第2話
「無理って……」
戦うということ自体に冷めた感情を向けているレーツェルや効率を重んじるエイダあたりに否定的な意見を言われることはあるかもしれないと考えていた。
だが武闘派でこういう話に喜んで飛びついてきそうなカナンとエレオノーレに否定され、ウルは戸惑いの色を隠せない。
「そりゃ、向いてないってことは自分でも分かってるし、別に本職レベルで戦えるようになりたいとか言ってるわけじゃなくて、最低限身を守れる程度の技術を──」
「だから無理だって」
バッサリとカナンが否定する。
「…………あの、少し勘違いしてるんじゃないかと思うけど、別に白兵戦とかじゃなくてもいいんだ。物理的な戦闘力に限らず、立ち回りと言うか対応力を身に着けたいって話で──」
「だから無理なものは無理だと思うぞ、リーダー」
労わるようにエレオノーレが諭してくる。
ウルはしばし黙り込みプルプルと小刻みに身体を震わせたかと思うと、ドンとテーブルに拳を叩きつけて叫んだ。
「~~っ。何なんだよお前らは! 人がせっかくやる気出してんのに、やる前から全否定するようなことを……!」
しかしカナンとエレオノーレは頬に手を当て困った様子で、
「いや、だって無理なもんは無理だし……」
「ねぇ?」
「せめて『大変』とか『難しい』に留めとけよ! 可能性が全く無いわけじゃないだろ!?」
『…………』
「『無いんだよ』って憐れむような目で俺を見るなぁっ!?」
ぜぇぜぇと荒い息を吐くウルに、困った様子で顔を見合わせるカナンとエレオノーレ。
茶番染みてきたそのやり取りを収めたのは、それまで黙ってやり取りを見守っていたレーツェルだった。
「──やらせてみればいいんじゃない?」
「レーツェル?」
「実際に強くなれるかどうかは別にして、色々経験させること自体は悪いことじゃないでしょ」
「まぁ……」
「むぅ……」
カナンとエレオノーレは『実害はないしいいのか……?』といった表情で大きく首を傾げる。
ウルは何となく釈然としない思いはあったが、一先ず前向きな方向に話が進んでいるようだったので抗議の言葉を呑み込む。
「強くなれるかどうかは別にして」
「何で二度言った!?」
つい我慢しきれず抗議したウルに、涼しい顔でレーツェルは話を続けた。
「ちょうどエレナを連れて中層に潜ってみようって話をしてたからさ。一緒に行ってみようよ」
「上等だ! 俺だってその気になりゃ、中層でも即死はしないってとこを見せてやらぁ!」
話が進む一方で、カナンとエレオノーレは変わらず渋い顔だ。
「……強くなる以前に、あいつは根本的に“戦い”に向いてないと思うんだけどねぇ」
「……うむ。リーダーの場合、むしろ“戦う”という発想自体間違ってる気がする」
「──まぁまぁ」
そんな二人の肩を抱いて、小声で窘めたのはエイダ。
「それを本人に理解させるためにも、一通り経験させましょ、って話よ」
『…………』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ウォォォォッ!!」
──ズシャァァァッ!
体長二メートルはあろうかという紅大蜥蜴。
火の息を吐く難敵相手にエレオノーレはブレスを吐く直前のタメを見逃さず、その槍の一薙ぎで肉体を縦に両断した。
十三階層、中層でもオーソドックスな森と水場の複合エリア。中層の中では比較的風光明媚で狩りもしやすく、向上心の高い冒険者が修行を兼ねて訪れることの多い階層だ。
ウルがこれまで踏み入ったことがあるのは十一階層が最深で、十三階層は未知のエリア。だがベテランのカナンたちの案内もあり、今のところ探索は全く危なげなく進んでいた。というよりエレオノーレが一人で無双していて全く出番がない。
「随分調子いいじゃないか、エレナ」
「うむ。この槍が予想以上に手に馴染んで、自分でも驚いている」
──おかしい。昨日の話だと自分に実戦経験を積ませてくれる流れだと思ったが、全くそんな気配がないぞ?
「…………」
ウルはトボトボ後ろをついて行くだけで、今のとこ全く何もしていない。ああ、いや──
「ほら、解体するから道具準備して」
「…………うっす」
レーツェルに言われるがまま解体道具を取り出し、そのまま作業を手伝う。
そうだ、何もしてないなんてことはない。ちゃんと雑用はしている。本来の目的は強くなることであり『荷物持ちと解体作業を繰り返してたらいつの間にか俺最強になってました!?』みたいな意味不明な展開が訪れる気配は全くないが、ウルは文句を堪えて作業を続けた。
「にしてもそれが新調した槍かい? 大した切れ味だね」
「うむ。ギルドから多額の報奨金を頂いたからな。せっかくなのでオーダーメイドで槍をこしらえて、それをリーダーに頼んで魔法の武器化してもらったんだ」
そう言って自慢げに槍を見せびらかすエレオノーレ。基本オークは貧しく、これまで質の良い武器というものに縁が無かったのだろう。一目見て分かるほどに上機嫌で浮かれていた。
俗な言い方をするならば“高品質”かつ命中値と威力に“+1”の魔力補正がかかった魔槍。武器の質だけで言えば上級冒険者にも引けを取らない。
ちなみに魔法の武器化は魔導技師にとって基本技術の一つで、“+2”以上の補正は達人レベルの技量が必要となるが、“+1”程度の補正なら今のウルでも十分に対応できる。ただ魔法の武器化には素材代など実費だけでも白金貨一〇枚以上掛かるため、技術的にできるからといって、普通彼のようなひよっこが加工を手掛けることは滅多にないのだが。
前衛二人がそんなやり取りをしている間に、レーツェルは紅大蜥蜴から火炎袋など売却用の素材を手早く剥ぎ取り、回収する。
「──よし。それじゃ次行くか」
「おお!」
「──ちょっと待った!」
元気よく次の獲物を探して歩き出す武闘派二人を、とうとう我慢できなくなったウルが制止する。
「少しは俺にも戦わせてくださいよ! そういう約束だったでしょ!?」
『…………』
二人はあからさまに面倒くさそうに顔を見合わせ、助けを求めるようにレーツェルとエイダに視線をやる。
「……危なくなったらフォローすればいいんだし、戦わせてあげれば?」
「どうせ一度は戦わせないと収まりがつかないでしょうし、いいんじゃない」
しかし二人の反応はウルの背を後押しする──というかどこか投げやりなものだった。
そしてエレオノーレはウルが戦うこと自体には反対していても、ウルをリーダーと認めている以上、本気で頼まれれば嫌とはいえない。
残されたカナンは、拗ねたように上目遣いに自分を睨むウルに頭をかきながらハァと溜息を吐く。
「いや……まぁ、いいんだけど。でも、実際どうするのさ? 戦わせろって言っても、炸裂弾投げこんで殲滅しましたじゃ訓練になんないし意味ないでしょ」
エレオノーレのような前衛なら雑に敵に突っ込ませてもいいが、ウルのような後衛を戦わせるのは色々と気を遣う。どういう戦場設定が希望なのか尋ねるカナンに、ウルは胸を叩いて自信満々に言った。
「任せてください! 一応、消耗品なしの戦術は考えてきたんです!」
──ビリビリビリ! ザシュ!
『ギャヒィン!?』
巨大な馬ほどの体格を持つ双頭の魔犬が、自分の半分ほどの体格もないガーディアンの体当たりに悲鳴を上げ、鋼のツノに心臓を貫かれ絶命する。
『…………』
「どうっすか!?」
ウルは背後の女性陣を喜色満面で振り返り、感想を求める。
彼女たちは微妙な──こうなるだろうなとは思ってたと言いたげな──表情で顔を見合わせた後、レーツェルが口を開く。
「どうって言うか……ガーディアン、パワーアップしてる?」
「そうなんだ! せっかく金が入ってきたからバージョンアップしてみたんだよ。足回りを全とっかえして基礎スペックを向上させて、ついでに帯電能力を付けてみたんだ。直接的なダメージはそうでもないし使用制限はあるけど、接触した相手の動きを止めれるってのは大きいと思ってさ!」
「ああ、うん。凄いね。凄いんだけど──」
活き活きと語り出すウルを制止しつつ、レーツェルは念のため確認する。
「今のだけだと、単にガーディアン強くなったね、で終わりじゃない?」
「む……いや、他にも色々あるぞ!」
──ベチャ! ズルズテンッ!!
『ヒィィン!?』
疾走中の二角獣が地面にまき散らされた潤滑油のような何かに足を取られ、悲鳴を上げて転倒する。その隙に近づいて行ったガーディアンがぶすりと止めを刺し──
「どうだ!? オプションパーツを使って魔導銃の弾丸の性質を変化させたんだ。油脂性だけど元は魔力で時間経過で消滅するから環境にも優しくて──」
「次」
──ボコッ! ドスン!
「オプションパーツ二号で視覚効果に干渉する幻影を──」
「次!」
──ビリビリ! バシュゥ!!
「電撃で足止め! 修復可能なガーディアンごと敵を遠距離から──」
「次次!」
──ズリンッ! ボゥッ!!
「油と発火筒を組み──」
「次行け!」
そんな感じで一〇パターンほどウルの戦いを試した頃には女性陣はすっかり白け切っていた。
しかしウルは、レーツェルが戦いやすい相手を選んでくれたとは言え、中層の魔物相手に無傷で完勝しているのだからむしろ拍手喝采されてもおかしくないのに、と不満げな様子を隠せない。
そんな彼に代表してカナンが根本的な問題を伝える。
「いや、あのな? これ、全部戦いどころか魔道具の性能試験にしかなってないだろ。お前、これ繰り返したとして、自分が強くなると思うか?」
「…………あ」
盲点だった。




