第18話
──HERO──
所謂、英雄。優れた能力を持ち、偉大な功績を打ち立てた者。物語などでは往々にして正義の味方として描かれることが多い。
だがレーツェルが口にしたそれは一般的な用法とは少し意味合いを異にしているように聞こえた。
「えっと……それは、あのゴブリンが“ヒーロー”だって、そういう意味?」
「? それ以外に何か別の意味に聞こえた?」
代表してウルが確認するが、レーツェルは真面目な顔で冗談を言っているようには見えない。
『…………』
レーツェル以外の四人は顔を見合わせ今度はカナンが口を開いた。
「それは何かい? ゴブリンから見てあたしらが悪者とか、そういう──」
「──ああ。違う違う」
そこでようやくレーツェルはウルたちとの認識の食い違いに気づいたようで、パタパタ手を横に振って否定した。
「私が言った“HERO”っていうのは英雄とか正義の味方とかじゃなくて、ごく特殊な条件下で発生する異常個体の呼び名よ。別の言い方だと“決戦存在”って呼ばれることもあるわね」
「決戦存在……」
カナンはその単語を口の中で転がし、他のメンバーに視線で『聞いたことがあるか』と問いかける。しかし返ってきた反応はいずれも『NO』。
「初めて聞くんだけど、それ何かの専門用語だったりする?」
「……どうだろ? 私も爺ちゃんや先生たちから聞いた単語だから一般的じゃないのかも。でも、そう呼ばれてる存在は皆も知ってるはずだよ?」
レーツェルは指を折るような仕草をしながら続けた。
「有名どころだと古代の英雄“竜殺し”のシグムンド。比較的最近だとオーガの大将軍“不倒”のロズブロークとか」
「……まぁ、ヒーローっぽいっちゃヒーローっぽいわね」
いずれも“個”の武勇としては人類圏最強を謳われる英傑。シグムンドに関しては近年の研究で一部の功績に疑義が生じ、実際に竜殺しは成し遂げていないというのが通説だが、ヒーローと呼ぶに相応しい大英雄であることには違いない。
「歴史上の偉人とあのゴブリンを一括りにするのはいくらなんで言い過ぎじゃないかしら? 確かに厄介そうではあったけど、所詮はゴブリンって言うか……そこまでじゃないでしょ」
言葉を発したエイダだけでなく、全員が疑わし気な視線でレーツェルを見ている。
レーツェルは口元に手を当て、どう説明したものか言葉を選ぶようなそぶりをして口を開いた。
「ん~と……これは爺ちゃんたちが言ってたことなんだけど、まず“HERO”っていうのはこれぐらい強ければ該当するとか、そういう類の分類じゃないらしいのね」
「弱いヒーローもいるということか?」
「ええ。勿論その“種”の中で弱くはないでしょうけど、強さそれ自体は基準じゃないわ」
今一つ腑に落ちない様子で首を傾げるエレオノーレ。
回りくどい説明は却って混乱を招くばかりだと判断したレーツェルは、端的に“HERO”とは何かを口をした。
「“HERO”とはつまり、その“種”全体が何らかの危機に見舞われた時、“種”全体からのバックアップを受けて発生する突然変異」
「種からのバックアップ?」
「そう。個としての力だけじゃなく、存続し命を繋ぎたいという“種”の総体としての意思を受けて生まれる“運命に愛された個体”」
『…………運命〜?』
レーツェル以外の四人が異口同音にその単語をオウム返しし、胡散臭そうに顔を顰める。
その反応にレーツェルは苦笑し、気持ちは分かると頷きながら説明を続けた。
「まあ、私も話に聞いてただけだし、実物を見たことがあるわけじゃないから正直半信半疑ではあったんだけどね。ほら、例えばロズブローク将軍の逸話だと、無数の矢の雨が降り注ぐ戦場を十日間、昼夜に渡り単騎駆けを繰り返して一度も倒れることなく戦い続けたっていうのがあるでしょう?」
ロズブローク将軍の逸話で有名なのはその不死性。
レーツェルが言った矢の雨の逸話に限らず、彼は若い頃から並の戦士どころか生物であれば一〇〇回は死んでいないとおかしい戦場を冗談のような生き汚さで駆け抜け、生き延びている。その為、彼の逸話の大半が作り話だと考えている者は多い。
「多少誇張された部分はあるんでしょうけど、実際当時の戦場にいた兵士の証言によると、将軍が魔法の護りもなく、あちこち矢傷を負いながら、それでも致命傷を避けて戦い続けてたっていうのは事実みたい。──それはもう強い弱いで説明できるレベルの話じゃない。まるで“運命に愛されてる”としか言いようがないでしょ?」
『…………』
繰り返される絶望的な戦場を一度も倒れることなく踏破し、他国の侵略から国と同族を守り抜いたオーガの英雄。
ただのゴブリンでありながら、同族を守って格上殺しを続ける異常個体。
「……確かに、似てはいるな」
ポツリと漏れたカナンの呟きに否定の声は上がらなかった。しかし──
「──いやいやいや! そりゃ確かに似てはいるけどそんな英雄とかヒーローとか……」
エイダの口から漏れたのは否定ではなく困惑だった。
「そういうオカルトを抜きにしてもあのゴブリンは厄介だわ。こっちの一番弱いところを的確についてくる戦術眼と立ち回り、しかも仲間を狂化してパワーアップさせるおまけつき。迷宮内でゲリラ戦でもやられたらもうお手上げだわ。なのにその上、大昔の英雄の同類? 本気で言ってるなら、普通に都市が滅びるわよ」
『…………』
エイダの言葉は決して大げさではない。
残っているゴブリンの群れの規模がどの程度かは不明だが、遭遇した別動隊の数などから推察するに、少なくとも一〇〇を下回るということはないだろう。それら全てが死を恐れぬ狂戦士となって襲い掛かってくるとなると……
しかもそれを率いているのはあの異常個体だ。
見た限り味方を上手く利用して暗殺者のようにこちらの命を刈り取ってくるタイプ。乱戦では二度と相手にしたくないと、カナンなど思い出しただけで顔を顰めている。
そして現有の都市戦力と言えば冒険者だが、彼らにとって“戦闘”は本業ではなく、上級冒険者でも命を落とす危険があると知れば大半の者は戦わずして街を去っていくだろう。残る冒険者だけでは戦力が足りなくなる恐れがある。
理想を言えば騎士団に出動を願うことだが、自治権を侵される恐れのあるその要請を都市上層部が出すとは思えないし、仮に要請したとして、高々ゴブリン相手にどこまで騎士団が本気で動いてくれるか。
たった一匹、あの異常個体さえ倒すことができれば万事解決するのだが、それが“運命に愛されている”なんて話を聞かされて、一体どうしろというのか?
「この際、それが事実かどうか信じる信じないはさておくとして──」
あのゴブリンが”そう”としか思えない異常な存在であったことを暗に認めつつ、エイダはレーツェルに問いただした。
「そういう不吉な話をするからには、攻略法や対処法とかはないの? この際オカルトなんだし、ゴブリンの死体を祭壇に捧げてお祈りしたらその運命とかが解除されるとか、そんなのでもいいわよ」
「……いや、それは逆に私たちが邪神に呪われそうじゃないか?」
「邪神でもいいから」
控えめなエレオノーレのツッコミを切り捨て、エイダは真っ直ぐにレーツェルを見つめた。
「──残念ながら」
しかしレーツェルはあっさり肩を竦める。
「私も爺ちゃんたちから『もしそれっぽい個体と遭遇したら絶対に戦おうとせず逃げろ』って教わっただけだもの。正直、実際に見るまでは半信半疑だったけど、あれ至近距離で炸裂弾の爆発受けても耐えきってたし、真っ当な方法じゃ殺しようがないんじゃない?」
「……ホントに不吉な情報だけポンポン出てくるわね」
「根拠のない前向きな情報でアレに突っ込まされるよりはいいんじゃない? とりあえず爺ちゃんに何とかしてって相談してみるよ」
その発言に反応したのはウル。
「犬ジイ、今動けそうにないって言ってなかったか?」
「うん。だからまぁ、どこか都市外に援軍を要請するか、迷宮を一部封鎖しての毒攻めとか……まぁ、お偉いさんと相談して判断するんじゃないかな」
「……どう転んでも時間はかかりそうだし、上手くいっても後引きそうだな」
溜め息交じりのウルの感想にレーツェルは反論せず苦笑する。この場にいる全員の表情に程度差はあれ苦いものが混じっていた。
「……他に何か手はないのだろうか? 既に上級冒険者にも被害が出て、私たちの手に余ることだというのは理解しているが、このままでは迷宮都市の存続も危ぶまれるぞ」
『…………』
エレオノーレの言葉に一同はしばし考え込み、カナンが弱った顔で頭をかく。
「と言ってもねぇ……現実問題、あれの相手をするのはリスクが高すぎるよ。昨日は初見殺しが決まって運良く生き延びたけど、まともに戦えば一〇回やって一〇回死んでる」
「あの個体を警戒しようにも、見た目は普通のゴブリンで他とほとんど区別つかないっていうのがネックよね」
「狂戦士と暗殺者の組み合わせはね~」
女性陣はあーだこーだと議論するが、具体的な方策は出てこず、愚痴ばかりが混じる。
実戦経験の少ないウルはそれを黙って傾聴していたが。
「せめて他のゴブリンを引き離すなりできれば、まだ何とかなりそうだけど──」
「──ん? それぐらいなら何とかなりそうじゃないか?」
レーツェルのボヤキに、つい疑問が口をついて出た。
「接近前に範囲呪文で焼き払うとか、やりようはあるだろ?」
「群れがまとまって行動してるならね」
答えたのはレーツェルではなくエイダ。
「昨日遭遇したパーティーの話じゃ、ゴブリンの群れは範囲呪文で狙われないようにバラバラに突っ込んできたそうよ」
「それでも普通のゴブリンなら呪文で脅せば逃げ出して烏合の衆になるもんだが、あいつら頭のネジが飛んだ狂戦士だからね。昨日みたいな自爆紛いの奇襲はそう何度も通じるもんじゃないだろうし。現実的に範囲攻撃で倒しきるってのは無理があるだろうね」
レーツェルが『宮廷魔術師クラスならどうにかなるかもしれないけど』と冗談めかして言うと『流石にゴブリン相手じゃ動いてくれないだろ』と女性陣は苦笑していた。
「…………」
ウルはその苦笑に混ざることなく、ジッと天井を見つめ考え込む。
「……リーダー?」
「…………」
情報整理、戦術予測、思考の検証、確認。
脳内で何度もシミュレーションを繰り返し、やがてウルはポツリと言った。
「……いや、その程度ならどうとでもなるだろ」




