第8話
「調査隊が行方不明?」
ウルたちがゴブリンの小集団を発見してから四日後の朝。
二度目のダンジョンアタックに挑む約束をしていたウルとエレオノーレは、ギルド前で待ち合わせ、前回発見したゴブリンについて何か情報が入っていないか確認してから迷宮に向かおうとした。そしてウルたちを見つけたロイドから告げられた内容に思わず目を丸くする。
「そうなんです。一昨日、ベテランパーティーを調査隊として送り込んだんですが……」
その件でバタバタしているようで、少しやつれた様子のロイドがハンカチで汗を拭いながら説明した。
ウルとエレオノーレは顔を見合わせて各々疑わし気に口を開く。
「行方不明って、六層の話ですよ? 報告を忘れて連絡がつかないだけとかじゃないんですか?」
「うむ。あるいはついでに他の階層を探索していて戻ってきてないとかな」
しかしロイドは苦い顔でそれらの意見を否定した。
「彼らの宿は確認済みですし、迷宮の入口を見張っている衛士も未帰還だと証言しています。それに今回の調査は最優先の依頼ですから、そんな理由で報告が後回しにされることはありませんよ。少なくとも私は、実力だけでなく素行面でも信頼のおけるパーティーを送り込みました」
『…………』
再び顔を見合わせるウルとエレオノーレ。
ロイドはそう言うが、しかし六人組のベテランパーティーが六層の調査から戻ってこないというのは少し考えにくかった。
これが竜種のような“人類では決して倒せない魔物”が巣くう中層以下ならまだしも、浅層は人類の支配領域だ。六層は罠の類も存在しないし、ソロでもない限りベテランが事故を起こすような場所ではない。それこそ通常では考えられない異常事態でも起きない限りは。
「……ひょっとして、例のゴブリンが想像以上の大集団だったって可能性は?」
ふと嫌な可能性に思い至り、ウルは周囲を気にし声を潜めてロイドに尋ねる。ロイドも似た想像はしていたのだろう、ウルと同じように声量を落とし、すぐさまそれに答えた。
「……可能性としてないわけではありませんが、所詮ゴブリンです。群れの数が多ければその分発見は容易でしょうし、逃げ出すことも出来ない状況に陥ったとは考えにくいですね」
「確かに」
現代の冒険者にとって最も必要とされる能力は戦闘力ではなく危機回避能力だ。ぞろぞろ大勢で動くゴブリンにやられましたなんて間抜けは、ベテランと呼ばれる前に死んでいるだろう。
──しかしそうなると一体どうして?
原因に想像がつかず首を傾げるウルに、ロイドは顔を寄せて小声でボソリと告げる。
「……ここだけの話ですが、上層部はこの一件にゴブリン以外の何者かが関与している可能性を疑っています」
そう言って彼は、少し気遣わしげにチラとエレオノーレに視線をやった。
つまりゴブリンと同様、何らかの理由でオークやオーガといった亜人種が迷宮に棲みついている可能性がある、と。元々ゴブリンは人類の基準で“魔物”に分類されているだけで、知能や能力的には亜人種と言って差し支えなく、実際地域によっては亜人種と手を組んで人類と敵対したり、オークやオーガの手下として使われているケースもあると聞く。
矮小なゴブリンがベテランパーティーを害したと考えるより、確かにそれは納得しやすい意見ではあった。
「…………ふむ」
そんなロイドとウルのやり取りをどこまで理解しているのか、エレオノーレは特に気を悪くした様子もなく一つ頷いて口を開く。
「ともかく、理由は不明だが六層に危険な何かが棲みついている可能性があるということなのだろう。ギルドは一体どう対応するつもりなんだ?」
「現時点では何も」
「ふむ……?」
即答したロイドに、エレオノーレは含みのある表情で首を傾げた。
「もちろん追加の調査隊を送る準備はしていますが、現時点でそれ以上のことを行う予定はありません」
それはつまり、ギルドとして迷宮を封鎖したり、冒険者に警告を発する予定はない、ということだ。ある意味冒険者を守る義務を放棄したともとれるロイド──いや、ギルドの対応だが、ウルはその判断を当然のものと受け止めた。
そもそも現時点で、迷宮六層に危険があるというのはあくまで憶測に過ぎず、確たる根拠はどこにもない。
迷宮の封鎖は迷宮から糧を得ている冒険者だけでなく、ギルド、素材加工業者、商人、そこから税収を得る為政者まで都市全体に大きな影響を及ぼすものであり、明確な根拠もなく行えるものではなかった。
また警告を発するというのも不安を煽り混乱を助長するだけでほとんど意味がない。何せ“迷宮内で未知の敵に警戒しろ”なんてのは、言うまでもない当たり前のことなのだから。
後からギルドの判断が問題視されるリスクはあるが、どのみち現時点ではどう対応しても問題しか起きない。ならば現状維持に判断のバイアスが傾くのは当然のことだろう。
そして何より、問題が起きたとしても損失はせいぜい冒険者が死ぬ程度。所詮いくらでも補充が利くならず者の命だ。
「なるほどな」
エレオノーレは特に不満らしい表情も見せず淡々と頷く。特にこうすべきとの意見があったわけではなく、ギルドがどう動くかを知りたかっただけのようだ。
「ところでお二人の今日のご予定は?」
『…………』
話題を変えるようサラリと予定を聞いてきたロイドに、ウルとエレオノーレは言葉に詰まる。
というのも元々二人は前回と同じように六層で狩りを行う予定だったが、今の話を聞いて少し予定変更を考えていた。とはいえ当然相談をする時間などない。探索を取りやめるというのもエレオノーレの収入的に厳しいので、いっそ八層まで潜って鉱物採掘でも試してみようかなどと各々の頭の中で考えていただけ。ある意味とても流動的だ。素直にそう言えば『予定は無い』と見做されるだろう。
そして用件も告げず予定を聞いてくる人間の用件がまともなものであろうはずがない。
馬鹿正直に言えば何か厄介事を押し付けられる。そう察したウルはエレオノーレと視線を交わし、適当に用事をでっちあげてこの場を切り抜けよう口を開く。
「実は──」
「もし迷宮に潜る予定であれば、是非ついでにお願いしたいことがあるのですが」
そんなウルの考えを見透かすように、ロイドがニコニコ笑いながら言葉を被せるように告げる。
これは断りづらい。ここで迷宮に潜らないと言うと、エレオノーレと二人で今日一日何するんだという話になるし、ついでと言われると内容も聞かずに断るのは難しい。
──内容を聞いた上で判断する? いや、多分聞いたら断りづらいような内容なんだろうな……
既に挫けそうな自分に喝を入れ、ウルは渋い表情でロイドの“お願い”とやらを確認した。
「……内容は?」
「はは、そんな警戒しないで下さいよ。別に無茶なことを要求しようってんじゃありませんから」
ロイドは朗らかな笑みを浮かべそう弁明した後、表情を真面目なものに正して続けた。
「先ほども申し上げた通り、現在ギルドでは追加の調査隊を送り込む準備をしていますが、どの程度の人員を送り込むべきか判断材料に乏しく、ギルド内でも意見が分かれ様子見の状態が続いています」
それはまあ、そうなるだろう。
本当に何か危険があるのだとしたら、戦力の逐次投入とならないようしっかりとした部隊を組織する必要があるが、現時点ではあまりに不確定要素が大きすぎる。ひょっとしたら本当に偶々メンバーが運悪く怪我をしたとか、体調を崩したとかで帰還が遅れているだけかもしれない。この状態で仰々しい部隊を組織する、というのはギルド上層部──決裁者としては中々難しい判断だろうと、容易に想像がついた。
「ですが、調査隊が何らかの事情で救助を待っている状況であった場合、あまり判断が遅れると彼らを見捨てることにも繋がりかねません」
「…………」
「そこで、少しでも判断材料を集めるため、彼らが向かったであろうポイント周辺だけでも確認したいのですが……」
「……そのポイントってのは?」
「お二人がゴブリンライダーと遭遇した場所です」
言いたいことは大体分かった。
ウルはチラリとエレオノーレを見やるが、彼女は判断はウルに任せるという風に一つ頷きを返してきた。
「お断りします」
「いえ、まだ話は──」
「要は場所を知ってる俺らにそこを見て来いって言いたいんでしょうけど、それだけならわざわざ俺らがリスクを負わなきゃならない理由がない」
「…………」
キッパリとした拒絶に、ロイドは困ったように頭をかく。
さて次はどう出てくるだろう?
誤魔化そうとするか、宥めてくるか、あるいはエレオノーレが冒険者となった動機をついくることも考えられる。
何にせよ都合よく使われるつもりはない、とウルは警戒も露わにロイドを見つめた。
ロイドはしばしどう説得したものか悩むように沈黙し、結局観念したように大きく息を吐いて口と開いた。
「……ふぅ。いや、正直なところを申し上げますと、一刻も早く調査隊の生死だけでも確認したいのですが、事情が事情だけにあまりおかしな者には任せられません。口が堅くて、直ぐに動けそうな冒険者となると中々見つからず、お二人には先に声をかけたメンバーに追加で加わっていただけないかな、と……」
二人きりで使い捨ての駒のように突っ込ませるつもりではなかったようだが、しかし。
「それは余計にマズいでしょ。俺らは何て言うか──」
ウルは言いにくそうに、チラリとエレオノーレに視線をやる。その視線を受けて、彼女はあっさり頷き口を開いた。
「そうだな。私が冒険者からどのような目で見られているかは理解している。連れて行けといっても、その先に声をかけた者たちが嫌がるのではないのかな?」
その懸念に、ロイドはあっさりと首を横に振った。
「それは大丈夫だと思いますよ。あちらにはお二人の知り合いもいらっしゃいますし」
『──は?』
どちらかではなく、二人共通の知り合い?
意味が分からず怪訝に顔を顰める二人に、答えは背後からやってきた。
「──あっ! ロイドさ~ん。追加の人員見つかりました?」
聞き覚えのある声に、ウルは『まさか』と振り返る。
『──レーツェル?』
そして全く同様の反応を示したエレオノーレと顔を見合わせた。
『…………ん?』
「あれ? ウルとエレナじゃん。何で二人が一緒にいるの?」
キョトンと目を丸くした斥候職の少女に、二人は異口同音に間の抜けた言葉を返した。
『……どういうこと(だ)?』




