第3話
「俺が魔道具を使うのは戦士が剣や槍を振るうのと同じ行為なわけで、別におかしなことでは──」
「おかしいかどうかじゃなくて戦いの訓練になってるか──もっと言えば戦闘として成立してるか、って話だろ」
自身のスタイルについて弁解するウルに、しかしカナンは冷静にツッコんだ。
「勿論、敵と直接刃を交えることだけが戦いとは言わないよ? 例えば味方に適切な指示を出したり後方支援をしたり、そういうのも大切な役割だ。だけどそれを繰り返して戦闘者としての技量や立ち回りが身につくかって言うとまた別の話だろう?」
確かに優秀な指揮官が優秀な戦士であるとは限らない。その理屈は分かるが自分は一応前に出て戦っていたわけで、と反駁しようとしたウルを、カナンはスッと右手で制し続けた。
「あんたも同じだよ。あんたのそれは魔道具によるゴリ押しかハメ殺し。よく言っても狩りだ。リスクを負わないやり方は正しくはあっても戦闘じゃない」
「…………」
ぐうの音も出ない正論。
予め敵の特性や行動パターンを予測、道具を準備し対策し、実行するウルのやり方は戦闘ではなくただの作業だ。繰り返すことで手際は良くなるかもしれないが、本来の目的であった戦闘技術は勿論、立ち回りや対応力が磨かれることはない。
カナンの言っていることは全くもって正論ではある。だがそうは言っても──
「い、いや、言いたいことは分かりますけど、俺は魔導技師ですよ? わざわざ道具に頼らない戦い方を覚えても意味がないって言うか……」
ウルがカナンの言う“戦闘”を成立させようとすれば、それこそ魔道具を封印するか、戦術を無視し自分を不利な状況に追い込むしかあるまい。
だがそれは魔術師が敢えて白兵戦を覚えようとするのと何ら変わらない。果たしてそれに何の意味があると言うのか。
対するカナンの答えは残酷なまでに明瞭だった。
「うん。だから意味が無いんだよ」
「…………え?」
意味が分からず目を点にするウルに、カナンは同じ言葉を繰り返した。
「だから意味が無いんだよ。あんたが戦い方を覚えようとすること自体に」
「…………」
絶句する。
「私たちは言ったぞ? リーダーが強くなるのは“無理”だって。リーダーは根本的に“戦い”に向いてないんだ」
眉根を寄せ困った顔のエレオノーレが追い打ちをかける。
ウルが助けを求めて視線を彷徨わせると、
「私は“やらせてみれば”って言っただけで強くなれるとは言ってないわよ」
レーツェルに見捨てられ、
「口で言っても分かりそうになかったからね」
エイダには嘆息交じりに切り捨てられた。
「…………」
ガックシと地面に手と膝をついて項垂れるウル。
──ええ? 分かってたなら最初に言ってよ。いや言ってたよ。言ってたけどもさ。物凄くハッキリ言ってくれてたし無理言ったのは俺だし実際やってみないことには納得しなかっただろうからこの展開は仕方ないしむしろ迷惑かけたのは俺なんだけど、俺なんだけどもさぁ……
羞恥と脱力感で立ち上がる気配のないウルに女性陣は困った様子で顔を見合わせる。
そして役割的に一番ウルに近いエイダがフォローらしき言葉を口にした。
「……まあ、裏を返せば貴方は戦い方を覚える必要がないとも言えるわね」
「…………?」
「私たちみたいな後衛職の仕事は自分の手札を適切なタイミングで切ることよ。そういう意味じゃ、貴方の戦い方はある程度のレベルには達してるわ」
──まあ、手札の強さに頼り過ぎてて応用力には欠けてるけど。
その辺りは言っても詮無いことなのでエイダは言葉を呑み込む。
言った通り現状でもある程度のレベルには達しているし、こうした後衛の戦術は手札やセンスに大きく影響されるため他者が指導するのは難しい。彼は同じ後衛でも自分とは根本的に違うタイプだ。
「大事なのは自分の役割をしっかり果たすことよ。無理に強くなろうなんて考える必要は無いわ」
エイダの結論に、しかしウルの表情から不満と不安は消えなかった。
「……でも、この間のゴブリンヒーローみたいなのに襲われたら?」
その言葉を受け、女性陣は『似合わないことを言いだした理由はこれか』と理解する。
ウル本人が自ら選んで囮となり自爆戦術を選択していたので意識から抜けていたが、あの死の恐怖は彼に相応のトラウマを刻み込んでいたようだ。こうして普通に迷宮に潜り魔物と対峙できている以上、致命的なトラウマとまではなっていないようだが、引き続き冒険者を続ける上で技術か経験か、何か心の支えになるものが欲しいのだろう。
客観的に見ればあのゴブリンヒーローのような異常個体はこの迷宮でも滅多にお目にかかるものではないし、あれに殺されかけたからと言ってウルに問題があるとは言えない。
だがウルにとっては、自分が弱そうだからと狙われ、実際に手も足も出ず殺されかけたという事実が全てだ。
そのトラウマに本人が無自覚だからこそ、何か目に見える成果が無ければ納得しないだろう。
エイダはそこまで理解した上で、先達としてウルにアドバイスを送る。
「そこは戦闘力云々じゃなく、立ち回りや目配りの問題よ」
「立ち回り……」
「そう。不意打ちを避けて、自分が直接襲われないようにする立ち回り」
エイダは『貴方はもうある程度それはできてると思うわよ』と続けるつもりだったのだが、それより早くウルが目を輝かせ口を開いた。
「なるほど! つまり索敵とか罠感知とか斥候系の技術を学べってことですね!」
『…………』
──いや違う……違わない? 危険を避ける立ち回りとして決して間違ってはいないし、斥候系技能は冒険者であれば前衛後衛誰が何人習得しても腐ることはない。
なまじ間違ってはいないだけに、女性陣はウルの発言を咄嗟に否定できなかった。
そして自然、一同の視線はこのパーティーの斥候役へと集中する。
『…………』
「えぇ……?」
レーツェルの表情が『心底面倒くさい』と言わんばかりに歪んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どれほど内心面倒くさいと思っても、先にその面倒くさい役目をカナンとエレオノーレに押し付けたのはレーツェルだ。
周囲の『お前がウルに指導しろ。無駄? いやいや、モノになるかどうかは別にして、色々経験させること自体は悪いことじゃないだろ。お前が言ったことだよな?』という視線を振り払うことはできず、渋々ウルに斥候のイロハを教えることとなった。
しかし初手。
「【起動 警戒開──】
「──待ちなさい」
至極当然のように魔道具──不意打ち防止の魔導石を起動させようとしたウルを制止し、レーツェルは半眼で彼を睨みつけた。
「……それ、なに?」
「え? 前も説明したと思うけど使用者の危機感知能力を拡張して外敵からの不意打ちを防いでくれる──」
「じゃなくて」
レーツェルは頭痛を堪えるような表情で自分の額に手を当て、溜息を吐く。
「……はぁ。もういい。それ禁止」
「え? 何でだよ。斥候するならこれスゲー便利──」
レーツェルはウルの戯言を一睨みで黙らせ、爆発寸前の火山のような声音で続けた。
「あんた、今私から索敵やら何やら、斥候の技を教わろうとしてるのよね?」
「あ、ああ……」
「良かった。ひょっとしたら私、その大前提を勘違いしてるんじゃないかって心配になってたの。──で? その教導の時間に、敵が近づいたら自動でピカピカ光る魔道具がなんだって?」
「…………はは。何だったかな……?」
言外に『また魔道具の性能試験するつもり?』と指摘され、ウルは乾いた笑みを漏らしながらそっと魔導石を懐にしまう。レーツェルの満面の笑みが、とにかく怖かった。
そのやり取りを見ていた他三人がヒソヒソ小声でやり取りする。
「……気持ちは分かるけど、少し当たりが強すぎやしないかい?」
「……あの女は昔からああなんだ。人当たりはいいが、裏では『馬鹿の相手は嫌い』と言って憚らない女なんだ」
「……ああ~、なんか分かるわ」
「……まあ、この際、あの子にはちょっとキツイくらいが丁度いいんじゃないかしら?」
「……ちょっとで済むかな?」
「……う~ん」
「──(ギロリ)」
『…………』
レーツェルは不機嫌そうに彼女らを睨みつけ、黙らせる。
続けて何かを伺うようにこちらを見ているウルに視線を移すと、
「何やってんの? 斥候役なんだから、あんたが先頭行かなきゃ始まらないでしょ。ボサッと突っ立ってないで、とっとと行きなさい」
「え? その、索敵のコツとか注意点とかは……?」
「口で説明できるような安いコツなんかないわよ。対人ならまだしも、魔物相手じゃ種類ごとにまるで注意するポイントが違うんだから、これを意識してれば大丈夫なんて発想そのものが迷宮じゃ命取りなの。まず全力で意識を周囲に張り巡らせなさい。そんで失敗して痛い目見て、自分なりに見るべきポイントを絞っていくのよ」
「ええ……?」
正論ではあるが、身も蓋もない指導にウルは顔を歪める。
それでも厳しい態度を崩すことなく、無言でとっとと進めと圧をかけてくるレーツェルに、せめてもの抵抗とばかり確認した。
「……フォローはしてくれるんだよな?」
「安心なさい。運が良ければ死ぬ前に助けに入るし、間に合わなくても死体は地上に持ち帰ったげるわ」
レーツェルの美しい笑みに、ウルはそれ以上食い下がる言葉を持たなかった。
【今回の収支】
<収入>
金貨1枚 銀貨6枚
・探索による素材売却代金
<支出>
金貨1枚 銀貨8枚
・生活費(2日分) 銀貨8枚
・治療費 金貨1枚
<収支>
▲銀貨2枚
<所持金>
(初期)白金貨42枚 金貨5枚 銀貨10枚 銅貨8枚
(最終)白金貨42枚 金貨5枚 銀貨 8枚 銅貨8枚




