第2話
「申し訳ありませんが、どちらも買い取り対象ではありませんね」
「あ~……やっぱりそうですか」
ウルが持ち込んだ大蝙蝠の死体と純度の低い火精石を見たギルド職員は、申し訳なさそうな顔で、しかしキッパリと告げる。
ウルは内心ショックを受けていたものの、頭のどこかでそうなるかもと予期していたこともあり、辛うじて平静な態度を維持。そして聞きようによって若干言い訳がましくベラベラと話し始めた。
「実際、どの程度のものにどれぐらいの値が付くものか分からなくて、試しに浅い層の素材を持ち帰って見たんですけど──」
「なるほど、なるほど」
人の良さそうな壮年の男性職員は、客観的に見て金にならず面倒なだけの小僧の言葉に、嫌な顔一つせず愛想良く相槌を打ってくれた。
「その、俺はまだこの街の買取り事情が分かってないんで教えて欲しいんですけど、この二つってそれぞれ全く使い道がない素材ってわけじゃないと思うんです。ホントに全く値が付かないものなんですか?」
この発言は何の根拠もなくただ買い取ってほしいと粘っている訳ではなかった。
「俺は新米ですけど魔導技師で、この手の素材を購入して加工したこともあります。確かに質の問題はありますけど、全くニーズがないとは思えないんですが……」
「おっしゃりたいことは良く分かります」
ギルド職員はウルの主張を否定することなく、うんうんと頷く。
「ウルさんのご出身はどちらですか?」
「え? えとワーレン侯爵領ですけど……」
唐突な逆質問にウルは戸惑いながら答える。
「なるほど。ワーレン侯爵領は迷宮が領内にありませんから、ウルさんがそのように思われるのは当然のことでしょう」
言葉の意味が分からず首を傾げるウルに、ギルド職員は簡潔に事実を突きつけた。
「ギルドでこれらを買い取れない理由は、先ほどウルさんが仰られた“質”の問題なんですよ」
「質……ですか?」
「はい。この迷宮都市は希少な素材の宝庫です。迷宮のない他の土地では考えられないほど質の良い素材が、この都市では溢れているのですよ」
「つまり、他の土地ならまだしも、ここではこんな低品質でありふれた素材はニーズがない、と?」
ウルの言葉に、ギルド職員ははっきりと頷いた。
「その、おっしゃられてることは何となくわかるんですけど、この街でニーズがないなら他の土地に輸出すればいいのでは?」
「もちろん輸出は行っていますが、運送業者も決して余っているわけではありません」
意味が分からず首を傾げるウルに、ギルド職員は薄く苦笑して続けた。
「同じ量の品を輸出するのなら、業者も質が高く高価で利ザヤの大きな品を扱いたがる、ということですよ」
「……なるほど」
言われてみればもっともな理屈だ。
儲けの種が溢れているのに、わざわざ儲からない商売に手を出す商人はいない。ウルが逆の立場でも、こんなクズみたいな素材は絶対に取り扱わないだろう。
「ただ、それはあくまで素材として取り扱う場合の話。例えば、ウルさんがご自身で素材を加工して商品化するのであれば、この限りではないと思いますよ」
ギルド職員のフォローにウルは、微妙な表情で苦笑した。
「はは……いや、早いとこそうできるようになれればいいんですけど」
修行のためにも本当に早くそうできるようになりたいとは思うが、加工とは素材だけあればできるものではない。持ち運び可能な加工用の道具はギルドの貸金庫に預けており、簡単な加工や修理程度なら可能だが、やはり本格的な加工のためには作業場が不可欠。炉や釜とまでは言わないが、長時間人目を気にせず作業できる環境は必須だ。
そして部屋を借りるとなると賃料だけで最低でも月金貨五枚からで、作業に必要なスペースやセキュリティを考えれば多分その倍以上。一時金として敷金やら色々必要にもなってくる。反面、宿代は不要となるのでできれば早めにそちらに移行したいが、手持ちを考えると今すぐはどうにもならない。
そして更に、今改めて気づいたことではあるが──
「それで、この二つはお持ち帰りで良かったですね?」
「あ……いえ。処分ってお願いできますか?」
「構いませんが……」
ウルの言葉にギルド職員が細い目を少しだけ見開く。自分で加工用に使わないのか、とその目が暗に言っていた。
「その、自分で使いたいのは山々なんですけど、正直今は素材の保管スペースも確保できない有様でして……はは」
「ああ……」
ギルド職員が納得したように頷く。
確かにその状況なら価値が低くいつでも手に入る素材をわざわざ手元に保管しておく必要は薄いだろう。
大蝙蝠の皮膜は解体して保管しておいても構わないが、解体には相応の手間と時間がかかるので、いつ使うとも分からない素材のために時間を割く余裕は今はない。また火精石は火薬に近い性質を持つため、宿に置いたままにしていると主人に見つかって追い出される可能性がある。
そんな訳でウルはせっかく持ち帰った冒険の成果物を手放さざるを得なかった。
「そういうことでしたら」
「すいません。何の成果もなくゴミ処理だけ任せるようなことして……」
「ははは、気にしないでください。他の不要な素材に混ぜるだけですし、それに最終的には分別して堆肥業者なんかに売りつけるのでギルドとして損はありませんから」
「……助かります」
嫌な顔一つせずに引き取り処分に応じてくれたギルド職員にウルはもう一度深々頭を下げ、トボトボした足取りでギルドを後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ギルドを出て空を見上げると、まだ太陽は高い。
「どーすっかな……」
大通りを行きかう活気に溢れた人の波に混ざることもできず、ウルは途方に暮れて大きなため息を吐いた。
これからもう一度迷宮に潜る気にはなれないし、今のウルにはそれがどれだけ無謀で危険な行為かがよく分かる。潜るにしても何か対策をしなければ、切り札を失った以上今度は死ぬ。
正直、精神的に疲れたし、このまま宿に帰って泥のように眠ってしまいたい気分ではあったが、それをするには財布の中身があまりに寂しい。このまま行けば切り詰めて生活しても一週間も経たず素寒貧だ。疲れたから休むといった贅沢は、セレブでも未だホームレスでもないウルには許されない選択肢だった。
だが日雇い仕事の募集はとっくに終わっている時間だし、空き時間で軽く労働というのは実際問題難しい。
いっそ何か訓練に時間をあてる……いや、具体的にどこで何をする?
それよりは今日のような失態を犯さないよう迷宮の情報収集でもするか、それともやはり新米がソロで迷宮に挑むこと自体が無謀だしもう一度仲間を探すべきか、それとも──
──あー……思考が働かねぇ。
道端でぼーっと立ち尽くす自分に周囲の奇異の視線が刺さっていることに気づき、一先ず目的もなく歩き出す。
ぼんやりと街並みを眺めながら歩くが、都合よく何か心に響くものが見つかるわけでもなく、ただただ無目的に足を動かした。
動くのも考えるのも本当に億劫だ。何かしなければという焦燥はあるが、同時に早く今この時間が過ぎて欲しいとも思う。あるいはもう少し彼がスレていたら、昼間から賭場に通う人間の気持ちがよく分かったのかもしれない。
何もせず休むのは気が引ける。だけどすることがない。ジッとしていると変な目で見られてホントは誰も気にしてないのかもしれないけど視線が気になってただ歩き続けている。
迷宮都市に到着して今日で三日目。
冒険者になると言った時は両親から散々反対され心配されたものだが、まさか彼らも息子のこんな姿は想像していなかったに違いない。
──金。迷宮。仲間。金。仕事。金。修行。金。作業場。金。金。加工。金。金。金──
歩いている内、思考が単純化してループしていく。
とにかくこの虚しさから解放されたい、と思ったウルは、気が付けば日雇いでも冒険者向けでもない職業紹介所のドアを叩いていた。
【今回の収支】
<収入>
―
<支出>
銀貨2枚 銅貨8枚
・生活費(切り詰めた1日) 銀貨2枚 銅貨8枚
<収支>
▲銀貨2枚 ▲銅貨8枚
<所持金>
(初期)金貨1枚 銀貨 8枚 銅貨28枚
(最終)金貨1枚 銀貨 6枚 銅貨20枚




