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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第三章

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第6話

「……どうだい?」

「ふむ……」


ウルは男から渡された消臭剤のサンプルを指でつまみ、ためつすがめつする。スライム状の球体は色味こそ綺麗だが、以前に自分が作った物と比べると柔らかく、指で強めに押すと形が崩れたまま戻らない。


「……だいぶ良くなりましたね。品質的には全く問題ないと思います」

「おお! そうか、良かった」


胸をなでおろし安堵の息を吐く男。ウルは彼のモチベーションを下げないよう、何気ない風を装って付け加えた。


「ただ少しやわめだから使ってる溶剤の量が多いのかな? もう二割ほど減らしても品質に影響はないし、その分コストを落とせると思います」

「……なるほど。だがそうするとモノが溶けるまで時間がかかって、人件費が増えないかな?」

「その分固まるまでの時間が短縮できるので、トータルの作業時間には影響ないはずですよ」

「ふんふん。ついでに聞くんだが、今使ってる溶剤は都度作ってるんだが保存はどの程度──」


男の質問を受けてウルが回答。逆に作業中気になった点や問題についてヒアリングしていく。


今日ウルはスラムの一角に設えられた作業場で、顧問をしている消臭剤製造事業の指導や品質チェックを行っていた。


既に製造・販売はある程度軌道に乗っているが、立場上まるきり放置はできないし、定期的にチェックしないと現場が自己判断で作業工程を変更し問題を起こす可能性がある。


また実際に顧問をするようになって気づいたことだが、現場から上がってくる意見というのは意外に馬鹿にできない。作業に携わっているスラムの住人たちは元々道具作りの素人。専門知識がないからこそ先入観を持たず、固定観念に囚われないアイデアが生まれることもある。──まあ、九割方既に擦り尽くされたしょうもない内容ではあるが、アイデア出しなんてのは元々そんなものだ。


「──おう。来てたのか」


責任者の男との意見交換がひと段落したタイミングで声がかかる。


「あ、こんちゃっす」

「ざっす!」


現れたのはこの仕事をウルに仲介した犬ジイ。

スラムの顔役でもある重鎮の登場に、ウルは気安く、責任者の男は緊張した態度で深々と頭を下げた。


「調子はどうだ? そっちの用が片付いたら偶には事務所よって茶でも飲んでけや」

「どうぞ! ちょうど打ち合わせは終わったところです!」


犬ジイの言葉に男はウルの答えも待たず、頭を下げたままシュタッと右手を差し出し、彼を連れていってくださいと全身でアピールする。確かに打ち合わせは終わっていたが……


「おう。すまんな」

「いえ!」


犬ジイは右手で軽く行き先を指し示しウルを連れて作業場を後にする。


その間、犬ジイの姿が見えなくなるまで男が頭を上げることはなかった。




「あいつは昔から手癖が悪くてな。つい最近もやらかして折檻したばっかなんだ」


事務所に到着し、応接で出されたお茶に口をつけたタイミングで犬ジイからサラリと告げられた言葉。ウルはその意味を即座には理解できず、数秒目を瞬かせた。


「あいつって……さっきの現場にいた方っすか?」

「おう。まあよく働きはするし、多少の悪さは見逃してやってたんだがなぁ。今回も、直接金にさえ触らなきゃ大丈夫だろうと思って仕事を任せてる」


そこで犬ジイはチラリとウルの目を見て苦笑する。


「──が、あの様子だとまた何かやらかしそうだな」

「在庫は二重チェックした方がいいでしょうね」


犬ジイの懸念にウルは肯定も否定もせず、顧問らしく忠告するに留めた。


その後、二、三生産状況についてウルから報告を受けた犬ジイは満足そうに頷くと僅かに相好を崩す。


「──そうか。新しく引き合いの話もいくつか上がってるんだが、その様子なら何とか対応できそうだな」


それは生産量を増やすということだろうか?


ウルは気になって懸念を口にする。


「増産すること自体は可能ですけど、あまり増やし過ぎると需要が無くなった時が怖くありませんか?」

「その懸念はもっともだが、今もスラムは仕事がねぇ連中で溢れてやがる。仕事が無くなった時を心配するほどの余裕はハナからありゃしねぇのさ」


この消臭剤に関わる事業は元々儲け云々ではなく、スラムの住民に仕事を与え治安を安定させるという意味合いが強い。事業継続性を考えれば堅実にやっていく方が好ましいが、あまり小規模にやっていても効果が薄いということなのだろう。


「……消臭剤以外に、何か商品化できそうな物を探してみますよ」

「ああ。すぐに需要がなくなるってことはないだろうが、準備は頼む」


仕事の話はここでひと段落。

犬ジイは表情を緩めて、つい先日のゴブリンヒーローの一件について言及した。


「それにしてもお前さん、この間はえらい厄介事に巻き込まれて大変だったな。指揮官云々も、どうせウチの馬鹿孫が押し付けたんだろ?」

「……まぁ」


愚痴や不満は腐るほどあったが、流石にそれを当人の祖父にぶつけるのは憚られる。


「一応その分の見返りはしっかりもらいましたし、クソ厄介ではありましたけど、トータルで見て損はしてないですよ。それに巻き込まれたって意味じゃ、この街の人間全員がそうでしょ」

「そうかい。大分血を流して寝込んでたと聞いたが、体調はもういいのか?」

「ええ。昨日は久しぶりに迷宮にも潜りましたし、体調は万全ですよ」

「ふむ……」


そう言って、犬ジイはウルの細い身体を上から下まで見回す。


「? 何か?」

「いや……俺が言えた義理じゃないが、お前さんちゃんと食ってるか? 色々仕事を掛け持ちしてるようだし、体力が持つのか心配でなぁ」


それは……確かに不安なところではあった。


ウルは現在、冒険者、魔道具製造、スラムの製造ライン顧問という三つの仕事を掛け持ちしている。そして現在は休業中だが、迷宮資源の需給が落ち着けばここに素材買い取り所のバイトが復活する予定だ。


一つ一つの仕事量は決して多いわけではないが、並行して仕事を抱えていると中々休みは取れないし、スケジュールのやりくりは地味にストレス。


また一つ一つの仕事量が多くないということは、言い換えれば一つの仕事に集中できていないということでもある。この状況をいつまで続けるか、続けられるかはウル自身避けて通れない問題だと認識していた。


「最近はしっかり休めてたんで、まぁ何とか。色々繋がってる部分も多いんで当面はこのままやってきますよ……素材買い取り所のバイトはそろそろ考えないといけませんけど」


素材買い取り所のバイトはこの街に来たばかりで稼げない時はとても助けてもらったが、正直今となってはあまり旨味がない。いずれ適当なタイミングで辞める相談をしなくてはなるまいと考えていた。


「なるほどな。まぁ、それについちゃ俺も少し思うところがある。後任だのに困るようならまた相談してくれ」

「? はい」


よく分からないが悪い話ではなさそうなので頷いておく。


「それとベリー……あ~っと、エレナの嬢ちゃんと組んでたみたいだが、冒険者の方はこのまま続けていくつもりか?」


犬ジイのその問いかけを、ウルは自分のことを聞きたいのではなく孫のレーツェルの話を聞きたいのだろうと解釈した。


「まぁ、できる範囲で。ただエレナは最近、俺抜きでレーツェルや女の先輩と一緒に迷宮に潜ってるみたいなんで、ひょっとしたらその内捨てられるかもしれませんけどね」

「ふむ……?」


肩を竦め自嘲気味に答えたウルに、犬ジイは意外そうに首を傾げた。


「どうした? ついこの間大戦果を挙げた立役者とは思えねぇほど弱気じゃねぇか」

「まぁ……実はですね──」


特に隠すつもりはなかったし丁度客観的な意見を聞きたいと思っていたところ。ウルはここ最近冒険者としての未熟さを痛感し、冒険者に向いていないのではないかと悩んでいることを打ち明けた。レーツェルたちに戦いに向いていないと言われたこと、斥候技術を学ぼうとして散々だったことなど包み隠さず全て。


それを聞いた犬ジイの反応は──


「は。何だそりゃ。お前さんより腕っぷしの弱い冒険者なんざごまんといるぜ。んなもん気にするこっちゃねぇよ」


心底バカバカしいと言わんばかりに鼻で笑った。


「いやいやいや。そうは言っても最低限の戦闘力は必要じゃないですか。そもそも強い人が弱くて構わないって言ったって、説得力無いですって」

「はぁ? 強いって誰のことだよ?」

「あんた以外他に誰がいるんですか。前にあっさりヒポグリフ捕まえたとこ見てるんすよ」


犬ジイは強い。どの程度の強さかはウルでは測りようがないが、周囲の反応を見てもそこらの上級冒険者などよりよほど強いと考えて間違いないだろう。


「阿呆。そりゃ単に年季の差だ。つか俺は昔も今も荒事は苦手だし、お前さんと同じ年の頃はそもそも戦うって発想がなかったわ」

「うっそだぁ~」


ウルは詰まらない冗談だと鼻で笑うが、犬ジイは真顔だった。


「嘘なもんかよ。そもそも真っ正直に魔物と戦おうなんて奴は長生きしねぇっての」

「それは……そうかもしれませんけど」


犬ジイは斥候職で戦闘が本業でないことは事実だ。


「でも、その分斥候の技があった使えたわけでしょ?」

「そりゃそれが専門だからな。まさかお前さん、本職と技比べしようってんじゃねぇだろ」

「…………」


黙り込むウルに、犬ジイは肩を竦めて続けた。


「そもそもお前さんの専門は道具作ることだろ。道具頼りだろうがそこそこ戦えて、斥候の真似事ができるってんなら十分じゃねぇか」

「でも、それじゃ訓練には──」

「訓練する必要がねぇだろ。技術を身につけたいってのはお前さんの自己満足。周りがそれを要求したわけじゃねぇだろ」


それは確かにその通りだ。

訓練にならないだろと道具の使用を禁じられたのも、あくまでウルが技術や立ち回りを身に着けたいと申し出たからに過ぎない。


「……でも道具頼りだとカバーしきれない局面はありますよね」

「んなもん多少技術があってもダメな時はダメだろ。下手に技術に頼るより道具の性能や使い方を突き詰めた方が理に適ってんじゃね」

「……道具しか取り柄がないなら迷宮に潜らず道具作りに専念してた方がいいんじゃ」

「そりゃ所詮適性の話だろ。実際どうするか決めるのはお前だ。潜りたいなら潜りゃいいし、そうじゃなけりゃ潜らなきゃいいんだよ」


物凄くアッサリと言い切られる。


「…………なるほど」


別にこのやり取りだけで今ウルが抱えている悩みが消えたわけではないが、そういう考え方もあるか、と少しだけ胸が軽くなった。


「まぁ、あるかどうかも分からねぇ先の話で悩まねぇこった。迷宮じゃもっと他に考えにゃならんことが山ほどある。迷宮がお前さんの都合や成長を気にしてくれるわけじゃねぇからな」

「ごもっともです」


確かにそれはその通り。

周りがフォローしてくれていたとは言え、今後の自分に意識が向いて、目の前の迷宮に対する対処が疎かになっていた気がする。


あまり悩み過ぎず、今自分にできることを積み重ねていくというのも一つの考え方なのかもしれない──と、そこでふと昨日聞いた話を思い出す。


「──あ。そういや悩みついでにもう一つ」

「何だ?」

「昨日同じ話を、俺よりちょい先輩の冒険者にもしたんですよ。そしたらその人らから『一度竜種を見とけ』って言われたんすけど、そういうもんなんですか? 何か価値観が変わるみたいなことも言ってましたけど」


その言葉に犬ジイはフレーメン反応を起こした猫のような表情を浮かべ、答えた。


「……知らんよ」

「へ?」

「確かに一度見とくのは悪かねぇが、そいつらが言うような何かを感じ取れるかどうかは知らん」


首を傾げるウルに、犬ジイは溜め息を吐いて補足する。


「そもそも竜種ったって千差万別だ。何を感じるかなんて種類や状況、当人の感性によるとしか言いようがねぇだろ。ビビりまくる奴もいればペット感覚で餌やる馬鹿もいる」

「ペットは流石に無いでしょ」


ウルのツッコミを犬ジイはサラリとスルーして続ける。


「お前さんにその話をした連中は多分人として真っ当な感性を持ってたってことだろ。お前さんが同じように感じるかは知らん」

「…………」


どこか馬鹿にされているような気もしたが、反論しても負ける未来しか思い浮かばない。


しかし言われっぱなしは悔しいので、ウルは少し唇を尖らせて尋ねた。


「じゃあ、そちらが竜種を見た時はどう感じたんで?」

「あん? 初めて見た時は……別に何も。あの頃は生きるのに必死だったから、何か感じるほどの余裕はなかったな」


犬ジイの言葉は誤魔化している風ではない。


「…………ま、今にして思えば不幸な生き物なんだろうな。あいつらも」


その言葉には憐みと諦念と、複雑な感情が込められていた。

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