第4話
オークの女戦士エレオノーレと冒険者ギルドで出会った翌日、何故かウルは彼女と二人で迷宮にいた。
場所は以前ウルが悪魔犬の群れや灰色熊に襲われた第六層。動物系の魔物が多く棲みつき、魔物との戦闘や狩りを得意とする冒険者が主に活動しているエリアだ。
「さあ、行こうリーダー。なに、これでも腕には自信がある。戦いは任せてくれ」
「お、おお……」
力強く胸を叩き、安堵させるように微笑むエレオノーレ。
年下の少女──実はまだ十二歳であることが判明した──にこう言われて尻込みしているわけにもいかず、ウルは溜め息を堪え頷きを返した。
こうなった経緯はほんの十数時間前、ギルドでの彼女の登録手続きの場面に遡る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ということでウルさん。早速明日からでも彼女と組んで迷宮に潜ってください』
『…………ほ?』
唐突なロイドの要請に、ウルの喉から気の抜けた声が漏れる。
『彼が?』
『はい。彼はまだ冒険者となって日も浅いですが、ソロでの狩りもこなせる新進気鋭の生産職として注目されています』
『おお……!』
エレオノーレが尊敬に満ちた瞳でウルを見つめる。”こなせる”とか”新進気鋭”とかは言葉の捉え方次第なのでロイドの説明は全くの嘘というわけではない。ではないがかなり偏って誇張された見解だ。
ウルは居心地の悪さを覚えると同時に、ロイドの意図が理解できず困惑した。
『ちょ、ちょっと待て! 待って!』
これ以上、話を進めさせては拙い。
それだけは理解できたウルは慌ててロイドの話を遮ろうとするが、彼は分かってますよと言わんばかりに鷹揚に頷き、滔々と説明を続けた。
『しかも彼は、先ほど言った“貴女と組む条件”を全て満たしています』
『条件?』
『ええ。彼は冒険者業とは別に、スラムの住民と組んで日用品の商品開発・製造の顧問を行っています。しかしその影響で、一般的な冒険者は彼のバックにいるだろう方々を恐れて彼とパーティーを組むことに二の足を踏んでいるのです』
そういう事情か? 単純に金食い虫のひよっこ魔導技師だから敬遠されてるだけだったはずだけど、ひょっとして今はそういう事情も加味されてる?
『ふむ。つまり、私であれば彼のバックを恐れる必要は無いし、逆に周囲からはソロで活動している彼のためにそのバックが付けた護衛に見えるということか』
『その通りです。しかも彼を害すればスラムの住人を敵に回すリスクがありますから、周囲に対する抑止力としてもばっちりです』
『なるほど……』
エレオノーレはしばし考え込むようなそぶりを見せた後、一つ懸念を口にした。
『確かにそうすれば私は問題なくここで活動できるだろうが、それは客観的に見て“ローグギルド”の仕事の延長ではないかな? 果たしてそれが我らと冒険者の融和に繋がるだろうか?』
ロイドはその懸念を予想していたように頷き、
『だからこそ不要な反感を抱かれずに済む、とも言えます』
『ふむ?』
『誰であれ自分たちの市場を荒らしかねない余所者に対しては攻撃的になるものです。その相手が亜人種であれば猶更だ。この手の問題は一足飛びにどうこうできるものではありません。少しずつ慣らして、問題を起こさないよう実績を積んでいくべきでしょう』
ロイドの言葉には『余計な問題を起こしてくれるな』という彼自身の保身が滲み出ていたが、言っていること自体は一理も二理もある。エレオノーレは僅かに苦笑してそれに頷いた。
『……分かった。申し出を受け入れよう』
『おお、それは良かった!』
話がウルの意思を無視して勝手にまとまりそうになる。
『いや、だからちょっと──!』
『ウルさん。ちょっとこちらへ』
慌てて椅子から立ち上がり勝手なことを言うなと文句を言おうとしたウルを、ロイドは機敏な動作でサッと方に腕を回し、部屋の隅へと連れて行った。
『何するんですか!? ってか、人の意思を無視して勝手に──』
『──ウルさん。まずは聞いてください』
小声で、しかし有無を言わせぬ圧力を込めてロイドが囁く。不満げな顔をしながらも、ウルは一先ず口を閉じて彼の言い分を聞く姿勢を見せた。
『…………』
『ぶっちゃけますと、私の知る限り、彼女と組んで問題なさそうな冒険者が貴方以外にいません』
ぶっちゃけやがった。
『いや──』
『──それはお前らの都合で自分には関係ないとおっしゃりたいのでしょう? 分かります。おっしゃりたいことは分かりますが、聞いてください』
聞いているが、これはむしろ絶対聞いちゃダメな類の話じゃなかろうか?
『我々冒険者ギルドは、表向きローグギルドとは距離を置いていますが、国家や教会の過度な干渉を防ぐため裏では協力関係を結んでいます』
それはウルも知っている。いわゆる公然の秘密というやつだ。
『オークはそのローグギルドの実働戦力です。周囲の思惑がどうあれ、オークと冒険者の融和を望んでやってきた彼女を、万が一にも冒険者が害するようなことがあれば非常にマズい。下手をすれば冒険者とオークとの間で武力衝突が起こる恐れさえある』
ほら面倒くさい。やっぱり聞いちゃダメな話だ。
というかこいつ、最初から彼女にあてがう可能性込みで自分を同席させたな?
『……ギルドにとって大変な事情があるのは分かりましたけど、それに俺が付き合う理由があります?』
事情は理解できるが一方的に都合を押し付けられる理由はないと、ウルはロイドを半眼で睨みつける。
しかしロイドは怯むことなく穏やかに微笑んだ。
『ええ勿論。まず第一に彼女に万一のことが起きた時、今ウルさんが関わっている消臭剤関連の事業はかなりの確率でストップするでしょうね。あれは最終的な販路をローグギルドが担うことが前提となっていますから、主な販売先である冒険者と揉めている状況で話を動かすのはリスクが高い。そうなればウルさんも困るでしょう?』
……まあ、それは理解できる。
『第二に、引き受けていただければ双方のギルドに恩を売ることができます』
所謂貸し一つというやつだ。
こういう貸しを所詮は口約束と馬鹿にする者もいるが、意外とこれが馬鹿にならない。
結局、いざという時頼れるのは義理や信頼で繋がった相手だったりするものだし、ギルド職員がちょっとした便宜を図ってくれるだけで大分違う。
『そして最後に、そろそろ生産職がソロで迷宮に潜るのも限界でしょう? いい加減、危ないので誰かと組んでください』
『…………』
最後のは、ある意味ギルド職員らしい真っ当な理由だった。
まあ確かに、幾ら安全第一で退路を確保しながら活動しているとはいえ、ソロでの活動はどうしたって事故が起きやすい。色んな事業でキーマンになりつつあるウルのことを、ロイドが危惧していたというのは分かる話だった。
『…………』
反論の言葉が見つからず、ウルはチラリとエレオノーレを見やる。
『……む?』
不躾な視線に首を傾げる彼女から悪意や敵意は感じられない。
種として好戦的で粗暴とされるオークだが、今のところエレオノーレの振る舞いは平和的で好感が持てる。実際、迷宮に潜っていて前衛が一人いればと感じたことは一度ではないし、パーティーを組む相手としてそう悪い相手ではないのかもしれない。
加えてロイドが指摘した諸々の事情を考慮すれば──
結局しばしの懊悩の後、ウルは“お試し”でエレオノーレとパーティーを組むことに応諾した。
しかし後に彼は、オークと組むということをあまりに軽く考えていたと、この判断を──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「【起動 警戒開始】」
コマンドワードに呼応して、淡い橙色の光を放つ握り拳大の石がウルの頭上に浮かびあがる。
「それは?」
「斥候役の代わりだよ。敵が近づくと光って教えてくれる」
エレオノーレの問いかけに、ウルは簡潔に答える。
これは先日作成に成功した“不意打ち防止”の魔導石。一度に連続四時間まで、使い切ると十二時間のチャージタイムが必要という制限があるが、発動中は所有者の危機感知能力を拡張し、不意打ちを防ぐことができる。
「おお、それは便利だな! つまりその石が光る場所を探せばいいということだな?」
「いや、石が光ったら気を付けましょうってことで……ま、結果は同じだからそれでいいや」
目を輝かせるエレオノーレへの訂正を諦め、ウルはそれじゃ行こうと順路を外れ六層の奥地への侵入を促す。
隊列──というほどでもないが──はエレオノーレが先行し、その三メートルほど後ろをウルとガーディアンがついて行く形。
──とりあえず今日のところは群れの相手は避けて、単独で活動してる魔物を狩ってみるか。
いくらエレオノーレがパワフルとは言え実力は未知数だし、集団相手だと連携に不安がある。まずは数で有利を取って確実に一匹仕留めていこうと考えながらウルが歩みを進めていると。
「──む。くんくん」
突然先を行くエレオノーレが立ち止まり、くんくんと何か匂いを嗅ぐような仕草を見せる。
「どうした?」
「うん。少し獣の臭いがする……くんくん」
意外な特技にウルは少し目を見開いた。
いや、豚は獣の中でも特に嗅覚が鋭いという話を聞いたこともあるし、意外ではないかと口には出さずそんな感想を抱く。
「──あっちだ!」
匂いの方角を嗅ぎ分けると、エレオノーレはウルの判断も待たずズンズンと早歩きで歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って! 匂いって、いったいどんな──」
「多分ウルフ系だ」
エレオノーレは立ち止まることなく問いに答える。その声音が少し興奮していたように感じるのは気のせいだろうか。
「ちょ、ウルフ系って、できれば最初は群れじゃなくて単独で動いてる獲物を──」
「大丈夫だ。ウルフなど群れでも物の数ではない」
「いや、そうじゃなく──」
この時、ウルが前を向くエレオノーレの顔を見れたなら、戦いを望み、興奮するオークの本性を察することができたかもしれない。
ともかく『群れ相手だと前衛を抜かれて自分が襲われて怖い』という事実をいかにエレオノーレの尊敬を損なわず伝えるかウルが苦心している間にも彼女は前に進み続け、ついでのように付け加えた。
「あと、ウルフ以外にも何か亜人系の臭いもするな」
「は? ちょ、マジでま──」
「──いた!」
不穏な言葉にウルが本気で彼女を制止しようとするより一瞬早く、何かを見つけたエレオノーレが鋭く叫び、いきなり走り出した。
「待て! 勝手に行くな!」
慌てて叫ぶウルだが、エレオノーレの足は止まらない。物理的に聞こえていないわけではあるまいが、戦いの高揚で脳に届いていない。
「クソッ!」
まさか一人で行かせるわけにもいかず、ウルもその後を追いかける。
約一分ほど駆けた先で二人が目にしたものは──
『グギィ!』
『ギ、ギィッ!』
『グルルル……ッ』
ウルフの背に跨った、五──いや、六体のゴブリンライダーの一団だった。




