第5話
「そう言えばもう竜種は見たのかい? 一度あれを──圧倒的な格上を知ることは、冒険者としてやっていくならいい経験になると思うけど」
小一時間ほどレーツェルへの不満や愚痴を語り合い、互いの距離が縮まったタイミングで、ふとレヴがそんな言葉を口にした。
「竜種?」
「そう。もう中層には進出してるんだろ?」
ウルはレヴの言葉の意味が理解できず目を瞬かせた。
無論『竜種』という単語の意味は理解している。
この世界における最強種の総称。その姿や能力は千差万別で、純血の竜種はもちろん、混血の紛い物でさえ人類には討伐不可能な怪物と位置付けられている。
そしてその竜種が『迷宮中層』と紐づけて語られる理由は簡単だ。
現存する竜種のほとんどは地上ではなく中層以下の迷宮に棲みついている。中層以下の迷宮が人類の支配領域ではないとされる最大の理由がこの竜種だ。
「進出って言うか連れてってはもらいましたけど、まだ見たことはないっすね。確か中層以下だと階層ごとに一、二体、階層支配者として棲みついてるんでしたっけ?」
「下層や深層はまた少し違うんだけど、中層に関してはそんな感じね。ただ基本的に階層内の自分の縄張りで大人しくしてるから、順路を外れてない限り遭遇することはないわ」
エーラの補足にウルはふむ、と彼らが言う竜種と自分の認識に差異がないことを確認する。
そしてその上でやはり意味が分からず首を傾げた。
「竜種と戦うとかじゃなくて見るだけなんすよね? 俺からしたら格上なんて今更だし、見るだけで意味とかあります?」
ウルの素朴な疑問にレヴとエーラは意味ありげに目を細め断言する。
「──あるさ。現物を見れば否が応でも理解する」
そう言われても、言葉では今一つ実感が湧かない。
そんなウルの内心を見透かしたようにエーラは薄く笑い、付け加えた。
「機会があれば見せてもらいなさい。きっと迷宮との向き合い方が見えてくると思うから」
「……そんなもんっすか」
特に言うべき言葉も感想も思いつかず、ウルは辛うじてそんな言葉をひねり出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時を同じくして馴染みの酒場の個室。
「──にしてもレーツェル。あんたも酷い女だねぇ~? ウルの坊や、最後の方なんかビビりまくってもうまともな判断できなくなってただろ」
「もうっ! うるさいってか、酒くさいなぁ~」
既にかなりの量の酒を飲んでいるのだろう。真っ赤な顔のカナンに絡まれたレーツェルが、猫のように鼻の周りに皺を寄せその腕を払う。
「そんなこと言うなら、あいつもここに誘って慰めてあげれば良かったじゃない」
「バカなこと言うんじゃないよ。あんな辛気臭い奴と一緒じゃ酒が不味く──もとい、凹んだ原因と一緒じゃあいつも気が晴れやしないだろ」
本音と建前、そのどちらも正論ではあった。
特に否定する気もなく、そのまま黙してやり過ごそうとしたレーツェルにカナンの追及は続く。
「あいつも偶々身の丈に合わない経験して何かやらなきゃって焦ってるだけだろ。どうせ一過性のもんなんだから、あんなイジメなくてもよかっただろうに」
「そうだそうだ。専門の職業でもない人間が、使えるレベルの斥候技術を覚えようとすれば片手間じゃすまないだろ。出来ないと分かってることを無理にさせようとして、傍から見ればただの憂さ晴らしにしか見えなかったぞ」
口いっぱいに料理を頬張りながら、エレオノーレは明瞭な声でレーツェルを非難する。彼女は彼女ですっかり消沈していたウルの姿に思うところがあったらしい。
そんな非難の声にレーツェルは心外だと言いたげに顔を顰めて反論する。
「何が憂さ晴らしよ。半端に甘い顔して当人が“できる”と勘違いする方がマズいでしょうが。あいつあれで結構目端が利いて器用だから、ハードル下げたらそれなりにこなしかねないもの──つか、私に押し付けたのはあんたらでしょ」
エレオノーレたちもレーツェルが厳しく接していた意図そのものは理解している。
だがそれはそれとして、カナンにはハッキリさせておきたいことがあった。
「それにしたってあそこまでやらなくても良かったと思うがね。ウルの坊やも馬鹿じゃない。適当に脅しつけて口で説明すれば理解しただろ」
「……カナンにしては回りくどいなぁ。何が言いたいのよ?」
カナンはそこで酔いの回った頭を落ち着かせるよう、ふぅと息を入れてから続けた。
「どうもあたしにゃ、あんたのスタンスが定まってないように見えるねぇ。レーツェル、結局あんた、あの坊やをどうしたいんだい?」
「どうって……」
「単に世話してるだけなのか、仲間にしたいと考えてるのか、それとも冒険者を辞めさせて物作りに専念させたいのか……どうにも対応が中途半端に見えるんだがね」
「…………」
レーツェルが嫌そうな顔をして黙り込む。
踏み込むな、という無言のアピールだったが、しかしカナンに引くつもりはなく、レーツェルの顔を覗き込んだ。普段なら空気を読んで止めに入るだろうエイダも無言でジョッキに口をつけ黙っている。
カナンとエイダは正式にレーツェルとエレオノーレをパーティーに誘うつもりだった。
二人は以前、所属しているクランの他のメンバーとパーティーを組んでいたが、負傷や結婚による引退が相次ぎ、ここ二年間ほどは臨時パーティーを組んで活動する中途半端な状態が続いている。
固定パーティーを組んでいないからと言って、すぐに食うに困るような状況ではない。だが、迷宮に潜る都度臨時パーティーを組み、役割分担や報酬割合を決め、活動内容や方針の共有を図るのは手間だ。出来ることなら正式な固定パーティーを組みたいとずっと考えていた。
そこで目を付けたのがフリーになったレーツェルだ。
彼女はまだ冒険者としての経験は浅いが、迷宮や魔物に対する造詣が深く、斥候としての腕は確か。以前いたパーティーを抜けた理由など不明な点も多く様子見していたが、近々正式に誘おうという話がエイダとの間で持ち上がっていた。
そしてそんな折、エレオノーレやウルと出会う。
エレオノーレはまだ技量的に未熟で、しかもオークという種族的な問題を抱えていたものの、心根が素直で戦士としても伸びしろが大きい。カナンたちは、レーツェルとエレオノーレを加えた四人でパーティーを組めれば、バランス的に丁度良いのではないかと考えた。
一方、ウルに関しては面白い奴だとは思うし、臨時で組む分には全く問題ないが、クランの方針もあり正式にパーティーに誘うつもりはなかった。
そもそもウル本人の適性を考えれば無理に冒険者を続ける必要は無く、エイダに至っては口にこそ出さないがハッキリ物作りに専念した方が良いと考えている。
ウルをリーダーと呼び慕っているエレオノーレを彼から引き離せるかという問題はあるが、彼女もウルの冒険者としての適性には疑問を抱いているフシがある。腹を割って話せば勧誘は難しくないだろう、というのがカナンとエイダの見方だ。
だがここにきて疑問が生じたのがレーツェルのウルに対する態度。
当初はただウルの作る魔道具に興味があるだけだと思っていた。が、ゴブリンヒーローの一件でウルを指揮官に推薦したり、こまめに様子をうかがっていたり、どこか彼を冒険者稼業に引き込もうとしているフシもある。
だがどうしても冒険者を続けさせたいのかというと、それにしては態度が中途半端。
ジジコンのレーツェルのこと、間違っても惚れた腫れたはあり得ない。
レーツェルは一体ウルをどうしたいのか、その意図を測りかねて、カナンとエイダは彼女たちの勧誘に踏み切れずにいた。
「…………はぁ」
カナンだけでなく他二人からも無言の圧力を受け、レーツェルは深々と溜息を吐く。
そしてテーブルに頬杖をついて彼女たちから視線を逸らし、独り言のようにボソリと呟いた。
「別に。そんなの決めてないわよ」
「? 決めてないとはどういう意味だ? お前がどうしたいかだろう?」
ノータイムで追及したのはエレオノーレ。この中でウルの今後について一番気にしているのは彼女だ。
空気を読んでくれないオークの少女に一瞬イラッとした様子でこめかみを震わせ、レーツェルは感情を抑えるような声音で言った。
「だからぁ。そういうのはあいつ本人が決めることで、周りがあーしろこーしろ言うことじゃないでしょ。変にこっちの意見に引きずられてもよくないしさぁ!」
「んん? それなら“希望はない”でいいんじゃないか。“決めてない”ってことは、何かリーダーの今後に関して思うことがあるということだろう?」
「~~~~っ!」
ズカズカ悪意なく踏み込んでくるエレオノーレに、レーツェルは奥歯を噛みしめ『やっぱりコイツとは合わない!』と内心毒づく。
「言い間違いよ! 一々五月蠅い!」
「む。何をそんなイラついて──」
「イラついてるのはあんたが口の中に物入れたまま喋ってることに対してよ!」
「べ、別にいいだろう!? ちゃんと喋れてるんだから!」
「よくない! 口の構造的におかしいでしょ! 気になって話に集中できないのよ!」
「それはそっちの──!」
「マナーの問題──!!」
ギャアギャア言い争いを始めた二人に、カナンとエイダは顔を見合わせ肩を竦める。
この様子では今日は勧誘どころではなさそうだ。
レーツェルにも内心秘めたるものがありそうだし、それが分かるまで勧誘はお預けと、一先ず目の前の言い争いの仲裁をどちらがするか、視線で押し付け合った。




