第11話
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」
ウルは高速で疾走するガーディアンの背にしがみつきながら、背後から迫る雲の巨人の圧に悲鳴を上げた。
彼のガーディアンは先日のバージョンアップにより、悪路でも安定して五〇キロ以上の速度で走行可能。そのパーティー随一の移動速度を見込まれ、こうして命懸けの囮役を押し付けられてしまったわけだが、雲の巨人の移動速度はそれを大きく上回った。
巨人は重力を感じさせない──実際無重力──大股の一歩で数十メートルの距離をあっという間に詰めてくる。
──ドグァァァン!!
ウルはその接近に合わせて背後に炸裂弾を撒き、巨人の移動を妨害。悲鳴を上げながらもその動作には遅滞がない。
爆発の瞬間、巨人は魔力による重力中和を解除。先ほどのように軽々吹き飛ばされることはないが、肉体が重さを取り戻したことでその瞬間だけ動きは鈍った。
その間もガーディアンは速度を緩めることなく走り続け、再び雲の巨人を引き離す。
──炸裂弾はあと五発! 尽きたら追いつかれる! それまでに何とか辿り着けるか……!?
頭の片隅で『あれ? 結局これって俺が囮にされてるだけじゃね?』と我に返る自分から目を背け、ウルは生き延びるために全神経を集中させた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁ、はぁ……はぁ」
「撒いた……か?」
雲の巨人がウルを追いかけ姿が見えなくなった後もしばらくそのまま走り続け、一番体力のないエイダの息が切れたのに合わせてカナンたちは足を緩め、背後を振り返った。
ウルの炸裂弾が爆発する音が微かに聞こえ、そこから彼がまだ生き延びていること、自分たちが完全に逃げ切ったことを確信する。
「どうやら……上手く、やってる……みたいね」
腰に手を当て息を整えながらレーツェル。
「いや、上手くって……本人が聞いたら……怒ると思う、ぞ」
息が切れているからか、自分も彼女と同じ押し付けた立場だからか、カナンのツッコミにも力がない。
「聞かなくても……絶対今頃、キレてるわよ」
悪びれることなく言い切るレーツェルに、もはやツッコむ気力もわかない。
カナンとエイダはメンバーが窮地に陥っているにも関わらず平然とした顔のレーツェルに『まさか騙して彼を囮にしたのでは?』との疑念さえ抱いたが、すぐ傍にいるエレオノーレを気遣ってそれを口に出すのは思いとどまる。それが真であれ偽であれ、ウルを慕っているエレオノーレが冷静でいられるはずがない、と。
カナンたちは恐る恐るエレオノーレの顔色を窺う──と。
「というか、作戦を話してる途中からリーダーはキレてたと思う」
「あ。やっぱり?」
しかしそこには全く焦った様子のない、平静な面持ちのエレオノーレの姿があった。彼女はジト目でレーツェルを睨みながら、
「うむ。キレてたけど周りが誰もツッコまなかったから『あれ? おかしいのは俺の方か?』とツッコむタイミングを逸した感じだったな」
「ははぁ。それで今頃やっぱり『騙されたぁっ!?』って怒ってる感じかしら」
「どうだろう? 文句を言う余裕があるとは思えないが……」
「確かにねぇ」
仮にも今仲間が窮地に陥っている──自分たちが生き延びるために犠牲にしてしまったかもしれない──というのに、平然としているレーツェルたちの姿に、カナンとエイダは思わず目を丸くして顔を見合わせた。
ウルと彼女たちの仲は良好だと思ったのだが、自分たちが知らないだけで裏で彼が二股をかけて二人に命を狙われるようなエピソードがあったのだろうか、と真剣に首を捻る。
どうにも違和感が拭えないカナンは、つい我慢しきれず責めるような声を出してしまった。
「……あんたら、随分平然としたもんだねぇ」
「カナン姉」
エイダが袖を引っ張って制止したことで、カナンは我に返り気まずそうにそれ以上の言葉を口にしなかった。
一方、レーツェルとエレオノーレはその言葉の棘に気づかなかったのか、あるいは気づいた上で無視したのか、顔を見合わせ肩を竦めた。
「まあ、特に心配する必要は無いだろう」
「そうね。拒否しなかったってことは、本人も内心どうにかできると思ってたってことでしょうし」
軽く言ってのける二人に、カナンとエイダは正気を疑うように顔を歪めた。
「……正気? いえ、彼にあんな役割を押し付けた私が言えた義理じゃないけど、流石にそれは楽観が過ぎるんじゃないかしら。フィールドボスに追われて生き延びられる人間なんて上級冒険者にもそうはいないのよ?」
カナンとエイダを弁護するならば、二人はそもそも自分たちがフィールドボスに見つかって、逃げ切れない状況に陥る可能性はほとんど無いと考えていた。口では一割以下と言っていたが、それはかなり高く見積もって。ウルを囮にするがごとき作戦の第三段階は本当に保険で、気休め程度のものだろうと。
実際そうなった時には誰かを切り捨てる判断をせざるを得なかっただろうし、その時に備え全員が生き延びられる可能性という大義名分を用いて、最も危険な役割をウルに押し付けたのはこの場にいる全員だ。
レーツェルとエレオノーレだけを責めることはできないが、あまりに楽観的な発言に、つい言葉に棘が混じるのはやむを得ないことだった。
「大丈夫だ」
そんな二人の不安を払うように、エレオノーレはキッパリと言い切る。
「リーダーは確かに経験不足で弱っちくて自信がなくて色々面倒くさい人だけど、やればできる人だからな」
「やればできるって……それ普通、本当にできない人に使う言葉よ」
エイダの呆れ声に、エレオノーレは「そうなのか?」と首を傾げ微笑んだ。
「だがまぁ、リーダーはできるから大丈夫だ」
「……その根拠は?」
エレオノーレは当然の真理を告げるように自信たっぷりに告げる。
「リーダーは多少追い詰められてるぐらいが丁度いいんだ。普段は安全マージンを取り過ぎてて、本来の力が発揮できてない」
『…………』
何の根拠もないその発言に、カナンとエイダは何と言っていいものか顔を見合わせる。
そんな彼女たちに苦笑して、レーツェルが言葉を補足した。
「あいつは冒険者になったばっかの頃、馬鹿やって何度か死にかけたらしくてさ。その反動で過剰に自分の手札を低く見積もる癖があるのね。実際それで助かったところもあるし、その考え方自体は間違いじゃないんだけど……」
『…………』
反応に困っている二人に苦笑し、レーツェルは肩を竦めて見せた。
「ともかく、そこまで心配しなくてもいいわよ。最悪あいつが失敗しても、死体回収して蘇生する段取りぐらいは考えてるからさ」
言外に『そうはならないだろうけど』と付け加え、レーツェルはそのやり取りを打ち切った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ひとぉぉぉぉつっ!!」
──ドグァァァン!!
「ふたぁぁぁぁつっ!!」
──ドガァァァン!!
「みぃぃぃっつぅっ!!!」
──バァァァンッ!!
虎の子の五つの炸裂弾の内、あっという間に三つが消費された。
雲の巨人は炸裂弾の対処に慣れたようで重力中和の切り替えが鋭くなり、一発ごとに稼げる時間が少なくなっている。このままではとてもレーツェルに言われた目標ポイントまで逃げきれない。
だが追い詰められたウルに焦りはなかった。
「よぉぉぉぉつぅっ!!」
自分に飛んでくる四つ目の球体を見て、雲の巨人は接触の直前、ほんの一瞬だけ重力中和を解除する。減速は最小限、爆発の衝撃はこれで防げる──
──パスン!
『────!?』
しかし予想していた衝撃はなく、球体から吐き出されたのは爆炎ではなく煙幕──しかしそんなもの巨人の巨体の前では煙が頭部に届かず何の意味もなしていない。
不発か、と思考する巨人だったが、ニヤリと笑う小人の姿に自分が一杯食わされたことに気づき激怒する。
『グガァァァッ!!!』
「今度こそよぉぉぉぉつぅっ!!」
再び飛んできた球体に、今度は騙されるものかと速度を落とすことなくぶつかる雲の巨人。
──ドグァァァン!!
『────!?』
しかし今度飛んできたのは本物の炸裂弾。
重力中和を解除せず肉体の重さがほぼゼロになっていた巨人は爆風で大きく後ろに吹き飛ばされた。
その隙に再び距離を空けるウルとガーディアン。
雲の巨人はきりもみしながら地面に着地し、再びウルを追いかけて走り出すが、その頭の中は怒りと混乱でグチャグチャになっていた。
「いつぅぅぅつぅっ!!」
──ドガァァァン!!
再びの炸裂弾。だが混乱した思考ではスムーズな対処などできるはずもなく、吹き飛ばされこそしなかったが、逆に重力中和を解除する時間が長すぎて一瞬完全に足が止まってしまう。
自分はあの小人に振り回されている。
それを自覚した巨人は、脳を灼熱させ、かつてない怒りの咆哮を上げて疾走した。
『ウガァァァァァァァッ!!!』
大音量にウルは一瞬だけガーディアンの背で身をびくりと震わせたものの、それだけ。再び接近してきた巨人に魔道具を投擲した。
「むぅぅぅっつぅぅっ!!!」
爆発か煙幕か──怒りが振り切れ却って冷静さを取り戻した雲の巨人は、再び最小の重力中和解除でそれに対処する。しかし──
──ベチャァァ!
球体から噴き出たのはそのどちらでもなく、スライム状のトリモチ。
胸から下にベチャリと貼りついたそれを鬱陶しく思いながらも、雲の巨人は再び重力中和で自分の体重を軽減し加速──
『────!?』
身体が重い。
いや、巨人本来の重量からすれば微々たるものだが、全身に纏わりつくトリモチの重みが軽減されず、普段の感覚との違いに雲の巨人は一瞬バランスを崩して転びそうになってしまう。
ウルが使用したトリモチは空気に触れることで重量を増す性質を持っていた。これが普通の物質であれば巨人の重力中和能力により一緒に重量がゼロとなっていただろうが、トリモチ自体が魔力を宿していたため巨人の能力が上手く作用せず、このような結果をもたらした。
いつもと違う感覚に巨人が戸惑っている隙に、ウルたちはどんどん距離を広げていく。
『ガァァァァァァァ!!!』
多少の気持ち悪さはあるが、巨人の筋力の前ではこのトリモチ程度の重量は大した障害にはならない。
戸惑いから回復すれば、動きにさしたる影響はなかった。
何度も自分をおちょくってくれた小人を必ず食らってやると心に決め、巨人は再び全力疾走する。
小人がいくら悪あがきしようと、こうして自分が全力で走ればあっという間。ほら、もう手が届く──
『────?』
唐突に、目の前を走っていた小人と鋼の獣の姿が視界から消える。
戸惑いながらもそのまま速度を緩めることなく、ウルたちが消えた場所へと駆けよる雲の巨人。
この時ウルは魔道具の効果で【透明化】を発動し、巨人の視覚情報を誤魔化していた。
本来であれば優れた魔力感知能力を持つ古代巨人種の知覚範囲から逃れることはできないのだが、レーツェルが指示したこの場所は彼らの微細な魔力を塗りつぶす圧倒的な魔力に満ちている。
どこに行った、とウルたちが消えた周辺にかぶりを巡らせる雲の巨人。
だが何の気配も感じとれず、一体どういうことだと──
『────』
──ドクン、と巨人の心臓が大きくはねた。
マズい。頭に血が上っていた。気づかなかった。普段ならここには絶対近づかないのに。
さっきから魔力感知が働かない理由に、遅れて気づく。
いやそんなことより一刻も早くここから──
──バクン
逃げないと、と考えた瞬間、巨人の上半身はこの世界から消失していた。
続いて、腰の断面から噴水のように血を吹きあげ、地面に倒れようとする下半身を赤い巨大な舌がすると舐りとり、口の中に収める。
ほんの一瞬で、小国を壊滅させ得る力を秘めた巨人はこの世から姿を消した。
その後に残ったのは悠然と佇む鮮やかな真紅の竜──




