第11話
迷宮都市でも上位の実力を持つベテランパーティー壊滅の可能性。
ウルたちの報告は冒険者ギルドに少なからぬ衝撃をもたらした。
報告を受けたロイドは彼らが持ち帰った魔石の欠片を専門家に回して解析。魔力の痕跡などから、それは調査隊のリーダー・ロートスが使用していた杖の一部であると確認される。
都市経済に与える影響を鑑み日和見を決め込んでいたギルドと都市上層部も、これ以上情報を秘匿することは自分たちにとっても危険と判断。迷宮の封鎖にこそ踏み切らなかったものの、迷宮六層でゴブリンが発見され、その調査に送り込んだベテランパーティーが全滅した可能性があることを公表した。
そしてこの発表を聞いた冒険者の反応は概ね三種類に分類された。
一つは浅層の出来事など気に留める必要のない猛者──か自信家。
一つは危険を察して迷宮探索を当面取りやめる者。
一つは危険は理解しながらも、生活のために迷宮探索を続けざるを得ない者。
割合としては概ね『一:三:六』。
過半数が危険に怯えながらも迷宮に潜り続けなければならないあたり、冒険者という職業の苦しさがうかがえる。
かといって、迷宮探索続行を決断した者たちも従来通りの活動を続けられたわけではない。六層での狩りなど論外としても、それ以外の階層でも連隊を組み倍以上の見張りを立てるなど不自由な活動を余儀なくされた。
非効率な探索、慣れない連携と階層。
冒険者による探索効率は大幅に低下し、僅か数日で迷宮から産出される素材量は都市全体で平時の三~四割程度にまで落ち込みつつあった。
現時点ではまだ素材にストックがあるため、供給がストップしても迷宮都市の経済活動に大きな影響は出ていない。だがこの状況が一月も続けば、魔物素材を取り扱う職人の中には生活が立ち行かなくなる者もあらわれるだろう。
冒険者ギルド及び都市上層部はゴブリン発見に端を発する一連の事件を“準一級迷宮災害”──間接的に都市機能・経済に三割超の損害を与える恐れのある事案──に認定。上級冒険者に強制依頼を発し、迅速に事態を収束させる旨を宣言した。
しかし──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「全く、商売あがったりだね」
「ホントそう。六層以外も、いいポイントは他から流れてきた連中でギチギチ。もう身動き取れないの」
調査隊が壊滅したと思しき痕跡を発見してから五日後。その際に知り合ったカナンとエイダがウンザリした様子で愚痴を言う。
彼女たちはあの後一度、所属しているクランのメンバーたちと鉱物採掘目的で八層に向かったらしい。しかしいざ到着すると普段活動しているポイントは六層から流れてきた冒険者で一杯。他の目ぼしい採掘ポイントも順路や出入り口に近い安全な場所から埋まっており、結局彼女たちはリーダーの判断でそのまま手ぶらで帰還するハメになったそうだ。
カナンたちが所属しているのは女性だけで構築された中規模クラン。クランリーダーは堅実な方針で普段から相応に貯えをしており、その探索失敗を受けて当面は活動を自粛する方針を打ち出したらしい。
「ま~仕方ないよ。団員に無理させないのがサシャさんのいいとこじゃん」
「……それは分かってるんだけどねぇ」
レーツェルに宥められてもカナンは不満顔だ。顔に退屈だと書いてある。
レーツェルは苦笑しながら棚の奥に隠していたちょっといいお茶を人数分淹れ、テーブルに並べた。
「サンキュー」
エイダがお茶で喉を潤し、これまた隠していたお茶菓子をポリポリと齧る。その様子を半眼で見やり、ウルは呻き声を上げた。
「……あのー。愚痴るのは別に構わないんすけど、人ん家でやんのは止めてもらえません?」
家に押しかけリビングを占拠している女どもに、精一杯の愛想でやんわり苦言を呈する。
しかし返ってきたのは女性陣からの責めるような視線。
「仕方ないだろ。他に集まれる場所がないんだし」
「いや、俺ん家じゃなくても、どっか店でも行けばいいでしょ?」
ウルの反論にカナンは呆れた様子で溜息を吐いた。
「この状況で馬鹿言うな。あたしらはともかくエレナが問題だろうに」
そう言ってカナンが顎で示したのは、消沈した様子で椅子に座るエレナことエレオノーレ。実はオークである彼女は、単に迷宮に潜れないというだけでなく都市内での行動全般に支障が出てしまっていた。
今回の一件にオークやオーガなどの亜人種が関与している可能性について、ギルドが公式に言及しているわけではないが、この手の話は自然に漏れるもの。既に様々な不自由や損失を被っている冒険者や住民の不満は大きく、この状況でエレオノーレが街中を出歩けば確実に揉め事が発生するだろう。迷宮に出入りすればウルたちが一緒に行動していても難癖付けて攻撃されるリスクさえあった。
「……うむ。申し訳ない」
「謝るな。あんたが悪いわけじゃない」
「そうそう。申し訳なさそうにしてたら難癖つけられるだけだし、胸張ってなさいな」
カナンとエイダがエレオノーレを慰めながらウルに非難の目を向ける。
二人は前回の探索ですっかりエレオノーレを気に入ったようで、今日は不自由している彼女を慰めるために集まったらしい──ウルには一言の相談もなく。
「…………」
理不尽な扱いに不満を抱きつつも沈黙するウルの前に、レーツェルが苦笑しながらお茶のカップを差し出してきた。この少しお高いお茶も茶菓子も全部俺が買った物なのだが、との文句を噛み殺し、ウルはカップに口を付ける。悔しいことにレーツェルが淹れたお茶は自分が淹れたものより格段に美味しかった。
「まあそう落ち込みなさんな。今回の件は化け物ぞろいの上級冒険者が動いてるんだ。すぐに解決するよ」
「……うん」
先ほどまで自分が一番愚痴っていたことなど忘れ、カナンがエレオノーレを慰める。
ウルもこの状況が続けば迷宮にも潜れず、道具も売れず、素材買い取り所のバイトも──回ってくる素材が激減して──仕事がないと、収入減が絶たれている状態。カナンの言う通り、早く解決して欲しいな~とは思っていたが、そう上手くいくだろうかと楽観できずにいた。
「…………」
チラリとレーツェルに視線をやると、彼女も同様に微妙な表情を浮かべている。何となくお互いに同じ部分に引っかかっているのだろうな、とは思いつつ、特に具体的な推測にまで至っていないので口に出せずにいるのが見るだけで察せられた。
「……何か気になることでもあるの?」
その様子を見咎めたのがエイダ。
彼女の指摘でカナンとエレオノーレの視線もウルたちに集まり、何か話さなければならない空気が出来上がる。
「気になることって言うか、まあ……」
ウルが視線でレーツェルに『先に気づいたのはお前だろ』と促すと、彼女は渋々口を開いた。
「ん~……具体的に何がどうって訳じゃないんだけど、この間の探索で一つ分からないことがあるのよね」
「分からないこと?」
カナンの相槌にレーツェルは頷きを返し続けた。
「うん。あの場所には確かにロートスの杖──魔石の欠片が落ちてたわけだけど、調査隊が襲われたのはホントにあの場所なのかなって」
「どういうことだい? 破損した杖の欠片があったってことは、あそこで戦闘があったってことだろ?」
「でも、あそこにはあの欠片以外、戦闘の痕跡は何も残ってなかったよ」
『…………あ!』
レーツェルに言われて、現場の記憶を脳から引き出した三人が声を上げる。
ウルもあの時のレーツェルの様子に違和感を抱き、迷宮から戻ってきた後ようやくそのことに気づいた。
「仮にも魔術師を抱えたベテランパーティーの戦闘よ? 敵が強敵ならそれなりの痕跡が残るだろうし、それを見落とすことはないと思う」
「……確かに。血痕も何も残ってなかったね」
「ふむ。不意を打たれて満足な反撃ができなかったという可能性はないかな?」
「まさか。私が生まれる前から冒険者やってる連中よ? よっぽど油断しているならともかく、反撃もできずにやられるなんてありえないでしょ」
レーツェルの言葉に女性陣が次々に意見を口にする。
ウルはレーツェルの意見を代弁するように口を開いた。
「つまり、実際に調査隊が襲われたのはあの場所じゃなく、魔石の欠片は襲撃場所を偽装するためにあそこに後から置かれたんじゃないかって考えてるんだろ?」
「ええ」
二人の意見に疑義を呈したのはエイダ。
「…………状況からするとその可能性が無いとは言わないけど、だとしたらわざわざ襲撃場所を偽装する意味は何?」
ウルとレーツェルは同時に顔を見合わせ、かぶりを横に振った。
「……そこが分かんないのよね~」
「ああ。場所を誤魔化す以前に、わざわざ襲撃があったことを示す意味がねぇんだよな。わざわざ襲撃の痕跡を残して警戒させるより、隠して油断させた方が動きやすいだろうし……」
違和感はある。が、だからどうなのだ、と言われると答えられない。聞いたカナンたちも微妙な表情を浮かべて首を傾げている。
「まあ、ひょっとしたら偽装の意図とかなくて、キレイだからって拾った魔石の欠片を偶々あそこに落としただけなのかもしれないけどね。ほら、仲間の死体を回収しにやってきた時とか」
「……ああ、確かにな」
微妙な空気を振り払うように肩を竦めて言うレーツェルに、カナンが乗っかって一旦その話題は終結する。
しかしこの時ウルとレーツェルは、薄いヴェールで目隠しされたような気味の悪さを感じていた。
【今回の収支】
<収入>
金貨2枚 銀貨9枚
・調査報酬 金貨2枚
・バイト代(一日分) 銀貨9枚
<支出>
銀貨21枚 銅貨3枚
・生活費(七日分)
<収支>
+金貨1枚
▲銀貨2枚 銅貨3枚
<所持金>
(初期)白金貨16枚 金貨13枚 銀貨9枚 銅貨17枚
(最終)白金貨16枚 金貨14枚 銀貨7枚 銅貨14枚




