第7話
「さて、やるか」
エレオノーレと迷宮に潜り、ゴブリンの小集団を発見した二日後。
ウルは自宅の作業場で台の上に並べた素材と彫金用の道具を前に「ふんす」と気合を入れていた。
今日は作業二日目。
昨日の段階で作るべき魔道具の構想と素材調達、下準備までは終わらせている。
「狂戦士症候群をそのままにしてエレオノーレを連れまわすのはリスクが高いし、何より俺らはゴブリンの駆除部隊に呼ばれる可能性がある。他の冒険者の前であの暴れっぷりを見せるのは、あいつの目的を考えたらマズいだろ」
ウルが今日作成するのはエレオノーレの狂戦士症候群を抑制するための魔道具だ。
エレオノーレの実力は戦士としては申し分ないが、戦いになると我を忘れ暴走する悪癖がある。その狂奔には攻撃能力の向上というメリットはあるものの、防御が疎かとなり、戦術行動や連携が取れなくなるという致命的なデメリットがあった。
またエレオノーレの目的はオークと冒険者の関係改善だが、あのように正気を失って暴れまわっている姿を晒して『仲良くしましょ』と言ってくれる冒険者は少数派だろう。
ウルは別に本人からこの問題を解消したいと頼まれているわけでもなく、お試しパーティーなのだからわざわざ解決策を講じなくとも『合わなかった』と関係を切ればいいだけの話。だがせっかく縁があったというのもあるし、何よりアイデアを考えていたら興が乗って作ってみたくなってしまった。
──多分、最初からそのつもりでロイドさんも、その裏で根回しした人も、俺をエレオノーレと組ませたんだろうしな。
作業台に置かれているのは、飾りのない鉄製の腕輪に魔法銀鉱石、闇晶石、蒸留水、中和溶剤。この内、腕輪と蒸留水、中和溶剤は昨日ウルが手ずから準備したものだ。
やや小ぶりとは言え闇晶石、純度が低いとは言え魔法銀。
これらを準備するにあたってウルは白金貨五枚という材料費を支払っていた。これは魔導銃やガーディアンの製作費には及ばないが、魔導ゴーグルをもう一つ作れるくらいの大金。とは言え、まだ誰も作ったことがない狂戦士症候群を抑制する魔道具を作ろうというのだから、これぐらいの投資は当然と割り切るしかない。
──カキィン! ガギィッ!
魔法銀の鉱石をハンマーで砕き、それを調整した中和溶剤で洗う。すると溶剤と混じって魔法銀の成分を含んだ蒼くドロッとした流体が垂れてくるので、それを受け皿に集める。そこに更に蒸留水を注いで染料として使いやすい濃度に調整し、成分が安定するまでしばらく置いておく。その間に今度は鉄の腕輪の表面に彫金道具で文様を少しずつ刻んでいった。
──俺がこれまで読んだどの教本にも狂戦士症候群を抑制する道具はなかった。だけどそれは誰も作れなかったからじゃない。作ろうとしなかったんだ。
コリコリと腕輪の表面を削る。
誰も作ったことのない道具、初めての作業でありながら、ウルの手に迷いはなかった。それは、今作っている物が既存の魔道具の延長線上にあるものに過ぎず、技術的には決して難しいものではないとの確信があったからだ。
そもそも狂戦士症候群を発症するヒューマンは極めて稀で、しかも発症する者の多くは幼い頃から危険な戦場に身を置く戦士──ハッキリ言ってしまえば貧乏人だ。
大抵はそれをどうにかしようと考える前に死んでいくし、仮に生き残ったとしても、その日暮らしの貧乏人の精神疾患を金をかけてまでどうにかしてやろうなんて考える奇特な人間はいない。善悪の問題ではなく、何事にも優先順位というものがあるのだ。
当然、狂戦士症候群を多く発症するオークなど最初から視界にも入らない。
「…………ふぅ」
小一時間ほどかけて腕輪の表面に文様──魔術式を刻み終え、ウルは指で目を揉みながら大きく息を吐いた。そして全身のコリをほぐすようにボキボキ音を立てて肩や首を回す。
一息つき魔法銀の染料に目をやると、それは暗い蒼から鮮やかな青に色合いが変化しており、成分が安定しているように見えた。
「……うし! あとひと踏ん張り」
改めて気合を入れなおし、ウルは刷毛で腕輪の表面を洗った後、筆に染料を浸して、腕輪の彫り口に染料を流し込んでいく。彫り口から染料が溢れないよう慎重に、都度乾かしながら少しずつ作業を進めていった。
作業としては単純だったが、染料の乾きが思いの外悪く、彫り口全てが魔法銀で埋まるまで、結局彫りの倍以上の時間を必要とした。
「後は仕上げに……」
休むことなく予め腕輪表面に彫っていた窪みに残った染料をたっぷり塗りたくり、上から闇晶石をペタッと嵌め込む。グニグニと動かし、石が台座にしっかり定着したことを確認して深く息を吐いた。
「ふぅ~っ…………さて」
残った気力を振り絞るようにパンと自分の頬を叩き、腕輪を自分の腕に嵌める。サイズはエレオノーレの腕を想定していたため、手首どころか肩までいってもぶかぶかだったが、試験そのものに影響はない。
ウルは気持ちを切り替え、腕輪のつまみをクルッと回す──
「────」
その瞬間、ウルの魔力を吸収して腕輪の魔術式が起動。闇晶石の鎮静効果を増幅し、脳疲労でややハイになっていた精神が落ち着きを取り戻す。
「──……っと、マズいマズい」
放っておくと疲労もあってそのまま眠りに落ちてしまいそうな自分を自覚し、ウルは慌ててつまみを元に戻した。その瞬間、蓋をしていた高揚感が再び膨れ上がり、眠気が晴れる。
「……うし。最終的には当人に試させにゃならんが、一先ず狙い通りの物はできたな」
ウルが作成したのは僧侶系の呪文遣いが得意とする【鎮静】の効果を付与した腕輪だった。
【鎮静】は恐怖や魅了といった精神異常を回復させる呪文だが、この腕輪は使用者の魔力を使用して常時効果を発揮する代わり、そうした呪文ほどの鎮静効果はない。外的要因による精神異常に対しては、精々抵抗判定に「+1」の優位を得られる程度。
だが自分自身の魔力を使用して精神回路に蓋をする仕組みのため、狂戦士症候群のような内側から来る異常に対しては判定の必要なく有効に作用する……はずだ。
エレオノーレに試させて問題がなければそれでよし。仮に問題があっても、鎮静効果自体は有効に発現しているので修正を加えれば全く使えないということはあるまい。何か致命的な問題を見落としていたらどうしようもないが、蓄えはまだあるし楽しかったからまあいいや、とウルは珍しく気楽に仰向けになって床に倒れた。
「~~っ、あ~! つっかれた~……!」
次のエレオノーレとの冒険に向けて自分にできる準備はした。これでダメだったらその時また考えようとウルは心地よい疲労感に包まれ目を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一方その頃。
迷宮六層の奥地では、ウルたちによるゴブリンの目撃証言を受け、ベテラン冒険者パーティー六名による調査が行われていた。
「どうだ?」
「……まず、間違いねぇな。こいつはゴブリンの群れの痕跡だ」
斥候役の男の報告に、リーダーの魔術師は落ち着いた様子で頷く。
彼らはギルドから、ゴブリン程度であれば多少数が多くとも問題なく対処できると判断された精鋭であり、群れの規模にもよるが可能であれば調査だけでなく殲滅まで行うことが要請されている。
「だが規模についちゃ、どうにもハッキリしねぇな」
「っていうと?」
斥候役の男は面倒くさそうに地面に残った火の痕跡を睨みながら、リーダーの問いに答える。
「ゴブリンライダーが目撃されたってことは最低でも群れの規模は中規模以上。だが、ここにあるのは二〇匹程度の小集団の痕跡だ」
「……分隊か?」
「いや、それにしちゃ子供の足跡も混じってる。特定されないようにワザと群れを分散させてる可能性があるな」
斥候役の説明を聞いて、仲間たちは確かにそれは面倒だと同じように顔を顰めた。
「かなり頭が回る奴が率いてる可能性があるってことか」
「……ま、群れが喧嘩別れしたとか、偶々かもしれねぇがな」
斥候役が自ら反対の可能性を口にし、場の空気が少しだけ和む。
リーダーも気を取り直し、改めて方針を告げた。
「ともかく群れを確認しよう。足跡は追えるな?」
「ああ、問題ない」
自分なら問題なく追える。
自分たちなら問題なく殲滅できる。
二重の確信を込めて、彼らは群れの痕跡を追って歩き出した。
少し離れた物陰から、そんな彼らの様子をうかがう影が一つ──ゴブリンだ。
彼もまた冒険者たちと同様に──あるいはそれ以上に状況を正確に把握していた。
あの冒険者たちは強者であり、このまま放置すれば仲間の群れは成すすべなく殲滅される。
移動の痕跡を隠せない以上、先回りして群れを逃がすこともできない。
自分はたった一人きりで、もはや仲間を救うすべはない。
客観的に、冷静に、どうしようもないと、理性が彼に訴える。
早く逃げろと、本能が彼にがなり立てる。
その内なる声に彼は──それがどうした、と反逆した。
【今回の収支】
<収入>
―
<支出>
白金貨5枚 銀貨6枚
・生活費(二日分) 銀貨6枚
・【鎮静】の腕輪材料費 白金貨5枚
<収支>
▲白金貨5枚 銀貨6枚
<所持金>
(初期)白金貨21枚 金貨14枚 銀貨5枚 銅貨17枚
(最終)白金貨16枚 金貨13枚 銀貨9枚 銅貨17枚




