第17話
「う、うう……」
エレオノーレはゴブリンたちに重傷を負わされていたが、そこは強靭な生命力を持つオーク。地上に戻って呪文による治療を受けると彼女は直ぐに意識を取り戻した。
大変だったのはその後だ。
『一体何考えてんだいあんたは! 苦しい立場なのは分かるが、悩んでたならどうしてあたしらに相談しなかった! あたしらはそんなに頼りないかい!?』
『ご、ごめんなさい……』
と、カナンはエレオノーレの胸倉を掴み、目に涙を浮かべで説教。
──パン! パン! パァン!
『…………』
『あぅ! ひぅ! きゃん!?』
エイダは据わった目つきでエレオノーレの頬を延々と張り倒し、エレオノーレが泣くまでそれを止めなかった。
一方、比較的淡白な反応だったのはレーツェル。
『今回は運が良かったけど、下手したら普通にオークが事件の黒幕だって誤解されて、状況が悪化してたかもしれないってことは覚えときなよ~』
『あう……』
冷静な指摘にエレオノーレは全く返す言葉もない様子だった。
そして他のメンツに言うべきことを全部言われてしまった感のあるウルは、涙目のエレオノーレをフォロー。
『まぁ……俺も悪かったよ。辛いだろうって分かってたのにほったらかしにして。すまなかったな』
『う……うぅ……っ!!』
結局それがトドメとなってエレオノーレがワンワン泣き出してしまい、女どもから『あ~あ。泣~かせた』と非難がましい目で見られたことは納得いかなかったが、ウルは黙って不満を呑み込んだ。
その後、エレオノーレはレーツェルに付き添われて一度集落に戻り──同族たちからは勇敢な戦士と褒め称えられ却って恥ずかしい思いをしたらしい──翌日再びウルの家にやってきた。
そこに待ち構えていたカナンとエイダが彼女を拘束──何故かウルの目の前には“オークのゴスロリ”という未知の世界が広がっていた。
「うぅ……その、恥ずかしいのでそろそろ許して貰えないだろうか……?」
「駄目」
「ほ~ら、可愛いねぇ、エレナちゃ~ん。今度はこっち着てみようか~?」
恐らく彼女の人生──いや長いオークの歴史上でも──初だろうフリフリドレスに、白い肌を紅潮させて許しを請うエレオノーレに、カナンとエイダは容赦なく着せ替え遊びを続けた。
十二歳の少女を成人した女性二人がオモチャにしているという言葉の響きだけでも致命的に犯罪臭いのに、その少女がゴツイオークなのでもう意味が分からなくなっている。
「……というか、よくアイツの体格に合うドレスがあったな?」
「ああ。あれ、カナンたちのクランじゃ定番の罰だから」
「……そうか」
恐るべし女性専用クラン。
とてもウルには理解できそうにない世界なので、できれば罰は別の場所でやってほしかった。
ちなみに着せ替え人形にされている間中エレオノーレの耳はピクピク動き続けており、付き合いの長いレーツェルはそれが内心喜んでいる証だと知っていたが、それをバラさない程度の情けは彼女にもあった。──というかバラしたら今度こそ顔真っ赤にして自殺しそうだし。
結局ファッションショーは一時間ほど続き、カナンたちが一通り満足したところで話題は昨日見たゴブリンたちと現在のギルドの動きへと移った──勿論エレオノーレの服装はゴスロリのままだ。
「──口止めされた?」
「ああ。どうもギルドは、ゴブリンに上級冒険者が手玉に取られたって情報を持て余してるみたいだったね」
まず報告してくれたのは、昨日代表してギルドへ報告に行ったカナンとエイダ。
彼女たちがギルドに着いた際には既に件のゴブリンについて襲撃された上級冒険者と見習いの混成パーティーが先に報告を済ませており、ギルド職員たちの間には騒然とした空気が流れていたそうだ。ちなみにウルたちはエレオノーレの救出に向かう直前、逃走中だった彼らとすれ違い、互いに顔を見ている。
「信じがたいってのもあれば、下手に広めて現場に混乱が広まるのを避けたいってのもある様子だった」
「実際、現物を見てない連中からしたら、上級冒険者より強いゴブリンがいるって言われても『何それ?』って感じでしょうしね」
「……確かに」
聞いた者が信じるかどうかは別にして、混乱を避ける意味で口止めは妥当な判断か。
カナンはウルとエレオノーレに視線をやって報告を続ける。
「それにあんたらが戦ったゴブリンたちとの乖離もある」
「……私たちの?」
「っていうと、最初に発見したあのゴブリンライダーっすか?」
ウルの確認にカナンは一つ頷きを返す。
「ああそうだ。あんたらが最初に遭遇したゴブリンはごく普通の個体だったんだろう? 同じ群れのはずなのにどうしてそんな違いが出るんだって上の連中が疑問を口にしてるらしい」
「要は昨日見たゴブリンは見間違い──幻術にでもかけられてたんじゃないかって疑ってるのよ」
『…………』
ウルとエレオノーレは顔を見合わせ、確かに幻術で何者かがゴブリンに化けていたと考える方が自然ではあるか、と納得しそうになる。
それを否定したのはそれまで黙って話を聞いていたレーツェルだ。
「でも、幻術ならダメージを受ければ解除されるよね。あれは確かにゴブリンだった」
カナンたちは言われるまでもなく理解していた様子でそれに同意する。
「ああそうだ。あたしらもそれはギルドに報告した」
「ただやっぱり、半信半疑ではあったわね。信じれないというより、信じたくないといった感じかしら。念のため貴方たちにも話を聞きたいとは言ってたわ」
「とりあえずギルドの反応はそんな感じだ。情報が入って解決に向かうどころか、あの様子じゃむしろしばらく動きが停滞するんじゃないか?」
そこでエイダはチラリとエレオノーレに視線をやり、少しだけ言いにくそうに続けた。
「……裏で他の種が関わっている可能性が否定されたわけではないしね」
「…………」
エレオノーレもそのことは理解していたのか何も反論しない。
少しだけ重い空気が漂い、カナンは話題を変えるように明るい声で付け加えた。
「……あ。後、あのパーティーから死体の回収についちゃ滅茶苦茶感謝されたぞ。片方は上級冒険者だったし、報奨金も期待できるな」
「そりゃ良かった」
初めての明るい報告にウルは表情をほころばせる。
ちなみに回収した冒険者二人──いずれもドワーフ──の死体を蘇生のため教会に運んだのがウルだった。
「死体の状態が良かったんで二人とも蘇生は成功してましたよ」
蘇生直後、傷口から入り込んでいた煙幕の辛子成分が原因で彼らが発狂しそうになったことは敢えて黙っておく。
そして、その報告を聞いたレーツェルが密かに胸を撫でおろしていたことにウルは気づかなかった。
「──しかし、実際何だったんだろうな、あのゴブリンたちは」
『…………』
エレオノーレの呟きにウルたちは黙り込み、昨日自分たちが遭遇したゴブリンの一団を思い返した。
あのゴブリンたちの異常性は大きく二つある。
一つは言うまでもなく、カナンを追い詰め、至近距離での炸裂弾の直撃にも耐えたあの異常個体。
そしてもう一つは──
「……あの異常個体は別にして、他の連中にかかってたバフに関しちゃ心当たりが」
ウルは何故かエレオノーレの方を見ながら続けた。
「明らかに肉体限界を無視した動き。本来格上の冒険者相手に一切恐怖なく襲い掛かってくる精神状態。ありゃ軽度の狂戦士状態でしょ」
「──何っ!?」
『あ~……』
自身の精神疾患と同じ呼称を聞いて目を丸くするエレオノーレと、納得した様子で頷く他三人。
「待ってくれリーダー! それじゃまるで私があのゴブリンたちと同類かのように聞こえるぞ!?」
「……え?」
ウルは何を言っているんだとキョトンと首を傾げ、
「そう言ってるんだけど」
というか素の状態だとむしろ彼女の方がヒドイ。
「そんな──!?」
愕然とした表情で抗議しようとするエレオノーレの顔にカナンが無造作に手を置いて押さえつけ──「ぐへっ!?」──話を本筋に戻す。
「確かにあれは一種の狂奔状態だと言われれば納得出来る。だが、だとしたら原因は何だろうね? あのゴブリンたち全てが狂戦士症候群なんてことはあり得ない。普通に考えりゃ、何かの呪文って線が有力だろうけど──」
「それはないわね」
否定したのはエイダ。
「確かにそういう精神異常を引き起こす呪文はあるけど、その持続時間はそう長いものじゃないわ。私たちが駆け付ける相当前から戦闘が続いてたことが考えれば、とても呪文が持ったとは思えない。それにあの数のゴブリンに呪文をかけようと思ったら一流の呪文遣いでも一人じゃ厳しいわよ」
自身も精神操作系の呪文を扱うエイダの言葉は確信に満ちていた。
「……となると一番怪しいのはやっぱり、あの異常個体だね」
『…………』
あの異常個体の存在が、何らかの理由で他のゴブリンたちの狂奔状態を引き起こした、というカナンの推測を否定する声は出なかった。
皆が難しい表情で考え込む中、この中で一番戦士としての経験が浅いウルが疑問を口にした。
「あの~……今更かもしれないんですけど、一つ聞いて良いですか?」
「ああ、どうした?」
「いや、俺にもあのゴブリンが何となくヤバそうだなってことは分かるんですけど、具体的にアレ、どれくらい強いんですか?」
「どれくらいって……」
質問の意図が理解できずカナンが顔を顰める。
「や~、ほら。強そうなのは分かるんすけど、見た目すげぇパワーとかスピードがありそうな感じでもなかったでしょ? かと言って、ものすごい達人ですってのもゴブリンのイメージと違うし……ホントに上級冒険者がやられるほどのもんなのかな、って」
『…………』
言われてみれば確かに、と他の面々は顔を見合わせる。
程度差はあれ、この場にいる全員があのゴブリンが“ヤバい”ことは理解していた。しかし具体的に何がどう“ヤバい”のかと問われると上手く説明できそうにない。おかしな動きはしていたがウルの言うようにパワーとスピードはそれほどでもなかったし、武術の達人かと言われればそれも違う。
その場の視線が自然と、あの時一番間近で異常個体と交戦したカナンに集まる。
「……確かに。どれくらい強いのかと聞かれれば、難しいな……うん。勿論弱くはなかった。弱くはなかったが──」
カナンは言葉を選ぶように、少し迷いながらその言葉を口にした。
「決して、それほど強いわけじゃない……と、思う」
『────』
意外な言葉にウルたちは目を丸くする。
しかしカナンはそんな彼らの様子を気にすることなく、自分の思考に没入し、考えを整理するように言葉を続けた。
「多分、素の実力はあたしより下だ。並のゴブリンより二回りは強いが……うん。それでも別に普通なら手こずるほどじゃない」
「ん~? ならつまり、強そうなのは気のせいってことですか?」
意味が分からず顔を顰めたウルの言葉を、カナンはかぶりを横に振って否定した。
「──いや。気のせいじゃ、ない。気のせいじゃないが……うん。あれは強いというより何と言うか──おかしいんだ」
「おかしいと言われても……」
ウルだけでなく他の面々も同じように困った表情をしている。
カナンは頭をかきながら、自分でも半信半疑の様子でその“おかしさ”について説明した。
「ん~……例えばウル。あたしがあんたに殴りかかったとしたら、あんたがそれを躱せるのはいいとこ一〇回に一回、あるいは一〇〇回に一回ってとこだろう」
「ま、そんなとこでしょうね」
「だけどそれは逆を言えば、一〇〇分の一の確率でなら、あんたでもあたしの攻撃を躱せるってことでもある」
「……まぁ、理屈の上では」
カナン以外の全員は『何を言っているのだろう?』という表情だ。
「あのゴブリンは何て言うか、それなんだよ。実力自体は大したことないのに、一〇回に一回、一〇〇回に一回の確率を冗談みたいに引き寄せてくるんだ」
「いやいや。そんな全行動確定自動成功みたいなバグキャラ現実にいるわけ──」
「そう、いるわけがない。だけどあれは……そうとしか言いようが……」
カナン自身にも自分がおかしなことを言っているという自覚があったのだろう。それ以上、どう説明したらいいのか分からない様子で腕組みし、困った様子で考え込んでしまう。
ウルもどうしたものかとエレオノーレ、エイダ、レーツェルと顔を見合わせ──
「──それ、HEROってやつかもね」
唐突に、レーツェルがそんな言葉を口にした。
【今回の収支】
<収入>
―
・死体回収に伴う報奨金は未回収
<支出>
白金貨8枚 金貨3枚 銀貨23枚 銅貨5枚
・生活費(八日分) 銀貨23枚 銅貨5枚
・魔道具製作費(未使用分含む) 白金貨8枚 金貨2枚
・治療費 金貨1枚
<収支>
▲白金貨8枚 金貨3枚 銀貨23枚 銅貨5枚
<所持金>
(初期)白金貨16枚 金貨14枚 銀貨7枚 銅貨14枚
(最終)白金貨 8枚 金貨 9枚 銀貨4枚 銅貨 9枚




