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第3話

「新人! この山の仕分け頼む!」

「うっす!」


ウルが初めて迷宮に挑み、精神的に経済的にボロボロになって逃げかえった日から三日後。


ウルは冒険者ギルドの下請けをしている素材買い取り業者で働いていた。


彼が上司から指示されたのは箱に山盛りに詰まった雑多な鉱石の仕分け。冒険者たちがギルドに持ち込んだ素材をここでウルたちが鑑定して仕分けし、買い取りの値段をつけていた。


ちなみに今ウルたちがいるのは冒険者ギルドの敷地内にある小屋で、ウルは別の場所に事務所を構えている素材買い取り業者にバイトとして雇われ、そこからギルドに派遣されている。


「それと魔法銀ミスリルは含有量で五段階に分けとけ!」

「いっすけど、基準のサンプルは?」

「箱の中に一つずつ入れてある! 一番から順にそれ以上の含有量のやつだけ入れてけ!」

「……了解っす!」


指示を受けてウルは首にかけていたゴーグルを装着し、仕分け作業に取り掛かる。


ウルのこのゴーグルは、故郷にいた時に魔導銃と共に自作した魔道具で、【解析】【暗視】【拡大】【魔力視】と四つの機能を持つ優れもの。製作には素材だけで金貨五〇枚を費やしたが、その金額以上の価値がある品だと確信している。


実際ウルが即日この鑑定バイトに採用されたのも、魔導ゴーグルの機能あってこそだ。


「それじゃ、始めますかね」


ウルは魔導ゴーグルの【解析アナライズ】の機能を起動させ、概ね大人の拳大に砕かれた鉱石に含まれる魔法銀の含有量を確認、箱の中にひょいひょいと放り投げていく。その速度は熟練の鑑定士を遥かに凌ぎ、しかも精確だ。魔導ゴーグル無しでも簡単な目利きは出来るが、ここまで精確な目利きは不可能。


ちなみにウルの作業の様子を見ていた鑑定士たちからは、金を払うから是非同じ魔道具を作ってくれと要望があったが、この魔導ゴーグルの【解析】機能を使いこなすには対象物に関する基本的な知識に加え魔導技師アーティフィサーとしてのスキルが必要となるため、製作販売は断らざるを得なかった。


「……うしっ。終わりました!」

「よっしゃ、次だ!」


上司はウルが仕分けした鉱石を最終的な値付け担当者に回し、今度は大量の赤茶色の草が詰まったザルを持ってくる。


「ランタン草と焦げ草だけを仕分けて、それ以外は廃棄しろ!」

「うっす!」


基本的にウルに回されるのは、量があって通常の方法で一つ一つ確認していくのが大変な素材の鑑定。魔導ゴーグルの機能ありきではあるが、ウルはこの職場でかなり重宝されていた。


ちなみに時給は銀貨一枚。一日八時間労働が条件で雇われているが、昨日などは残業代による上乗せもあって、そこそこ稼がせてもらった。おかげで迷宮都市に来て以来、寂しくなるばかりだった懐も少しだけ温かくなり、生活面に関しては一先ず立て直す目途が立ったと言える。


問題はこの活動が冒険者のそれとはかけ離れたものであり、普通に働く分には故郷にいた方が生活費の負担含めずっと割が良かったということなのだが……


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「おお~ぅしぃ、も一軒行くぞ~!」

「ああ、もう! ンなベロンベロンで何言ってんすか! 明日も仕事なんすから、もう帰りますよ!」


迷宮都市の繁華街、時刻はそろそろ日付を跨ごうかという頃。ウルはへべれけになったバイト先の上司に肩を貸し、酒臭い息を吐きながらキレイなお姉ちゃんのいる店に突撃しようとするのを窘めていた。


「なにぃぃ? 俺の酒が飲めねって~かっ!?」

「さっきの店で一杯いただきましたよ。つか、二杯目以降は飲もうにもあんたが瓶抱え込んで離さなかったんでしょうに」

「なるほろ~……よし! ならも一軒らぁ!」

「行かねっての!」


仕事上がり、直属の上司がウルの歓迎会代わりに晩飯を奢ってくれるというのでついてきたのだが、この上司というのがそこそこいい年齢の独身男性。家に帰って一人になるのが寂しかったらしく、もう一軒、もう一軒と既に三軒をはしごしていた。


節約生活中のウルにとっては久しぶりのしっかりした食事かつタダ飯で、それ自体は大変ありがたかったのだが、腹の膨れた二軒目以降は普通に苦行。寂しい独身男性の愚痴やら弱音やら不満やらに付き合わされて、時給的にこの時間働くのと奢ってもらうのとどっちが得で楽だっただろうか、などと結構失礼なことを考え始めていた。


──まぁ、全く無駄ってわけじゃないんだけど。


深い意図はなく、とにかく金を稼いで生活を立て直そうと始めたバイトだが、金銭以外のメリットが全くないわけでもなかった。


元々この迷宮都市エンデを訪れる前に、故郷で迷宮についてはある程度下調べをしていたつもりだったウル。しかし実際にこの都市で取り扱われている素材の種類や質、それらが見つかる階層など、冒険者として活動を行う上で重要な情報が明らかに不足していた。


本来そうした情報は他のベテラン冒険者について学んでいくべきことだったので、これは単純にウルの情報収集が甘かったとか不足していたという話ではない。だがすぐに仲間が見つかりそうになく、先日のように最悪ソロで迷宮に挑むことが選択肢に入ってくる現状では、そうした情報も自分自身で入手しておかなければならなかった。


改めてそう自分を俯瞰的に見つめなおした時、この素材買い取り業者のバイトというのは、案外有益な職場だった。


まず第一に、今この都市で冒険者たちがどんな素材を中心に集め、それにどんな値段がついているのかがダイレクトに分かる。また上司や先輩は、その素材がどの階層からどうやって回収されているかについてもギルドを通じて情報を得ており──値決めのための素材流通量見通しの判断材料──、迷宮そのものについても、ウルはここ三日で大分詳しくなった。


まだまだ魔物の分布や対処法、迷宮のルートや罠の有無など足りない情報は多いし、そもそもソロ探索をしたいわけではないが、ここで得た情報は決して無駄にはならないだろう。


──焦ってまた死にかけるのも馬鹿馬鹿しいし、このまま一月ぐらいはバイトを続けてもいいかな。


そうすれば何とか作業場を借りるぐらいの金は貯まりそうだし、選択肢がかなり増える。今後どうするかはそれから改めて決めればいいと、ウルは大分精神的な余裕を取り戻していた。




「──ああ、もう! 今更何言われようがあたしは抜けるって言ってるの!」


ウルが上司の汗と酒と口の臭いにうんざりしながらようやく繁華街の端まで辿り着いた時、店の前で言い合いをしている一団が視界に入った。


「い、いや、レーツェル。そんないきなり抜けるなんて言われても困るよ……!」

「いきなりじゃない! 私は散々前から言ってたでしょうが!」


揉めていたのは若い男女二人ずつの四人組。

一人混じっているドワーフの男は別として、他の三人は一五歳で成人を迎えたばかりのウルとさほど歳が離れているようには見えなかった。


その風体や土地柄を踏まえればまず間違いなく冒険者の一団。赤毛の少年が、小柄な栗毛の少女の腕を掴み、引き留めようとしていた。


周囲は彼らのやり取りに何だ揉め事かと好奇の視線を向けるが、言葉の内容や一歩引いた位置に立つ黒髪の女性が苦笑いしながら周囲に何でもないですと手を振っているのを見て、直ぐに興味を失い元の行動に戻っていった。


「ぁん? なんだ……脱退騒ぎか……?」

「……みたいっすね」


ウルも無視して通り過ぎようとしたが、酔っぱらって頭のボケた上司が立ち止まってしまったため、その揉め事を見学するはめになってしまう。少しでも彼らに絡まれるリスクを下げるため視線だけは別の方向に向けていたが、上司が食い入るように見ていたし、やり取りの内容はしっかり耳に入ってきていたので、果たして意味があったのかなかったのか。


「何が不満なんだ? ようやく見習いを脱して、僕らだけで迷宮に潜れるようになって、これからって時期じゃないか」

「……はぁ。何度も言わせないでよ。その“これから”に何の期待も持てなくなったから辞めるって言ってんの」


栗毛の少女は少年の手を振り払いながら吐き捨てる。


「冒険者を辞めるってことかい?」

「何でそうなるのよ。冒険者は続ける。辞めるのはこのパーティー」


少年は意味が分からないと言った様子で両腕を広げ、かぶりを横に振った。


「何で!? これまでうまくやってきたじゃないか。現に、たった一年で見習いを脱して独立したパーティーなんて、このエンデでもそうはいない!」

「……別に能力に不満があるわけじゃないわ」


少女はかぶりを振って億劫そうに否定する。

すると、それまで黙って話を聞いていたドワーフの男がおもむろに口を開いた。


「ふむ。では、何か儂らに至らぬことがあったか? お主らのような若い女子のことはよう分からんで、不快に感じることがあったなら、できることなら改善するが……」

「違うわよ。っていうか、それで脱退するなんて言ったら私すごい嫌な奴じゃない」


仲間たちの視線が集まっているのを感じて、栗毛の少女は大きく溜め息を吐いた。


「……ずっと言ってるでしょ。私はこの迷宮を攻略したいんだって」

「それは──」


栗毛の少女は視線で少年の言葉を遮り、続ける。


「分かってるわ。出来るわけない。意味がない。むしろ害悪だ、でしょ。これまで散々言われてきたことだもの」

『…………』


気まずそうな表情で沈黙する仲間たちをぐるりと見まわし、栗毛の少女は薄く笑った。


「あんたたちは冒険者として成功したい。私は迷宮を攻略したい──例え冒険者を終わらせることになってもね。目的が相容れないんだから、抜けるのは当然でしょ?」


栗毛の少女はそれ以上話すことはないと、仲間たちに背を向けウルたちのいる方向に歩いてくる。


その背に、少年の叫びが刺さった。


「できると思っているのか、そんなことが!? 能力云々の話じゃない。そんなことをすれば、この迷宮都市──下手をすればこの大陸の人間すべてを敵に回すことになるかもしれないんだぞ……!」

「──さあ? 私は、やりたいことをやるだけよ」


栗毛の少女は振り返ることなく、ウルたちの脇をすり抜けてその場を去っていく。


残された三人はしばしその背をジッと見送っていたが、やがてドワーフの男と黒髪の女性が少年の背を叩き、逆方向へと立ち去った。




「おぉぅ? よ~わからんが、青春だね~ぃ」

「……そっすね」


ひとしきりその脱退劇を見守って、意味が分かっているのかどうなのか、上司がケラケラと笑う。


ウルはチラリと背後を見やり、既に見えなくなった栗毛の少女の姿を脳裏に思い浮かべながら、何とも言えない微妙な表情で口を開いた。


「……にしても、今時いるんですね。迷宮を攻略したいなんて冒険者」

「ンん? まぁ、そうだな~……オレの爺さんの時代にゃ、まだああいうのもいたらしいが、オレも初めて見たわ、ケヒャヒャ」


この大陸で迷宮が発見されて既に千年以上。

しかしこの迷宮とは一体何なのか、人類はその一割も理解できていない。


強力かつ多種多彩な魔物が徘徊し、無尽蔵の資源を産出し続ける謎に満ちた地下迷宮。


発見当初は迷宮の正体とは何なのか、その最奥に何があるのか、数多の猛者がその謎を解明するため迷宮に挑み続けたが、これまで人類が迷宮を攻略した例はただの一度も確認されていない──少なくとも公式には。


次第に人々の関心は迷宮の攻略ではなく、いかに稼ぐかにシフトしていき、数十年前に立て続けに大型迷宮が自然消滅して以降は、特にその傾向が顕著となった。


そして今では実現可能かどうかは別にして、貴重な資源の宝庫である迷宮を失うリスクのある攻略を口にする冒険者など、とんと見なくなった。


「わざわざ飯のタネ潰そうなんて、何考えてんだか──っと!?」

「おぉ~し! きぶんも盛り下がったかりゃ、景気ぢゅけにも一軒いくぞ~!」


上司が再び暴れだし、ウルの思考が遮られる。


「うわっ? だぁ、もう! 全然盛り下がってないです! ノリノリですって!」

「にゃにぃ~? この程度でノリノリだとぅ~?」

「そうそう──って、こんなとこで吐くんじゃねぇ!」

「うっ──おろおろおろ~」

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」


もろもろの後始末もあって、その夜遭遇した冒険者のことはウルの頭からあっさり忘れ去られていた。


その時はまだ、自分には無関係な他人事だと、そう思っていたのだ。

【今回の収支】

<収入>

 金貨1枚 銀貨18枚

 ・バイト代(3日分)

<支出>

 銀貨10枚 銅貨2枚

 ・生活費(3日分) 銀貨10枚 銅貨2枚

<収支>

 +金貨1枚 +銀貨8枚 ▲銅貨2枚


<所持金>

(初期)金貨1枚 銀貨 8枚 銅貨28枚

(最終)金貨2枚 銀貨16枚 銅貨26枚

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