第25話
第二章最終話。
その後の顛末について。
ゴブリンヒーローを担いだゴブリンの逃亡を許してほどなく、フルウを中心とした冒険者は残されたゴブリンたちを殲滅した。
ゴブリンたちの抵抗は鬼気迫るものではあったが、上級冒険者を含む一団に敵う道理はない。
戦闘を終えたフルウたちは、このまま逃げ出したゴブリンを追いかけ、残る群れごと殲滅することを主張した。
ウルを除いて今の戦闘での冒険者側の被害や損耗は軽微。このままゴブリンたちが態勢を立て直す前に一気に攻めかかるべきだと。
その主張の裏にあるのは万一ゴブリンヒーローが生きていた場合、回復される前に止めを刺したいという思いであり、この場にいたほぼ全員が同意するところであった。
唯一の例外は負傷は回復しても失血によるショックで意識が戻らないウル。彼を放置することも連れていくこともできず、結局一同はフルウとレヴたちのパーティーのみでゴブリンの追撃を行い、カナンたちはウルを連れて地上に戻ることになった。
元々、通常のゴブリンの群れの対処なら上級冒険者であるフルウたちだけで過剰戦力。少しは良いところを見せないとな、と笑う彼らに後は任せ、カナンたちは地上に帰還した。
そしてカナンたちが地上に戻った翌日。
「──結局、残ったゴブリンの群れにまともな戦力は残ってなかったらしくて、フルウたちの手で半日とかからず殲滅されたそうだよ。今は生き残りがいないか確認のために上級冒険者中心に六層を虱潰しにあたってるところさ」
「ギルドの動きを見る限り、二、三日中には安全宣言を出して、通常通りの迷宮探索が再開されるんじゃないかしら」
場所はウルの自宅。
傷は既に癒え、教会の世話になることなく生還を果たしたウルだったが、大量の血と共に失った体力が戻っておらず、ベッドから離れられない状態が続いていた。
そんな彼を見舞ってことの顛末を教えてくれていたのがカナンとエイダ。二人はあの後迷宮には戻らず、有事に備えた予備戦力としてギルドに詰めていたらしい。
「ほ~ん……俺が寝てる間に一気に状況が動いた感じですか」
ウルはベッドの上で上半身だけを起こし、カナンたちの話に耳を傾ける。まだ意識が戻って半日ほど。ふらつきと眩暈がおさまらず頭の巡りも普段より鈍重だ。
「──そういや、ゴブリンヒーローの死体は? エレナからは持ち去られたって聞きましたけど、見つかったんですか?」
一番最初に確認しておかなければならないことに遅れて思い至る。そんなウルを安心させるようにカナンは落ち着いた表情で頷いてみせた。
「安心しな。群れの本隊から少し離れたところでゴブリンの焼死体が見つかったらしい」
「まあ、ゴブリンの死体の見分けなんてつかないけど、すぐ横には失血で力尽きてるゴブリンもいたそうだし、状況的にほぼ間違いないでしょうってことね」
「…………なるほど」
それなら問題ないかとホッと安堵の息を吐く。
流石にあの爆発で死んでいないとは思わないが、あのゴブリンには死んでもアンデッドになって立ち上がってきそうな気味の悪さがある。死体が見つかったなら何よりだ。
「あ~……あと街の様子は?」
「そっちも安心なさい。ギルドが中心になってゴブリンが討伐されたって情報を流してからは大分落ちついたわ。オークや他の亜人種にかかってた疑いも公式に否定されてスラムの緊張状態も緩和されたって話よ……まあ実際、皆いつ安全宣言が出されるんだってそっちに意識が向いてて、自分たちが疑ってたことなんてすっかり忘れてるみたいだけど」
「はは、まあそんなもんさ。後、ギルドの連中はゴブリンヒーローのことをどこまで公開して、どう誤魔化すかで頭抱えてたね」
何故かギルド職員の苦労を嬉しそうに「ケケケ」と嗤うカナン。
実際、ゴブリンヒーローなんて今更公表しても頭を疑われるだけだ。恐らくは『異常な成長と進化を遂げた複数の個体が群れを牽引していた』などと適当にぼかして発表されるのだろう。
「お。リーダー、起きてたのか」
カナン、エイダから話を聞いていると、両手に大皿を抱えたエレオノーレが部屋に入ってくる。
彼女は地上に帰還して以降、オークの集落に戻ることなくずっとウルの看病をしてくれていた。
大皿の上からツンと漂う癖のある匂いにウルは表情を無にする。
「……いや、起きてたんだけどな、エレナ」
「ちょうど良かった。食事だ。しっかり食べて、寝て、血を作れ」
そう言って彼女はベッド横に置かれた小さなテーブルにドンと大皿を載せた。
『…………』
その大皿に山盛りにされた焼き肉を目にして、ウルは瞑目して天井を仰ぎ、カナンとエイダはその量に目を丸くした。
「さ、召し上がれ」
一切の邪気なくニコニコと肉を差し出してくるエレオノーレに、ウルは彼女を傷つけないよう言葉を選びながら語り掛ける。
「……あのな、エレナ。確かに俺は血が足りなくて栄養をとらにゃならんが、人間って生き物は体調を崩した時に重い食事は胃が受け付けないというか──」
「安心してくれ」
何故か自信満々にエレオノーレは胸を叩いた。
「私も馬鹿じゃない。確かに今朝の肉は少し脂っこかったからな。リーダーがたった半皿も食べきれず気絶したのを見て、私も学習した」
カナンとエイダの目が『二度目……!?』と恐れおののいていたが、ウルにはそれに反応する余裕がない。
「肉屋に聞いたら血が足りない時は“レバー”がいいと聞いた。これなら全部食べきれるだろう」
『…………』
この大食いチャレンジを彷彿とさせる皿の中身全部レバーかよ。
確かにレバーは身体にいいかもしれないが、決して食べやすいものではないし、大量摂取により健康を増進する効果があるものでもない。
「さ、食べろ。それとも私が食べさせてやろうか?」
ニコニコとフォークに刺した肉を突き出してくるエレオノーレ。
ウルはカナンとエイダに助けを求めるような視線を向けるが、二人はスッと目を逸らす。この二人はエレオノーレの実年齢が十二歳だと知って以降、やたら彼女に甘くなってしまい役に立たない。
「…………よく噛みたいので、自分のペースで食べさせてください」
「うむ。しっかり噛むのは大事だな」
ウルは諦めたように溜息を吐き、エレオノーレから肉の刺さったフォークを受け取り、それを口に運んでムシャムシャと咀嚼した。
口の中に鉄の味が広がる──彼はレバーがものすごく苦手だった。キラキラと善意に満ちた目でこちらを見つめる少女の前で、そんなことを口にする胆力はないが。
色んなものに耐えながら一切れ目の肉を喉に押し込み、ウルはふと気になったことを口にする。
「……そういや、レーツェルは?」
目を覚まして以降、一度も彼女の顔を見ていない。
「む? そう言えば見ていないな……」
「何だ、あいつ見舞いにも来てないのかい?」
顔を見合わせるエレオノーレとカナン。
「……あの娘は顔が広いからね。多分、どこかのパーティーの案内役でも頼まれたんじゃないかしら」
「ふ~ん」
エイダの言葉に特に何を思うでもなく頷き、ウルは口に運んだ二切れ目のレバーの味に顔を顰めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ギィ、ギギィ!』
『グギィッ!』
仄暗く青い光に照らされた一室の隅で、鉄製の檻に隔離された数匹のゴブリンが騒いでいる。そのほとんどが幼く未成熟な子ゴブリン。彼らは親から引き離され、見知らぬ場所に連れてこられ怯えていた。
その様子を檻の外から冷めた表情で見下ろしていたのがレーツェル。
彼女の関心は子ゴブリンにはなく、その視線は檻の中央で横たわるゴブリンヒーローに向けられていた。
『グ……ギ……ッ!』
──まだ、息がある。
ゴブリンヒーローは瀕死の状態で息も絶え絶えながら、しかし敵意の籠った目でレーツェルを睨みつけていた。
レーツェルはむしろその活きの良さを喜ぶように、通じているかも分からない共通語でゴブリンヒーローに語り掛ける。
「そんな睨まなくてもいいんじゃないかしら? 私は貴方の命の恩人よ。あのまま放置すれば死ぬだけだった貴方を治療して、ここまで運んで、他の人間に見つからないよう身代わりの死体まで用意してあげた。人目を盗んでそこまでするのは結構大変だったのよ?」
『……ギィッ!』
「あ~怖い」
レーツェルは薄く冷たく嗤い、彼の身体に縋りつく子ゴブリンたちに視線をやった。
「貴方だけじゃなく、子供たちまで助けてあげたって言うのにその態度……今からでも人間に突き出しちゃおうかしら」
『…………ッ!』
「──フフッ、冗談よ」
言葉は通じずとも視線からその意図を感じとり、ゴブリンヒーローは子ゴブリンを庇うように動かない身体を無理やり動かし身じろぎする。
しかしほどなく自分たちの生殺与奪を完全に握られていることを理解すると、ゴブリンヒーローは猿が服従を示すように口の端を吊り上げ歯と歯茎を見せた。
「いい子ね。物分かりの良い子は好きよ」
そう何の好意の見えない口調で呟き、レーツェルは檻の中のゴブリンたちに向かって短杖を掲げた。
「今から貴方たちには魔物と同じ、階層移動を禁じるギアスをかける。抵抗さえしなければ、このまま貴方たちを解放してあげるわ」
『…………』
レーツェルの真意を窺うように、ゴブリンヒーローは彼女の琥珀色の瞳を覗き込む。
「神殺しの獣が跋扈する深層で精々生き延びて見せなさい。貴方はあらゆる苦難を跳ね除けるHEROなんでしょう?」
そこに悪意はなく、ただ絶望と悲哀だけがあった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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【今回の収支】
<収入>
―
・ゴブリン討伐及び冒険者の死体回収に伴う報奨金は未回収
<支出>
白金貨5枚 金貨3枚 銀貨28枚 銅貨3枚
・生活費(九日分) 銀貨28枚 銅貨3枚
・魔道具製作費(ギルド未補填分) 白金貨5枚 金貨3枚
<収支>
▲白金貨5枚 金貨3枚 銀貨28枚 銅貨3枚
<所持金>
(初期)白金貨8枚 金貨9枚 銀貨4枚 銅貨9枚
(最終)白金貨3枚 金貨3枚 銀貨6枚 銅貨6枚




