第14話
「あ~……足回りに少し疲労が溜まってんな。一応自己修復の範疇ではあるけど、この際だし足回りの部品もチューンナップしとくか」
自宅の作業場でガーディアンの状態を確認しながら、ウルが「バージョンアップで金使ったばっかなんだけどなぁ」とぼやく。
冒険者ギルドでの事情聴取を終えたウルたちは、普段ならどこか酒場で打ち上げをするところ、今日は直ぐに解散していた。酒場に繰り出すには丁度よい時間ではあったのだが、フィールドボスに追われ純血の竜を目の当たりにした精神的な疲労は大きかった。
下層探索経験のあるカナンとエイダ、タフなエレオノーレでさえ迷宮を出た後は目に見えて動きが緩慢になっていたのだから、やはり純血の竜のプレッシャーは相当なものだったのだろう。
ウルも大人しく自宅に戻ったが、どうも気持ちが落ち着かず魔道具の点検を始めることに。と言っても今日使用したのは大半が消耗品で、しかも逃走時に大半使い切ってしまっている。手持ち無沙汰にガーディアンをバラして退屈を紛らわせていた。
「こうなってくるとツノが邪魔だな……攻撃手段は噛みつきだけにして頭部とっかえるのもアリか」
そう呟き──いやいや、貧乏人が金を持つとつい無駄遣いしかしねぇな、とゆるりとかぶりを振る。
先日のゴブリン事案の後、ウルがガーディアンに行ったバージョンアップは主に制御系──頭脳に当たる部分に関するもの。その甲斐あって当初ぎこちなかったガーディアンの動作は、現在は一般的な肉食獣とほぼ変わらないスムーズなものへと変化している。
製作当初は上手く噛みつきができなかったため、やむを得ず攻撃手段として付けたツノも、今となっては噛みつく際の邪魔となってしまっていた。
まあ攻撃面はともかくとして、走行動作は大幅に改善されており、今日の雲の巨人からの逃走でも大分助けられた。
「……バージョンアップ前だったら、もう少し苦労したかな」
逃げ切れなかったとは思わないが、もう少し余裕のない状況に陥っていたかもしれない。
──まただ。
自分の思考に走るノイズにウルは浅く嘆息した。
ゴブリン事案の後、冒険者に復帰してからずっとこうだ。気が付けば『できて当然』と思っている自分がいることに、ウルは違和感を覚えるようになっていた。
今日の探索ではそれが特に顕著だった。
レーツェルから危険な囮のような役割を任された時も、口では危ないと言いながら、内心ではそれほど嫌がっていなかった。実際にフィールドボスが追いかけてくる可能性は低いという言葉に言いくるめられたのもそれが原因。本気で危ないと思っていたなら、例え可能性が低くともウルはレーツェルの提案を拒否していただろう。
要するに、レーツェルの作戦を聞いた時、ウルは心の奥底でこう思っていたのだ。
『悪くない作戦だ。多少危険はあっても、俺ならできる』
そう、無意識に。
何と驕った考えだと自分でも呆れてしまう。
あのゴブリンヒーローと対峙して以降、自分はタガが外れてしまっている。街の危機を、上級冒険者でも失敗した問題を解決して、自分が何か優秀な人間になったとでも勘違いしているのだろうか。自分一人で解決したわけでもないのに。つい数か月前には上層の蝙蝠相手に死にかけていたひよっこの分際で。
「はぁ~…………」
溜め息を吐きながら、ウルはガーディアンの背に額を当てて体重を預ける。
──何でこんな勘違いができるんだろう……
腕っぷしではカナンやエレオノーレはおろか、非戦闘職のレーツェルにさえ敵わない。レーツェルのように斥候ができるわけでも、エイダのように知識や呪文で様々な状況に対応できるわけでもない。そのことはつい先日、実際に思い知らされた。
自作した魔道具を使えばそこそこの仕事はできるが、それにしたって決して特別なものではない。
あんなものは所詮、金貨の詰まった袋で敵の鼻っ面を叩いているようなもの。採算性は悪いし、瞬間的な火力や効果にしたって少し格上の呪文遣いならリソース無しに実現できる程度のものだ。
今まではそれが偶々上手くハマるシチュエーションだっただけ。決して勘違いしてはならない。そう、繰り返し自分に言い聞かせる、が──
「あぁ…………クソ恥ずかし」
「おや。思ったよりお疲れ?」
──コンコン
声に遅れてドアをノックする音が聞こえる。
ウルが今更驚くこともなく振り返ると、そこには開いたドアに寄り掛かり既に部屋の中に入っているレーツェルの姿があった。
「……勝手に入ってくんなって、いつも言ってるだろ」
彼女の無断侵入はいつものことだが、黙認は権利の放棄につながると義務的に文句を言うウル。
レーツェルはそれに肩を竦めたのみでサラリとスルーし、無遠慮につかつか近づいてきた。そしてウルの前で一部解体されているガーディアンを見て首を傾げる。
「あら。直接戦闘はなかったと思うけど、どっか壊れたの?」
「……いや。バージョンアップしてからこっち、実戦でフル稼働させたのは今日が初めてだったからな。不具合が出てないか、念のためチェックしてるだけだよ」
「そう。もし故障してたら修理代は皆で割るからちゃんと言ってね?」
ウルはそれに「おう」とだけ答え、そして嘆息。
「……それで? 何しに来たんだよ。今日は疲れたから解散するって話じゃなかったか?」
「ん~? 今日は色々あったからね」
レーツェルは曖昧に答え、そして手に持っていた包みを掲げて言った。
「差し入れ。夕飯まだでしょ? 一緒に食べようと思って」
つまりウルを心配して様子を見に来てくれた、ということなのだろう。
「…………おう」
ウルは短く答え、ガーディアンの点検作業をそのままに、手の汚れを服の裾で拭って立ち上がった。
「それで、本物の竜を見た感想は?」
チキンと香味野菜のボイルをメインに、テーブルには食べやすいサッパリした料理が並んでいる。どこかで見たことがあるので、恐らく馴染みの酒場で料理をテイクアウトしてきたのだろう。
それを黒パンにのせて齧るウルに、レーツェルは改めてそんな問いを口にした。
「…………ん?」
言葉は聞こえていたが答えが思い浮かばず、時間を稼ぐようについ誤魔化すような声を出してしまった。
「だから竜を見た感想よ。苦労してあそこまで行ったんだから、どう思ったのか聞いてみたいじゃない? 昼間は馬鹿みたいな答えしか返ってこなかったから、改めてどうだったのかな~って」
「ああ……」
確かに、迷宮内で純血の竜を見ながら同じ問いをされた時は、『でかくて強そう』とかクソみたいな答えしか返せなかった。
「エレナは混血の竜は見たことがあったし“圧倒的な格上”にも慣れてたつもりだったんでしょうけど、あの子にとっても純血の竜は特別だったみたいね。平気そうに振る舞ってはいたけど、ずっとフワフワして地に足がついてなかったわ」
「……かもな」
竜の領域から離れた後も、エレオノーレは黙り込んだり突然口数が多くなったり、精神的に少し不安定になっている様子が見て取れた。
「カナンとエイダも、あれで純血の竜とのご対面はまだ三回目だからね。エレナよりはマシだけど、やっぱりご飯食べる気にはなれないみたい」
「…………」
そちらは気づかなかった。いや、強いストレスを受けていたことは感じていたが、まさか食事もとれないほどだとは。
「竜を見たいって言いだしたのがそっちとは言え、一応私も気にしてるのよ? 特にあんたは巨人に追われるって滅多にないことも経験したわけだし」
後者に関しては俺が希望したわけじゃない、という反論を口の中のパンと一緒に飲み込む。
「──ま、食欲はしっかりあるみたいだし、そんな心配する必要もなかったみたいね」
「…………お前は?」
ケラケラと笑うレーツェルに、ウルは反論の言葉が思い浮かばず、ついそんな言葉を口にしていた。
「ん?」
「お前はどうなんだよ?」
レーツェルは指についたチキンの脂を舐めとりながらアッサリと。
「あたしは慣れてるし──あ、冒険者になる前から爺ちゃんにくっついて、って意味ね。初めての時もそんなにショック受けた記憶はないなぁ……」
「ふ~ん……」
曖昧に相槌を打つウルに、レーツェルは逃がさないぞとグイとテーブルの上に身体を乗せ、前のめりになって顔を覗き込んだ。
「──それで、感想は?」
たっぷり一〇秒ほど困ったように沈黙した後、ウルは絞り出すように言った。
「…………あの時言った通りだよ。デカくて、強そうだなとは思ったけど、それだけ」
それは掛け値なしのウルの本音だった。
竜が絶対的な存在だということは感じ取れたし、その気になれば何時でも自分が殺されるということも理解できた。
勿論、恐怖心もあった。
だが、それらはエレオノーレら他の者たちが感じているような“特別”なものではなかった。
「ふ~ん」
その感想を否定も肯定もすることなく、レーツェルはその先にあるものを見透かすようにジッとウルの目を見ている。
「──ただ、不思議だな、とは思ったよ」
だからつい、ウルはそんなことを口にしていた。
「不思議?」
「ああ。純血の竜がとんでもない化け物だってことは理解できた。あれを止められるモノなんてこの世のどこにも存在しないだろうなって、思う」
「…………」
「だから不思議なんだ。何で竜は、わざわざ迷宮の中に棲みついてるんだろう?」
太古の昔には地上の支配者だったという竜。
しかし現在、そのほとんどが地上に比べればはるかに狭い迷宮の中にしか生息していない。
迷宮に封印されている?
いや、あの生き物を封印できるものがこの世界に存在するとは思えない。
「迷宮って……何なんだろうな?」
その呟きにレーツェルは視線を逸らし、一瞬何か言葉を呑み込むようなそぶりを見せた後、言った。
「……本当にね」




