示を受けているのは情報収集までだが、司教は当然それ以上を望んでいる。ヴァンと異なり上司の意図に忠実であろうとするリンは、先を読んだ言葉を口にした。
「分かっている。何にせよそれは情報を集めてから判断すべきことだ」
部下相手とはいえ、まさか『うるせぇ。適当に誤魔化すんだよ』と本音を吐くこともできず、ヴァンは真面目くさった表情で手を振り、それを誤魔化した。
「まずはどこを攻めるか、だ。ギルド関係者には緘口令が敷かれている。その冒険者本人は『犬』のガードが固い。……行動を共にした周りの冒険者から情報を引き出すことはできないか?」
具体的な方法論の話になり、リンは少し考えるそぶりを見せ、冷静に受け答えする。
「……件の冒険者のパーティーメンバーは『犬』の孫娘とオークの族長の娘、それから他に『血盟の乙女』のメンバーが二名確認されています」
「女ばかり、ハーレムパーティー──というにはちょっと癖が強過ぎるな」
「はい。本人以上に手出しするのは危険な者たちです」
ヴァンは「だよなぁ」と溜め息を噛み殺した。全員、バックについている者がヤバすぎる。
「仲間を狙うのは難しいか。他にそいつの関係者は?」
「……いえ。都市外の出身で、冒険者となって半年足らずと聞いていますので」
「パーティーメンバー以外に親しいと呼べる者がいるとは考えにくい、か」
「はい。いたとしてもギルドか『犬』の関係者である可能性が高いでしょう」
つまり周りから情報を引き出すことは難しいということだ。
また敢えてヴァンは口にはしなかったが、人質を取るなどの選択肢も消えた。
「結局、本人が一番狙い易いということだな」
「……現時点で判明している情報においては、ですが」
となると後は“どんな”情報を“どうやって”引き出すかだ。
「……そもそもその冒険者に司教が注目しているのは、上級冒険者でも解決できずにいたゴブリン騒動の収束に大きく貢献したという噂があったからだ。まず騒動の詳細と、そいつが具体的にどのように貢献したかを優先して確認すべきだろう」
「ギルドが偽装情報を流した可能性を疑っておいでですか?」
リンはそもそも新米冒険者が騒動解決に役立ったという情報そのものに疑念を持っている様子だ。
「……いや、もしそうならもっと分かりやすいカバーストーリーを大々的に広めているだろう」
「確かに」
それはその通りだ、とリンは頷く。
「騒動について確認するのは、まずそいつがどんな技術や能力を持っているのかが知りたいからだ。それが引き込むか排除するかの判断材料となるし、『犬』がそれをどう扱っているかの推測材料にもなる。藪をつついて『犬』に噛み殺されるのは避けたいからな」
「……確かに」
その冒険者と『犬』の関係性を直接探らずに済むなら、それに越したことはないとリンは深々と頷いた。
どんな情報を優先して集めるかという点について同意が得られたことで、話題はその具体的な手段へと移る。
「冒険についての話題だ。理想はそいつと臨時ででもパーティーを組むことだが──」
リンはその気になれば冒険者として振る舞うこともできる。何かあった時に備えてギルドへの登録自体は済ませているし、冒険者として彼に接近するという選択肢がないわけではない。
「既にその冒険者はパーティーを組んでいますから、わざわざ能力も素性も知れない人間と組む意味は薄いかと。何より、そのパーティーには『犬』の孫娘がいます」
「確実に怪しまれる、か」
「はい」
ヴァンは最初から難しいとは分かっていた様子で、あっさりと意見を引っ込めた。
実際にはウルがパーティーを組んでいるのはオークのエレオノーレだけで、しかもそれも未だ“お試し”が消えていない状態なのだが、その辺りの事情を彼らは知らない。
「となると次善の手段は、お前が一般人として接触することだが──『犬』にガードされている可能性が高い、と」
「はい。それに一般人として近づくとなれば、騒動についての話を聞きだすには相当慎重に時間をかける必要があります。酒や女遊びの激しい人間ならまだしも、周辺を調べた限りその者にそうした気配はありませんので」
「やはり『犬』の孫娘が気づかないはずがない、か」
ヴァンとリンは互いの意見をすり合わせ、やはりハニトラは難しいことで同意する。
「それとなく情報を引き出すことは難しい。となると穏当でない手段も選択肢に入れなくてはならないわけだ」
「…………」
そうは言って、こちら側に引き込むという選択肢が消えていない以上、直接本人に拷問して情報を引き出すような真似ができるわけでもない。
いやヴァンの本音としては『どうせ過激派に賛同する冒険者なんていねぇよ』と考えてはいたが、勝手な行動でその選択肢を潰せば上司の怒りを買う。それなら『何もわかりませんでした~』と言って無能と罵られる方がマシだ。
ヴァンはしばし思考を巡らせ、ふと思いついたように案を口にする。
「……冤罪をふっかけて事情聴取という形で話を聞くのはどうだろう? 例えば迷宮内でそいつに危害を加えられたという被害者をでっちあげて、その真偽確認のために我々が事情聴取を行う。本人に自覚がないまま危害を加えてしまった可能性を探るという名目で、そいつのスキルや活動状況について話を聞くことはできるんじゃないか?」
とても正義と秩序を司る至高神の信徒とは思えない発言だが、過激派である彼らにとって冒険者のようなならず者は“正しからざる者”であり、厳密には人間ではない。リンはその発言の善悪について反応を示すことなく、実現可能性と問題点についてのみ思考を巡らせた。
「……事情聴取それ自体は不可能ではないと思いますが、ギルドを通じて関係者からの抗議はあるかと。下手をすれば『犬』本人が出てくる可能性もあるのではないでしょうか」
その冒険者が『犬』の庇護下にあることは公然の事実だ。
それに直接危害を加えるわけではないとはいえ、疑いをかけるというのは──
「リスクが高い、か」
「はい」
するとしても本当に最後の手段だろう。
だが今のところ他に有効な手段が見当たらないことも確かだ。
──いっそ、このまま何もせず無能と罵られるのも選択肢だな……いや。そうすると俺はともかく、リンの立場が危ういか……
いかに司教であろうと教会内で相応の地位を持つヴァンを公にできない理由で更迭することはできないが、正式な神の加護を得ていないリンの場合はそうもいかない。彼女の上役として最低限その立場は守ってやらねばなるまい。
──ん?
そこでふとあることに気づく。
「おい。例のゴブリン騒動を解決したのがその冒険者のパーティーであったことは確かだろう。だがあれだけの騒動だ。メインかサポートかは別にして、そいつら単独で行動したとは考えにくい。他に関与した冒険者がいるんじゃないか?」
リンはその問いに一瞬目を丸くし、しかし直ぐに渋い表情になって答える。
「それは……いたとは思いますが、当時のギルドのアナウンスを鑑みるに恐らく上級冒険者ではないでしょうか。接触するにはリスクが高い相手かと」
「恐らくメインはそうだろうな」
ヴァンはその意見を否定せず認めた上で続けた。
「だがあの時は上級冒険者も手一杯の状態だった。ガードの堅い人間だけで周辺を固める余裕があったと思うか?」
「────」
リンの表情に理解の光が宿る。
ゴブリン騒動の間、中堅以下の冒険者は迷宮に潜れず、今はその損失を取り戻そうと躍起になっているはずだ。つまり──
「中堅以下の冒険者で羽振りのいい人間を探れ」
「はい!」




