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第6話

「で? 何か遺言はあるか?」

『俺はこいつに騙されたんです!』


ロープで縛られた二人の男は、自分たちを冷たい眼差しで見つめるスラムの顔役──ロック曰く「犬ジイ」の死刑宣告に対し、異口同音に躊躇うことなく仲間を売った。


二人は互いにキッと睨み合い、


「ふざけんなクロム! テメェがヒポグリフ手懐けて売れば大儲けだなんざ言い出さなけりゃ──」

「そりゃこっちのセリフだエド! そもそも魔物を密輸しようってアイデアはお前が言い出したことだろうが!」

「あぁん!? テメェが迷宮に穴なんぞ開けなけりゃ、こんなことにはならなかったんだよ!」

「それ見たお前の第一声覚えてるか? 『でかした。こりゃ大儲けできるぞ』だ!」

「デタラメ言ってんじゃねぇ! 俺がそんな三下のセリフ言うもんか!」

「お前はいつも三下丸出しだろうが!? いい加減その『俺、頭キレるから』的な勘違いに気づけよ!」

「ンだと!?」

「やんのか!?」


ロープでグルグル巻きにされたままクロムとエドは額をぶつけ合い今にも取っ組み合いを始めそうな勢いだ。


そんな二人に犬ジイは溜息を吐くこともせず、淡々と告げる。


「それが遺言でいいんだな?」

『すんませんっしたぁ!!』


この爺さんは脅しではなくヤる。


初対面のウルでさえそう悟らざるを得ないその圧に、顔見知りだったクロムとエドはピョンと器用に跳ねて額を床に擦りつけ、全力で命乞いをした。




スラムの中に出現したヒポグリフをあっさり捕獲した後、ロックから事情を聞いた犬ジイ。彼は戻ってきたスラムの住人たちに号令を下し、逃げ出したクロムとエドを捕縛。この件に関してスラムの住人に緘口令を敷き、関係者を事務所らしき建物に放り込んだ。


その後、部下と思しき男に指示を下し、しばらく経つと屈強なオークの一団がやってきて縛られたままのヒポグリフをどこかに移送。僅か半刻ほどでスラムは従来の落ち着きを取り戻していた。


ちなみに事務所に連れ込まれた関係者は、容疑者の二人に加えてヒポグリフに襲われたウルとロック。元スラムの住人であるロックはともかくウルはとっとと解放して欲しかったのだが、それが無理なことは分かる。今回の件──迷宮の新たな出入り口の存在──が万一外に漏れれば、この地区は都市の上層部に収容されスラムの住人は行き場を失ってしまう。統制の利くスラムの住人ならまだしも、余所者のウルを簡単に解放できるはずがなかった。


──あれ? 今更だけど、俺って結構ヤバい状況……?


自分が口封じのために殺される可能性に思い至り冷や汗を流すウルを横に、犬ジイの事情聴取は淡々と進んでいった。




「……要するに、偶々家の床が抜けて迷宮と繋がっちまって、これ幸いと魔物の密輸を思いついたわけか」

「へ、へい……俺らも迷宮に潜ったことはあるんですが、ヒポグリフは攻撃さえしなけりゃ大人しいもんでしょう? 餌付けして帝都の好事家に売りゃ金になると思ったんですが……」


クロムと呼ばれた男が言いにくそうに言葉を濁す。それを見て犬ジイは呆れた様子で鼻を鳴らした。


「はっ。いざ迷宮から地上に出したら、途端に狂暴になって暴れだしたってんだろ?」

「そう、そうなんです! 何でわかったんで──げぶぅ!?」


クロムの顔面を靴の裏で蹴りつけて犬ジイは半眼で吐き捨てた。


「阿呆。迷宮から出た魔物はどいつも格段に狂暴になんだよ。んなことも知らねぇのか?」

「えぇっ!? 初耳っすよ!」


もう一人のエドが目を丸くするが、これはウルも同じ。


「迷宮に潜るなら常識だ、ボケ。何のために魔物が自分から出てくるわけでもねぇ迷宮の出入り口にあんな見張りが立ってると思ってんだ。テメェらみたいな阿呆を止めるためだろうが」

『…………』


顔を見合わせるクロムとエドに、犬ジイは淡々と続ける。


「まあ、それはいい。問題はテメェらが、あの穴を報告もせず放置したことだ。大方、適当に儲けた後で報告しようとでも考えてたんだろうが──」

「へへっ、よくお分かり──ぶぼっ!?」

「放置すりゃテメェらだけの問題じゃ済まねぇのは、分かってたはずだよな?」

『…………』


エドも、余計なことを言ってまた蹴られたクロムも神妙な表情で俯く。


その様子をしばし冷たく見下ろしていた犬ジイはやがて大きなため息を吐いた。


「……まあいい。クロム、ああなった以上あそこは没収。当面封鎖して穴は塞ぐ。文句はねぇな?」

「へ、へい」

「──ちょっといいっすか、犬ジイ?」


その会話に割って入ったのは、ウルと並んで椅子に座って話を聞いていたロック。犬ジイはその割り込みに不機嫌そうに顔を顰めた。


「あの家、うちの会社の管理物件なんでそういうのはこっちを通してもらわないと。それに穴塞ぐったって、そう簡単にできる話じゃないでしょ」


文句ではなく、手続き上どうするのかという問いかけに、犬ジイはしかめっ面を少し緩めてあっさり言った。


「俺が買い取る。あんなクソ物件、家主も嫌とは言わねぇだろ。交渉と段取りはロック、テメェがしろ」

「やりぃ! これでノルマがクリアできる!」

「……念のために言っとくが、アホみてぇな値段付けるんじゃねぇぞ」


軽く釘を刺すが、はしゃいでいるロックの耳には届いているのかいないのか。


犬ジイは嘆息し、クロムとエドに向き直って続けた。


「穴はオークに頼んで塞がせる。テメェらは罰としてオークの集落で奉仕活動だ。マザーにしごかれてこい」

『ひ……っ!』


ウルにはその言葉の意味が分からなかったが、二人は短く悲鳴を上げて項垂れる。しかし彼らもそれが温情ある措置だと理解していたようで、それ以上不満を口にすることはなく、静かに沙汰を受け入れた。


その後、犬ジイが部下に命じて二人をどこかに連行していき、事務所の中には犬ジイとロック、そしてウルの三人だけが残された。



「さて。待たせたな、坊主」

「いえ……」


四人掛けのテーブルにウルとロックが並んで犬ジイと向かい合うように腰掛ける。そして犬ジイは緊張するウルにおもむろに頭を下げた。


「今回はうちの馬鹿どものゴタゴタに巻き込んですまなかった」

「あ、いやいや! そんな頭を上げてください!」


最悪の可能性も予想していたウルは、平身低頭する犬ジイに慌てて頭を上げさせた。


「その、犬ジイさんが悪いわけじゃないですし、自分も助けてもらったわけですから……!」

「……そう言ってもらえるとありがたい」


顔を上げた犬ジイは申し訳なさそうな表情で言葉を続ける。


「その上で重ねて勝手な願いではあるが、今回の件は一切他言しないでもらいたい」

「勿論です! 絶対に口にしません!」


口封じなど御免だと、ウルは一も二もなく犬ジイに頷く。彼はウルの反応に穏やかな笑みを見せ、


「そうか。理解してもらえて助かる。代わりと言っちゃなんだが、何か詫びをさせてもらいたいんだが──」

「いえいえそんな! お詫びなんてとんでもない!」

「そういう訳にはいかん」

「────」


柔らかにしかし有無を言わせぬ態度で言い切った犬ジイにウルは息をのむ。


そこに詫び以外の意図が込められていることは、聞き返すまでもなく明らかだった。


「そういやロック。この坊主はテメェの知り合いか?」

「知り合いって言うか、トマスさんは俺の顧客っす」


ロックはトマス──ウルが名乗った偽名──が自分の不動産屋に来た顧客であり、賃貸用の作業場兼住居を探していたこと、そしてその候補としてヒポグリフが飛び出してきた建物の隣の物件を案内していたことを説明する。


「いや、お前……いくら何でもあんなクソみてぇな物件紹介する奴があるかよ」


事情を聞いた犬ジイは心底呆れた様子でかぶりを振り、ウルに同情するような視線を向けた。


「それであんなトラブルに巻き込まれるとか……坊主、お前さんもホント災難だったな」

「いや、はは……ホントに」


意味不明な内覧に付き合わされて、ヒポグリフに襲われて、ついでに言うなら今こうしてヤバそうな爺さんに絡まれている。もう乾いた笑いしか出てこなかった。


「しかし魔導技師アーティフィサーか……この街じゃあんまり見ねぇ職業クラスだが、色々と物入りで難儀なこったな」

「え?」


ウルは犬ジイの言葉に思わず首を傾げる。

この迷宮都市は魔導技師にとって素材の宝庫。勿論、他の都市でも素材の購入は可能だが、輸送費がかからず安価な素材をいつでも購入できるとなれば、魔導技師をあまり見ないというのはおかしな話の気がするが。


──いや、言われてみれば、確かにこの街で俺以外の魔導技師や店を見たことはなかった、か?


そんなウルの内心の疑問を正確に察して、犬ジイは軽く頷き説明した。


「ん。お前さんの言いたいことは分かるつもりだ。要は素材が安く手に入って、冒険者としての仕事もある。ここに魔導技師が少ないのはおかしいんじゃねぇか──そういうことだろ?」

「は、はい」

「理由は簡単だ。この街にゃまともな客がいねぇ」


端的過ぎる言葉に、ウルは理解が及ばず首を傾げた。それを見て犬ジイが補足する。


「魔道具ってのは基本高級品だからな。いくら素材が安く手に入ろうと、その買い手がいねぇんじゃ意味がねぇ。直接売るにせよ商人に卸すにせよ、客との接点が多い場所に拠点を構えた方がニーズが掴めて便利だろ? これが剣だの槍だの決まったもんだけ作る鍛冶師とかなら話は別だがな」


その説明にウルは納得いかず顔を顰めた。


「いやいや、冒険者だって魔道具は使うでしょう?」

「使わねぇ」

「────」


あまりにハッキリと言い切られてウルはキョトンとする。そんな彼の様子に犬ジイは皮肉気に唇を歪めて続けた。


「正確には、光源やら着火やら、機構が単純で馬鹿でも理解できるような安物しか使わねぇ。冒険者ってのは要するに迷宮素材の採掘業者だからな。探索に無駄にコストかけてらんねぇのよ」

「で、でも、魔道具を使いこなせば、より深層の高品質で稀少な素材を入手できる! 総合的に見ればプラスでしょ!?」


ウルも魔導技師として“無駄”呼ばわりは納得がいかず、思わず感情的に反論する。しかし犬ジイはそれを予期していたようにニヤリと唇を吊り上げた。


「大半個人事業主で、誰が支援してくれるでもねぇ冒険者が、わざわざそんなリスク背負うと思うか?」

「それ、は……」

「ついでに言うなら魔道具ってのは専門外の人間にとっちゃ得体の知れない技術なんだよ。よく分からんもんに命を預けたくないって奴は多い」

「…………」


そう言われてウルは閉口する。

仕組みの複雑な魔道具ほど一般に敬遠される傾向があるということは理解していたつもりだ。犬ジイの言っていることは理屈では理解できる。


だが、その言い分を認めてしまえば、この迷宮都市にやってきた自分が馬鹿みたいではないか。


ウルは半ば言いがかりのように、彼と出会った時から気になっていたことを指摘した。


「……それを貴方が言うんですか?」

「あん?」

「ヒポグリフを縛ったあの黒縄、あれ相当高度な魔道具でしょ?」

「ほう、分かるのか……」


犬ジイはウルの指摘に少しだけ意外そうに片眉を上げた。


「そりゃ分かりますよ。とは言っても、俺の扱ってるモノとは系統もレベルも違い過ぎて具体的な仕組みや効果まではサッパリですけど。それに黒縄だけじゃなくてその指輪とピアス──ブーツもか。ガチガチに魔道具で固めてるじゃないですか」

「そりゃ、これを作ったのは昔のツレで元手はほとんどタダだったからな。ついでに仕組みも効果も嫌って程説明を受けた。つまり、例外ってことだ」

「……さいですか」


ケチをつけるネタもなくなり、ウルはそっぽ向いて溜息を吐く。「あ~はいはい、自分が馬鹿でした」と言わんばかりの拗ねた表情だ。


「しかしそうか。魔導技師か……」


しかし犬ジイは何故かそんなウルに興味を持った様子で、しばし彼を見つめた後、ニヤリと笑って口を開いた。


「──トマスとか言ったか、坊主。お前さん、工房として使える場所を探してるって話だったな?」

「……ええ、まあ」


犬ジイの発言の意図が分からぬまま、ウルは曖昧に頷く。


「今回の詫びがわりだ。俺が一つ適当なとこを紹介してやるよ。多少ボロいが庭付きの一軒家。それなりの広さはあるし、郊外で他の民家から離れてるから多少騒いでも文句は出ねぇ」

「……いやいやいや! ありがたい話ですけど、俺全然金がないんで、そんな物件賃貸でも手が出ませんよ」


一瞬、言われた言葉の意味が分からずキョトンとしたウルだが、すぐに全力でかぶりを横に振った。


その反応を犬ジイはニヤニヤ面白そうに見つめ、説明を続ける。


「タダでいい」

「…………へ?」

「タダで貸してやるって言ってんだ。昔のツレが住んでた家を今は俺が預かってんだが、管理が面倒なんだ。お前さんが住んでくれた方が掃除の手間も省けるし、家が傷まなくていい」

「…………」


無料で、宿と作業場が手に入る。

実際に現地を見てみないことにはハッキリしたことは言えないが、話を聞く限り願ってもない話だ。


あまりにうますぎる話に、ウルはしばし考え込み、犬ジイの意図を推察した。


──そうか。今回の件を外に漏らさないよう、手元に置いて監視しようってことか。


「ついでに俺もなんかあった時に魔道具の整備を任せられる伝手が欲しい。今すぐは無理だろうが、その先行投資の意味も込めて、だ」

「────」


ウルの心の声を読み、付け加えたかのような犬ジイの言葉にウルはぎくりとする。


そんな彼の様子を薄ら笑いを浮かべて見つめ、犬ジイは念押しするように言った。


「受けてくれるな?」


断るなら相応の対処を覚悟しろ。

暗にそう言われて、ウルに断るという選択肢はなかった。もとよりそうした犬ジイの思惑を抜きにしても、断る理由を探すのが難しいありがたい話だ。


だが、あっさり受けるのも手玉に取られっぱなしのようで面白くない。


「受けるのは構いませんが、その前に一つだけ」

「──ほう?」


この状況で何か条件を付ける気か、と犬ジイの瞳に冷たい光が宿る。


しかしウルは物怖じすることなく、ハッキリと告げた。


「俺の名前はトマスじゃなくウルです」

「──ほ?」

「──は?」


犬ジイだけでなく、横で成り行きを見守っていたロックも目を丸くする。


「トマスはそこのポンコツ不動産屋を誤魔化すために名乗った偽名なので、そこんとこよろしく」

『────』


別にこんなことを言ったからといって、何をやり返せたわけでもない。だが、一瞬でもポカンとした表情を見せた犬ジイを、思い通りにはなってやらないぞと、ウルは睨みつけた。


「──クハッ。そうか、そうかそうか。ククッ……ああ、よろしくしようじゃねぇかウル坊」


犬ジイはそんな負けん気の強い少年に一瞬まぶしそうに目を細め、心底愉快そうな笑みをこぼした。

ここまで三万文字近くかかって、アトリエシリーズならようやくプロローグが終わったところ(工房を手に入れた)という……

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