第13話
「…………長いな」
「ね」
「うむ」
「はぁ」
冒険者ギルドの個室に通されて早三時間超が経過。
思わず愚痴を漏らしたウルに仲間たちは窘めることなく同意した。
「カナン姉、何やってるのかしら……」
「多分、代表者ってことでヒアリング以外のことも色々話してるんでしょ」
どこか物憂げに溜息を吐くエイダに、爪を弄りながらレーツェルが反応する。
この場にいるのはウル、レーツェル、エレオノーレ、エイダの四名で、カナンだけは別室でギルド職員から事情聴取を受けていた。
事情聴取自体はカナンに限った話ではなく、四人も既に個別に話を聞かれていて、カナンがその一番最後。ただ既にカナンが部屋を出てから一時間近くが経過しており、もうそろそろ帰れるだろうと思っていたウルたちは待たされ過ぎてすっかりダレてしまっていた。
「……いっそギルドへの報告は日を改めた方が良かったのではないか?」
「気持ちは分かるけど、それやったら丸一日潰れることになってたと思うわよ」
「それは……いやだな」
比較的真面目で我慢強いエレオノーレも、探索の疲れもあってウンザリした態度を隠せない。それを窘めるレーツェルでさえ完全に目が死んでいた。それはウルもエイダも皆似たようなものだった。
フィールドボス──雲の巨人の討伐を終えたウルたちは、本来の依頼を途中で切り上げて地上へと帰還。冒険者ギルドにフィールドボス発生と、その討伐について報告した。
一般的に──冒険者界隈というニッチな業界では──フィールドボスは“討伐不可能”な存在として認知されているため、彼らの報告にギルドは混乱した。特別問題が起きたわけではないので大混乱というほどではないが、未だゴブリン事案の後始末に追われている担当のロイドが天を仰ぎ汚い言葉を吐き捨ててしまう程度には、ギルドとしても無視できない事象だった。
これがそこいらの経験の浅い冒険者が報告してきたのなら『ちょっと強い魔物をフィールドボスと勘違いしてこんなバカなことを言っているんだな』と笑い飛ばして終わり。しかし彼女ら──特にレーツェルはこの迷宮都市エンデでも数少ない下層探索のスペシャリストであり、行動を共にしているのはギルドらの信頼厚いメンバーだ。
嘘を言っているとは思わないが真偽は慎重に判断しなくてはならない。
そう考えたギルド職員──ロイドは至高神の神殿に真偽判定官の派遣を要請。言の葉の真偽を明らかとする至高神の奇跡を以ってウルたちの報告内容を精査することとした。
それでも全員一度に聴取してしまえばもっと早くにウルたちは解放されていただろうが、ロイドの仕事はデスマーチ最中でありながら丁寧だった。彼はウルたちが“錯乱してフィールドボスを倒したと思い込んでいる”意図しない虚偽の可能性も考慮。一人一人個別に事情聴取を行い、発言に偽りがないかだけでなく、個々の証言に齟齬や矛盾がないかなど、慎重に精査していった。
その結果がこの三時間超にも渡る待ち時間。探索を途中で切り上げたため今日は夕方前には地上に帰還していたが、そろそろ夕食時でお腹も空いてきた。もしほんの少しでもギルド職員の態度に失礼なものがあれば、誰か途中で帰っていたかもしれない。
「竜種って耳がないでしょ?」
「……ああ、言われて見れば」
「だから耳の代わりに舌で音を聞いてるんだって」
「ほ~ん。そういや蛇もそうだって聞いたことあるな」
「でしょ~。まぁ、竜種は魔力ソナーが発達してるから五感に頼らなくても周囲の状況全部把握できてるんだけどね」
意味ね~、と笑って今度はウルが。
「人魚って基本、雌の姿だろ?」
「うん」
「繁殖の時は、その群れで一番人気のある雌が性転換して雄になるんだけどさ」
「魚とか貝だと多いね」
「雌の性欲が強すぎて雄になった人魚は大抵腹上死するんだってさ」
羨ましいのかどうなんだか、とレーツェルが嗤う。
「ユニコーンって雄しかいないから、初物の雌馬が見つからないと雄同士で──」
「──何やってんだい、あんたらは」
個室のドアを開けて呆れたカナンの声がレーツェルのトークを遮る。カナンの横には目の下に隈が色濃く刻まれたロイドの姿が。
「あ、お帰りカナン姉。遅かったね」
「ああ。このシブチンと報酬の話でちょっとね」
エイダに軽く応じ、カナンはロイドを一睨み。
そして改めて、先ほどと同じ問いを口にした。
「それで? あんたら何馬鹿なやり取りしてるんだい?」
「暇だったから」
「古今東西死ぬほどくだらない魔物プチ雑学を」
「ネタが無くなったり役立つ情報だと負けね」
レーツェルとウルが固まった身体を伸ばしながら答える。
「ちなみに役立つかどうかの判定係は私だ」
エレオノーレも席を立ち軽く屈伸して付け加えた。
カナンはその馬鹿馬鹿しい内容にツッコむべきかどうか迷うような表情をし──結局、これだけ待たされればおかしくもなるかと嘆息するに留めた。
「それで、結局話はどうなったのかしら?」
唯一暇つぶしに不参加だったエイダ──レーツェルは負けるのが嫌だったのだろうと睨んでいる──は、姿勢を正しながらカナンとロイドに説明を促す。
二人は隣り合うように席につき、顔を見合わせカナンの方が口を開いた。
「結論から言うと、フィールドボスの討伐自体は認められた。ただあまり前例のないことなんで報奨金についちゃ一旦棚上げ。ギルド上層部で協議した上で後日支払い、って形になった」
「まだ支払うと決まった訳では……」
口を挟もうとしたロイドだがカナンに睨まれ口を噤む。
「調査依頼の報酬は?」
「そっちは当初予定の半額だとさ。コイツときたら『五階層分の調査で一階層分しか調べてないので報酬は五分の一』とか抜かしやがるから苦労したよ」
レーツェルの質問にカナンは厭味っぽくロイドを睨んだまま答えた。どうやら時間がかかったのはそれが原因らしい。
冒険者の立場としては下層に行くまでに手間がかかっているのに単純に成果で報酬を割られたらたまらない。一方でギルドとしても決められた予算がある。それは対立するだろうな、とウルはその睨み合いを他人事のように見ていた。
報酬についての話に続いてロイドがコホンと咳払いして補足する。
「今回の一件は本来であればより詳しい調査を行うべきところですが、例のゴブリン事案の後始末でどこも人手が足りません。皆さんの実績に鑑み証言を全面的に信じる形で上層部には稟議を上げておきます。ただし──」
そこでロイドは一同にギロリと視線をやり、
「今回の件は周囲に与えるインパクトが大きいため、一切の口外を禁止します。こんな危険な討伐方法、真似する人が現れても大変ですしね」
「いや、そんな馬鹿いないでしょ」
危険な討伐方法をした当人が冷静にツッコみ、女性陣もうんうんと頷く。
「貴方が言う…………いやまぁそうでしょうが、公表してあれこれ外部対応する余力もないですし」
ロイドが嫌そうな顔をしながらボソリと付け加える。口外秘とする本音はこちららしい。
『…………』
ウルたちは仲間同士で顔を見合わせ、問題ないだろうと頷き合う。
報酬については予想の範疇だし、フィールドボス討伐の話が公表されないというのも都合がいい。
冒険者として名が売れるのは本来望むべきところだが、ウルたちは先日のゴブリン事案もあって実力以上に名が売れすぎている。これ以上目立ってもやっかみやトラブルを招くだけでメリットがなかった。
「また、これはお願いという形になりますが、今回未達となった二十五階層までの調査は引き続きそちらで。出来れば近日中にお願いします」
「それは構いませんけど……」
調査依頼のメインを担うレーツェルが代表して応諾するが、首を傾げ言外に『急ぐ理由は?』と問い返す。
「先日のゴブリン事案もあって、ここしばらく下層に出入りする冒険者が少なくなっています。これだけ長期間情報が途切れると、フィールドボスに限らず他に異常が発生している可能性も否定できませんし、早めに確認をとりたいのですよ」
「なるほど」
レーツェルは頷き、仲間たちの顔を見て確認を取る。女性陣は仕方ないと頷くが、唯一ウルだけは微妙な表情で良いとも悪いとも反応を示さずにいた。
そんな彼の反応にロイドは苦笑し、付け加える。
「勿論、次回からはフィールドボス発生やそれに類する懸念があると判明した段階で撤退していただいて構いません。その情報には別途報奨金を出しますので」
口ぶりからすると、既にその辺りの予算は上にねじ込んできた後のようだ。
ウルは一先ずホッとして応諾の頷きを返す。
「それにしても……先日のゴブリンの一件と言い、皆さんは本当に話題に事欠きませんねぇ」
一通り用件を話し終えて、ロイドが呆れたようにぼやく。
「特にウルさん。前回といい今回といい、あまり無茶はいけませんよ」
「いや前回はまだしも、俺、今回は完全に被害者でしょ?」
「どうだか……」
不名誉な物言いに反論するウルだったが、しかしロイドの反応は冷ややかだった。
助けを求めるように仲間たちに視線をやるも、レーツェルはおろか、カナンやエイダ、エレオノーレでさえ肩を竦めてフォローする気配がない。
「いやいやいや。今回俺は無茶な囮役をそこの女にいいように言いくるめられて押し付けられただけで──」
「だとしてもキチンと拒否しなさい」
ロイドの声に責めるような色はないが、この機会にしっかり言い聞かせておこうと考えているようだ。
「勿論、押し付けた側も問題ですが、冒険者は自分の身は自分で守るのが大原則です。貴方がノーと言わなければ、周りは勝手に”問題ない”と判断してしまいますよ」
──まぁ……実際そうだったし。
「皆さんも、先ほども個別に注意しましたが、彼にあまり無理をさせないように。彼はまだ冒険者歴一年未満の新人で、できるできないの判断が拙く貴女方に頼らざるを得ない部分が大きいのですから。皆さんに限って悪意があってのことではないと信じていますが、こういったことが続くと”新人を使い潰している”と見做されかねませんよ」
「いや~、一応フォローする方法は考えてたんですよ?」
「それにしたって、です。……ウルさんももっとしっかり怒ってることをアピールしていかないと、今後もいいように使われてしまいますよ」
──怒るほどのことか?
「そもそもフィールドボスと接敵すること自体があり得ません。あれは人類では勝てないからこそのボスなんですから」
──勝てないって……別に強さを競ってるわけじゃないだろう?
「もうこんな無茶をしてはいけませんよ?」
「……ハハ、もちろん」
──余裕があったわけじゃないけど……いや、どうなんだろう?
ウルは内心に浮かぶ奇妙な違和感に愛想の良い仮面で蓋をし、うんうんと相槌を打つ。
その噛み合わない姿に、唯一レーツェルだけが探るような視線を向けていた。




