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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第六章

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第32話

「────」


鈍痛を伴う目覚め。

清潔なシーツに包まれた日常のそれとは異なる、脳を鈍器で撫でられているような不快感の中でレオンハルトの意識は覚醒した。


「──ん? お目覚めですか、殿下」


聞き慣れない声。

レオンハルトが全身の痛みを堪えながら瞼を持ち上げると、そこには七三分けの品の良い伊達男の姿があった。


「……ニコラウス、か?」

「はい殿下。意識ははっきりとしておられるようですな」


エンデの最高評議会の一員であり建材卸を営む豪商。帝国から種族差別と紛争を無くしたいというレオンハルトの思想に共感し、真っ先にレオンハルトに協力を申し出てくれた男は、些かくたびれた雰囲気を漂わせ穏やかにレオンハルトを見つめていた。


「ここ、は……?」


上半身を起こし状況を確認しようとするレオンハルトを、ニコラウスが制止する。


「まだ動かない方がよいでしょう。傷口は浅く、既に塞がっていますが、かなり強い麻酔薬を塗られていたようですからな」

「麻酔──」


ニコラウスの制止を無視して上半身を起こし、眩暈で頭を抱えながらレオンハルトは意識を失う直前の出来事を思い出した。


──っ!


忠誠を誓ってくれていた筈の部下に背後から刺されたシーンがフラッシュバックし、吐き気が喉の辺りまでせりあがる。


「……ぐっ」


そのまま吐いて倒れ込んでしまいたくなる衝動を堪え、現状を把握すべくレオンハルトは周囲に視線を巡らせた。


薄暗い狭い部屋──しかし決して不潔な印象はなく、レオンハルトの身体は丁重に柔らかな毛布に包まれていた。捕縛され、牢屋に放り込まれたのかとも思ったが、部屋の雰囲気を見るにそうではないらしい。ガタガタと一定のリズムで部屋全体が揺れていた。


──ここは、馬車の中……か?


皇帝かオッペンハイム公の下に送られている最中か──いや、だとすればレオンハルトやニコラウスが拘束されていないのはおかしい。また護送馬車にしては調度類が揃い過ぎていた。


一体これはどういう状況だとレオンハルトがニコラウスに事情を尋ねようとした時、前方の小窓が開き、見慣れた顔が部屋の中を覗き込んできた。


「ニコラウス卿。さっきから騒がしいようだが何か……殿下! お目覚めになったのですね!」

「何っ!? マグナス、代われ! 殿下、スタークです! お加減はいかがですか!?」


小窓の外で護衛騎士のマグナスとスタークがポジション争いをしながら歓喜の声を上げる。とても敗残兵とは思えない元気な姿に、レオンハルトはますます混乱した。


「お二方。レオンハルト殿下はまだ目覚めたばかりです。あまり一度に話しかけられるのは……」


レオンハルトの混乱を見て取ったニコラウスが苦笑しながら二人を宥める。


その言葉というより、レオンハルトの呆然とした顔を見たマグナスたちは気まずそうに頭をかき謝罪した。


「……申し訳ございません、殿下」

「丸二日お眠りでしたので、つい嬉しく……」

「あ、ああ……いや、心配してくれたこと嬉しく思う」


レオンハルトの言葉に二人は喜びに顔を膨張させる。


「──とんでもございません! 殿下は今しばらくお休みください!」

「我々がしっかりと警護しておりますので、ご安心を!」


そう言ってマグナスたちは小窓を閉じて見えなくなった。


「よい臣下ですな」

「……ああ」


微笑ましそうに言うニコラウスに頷く。


「彼らの言う通り、事情説明は後にしてもう少しお眠りになってはいかがですか?」

「いや、そうもいくまい」


レオンハルトは頭痛を振り払うようにかぶりを横に振り、壁に背を預けて座っているニコラウスに向き直った。


「それで、改めて聞くがこれは一体どういう状況だ? あの後私はどうなった?」

「ふむ……それを説明する前に、殿下はどこまで事情を把握しておいでですかな?」

「どこまで……」


レオンハルトは胸に刺さった棘から目を逸らすように言葉を選びながら言う。


「……あの時私は部下と共にエンデに侵入した。そして待ち伏せしていたローグどもに取り囲まれ、背後から──その、不覚を取った。覚えているのはそこまでだ」

「なるほど」


レオンハルトが意識を失うまで部下たちは全員無事だった。しかし気絶したレオンハルトを抱えてあの場を切り抜けることが出来たとは考えにくい。


間違いなく捕まったものと考えていたが──現状はそうではないように見える。


「──ニコラウス。ひょっとして卿がゴドウィンらと取引してくれたのか?」


最初に思いついたのはニコラウスが何らか取引をして自分たちの身柄を取り戻してくれた可能性。


エンデ側から見て裏切り者となってしまったニコラウスだが、彼がエンデ屈指の豪商であるという事実に変わりはない。


その影響力は絶大で、取り潰せば関連する商家がバタバタと倒れかねず、財産を没収しようとすれば“誰が”と騒動のタネになる。


その辺りの円滑な体制移行や財産の譲渡を取引材料とすれば、ゴドウィンらからレオンハルトたちの身柄を取り戻すことも不可能ではない。


「そう言えれば格好もついたのですが、残念ながらそうではありません」


しかしその推測をニコラウスは苦笑と共に否定した。


「私がここにいるのは単にエンデに居づらくなったからですよ。私の店は株式の三割をエンデ政府に譲渡することと引き換えに息子に代替わりすることが認められました。ゴドウィンたちにしてみれば下手に潰して市中の混乱を拡大させたくないという打算もあったのでしょうが……まぁかなり穏当な処分と言えるでしょう」


つまり罰金と隠居のみで放免。


元々エンデそのものが帝国に叛逆して誕生した国家という経緯があるからかもしれないが、政治家が国を裏切った罰としてはあり得ないほど軽い処罰と言えるだろう。


「では、一体どうして?」


レオンハルトが尋ねると、ニコラウスは壁に手をついて立ち上がり、小窓と反対側──馬車後方の扉に手をかけた。


「私もその辺りの事情については又聞きが混じりますので──私より、彼らに直接聞いた方がよいでしょう」


そう言ってニコラウスが明けた扉の向こう側には見覚えのある自身の部下たち。熊の獣人ゾッドや、珍しいエルフの卑民──


「──ゲルルフ! 無事だったか!」

「殿下。ご心配おかけいたしました」


ゲルルフやその場に片膝をつき、恭しく頭を下げる。見覚えのある顔は他にも。


「ガザル! ノイ! イーリャ!」


生死不明となっていた自分の部下たち。くたびれた雰囲気こそあるが、笑顔を浮かべレオンハルトとの再会を喜んでいる。


そして彼らの足元には──


「────」


一瞬、それが何なのか理解できずレオンハルトの表情が固まる。


ゾッドたちの足元に転がっていたのは、手足をロープでぐるぐるに縛られ猿轡を嵌めた数名の見覚えのある顔──その中には自分を刺したカタンの姿もあった。


──これはつまり私が意識を失った後、救援に現れたゲルルフたちがカタンたちを取り押さえ、私たちをエンデから脱出させた、ということか?


状況からするとそうした推測が成り立つが、しかし続いてゾッドが発した言葉によってレオンハルトは更なる混乱に陥った。


「──殿下ッ! カタンたちが御身の意に背いたこと、本来であれば申し開きのしようもない大逆! しかし──しかしそれも殿下への忠誠心故! こ奴らがおらねば殿下を無事にエンデから脱出させることはかないませんでした! どうか──どうかこ奴らにご寛恕を!!」

「…………」


意味が分からない。


どうしてゾッドたちがカタンを庇っているのか。


カタンのおかげで自分が無事だったとはどういうことか。


「いや、ちょっと待て。何がどうなっている? そもそもカタン達は何故──顔を床に押し付けているんだ?」


カタンたちは意識がある様子だが、先ほどから一度もレオンハルトに視線を向けることなく、自ら床にぐりぐりと顔を押し付けていた。


レオンハルトの疑問にゾッドが困ったように頭をかく。


「これはその……合わせる顔がないというやつらしくてですな。猿轡をしているのも『殺せ』とうるさいからで……」

「???」


レオンハルトが助けを求めるようにニコラウスに視線を向けると、彼は苦笑して口を開いた。


「……簡単に言えば我々──いえ、殿下は見逃されたのですよ」

「見逃された? それは、エンデが私を見逃したという意味か?」

「その通りです」


ニコラウスの言葉にレオンハルトは口元に手を当て考え込む。


「…………分からん。エンデが私を見逃す理由は? それに、そのこととカタンが私を刺したことがどう繋がる? 見逃すというなら我々に捕虜を引き渡せば済む話だったではないか」

「────っ」


“刺した”という言葉に反応してカタンがまな板の上の魚のようにピクンと身体を跳ねさせるが、周囲はそれに見て見ぬふりをした。


「後者に関しては殿下に穏当にエンデを出て行ってもらうため、ということです」

「?」

「傍目に見ても殿下は些か覇気が強すぎる。殿下の第一目標は部下の救出だったのでしょうが、もしエンデ側が最初から素直に部下の身柄を引き渡したとして、殿下はそこで素直に引き下がりましたかな?」

「む……」


ニコラウスの指摘にレオンハルトは押し黙る──そんなもの、引き下がる筈がない。


もし向こうからそんなことを言いだせば、レオンハルトは更なる交渉・譲歩の余地があると判断し、あるいは隙をついて人質や情報を取ろうとしただろう。


それをエンデが警戒して実力行使に出たと言われれば、なるほどと納得するしかない。


レオンハルトの表情に理解の色が浮かんだのを見て、更にニコラウスは続ける。


「それを察した彼らは一計を案じました。カタンら捕えられていた者の体内には、解除不能・任意起爆可能な爆弾が仕掛けられているそうです」

「────」


レオンハルトはハッとカタンに視線をやるが、彼女は変わらず床に顔を押し付けておりその表情はうかがえない。


「彼らはカタンにこう持ち掛けました──殿下への忠誠に殉じ死ぬか、殿下のために故郷を捨てるか」

「故郷を……捨てる?」

「ええ。この馬車は現在、西方諸国へと向かっております。カタンはエンデの出した『言う通りにすれば殿下を帝国に引き渡すことなく見逃す』という条件を飲み、麻酔薬の塗られたナイフで殿下を刺したのですよ。申し出を断ったところで、爆弾を仕掛けられた自分たちと、それを救いにきた殿下というシチュエーションでは、どのみち殿下に勝ち目はありません。安全に殿下を脱出させるには、カタンは彼らに協力せざるを得なかった、というわけです」


事情を説明され、レオンハルトはカタンが自分を刺し、そしてそんな彼女を周囲が庇っている理由を理解する。


「……そういうことだったか。苦しい思いをさせたな、カタン」

「…………」


彼女は顔を床に押し付けたまま、猿轡もあって何も答えなかったが、その首は赤く染まっていた。


疑念を解消し少しだけ気持ちが軽くなったレオンハルトは、ニコラウスに視線を戻し、改めてもう一つの疑問を口にする。


「それで。エンデが私を見逃した理由は? この期に及んで協力関係が結べるとは思えんし、奴らからすればその必要もあるまい。奴らは一体何を望んでいる? 我らを万全の状態で送り出し、エンデに何のメリットがあるというのか?」


覇気を取り戻しつつあるレオンハルトの姿にニコラウスは満足げに頷き、エンデの──いや、それを裏で操る少年の狙いを口にした。


「彼らは殿下が、皇帝陛下、オッペンハイム公、そしてエンデ──この三者に続く第四の勢力を形成することを望んでいます」

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