第17話
「教会関係者? ああ、私も時々襲撃を受けるな」
迷宮探索が休みの日の過ごし方は人それぞれだ。
一般的な冒険者は訓練に時間を費やしたり、息抜きをしたり、一日中寝て身体を休めたり。
ウルのように『休みとは何ぞや』と言わんばかり空いた時間があれば魔道具の製作や研究、スラムで行っている事業に顧問として顔を出したり忙しくしている者もいるが、これは極めて稀な例だ。
この辺りは勤勉というより彼の未熟さの表れで、オンオフの切り替えができていないことを周囲から注意されていたりする。優秀な冒険者、戦士ほど休むことの重要性と上手い休み方を理解しているものだ。
一方オークであるエレオノーレは、この休日の過ごし方にも制約がある。
人類社会において、亜人種かつ戦闘種族であるオークは忌避される傾向が強い。この迷宮都市エンデにおいてオークの街中での活動を制限する法は存在しないが、しかし目的もなくオークが一人街中をうろつくことはやはり歓迎されなかった。
よって冒険者としての活動がない日は、エレオノーレは基本的にオークの集落がある半迷宮の中で同族たちと訓練や農作業の手伝いなどをして過ごしている。
ただ元々人間の文化に強い憧れを持ち、そのために冒険者にまでなったエレオノーレにとって、集落の穴倉暮らしは退屈なものだ。以前はそれが当たり前だったとはいえ、地上の暮らしを知ってしまった今では集落の中でゴロゴロしているのは却ってストレスが溜まる。
そんな彼女は最近カナンたちのクランに遊びに行ったことを切っ掛けに、休みの日は何だかんだ理由をつけて仲間たちのところに遊びにいくことを覚えていた。
大抵は面倒見の良いカナンやエイダのところで、二人の都合が悪い時はウルの家で雑談をして帰っていく。
ちなみにレーツェルとはメンバー内で一番付き合いの古い昔馴染みのはずだが、二人がプライベートで一緒にいるところをウルは一度も見たことがない。
今日はそんな、エレオノーレがウルの家に遊びに来た日。
「襲撃を受けるって……いや、それ大丈夫なのか?」
魔道具の製作作業の手を一旦止め、エレオノーレにお茶を出して一息ついたタイミング。
雑談の中で『そういや俺、教会関係者に目を付けられてみたいなんだよ~』と先日の出来事を口にしたところ、返ってきた反応が冒頭のアレ。何とエレオノーレはちょっかいどころか直接的な襲撃を受けていると言い出したので、ウルはギョッと目をむいた。
しかし当のエレオノーレはことの重大さが分かっているのかいないのか──あるいは単純に慣れているのか、平然とした表情で首を傾げる。
「ふむ……まぁ、こうして五体満足でいるのだから大丈夫なんじゃないか?」
「その理屈はおかしい」
治癒呪文や霊薬などが発達し、例え死んでも死体の保存状態さえ良好なら高確率で蘇生可能な現代社会において、五体満足なら大丈夫というのはかなりの暴論だろう。
「普通は襲撃を受けた時点で大問題なんだからな。そもそも何で襲撃なんて──」
と、そこまで言いかけてウルは言葉に詰まる。
「私はオークだからな」
エレオノーレは若干の自嘲が籠った声音で、肩を竦めてあっさりと言った。
元々、人類に広く信仰されている光の神々はオークのような亜人種に好意的ではない。それは彼らの祖先が、自分たちと敵対する闇の神々、あるいは日和見を決め込んだ中立の神々を信仰していたことに由来するが、だからと言って表立って亜人種と敵対し、排斥しようとする好戦的な宗派はほとんどない。
その数少ない例外が、まさに今ウルが話題に出した至高神過激派──所謂『教会関係者』だった。
「そんな気にしないで欲しい。襲撃といっても本気で命を取ろうというわけではなく、嫌がらせ程度のものなんだ──少なくとも今のところは、ではあるが」
思わず口ごもってしまったウルを安心させるように、エレオノーレは笑みを浮かべて言った。
「元々そういう扱いを受けることは慣れていたし、こうして冒険者としてやっていくことを決めた時点で、そうしたリスクがあることは覚悟していた。長老連中からは何度も警告を受けていたしな。これでも昔に比べれば、教会関係者の動きも大分穏当になったほうなんだぞ?」
「……そうなのか?」
嫌がらせ、警告程度とは言え襲撃を受けた時点で決して穏当とは言えないと思うが。
「ああ。私が生まれる前は、集落に定期的に刺客が送り込まれていたという話も聞くからな」
「それもう実質戦争じゃね!?」
極端すぎると頭を抱えるウルに、エレオノーレはポリポリ茶菓子を齧りながら何てことのないように言った。
「実際は戦争にならないギリギリのラインを狙われた形だな。当時は持ち物などから襲撃者が至高神の信者であることは分かっても、それが過激派の組織だった行動と分かるような証拠はなかったと聞く。オークである我々が抗議しても無視されただろうし、万一報復などすれば教会関係者だけでなく人類全体を敵に回しかねん。所謂、命懸けの嫌がらせという奴だな」
「そんな“所謂”はねぇよ」
ウルは呆れたようにツッコミ、貰い物のマテ茶を口に含んで気持ちを落ち着かせる。
「……というか、そこまで嫌がらせを受けたら、他の場所に移り住もうって発想はなかったのか?」
「どうだろう? 何分私が生まれる前のことだからな……」
ウルの疑問に、エレオノーレは腕組みして首を捻る。
「そういう話もあったのかもしれんが、実際には難しかっただろうと思うぞ?」
「どうして?」
「どこに行こうと我々にとって安住の地などそうあるものではないからな。であれば、大半の者は危険があっても馴染みのあるこの土地に住み続けようという意見に傾くと思う」
「…………」
確かに人類の支配圏で亜人種──特にオークが安心して暮らせる土地などほとんどない。恐らくは、今彼女が口にした迷宮都市でさえ、他の土地に比べればよほどオークにとってはマシな環境なのだろう。
ウルは軽々しく『他所に行け』などと口にしてしまったことを後悔する。
そんなウルを見てエレオノーレは軽く肩を竦めて付け加えた。
「……まぁ、大婆様あたりは刺客のことも『良い遊び相手が来た』程度にしか考えていなかったそうだから、単純に気にしていなかっただけなのかもしれないが」
「おい」
台無しだった。
半眼になるウルに微笑んで、エレオノーレは複雑な内容を至極単純に総括する。
「ともかく、教会関係者は昔から我々オークを敵視している。どうしたって多少の嫌がらせはあるということだ」
「簡単に言うなぁ……」
──しかしそうか。ある意味、エレナたちは俺の先輩ってことか。
オークの境遇には同情するが、それは周囲の勝手な感想で、オークたちには何の意味もないものだ。ウルは思考をより現実的なものに切り替え、改めて問いを口にする。
「……これは同じように嫌がらせを受けるかもしれない立場の人間としての質問なんだが、実害はどの程度のもんなんだ?」
「ふむ……?」
この話題になって初めてエレオノーレが難しそうな表情になる。
「私とリーダーではまた立場が違うが……こと私に関して言えば、ちょっとした嫌がらせ程度だ。本気で命まで取りにくるつもりはない──と、思う」
「そうなのか?」
それは少し意外だ。言い方は悪いが、どうせオークもエレオノーレ一人殺された程度で本格的な報復を行おうとまでは考えないだろう。教会関係者ならもっと強気に出るのでは、とウルは想像していた。
「ああ。以前奴らは我々を刺激しすぎた結果、オークとローグギルトを結びつけてしまうという失態を犯したことがあるからな。私の存在は良くも悪くも注目されているし、下手に藪をつつくような真似はしたくないのだろう。今のところ悪評を流されたり持ち物を壊されたり、私が嫌になって自発的に冒険者を辞めるように仕向けている程度さ」
「…………」
自分が知らない間にエレオノーレがそんなことになっていたのか、とウルは神妙な面持ちになる。
自分が知っていたとして、彼女に何がしてやれたとは思わないが、それでも。
そんなウルの内心を察してか、エレオノーレは人差し指を唇に当てて悪戯っぽく笑った。
「あ。今回の件はカナンたちには内緒だぞ? あまり気を揉ませたくはないからな」
「……俺はいいのかよ?」
「リーダーはお仲間になったみたいだからな」
「……嫌な仲間だ」
顔を見合わせ苦笑する。
そして気を取り直し、改めてウルは話題を自分のことに移す。
「今のところ俺は嫌がらせみたいなのは受けてなくて、この間ハニトラ要員?っぽいのに接触されたかも、って程度なんだけど、今後嫌がらせに発展すると思うか?」
「どうだろうな。奴らの動きを予想するというのはなかなか難しいものがあるのだが……」
そう首を捻って、エレオノーレは一つ気づいたように訂正を入れる。
「勘違いはしないで欲しいが、別に狂信者の頭の中など分かるか、と言っているわけではないぞ」
「そうなの?」
「うむ。長老たち曰く『奴らは頭はおかしいが馬鹿ではない』。我々への過度な排斥が失策だったと認めることができる程度には冷静だし、現時点で自分たちの主張が人類社会の支持を得られないと分かる程度には現実が見えている」
褒めているのか馬鹿にしているのか微妙な表現だ。いや、明らかに馬鹿にはしているか。
「問題は奴らが決して一枚岩ではないということだ」
「ふむ?」
「迷宮消滅を本気で最終目標に置いている者もいれば、単に冒険者憎しで排斥しようと考えている者もいる。あるいはただの人気集めの過激な主張や、迷宮利権に絡みたいだけの者もな。我々オークに対する対応はどの勢力も似たり寄ったりだが、奴らがリーダーのことをどう考えるかというと……」
ウルは注目こそされているが、その立ち位置は曖昧だ。
教会関係者が彼にどう接するかは、その中でも勢力ごとに分けて考えないといけないということか。
今のところの対応を見ると、排斥ではなく取り込みの方向で動いているようだが──
「……なぁ、それひょっとしてさぁ」
「ん?」
「ひょっとしてなんだけど、取り込みも嫌がらせも全部乗せで来る可能性があるってことか?」
「…………おお!」
目を輝かせて納得するエレオノーレと対照的に、ウルはただひたすらに面倒くさそうな未来予想に大きく溜め息を吐いた。




