第10話
【作戦会議の会話を抜粋】
「作戦は基本的に三段階よ。まず理想は──」
「逃げるって言うと──?」
「二段階目までは分かるけど、最後は矛盾──」
「戦うということか? 流石にそれは──」
「そうじゃなくて逃げるんだけど──」
「……理屈は分かるが危険じゃないかい?」
「実行するとしても位置取りが──」
「普通なら無理だけどここには──」
「…………は?」
「この中で一番──て手札が──」
「ふざけんなこら! それじゃ囮──」
「逆よ。誰も囮にしないために──」
「おいおい。流石にそれは──」
「いやしかし、確かに──」
「おいっ!? そもそも俺は──」
「まぁまぁ。そもそも第三段階まで──」
「そうそう。あくまで保険──」
「……確かに。第一段階で片付く可能性は──」
「そもそもこちらに気づいても──」
「その上で第二段階が上手くいかなかった場合──」
「実際にその手札を切る可能性は一割以下──」
「──よし。決まりだ」
「ええ」
「はい」
「うむ」
「え? え……うぇ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ウルたちはレーツェルを先頭に、フィールドボスの気配の方向へ岩陰に隠れながら慎重に近づいていく。
直線的に進むのではなく、ぐるりと逆時計回りに遠回りしながら少しずつ。
自分たちがたてる足音は気にしない。目標に近づくにつれて、複数の獣の足音と悲鳴が聞こえてきた。本当に耳のいい魔物なら人間と魔物の足音を聞き分けてこちらに気づくかもしれないが、それができるような魔物なら始めから素人の隠密など意味をなさないだろう。
──ヒュゥ…………ドシャッ!
『────っ!?』
進行方向から弧を描いてすぐ近くに飛んできた物体に、一行は身を固くする。
飛来物の方に目をやると、地面に赤黒く大きな血の華が咲いていた。
牛型の魔物──その食いさしが無造作に投げ捨てられている。
そのグロテスクな光景にウルは反射的に悲鳴を上げそうになるが、慌てて口を押さええずきながらもそれを呑み込む。
「……ナンディンね。穏やかだけど群れで行動する強力な魔物よ」
「こいつが食い荒らされてるとなると、勘違いの線は完全に消えたみたいだね」
今までレーツェルの言葉の上のものでしかなかったフィールドボスの存在が確実となり、エイダとカナンが表情を固くする。
「いやしかし……これどこから飛んできたんだ? 気配からするとまだ二〇〇──いや三〇〇メートルは先だろう」
エレオノーレはナンディンの死体が飛んできた方角を見上げて呟く。槍を握る手が恐怖とも武者震いともつかぬ様子で細かく震えていた。
──パンパン!
動揺するメンバーにレーツェルは手を叩いて注目を集め、普段と変わらぬ表情で口を開いた。
「みんな。ここから先はスピード勝負よ。もう驚いて固まってる余裕はないから、今のうちにしっかり腹を括って」
彼女はグルリと仲間たちを見渡し──一名を除いて──覚悟が決まっていることを確認し頷きを一つ。
「うん。それじゃ最終確認。作戦はいたってシンプル。素早く近づいて素早く離脱。万一見つかった場合、方向だけは私が指示を出すから、カナンが先頭、殿はエレナでとにかく全力で逃げること」
『────(コク)』
「逃げ切れそうにないと判断したら、作戦は第三段階に移行。いいわね?」
『──ああ(ええ)!』
約一名、口を挟みたそうな気配を出していた者がいたが、全員無視して作戦を開始した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今回レーツェルが提案したプランは基本的にシンプルな内容だった。
第一段階。
身を隠しながらフィールドボスが視認できる位置まで迅速に近づき、気づかれる前にその場から離脱。
第二段階。
フィールドボスが襲い掛かってきた場合は絶対に戦おうとせず一目散に逃走。
そもそも現在フィールドボスはナンディンの群れを襲って食事中のようだから、仮に見つかってもわざわざ自分たちに襲い掛かってくる可能性は低い。また襲い掛かってきても地形を利用して視界から外れれば、わざわざ執拗に追いかけてくる可能性は低いだろう、と言うのがメンバー共通の認識だ。
ただし冒険者の存在がフィールドボスの興味を引いてしまった場合、最悪メンバーの誰かを囮にするしかなくなってしまうかもしれない。
第三段階はその状況に活路を見出すためのプランだ。
できれば使わずに済んでほしいと誰もが願っていた、が──
──ムシャムシャムシャ……
白い綿のような体毛を全身に纏った単眼の巨人が、ナンディンの胴体を手で無造作に引きちぎり、その下半身を口に運んで捕食する。
僅か一〇〇メートルほどの距離に近づき、岩陰に隠れてその姿を視認したウルたちは、ほんの一瞬、その巨人が放つ威圧感に目を奪われ動きを止めた。
巨人といっても体長は目算で七~八メートル。もっと大きな魔物はこれまでにいくらでも見てきた。しかしカナンやエレオノーレは戦士特有の本能で、その動作の端々から巨人が秘めるサイズ以上の力を感じ取る。
『…………』
彼らが動きを止めたと言っても、一〇秒にも満たない僅かな時間。
ギルドに報告するためにもしっかりその姿を目に焼き付ける必要があったし、決してそれは間違った行動ではない。しかし──
──ギロリ!
『────!!!』
巨人の単眼がウルたちを捉えた瞬間、彼らは脱兎のごとく逃げ出していた。
逃げる方向はレーツェルが指示するという事前の取り決め、隊列のことなど頭から飛んでいる。ただ全員が我先に来た方角へ全力で走っていた。
一行の中で一番早く我に返ったのはレーツェル。彼女は走りながら後ろを振り返り、巨人の動きを確認──
「横に飛べ!!」
『────!!?』
レーツェルの叫びに反応し一行が咄嗟に横っ飛びしたのと、飛来物が彼らがいた地面を抉ったのはほぼ同時だった。
──ドゴォォッ!!
地面には投げ飛ばされたナンディンの身体が爆発し飛散した跡。
振り返れば巨人が投擲後のポーズで固まり、避けられたことが意外だったのか不思議そうに首を傾げていた。
そのコミカルな動作に反応を示すより早く、巨人は人の目には“のっそり”と、しかし巨体故の圧倒的な速度でもって“ふわり”と地面を蹴って走り出す。
「──走れ!!」
一行はレーツェルの叫びと指さす方向に従って再び動き出す。
しかし彼我の速度差は圧倒的だった。
「何だい、ありゃぁ!?」
「気持ち悪っ!!」
カナンとエレオノーレが悲鳴を上げる。
巨人の速度の源はその巨体と重量。
同じ二足歩行である以上、身体が大きい生き物の方が移動速度は速い。一方でサイズが大きくなれば当然重量も増し、動作の機敏さは失われる。
しかし単眼の巨人はどんな原理か、重量を感じさせない軽やかな動作で、ぐんぐんとこちらに向かって近づいてきた。足音一つたてることのないフワフワとした動きは、どう考えても物理法則を無視している。
「雲の巨人! 魔力で出来た綿のような体毛で重力を中和し宙を駆ける古代種!」
走りながらレーツェルが巨人の正体を告げる。
御伽噺にも登場する伝説の存在ではないか、とウルは目を丸くした。
そして同時に、彼の明晰な頭脳は望む望まざるとに関わらず彼女の次の言葉を理解してしまう。
「──逃走は不可! 作戦は第三段階に移行!」
『────!!!』
その言葉を聞き終えるより早く、ウルは自分たちの速度に合わせて並走していたガーディアンの背に飛び乗っていた。
「ウル!!」
レーツェルが視線と左手でウルが進むべき方角を指し示すと、彼は先ほどまでの戸惑いを捨ててそちらにガーディアンの頭部を振って手前を変える。
しかしそれは、いつの間にか二〇メートルもない間近にまで接近していた雲の巨人の脇をすり抜ける危険なルートだ。
『ウゥッ』
こちらに手を伸ばしてきた雲の巨人に向け、ウルは懐に忍ばせていた炸裂弾を五つ纏めて投擲。
──ドカァァァァン!!
凄まじい威力の爆発が巨人を襲うが、当然この程度の攻撃で巨人にダメージを与えられるとは思っていない。
この攻撃の目的は二つ。
『グォォォッ!?』
一つは雲の巨人から距離を取る事。
先ほどレーツェルはこの巨人が魔力によって重力を中和していると説明した。ウルはそれを移動速度を上げるために一時的に体重を軽くしているのだ、と解釈。移動途中のこのタイミングであれば巨人の体重は一時的にゼロに近く、爆発の衝撃で吹き飛ばすことができる、と理解した。
ウルの予測通り、雲の巨人は炸裂弾の衝撃で綿細工のように後方にフワリと舞う。その隙にウルはその脇をすり抜けた。
しかし雲の巨人もやられてばかりではない。
──ドスゥン!!
巨人は一〇メートルほど後ろに飛ばされたところで魔力による重力中和を解除、轟音を立てて地面に着地する。
『グガァァァァァッ!!!』
そして怒りの咆哮を上げ、自分を驚かせた生意気な小人を追いかけた。
──まずは狙い通り!
先ほどの炸裂弾の二つ目の狙い。
それは巨人のヘイトをこちらに向けさせることだった。
雲の巨人は怒りに燃える様子でウルを追いかけてきており、レーツェルたちは無事に逃走を果たしている。
これが囮として、命を懸けて仲間たちを逃がすことが目的であったなら、ウルは既に一二〇点の仕事を成し遂げたと言えよう。
──だけど本番はここからだ……!
レーツェルが提案した作戦の第三段階──その目的はフィールドボスの討伐。
竜種に匹敵する神代の怪物の撃破なのだから。




