第15話
冒険者ギルドから再び下層探索を依頼されたレーツェルたちだが、下層探索は冒険者たちの精神と体力を当人が自覚している以上に削る。
流石に昨日の今日にもう一度というわけにもいかず、カナンとレーツェルの話し合いの結果、再アタックは一週間の休息を挟んだ後で、ということに決まった。
正直ウルには精神的にも体力的にもさほど消耗した自覚はなかったが、彼の場合はより即物的に使い切った炸裂弾などの消費アイテムを補充する必要がある。魔導銃やガーディアンがあるので全く戦えないわけではないが、やはり消費アイテム無しでは瞬間的な戦闘力や対応力は大幅ダウンが避けられない。
この状態では下層はおろか迷宮に潜る気にもなれず、ウルはこの一週間の間に消耗品を一気に量産する心づもりで材料調達のため一人街に繰り出していた。
「えっと、薬草関係は全部揃えたし、溶剤はまだ在庫がある。後は……火精石や鉱物系だけか」
道端で買い揃えた材料と荷物とを見比べ、ウルは「しんど」と溜息を吐く。
調子に乗って少し買い過ぎた。軽い物から順番に購入していたので気づくのが遅れたが、これに加えて鉱物系の素材を持ち運ぶのは少し厳しそうだ。
普段はガーディアンに荷物を背負わせていたので、その感覚が頭にあったのも良くなかった。現在ガーディアンはオーバーホール中で、ここには連れてきていない。
「どうすっかな……一度家に戻るか……」
自分の筋力と移動の手間とを天秤にかけ、果たしてどちらを選ぶべきか頭を悩ませている、と──
──トサッ
「あ、すいません!」
背中に触れた軽く柔らかな衝撃と声に、ウルの思考は中断された。
振り返るとそこには、銀髪でスタイルの良い若い女性の姿が。
「私よそ見して前見てなくて……! その、お怪我とかありませんか……!?」
「あ、いえ……俺もぼーっと突っ立ってたのが良くないんで」
ペコペコと頭を下げる女性に、ウルは気にしないでくれと頭を上げさせる。しかし女性はすいませんすいませんと申し訳なさそうに謝罪を繰り返した。
「あ! 荷物が崩れちゃってる……!」
女性はウルが地面に置いていたズタ袋を見て目を丸くする。今日購入した素材がぎっちり詰まったその袋は、地面に倒れて中身がこぼれてしまっていた。
「すいませんっ!」
「ああ、いや……別に壊れ物とかじゃないんで……」
再び大きく頭を下げる女性にウルは大丈夫だと手の素振りで示す。念のため中身を確認してみても特に破損したものなどはない。そもそも大半は後ですり潰す予定のものなので、破損したとしても全く影響はない。
「ほら。全然大丈夫ですから」
「あ……」
ウルの背中側から女性が覗き込むようにズタ袋の中を確認する。その際身体が密着、女性の見た目以上に豊かな双丘が背中に当たり、ウルは咄嗟に漏れそうになる反応に奥歯を噛みしめた。
「えっと……この草?は砂がついちゃってますけど……?」
「あ、ああ。どうせ使う前に水洗いするんで、影響ないっす……」
触覚だけでない。
女性特有の甘い香りと、耳に心地よい声。女性が放つ全てがウルのオスの部分を刺激し、体温が急激に高くなるのを感じた。
──まさ俺、誘惑されてる……?
ウルがそんな勘違いをしそうになったタイミングで、女性はあっさりと身体を離し、再び頭を下げる。
「本当にすいませんでした」
深々とした丁寧なお辞儀に、下卑た勘違いをしそうになった自分を恥じる。
「あ、いえいえホント……俺もぼーっとしててすいませんでした」
互いに頭を下げ合い、そして同時に顔を上げ、目が合ってようやく二人の間の空気が緩んだ。
「…………」
「…………」
「…………ふふ」
「…………はは」
落ち着いたようにふんわりと笑みを浮かべる女性。
「えっと……何かお詫びをというのも、却って困らせてしまいますよね?」
「ですね。ホント気にしないでくれるのが一番です」
「ふふ、お言葉に甘えさせてもらいます」
そこで女性は表情を謝罪から好奇心に切り替え、ウルの荷物に改めて視線を向ける。
「凄い大荷物ですけど、お買い物途中ですか?」
「ああ、はい。ちょっと──」
そのまま道端で軽い雑談に入りかけた二人を邪魔したのは、聞き覚えの薄い男の声だった。
「お~い!」
二人が反射的に声のした方を振り向くと、二人組の男がウルの方を見て手を振っている。
ウルはその男たちの顔に見覚えこそあったものの、誰だったか思い出せず一瞬反応が遅れた。
「…………あ!」
そうだ、彼らは──
「あの、それじゃ私はこれで」
女性はやってくる二人組とウルの様子を見て自分がここにいるのは邪魔とでも思ったのか、軽く断りを入れて立ち去ろうとする。
「あ、はい」
「ご迷惑おかけしました」
そう言い残して、彼女は逃げるようにそそくさとその場から立ち去って行く。
そしてそれと入れ替わるように二人組がウルの下にやってきた。
「……あの女は?」
「さあ? 偶々ここでぶつかって、謝られてただけなんで」
去っていく女性を意味ありげに見つめるのは暗殺者のフルウ。
「何だ何だ? いい雰囲気のとこ邪魔されてご機嫌斜めか~?」
そう言って馴れ馴れしくウルの肩を抱く長身の男は弓士のロット。
二人はつい先日、ゴブリンヒーロー討伐戦で共に戦った上級冒険者パーティーのメンバーだ。
「別にそんなんじゃないっすよ……ってか、何の用ですか?」
「お~? 用がなきゃ話しかけちゃいけませんってか~? お高くとまってくれてんじゃねぇか、おい!」
「……別にそんなことは言ってないでしょう」
ウザ絡みしてくるロットに溜息を吐く。
ウルは口には出さないが、先ほどまでそこにあった女性の甘い匂いが男臭さにかき消され、その落差にテンションがダダ下がりだった。
「今までギルドですれ違っても話しかけてきたこととかないじゃないですか。何かあったのかと思うのは普通でしょ」
ウルとフルウたちは、ゴブリンヒーローの一件で知り合い程度にはなったものの、あれ以降特に親しくしているわけではない。ギルドですれ違えば軽く挨拶ぐらいはするがそれだけ。わざわざこうして話しかけてきたのは今回が初めてだ。
ロットはそんなウルの塩対応に鼻白んだように腕を離し、鼻を鳴らした。
「ふん。つまんねぇ反応だな。せっかく助けてやったってのに」
「つまんなくて悪かったですね──助けた?」
ロットの言葉に気になるものを感じ、振り返る。彼はワザとらしく両手を広げ、芝居がかった仕草でその疑問に答えた。
「おお、そうだ! お前さんが昼間っから厄介な女に引っかかってるようだったから、俺らが颯爽と助けてやったんじゃねぇか」
「厄介な女って……」
それやひょっとしなくても、偶々ぶつかって謝られていただけのあの女性のことか?
「別にあの人はそんなんじゃなくて、ちょっとぶつかっただけで──」
「ばっか!!」
ウルの言葉をロットは大きな声で否定した。
「ばっか!!」
「……何で二度言ったんですか?」
「大事なことだからだよ──ばっか!!!」
「……三度目」
ロットはウルの若干面倒くさそうな反応を気にすることなく、自信満々に続けた。
「この街でツラのいい女が話しかけてくるとしたら、そりゃ詐欺か勧誘のどっちかだ。気づいてなかったんだろうが、俺はお前があの女にむしり取られるのを未然に防いでやったんだぞ?」
「それは……貴方の個人的な経験と感想では」
──ゴスッ!
「あたっ!?」
その物言いが彼の心のセンシティブな部分を刺激してしまったのか、かなり強めに拳骨が飛んできた。
「人が真面目に心配してやってんのにふざけるんじゃねぇ」
「えぇ~……?」
理不尽だとは思いつつ、また殴られるのは嫌だったのでウルはそれ以上の抗議の言葉は呑み込む。
「いいか? 今言ったのはこの街に住む男の冒険者なら絶対に覚えておくべきルールだ」
「……ホントですかぁ?」
疑わしげなウルの言葉は、ロットではなくその横のフルウに対して向けられていた。
「ちなみにこの街じゃ、トラブルを嫌って路上でウリやってる女はいねぇ。ワンチャン色気出しても無駄だぞ?」
「いや、知らんし」
──なんだ。何の用かと思えば、単に面白がって絡んできただけかよ。
ウルが二人の行動をそう結論付けようとした時、それまで女性の去って行った方向をジッと見つめていたフルウが口を開く。
「あの女、教会関係者だな」
「…………は?」
ウルはその言葉の意味が理解できず、反応が少し遅れた。そんな彼の態度を気にすることなく、フルウは淡々と言葉を続ける。
「歩いてる最中も一切背筋がブレていない。あれは訓練や体幹の強さはもちろんだが、それ以上にガキの頃からの厳格な生活習慣によるものだろう。貴族でもああはいかん。一般人らしく振舞おうとはしてるが、逆に違和感が出てたな。ちょっと敬虔な信者って程度で身につくレベルの所作じゃない」
「…………はぁ」
曖昧に頷く。そうとしか反応できない。
いきなりそんなことを言われても、だからどうしたとしか言いようがなかった。
偶々出会って話をした女性が教会関係者だからどうだというのだ。
まさか教会関係者が態々自分にちょっかいをかけようとしているとでも──
「気を付けろよ。教会は手段を選ばん」
「────」
「どうした? 鳩が豆鉄砲くらったような顔して」
フルウに指摘され、ウルは慌てて自分の顔を手で揉み解す。そして心底意味が分からないといった態度を隠すことなく口を開いた。
「いや……その言い方だと、まるで教会関係者が俺に個人的にちょっかいかけようとしてるみたいに聞こえるんですけど……」
「ああ。やっぱり自覚がなかったか」
フルウはそう言ってロットと顔を見合わせ、肩を竦めた。
「みたいも何も、お前は今この街で一番注目を浴びてる冒険者の一人だろうが」
──何それ? 初耳。




