第21話
「あれ、か……?」
「そ。あれ」
熱気漂う岩盤地帯。火と地の精霊力が入り混じったエリアに移動し、ウルとレーツェルは一際高くそびえたつ大岩を遠目に見上げる。
目を細めてレーツェルが指さす大岩の中腹辺りを注視すると、鮮やかな緑色が飛び跳ねているのが見えた。
「……幸運の宝石獣カーバンクル」
迷宮外では伝説とされるその存在を目の当たりにし、ウルの声はかすかに上ずっていた。
カーバンクルとは額に赤い宝石、鮮やかな緑の体毛を持つキツネに似た姿の幻獣だ。鉱山地帯に生息するとされる希少な魔物で、特に額の宝石は極めて高値で取引されている。
非好戦的で自分から人を襲うことはないが、額の宝石に地と火の精霊力を宿し、強力な精霊魔術を駆使する。動きが素早く捕まえることは困難で、また下手に追い詰めると精霊力を暴走させて思わぬ逆撃を食らうことがあるらしい。
その為カーバンクルを狩る際のセオリーは遠距離からの狙撃か魔術による拘束。しかし強力な精霊力に守られたカーバンクルは魔術に対する抵抗力も強く、またその体毛は見た目からは想像もつかないほど頑丈で生半可な攻撃では致命傷を与えることは難しい。
更に未だ詳しい原理こそわかっていないが、額の宝石には“幸運の加護”なる力が働いているらしく、様々な偶然がカーバンクルを致命傷となり得る攻撃から守ってしまうのだとか。
要するにわかりやすく言うと、逃げ足が速くて守りが固くて、とんでもなく運が良い、狩るのが難しい魔物。それがカーバンクルだ。
「マジでいるんだな……」
「そりゃいるわよ。迷宮なんだし」
ウルが驚いていたのは本当にレーツェルがカーバンクルの棲家を把握していたことなのだが、レーツェルは別の意味にとったようで素っ気なく相槌を打つ。
その言葉にウルは咳払いして気を取り直し、聞くまでもないことを改めて確認する。
「……それで。マジであれを狩るの? 俺ら二人だけで」
「あったり前でしょ」
返ってきた反応は予想通りの呆れた嘆息。
「そのためにあんた準備したんでしょうが」
「いや、まぁ……そうなんだけど」
煮え切らない態度でウルが言葉を濁す。
確かに準備したのは自分だが、それはあくまでカタログデータからどうにかできそうな魔道具を作っただけ。作った物に自信がないわけではないが、現場を知らない机上の空論が果たしてどこまで通じるかという不安は当然にある。
「ああ、もう! グジグジ言ってないでとっとと出せ!」
「う……」
業を煮やしたレーツェルにゲシゲシと腰を蹴られ、ウルは渋々ベルトポーチから件の魔道具を取り出した。
レーツェルは無遠慮にそれを奪い取り、ためつすがめつしながらウルを安心させるように言う。
「まったく……機能試験自体は問題なかったんでしょ? 発想は良いと思うし、私もイケると思ってオッケー出したんだから、もう少し自信持ちなさい」
レーツェルの手の中にあるのは一枚のコイン。
名を「エレメンタル・ゲイン」──ウルがレーツェルの依頼を受け、カーバンクルを狩るためだけに製作した使い捨ての魔道具だ。
「さて。確認だけど、これの効果範囲は?」
「……半径二メートル。影響範囲はその倍以上あるけど、最大限効果を発揮するにはこの範囲に収めて欲しい」
問われてウルは「エレメンタル・ゲイン」の性能を正確に答えた。そして説明するなら過不足なく全て伝えたいというのは作り手としてのサガ。堰を切ったように説明を続ける。
「効果時間は約三〇秒あるけど、その間ずっと効果範囲内に収めておく必要は無い。ただ一瞬の接触じゃすぐ回復される恐れがあるから、最低三秒は範囲内に収めておくこと」
「ふむふむ」
「コインの裏の出っ張りに魔力を注ぎ込めば五秒後に自動で起動する。もう少しタイミングを操ろうと思えば俺が遠隔で起動させるしかないけど、その場合は俺が三〇メートル以内にいるのが条件かな」
「ふむん……」
「で、改めて言うまでもないことだけど使い捨て。一度起動させたら二度と使えないし、途中で止めて効果時間を分割するみたいな使い方もできないから」
「む~……」
完成時に一度説明は済ませていたが、改めて使い方について説明。レーツェルは自分の認識と齟齬がないことを確認するように説明一つ一つに頷いていた。
そしてカーバンクルがいる大岩に視線をやり、しばし何事か考えていたかと思うと頷きを一つ。指でピンとウルの額を弾いた。
「……っ!」
「よし。それじゃ作戦を説明するわよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『……クゥ』
ウルはガーディアンをかたわらに侍らせ、一人でカーバンクルのいる大岩に近づいた。
当然直ぐに発見され、カーバンクルは大岩の上から警戒心露わにこちらを見下ろしている。それに対しウルは敢えて隠れることはせず、互いの姿が見える位置関係を維持したまま大岩まで二〇メートルほどのポイントに到達した。
──ここが限界ラインだな。
カーバンクルの警戒度合いが上がり、これ以上近づけば逃げられるとの気配を察してウルは一旦立ち止まる。
カーバンクルがいるのは険しい絶壁となっている大岩を一〇メートル以上登ったポイント。実際にウルがあそこまで行くとなれば一苦労だろうが、警戒心の強いカーバンクルは攻撃を警戒して動きを止めている。今すぐ逃げないのは、ウルを視界から外して死角から迫られることを嫌がっているのだろう。
──逆に言えば、このラインを守っている限りカーバンクルはあそこから離れないってことだ。
ウルはその場で少し考えこんだ後、自分は立ち止まったまま大岩を旋回するようにガーディアンをゆっくりと歩かせる。過度なプレッシャーを与えてカーバンクルが逃げ出さないように、しかし自分たちから意識を逸らさないように。
『…………』
カーバンクルは近づいてきた人間と鋼の獣が自分を害する存在なのかどうかが判断できず、その行動の真意を確認しようと観察する体勢に入った。
ここまでくれば大方察しはつくだろうが、ウルの役割はカーバンクルの注意を引く囮。この隙にレーツェルが逆方向から呪文を使って大岩を登り、カーバンクル特攻アイテム「エレメンタル・ゲイン」を使用して仕留める、という算段だ。
ウルは遠距離から「エレメンタル・ゲイン」を投石器などで投げ込むことも提案したが、範囲外に逃げられたり精霊魔術で迎撃されたら終わり。危険はあってもレーツェルが自ら確実な距離まで持ち運ぶと主張した。
ウルが意味ありげな、その実全く何の意味もない動きを繰り返していると、カーバンクルの背後の岩陰にひょこりとのぞく栗毛。レーツェルがカーバンクルに気づかれず大岩を登ることに成功したらしい。
後は「エレメンタル・ゲイン」をカーバンクルの半径二メートルまで運び、起動させるだけ。果たしてどうするつもりなのか、とウルが考えていた時。
『────!?』
「────!」
あと一歩のところで、ミスを犯す。
犯したのはレーツェルではない──ウルだ。ウルはしてはいけないと分かっていながら、つい視界の端に捉えたレーツェルに意識を向けてしまう。そしてカーバンクルはそんなウルの些細な変化を見逃さず、直ぐ近くに潜んでいたレーツェルの存在に気づいてしまった。
その時点で、レーツェルとカーバンクルの距離は一〇メートル超。
逃げるか、危険を冒して近づくか、一か八か「エレメンタル・ゲイン」を投げつけるか。
カーバンクルの額の宝石が淡く光を放つ──危ない、と叫ぼうとしたウルだったが、その時既にレーツェルは先手を取っていた。
「遅い」
『────?』
何もなかったはずの虚空から金色のコインが飛び出し、カーバンクルの鼻先に現れる。
──秘儀詐術師の基本呪文【手品】。魔術としてはあまりに皮肉な名を冠するその呪文は、瞬間的で些細な幻や感覚の誤認を引き起こす。
その効果によりカーバンクルは“レーツェルが投げつけたコイン”に接触の瞬間まで気づくことができなかった。
──ヴォン
起動する対カーバンクル特攻魔道具。
その効果の発現はとても静かで、傍目には何の変化も見られない。
『…………?』
突然現れたコインに身を固くし、反射的に抵抗力を高めたカーバンクルでさえ、その瞬間目立った異常を感じることはなかった──いや、異常を異常として認識することができなかった。
攻撃や何らかのデバフを警戒したカーバンクルだったが、実際に感じたのは唐突な力の漲り。
それを何と言い表せば良いのか──大量の食事を食べた後のような充足感と多幸感。全身にエネルギーが満ち満ちて、身体があつ、い──
『…………──』
──パタリ
「……うわ。マジで寝たよ」
どこか信じられない──あるいは呆れた様子で昏倒したカーバンクルを見下ろすレーツェル。念のためツンツンと足でカーバンクルを突いてみるが、警戒心の強い幻獣は全く目を覚ます気配を見せなかった。
ウルが製作した「エレメンタル・ゲイン(火)」とは、効果範囲内の火の精霊力に瞬間的に強力なブーストをかけるバフアイテムだ。元々ベースとなった魔道具は精霊遣いが呪文を使う際に威力を引き上げるものであり、使い手が少なく珍しくはあるが、機構としてはさほど特殊なものではない。
ベースとなった魔道具にはブーストされた精霊力が呪文として成立するよう、指向性を持たせる機能を持たせていたのだが、ウルはそうした機能を排し、瞬間的に精霊力を高めることだけにリソースを全振りした。
では、何故このバフアイテムがカーバンクルを昏倒させたのか?
それはカーバンクルの体内で急激に火の精霊力だけが膨張し、精霊力の飽和とバランス崩壊による急速な“酔い”を引き起こしたため。カーバンクルはその急激な変化に耐えられず、意識を失った。
人間で言えば大量の食事をして血糖値が跳ねあがり、強烈な眠気を感じる現象に近いだろうか。
これが一般的なデバフや状態異常であれば、所詮ひよっこ魔導技師の作った作品。カーバンクルに抵抗されて終わりだっただろう。
しかし生物は、不足したり害されることに対しては高い抵抗力を持つが、与えられ満たされることに対しては無警戒でとても弱い。その結果、身体に異常をきたすとしても、与えられるそれを身体は異常として認識できないのだ。
精霊力との関係が濃いカーバンクルとはいえ、その身体の基本的な構造は通常の生物と大きな違いはない。額の宝石に精霊力を蓄積しているということは、つまりその肉体は常時高濃度の精霊力に耐えられるものではないということ。
そこに火の精霊力へ強力なブーストをかけることで体内のエネルギーが飽和、さらに地の精霊力とのバランス崩壊を引き起こし、脳に過大な負荷がかかって昏倒してしまった、という流れだ。
ちなみにウルは、この「エレメンタル・ゲイン」を魔物辞典の『火山地帯など精霊力が強く、偏りのあるエリアでは、カーバンクルは興奮状態に陥ることが多く、近づくのは危険である』との記載に着想を得て開発した。
「イケるんじゃないかとは思ってたのは確かだけど、ここまでキレイに決まるとはね……」
レーツェルは腰から取り出したナイフでカーバンクルに止めを刺し、どこか呆れた心地で大岩の下で『大丈夫か~?』と呼び掛けてくるウルを見下ろした。
ここしばらく彼と関わるようになったレーツェルの感想だが、ウルは決して天才ではない。
いやあるいはこれから才能が開花するのかもしれないが、少なくとも作る者として、ゼロから何かを創造する才能や、一を十や百に引き上げるような改良の才能は見えない。
器用で頭は悪くないが、創作という分野において秀才ではあっても天才ではない。
だが一方で、与えられた状況に対し有効な手札を選び取る能力に関しては目を見張るものがある。今回の魔道具などはまさしくその典型。理論上可能だと分かっていても、誰がバフアイテムで魔物を倒そうなどと考えるものか。
彼の本質は恐らく“作る者”ではなく“使う者”なのだ。
自分の目的達成のためにはもっと劇的な何かが必要だと思っていたが、あるいは彼なら──
「…………」
レーツェルは頭の片隅に宿った熱を振り払うようにかぶりを振り、眼下で心配そうにこちらを見上げる彼を安心させるように手を振った。




