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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第六章

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第29話

「『件の兵器は破壊された、この隙にエンデを占拠せよ』──だと? 戦場を知らぬ官僚共が好き勝手ほざきおって!」


皇帝がエンデに送り込んだ精鋭一個大隊の指揮官は、通信機によって送られてきた帝都からの指示書を思わずグシャリと握り潰した。


「しかもオッペンハイム公の軍と協調しろときたか。戦時下の敵軍と轡を並べて戦えとは、奴らには想像力というものがないのか! いっそまとめて殲滅せよと言われた方がまだ気が楽というものだ!!」

「閣下。お気持ちは分かりますが……」


副官に窘められ、指揮官は震える息を吐き何とか怒気を収める。


「……そうだな。命令は命令だ」


エンデが見渡せる丘の上の林に陣取った彼らの眼下には、平原に空いた穴から様々な魔物がぽつぽつと湧き出てくる光景が広がっていた。


エンデに侵攻するということはつまり、オッペンハイム公の軍を警戒しながらこの魔物の群れを突破し、エンデの残党を制圧しなくてはならないということだ。更にこちらに都市内の具体的な情報は入ってきていないが──


「都市内にも魔物が溢れていると思うか?」

「……中央からの連絡では何も触れられていませんでしたが、状況的にそうでないと考える理由はありませんな」

「クソッ! どこまでも足を引っ張ってくれる……!」


指揮官はこの期に及んで情報を出し渋る官僚たちに歯噛みする。


まさか奴らは魔物の溢れる都市に突入せよと命令すれば自分たちが怖気づいて動かないとでも考えたのだろうか?──馬鹿馬鹿しい。この数でエンデを攻めろと言われた時点でとっくに怖気ているしヤケクソだ。隠し事をされる方が余程疑心暗鬼で足が鈍る。


副官は上官に同情的な視線を向けながらも、淡々とした声音で進言した。


「閣下。先陣は既に魔物と接敵しております。突入するにせよ一旦退いて体勢を立て直すにせよ、あまり時間の猶予はございません」

「……そうだな」


その言葉通り、眼下では丘に登ってこちらに迫る一部の魔物たちを部下たちが迎撃している。地形の優位もあり戦いは自軍優勢で進んではいるが、あまりノンビリ構えているわけにもいかない。


指揮官は弓隊で一斉掃射した後、突撃して魔物の群れを突き崩せと指示を出そうとし──


「──む? 何だあれは?」


戦場に現れた異物に眉を顰めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


狐の獣人の女・カタンは冷たい空気を頬に感じ意識を覚醒させた。


死からの蘇生──何度か経験したことのある悍ましい感覚に包まれながら、彼女は目を閉じたまま意識を失う直前の出来事を思い返す。


──そうだ。あの時、自分は殿下の指示をこなすことが出来ず、敵に捕らえられて自決した。


時間稼ぎにしかならないとは覚悟していたが、やはり蘇生されてしまったようだ。


あれからどれだけ時間が経過したのだろうか?


殿下の計画は今どの段階だろう?


奥歯に仕込んだ毒はもうない。舌を噛み切った位では人は死ねないし、果たして自分はどこまで粘れるか。


──いや、弱気になるな。殿下のため、同胞のため……私が足を引っ張るわけにはいかない!


しかしその覚悟に表情筋が反応してしまい、カタンの意識が覚醒していることが周囲に漏れてしまう。


「……うん。寝たふりだね~」

「ほう……こういう時はどうすんのがセオリーかね?」

「そりゃ定番は暴力かエロスでしょ」

「暴力はともかく……エロス?」

「ほら。起きないと悪戯しちゃうぞ~ってやつ。男の子は大好きでしょ?」

「え~……? そういうことするならもう少し若くないと……ほら、童顔だけど目元とか首とか皺が……」

「……確かに。よく見たら四十路ぐらいいってそう──」

「誰が四十路だ!! 私はまだ二十九だ!!」


ヒソヒソと聞こえてきた話の内容に我慢がならず、カタンはつい寝たふりを解いて反論してしまう。


そしてマズいと思った時にはもう遅く、暗い石畳の部屋の中で床に転がる自分を、いくつかの見覚えのある顔が見下ろしていた。


「…………あ」

「いや、失敬失敬。妙齢のご婦人に年齢のことを言うのは失礼でしたね。てっきり寝てるもんだとばかり思ってつい口が滑っちゃいましたよ」


全く心の籠っていない声音で、思ってもいない謝罪を口にする少年。


彼は調理される前の魚を見るような目で自分を見つめ、淡々と告げた。


「寝起きのとこ悪いけど、あまり時間が無い。簡潔に言うよ──あんたらが仕えてる皇太子は失敗した。あんたたちは既に敗北した」

「────」


動揺を誘うためのハッタリか?──そんなカタンの疑念を気にも留めず彼は続ける。


「その上で、選んでもらうためにあんたを起こした」

「……選ぶ? 何を、選べと?」

「■■■に殉じて■ぬか、■■■のために■■を捨てるか」

「…………」

「あまり考える時間はあげられないけど──」


その問いにカタンは躊躇うことなく即答した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「くぅっ!? よりにもよってなぜこんな場所に……!」


皇太子一派の護衛騎士スタークが剣を振るいながら悲鳴を上げる。


「結界の影響で転移場所がズレたのだろうさ! 文句を言っている暇があったら一匹でも多く魔物を屠れ! 殿下の道を切り拓くのだ!!」


相棒のマグナスが背中合わせにスタークを庇い、叱咤する。


会談場所から転移呪文でエンデに跳んだレオンハルトとその配下三十四名は、都市内に直接転移することはかなわず、魔物が溢れ出る平原のど真ん中にポツンと放り出されてしまった。


この状況で今のところ大した犠牲も出さず陣形を維持できているのは、素早く状況を把握し部下たちに指示を出したレオンハルトの采配あってこそだろう。


そしてそのレオンハルトは危険も省みず自ら剣を振るい、味方を鼓舞していた。


「慌てるな! 魔物は無秩序に暴れ回っているだけで我らを狙っているわけではない! 紡錘陣で守りを固めつつ一〇時方向へ進軍する! 焦らず、陣形の維持を第一とせよ!」


レオンハルトは自身も一流の魔法戦士であり、将官としての教育も受けた才人である。


士官学校時代教官から『長い帝国の歴史の中でも十本の指に入る』と絶賛された戦術眼によって魔物の密度が薄い場所を見抜き、部下たちを率いて窮地を脱しようとした。


ただ一点、レオンハルトに誤算があったとすれば、部下たちは彼が思うほどには練度が高くなく、彼の思うようには動けなかったことだろう。


部下の能力を把握した上で実現可能な指示を下すことまで含め指揮官としての力量だが、歴戦の指揮官でも部下との完璧な連動は容易なことではない。実戦経験の浅いレオンハルトにそこまで求めるのは些か酷だった。


「うわぁぁっ!?」

「馬鹿! 堪えろっ!!」


兵士の一人が植物型の魔物の触手に腕を取られ、陣の外に飛び出してしまう。今彼らが魔物の群れの中で被害を抑えて戦えているのは、互いに死角を守って行動しているからだ。もし陣から引き離され孤立してしまえば、四方八方から襲い来る魔物たちに瞬く間に蹂躙されてしまうだろう。


「ひぃっ!?」

「今行く──」

「止めろ! 奴はもう助からん! 陣形に穴をあけるな!!」

「──っ!」


同僚を助けに行こうとした兵士を小隊長が制止する。制止された兵士が奥歯を噛みしめてその場に踏みとどまった時、その脇から魔物の群れに突撃する一つの影──


「──殿下っ!?」


レオンハルトの愚挙に誰かが悲鳴を上げた。


「【火炎付与エンチャント・ファイア】──うぉぉぉっ!!」


──ボフッ!!


炎属性を付与されたレオンハルトの斬撃が、耐久力のある触手を一刀のもとに切り払い、捕らわれていた兵士を解放する。


「あ──ああ……っ?」

「止まるな! 直ぐに陣に戻れっ!!」


混乱する兵士の背を突き飛ばし、強引に仲間たちのもとへと押しやる。その隙だらけの後背をレオンハルトは炎の剣を振り回し魔物を牽制して守った。


ほとんどの魔物は炎を怖がる性質があり、レオンハルトに近づこうとはしなかった。しかしそうではない個体が、炎によって生まれた空隙に流れレオンハルトを襲う。


「レオンハルト様っ! 上です!!」


──ゴゥッ!!


「ぐ──うっ!?」


マグナスの叫びに反応し、レオンハルトは頭上から振り下ろされた岩の塊を寸でのところで受け流し回避する。


「ロック、ゴーレム……!」


体長五メートル以上はある岩の巨人がすぐ傍に迫っていた。


強敵ではあるがレオンハルトの実力なら決して倒せない相手ではない。だがその頑強な身体を破壊するには相応のタメがいる。周囲を魔物に囲まれたこの状況ではそのタメは致命的な隙だ。


だがここで退けばロックゴーレムは部下たちに襲い掛かるかもしれない。


「く……」


退くに退けない状況にレオンハルトが冷や汗を流し、覚悟を決めようとしたその時──


──ヒュン!!


どこからともなく数本の矢が飛来し、レオンハルトの周囲の魔物を的確に撃ち抜いた。


レオンハルトが矢の飛んできた方に視線をやると──


「殿下ッ!」

「ゾッドかっ!」


エンデに潜入していた筈の部下──熊獣人の狩人ゾッドたちの姿にレオンハルトは目を輝かせた。


そしてすぐに意識を眼前の敵へと戻す。炎の属性付与を解き解呪の性質を持った付与呪文に切り替えると、大きく跳躍してロックゴーレムのコアがある胸部に剣を突き立てた。


「だぁぁぁぁっ!!」


──ズドォォォォン!!


崩れ落ちるロックゴーレムから距離を取り、レオンハルトはゾッドたちと共に部下と合流する。


そしてほんの十数名ほどであったが、仲間が増えたことで幾分陣に厚みができ、レオンハルトたちにも話をする余裕が生まれた。


「無事だったか、ゾッド!」

「──お逃げください、殿下!」


再会と無事を喜ぶレオンハルトの言葉を遮り、ゾッドは厳しい顔でレオンハルトに告げた。


「残っている我らの手勢はここにいる僅かな兵のみ! エンデ市内はゴドウィンによって秩序を取り戻しつつあり、もはや付け込む隙はございません! 我らの計画は失敗したのです!!」

『────』


ゾッドの言葉に現実を突きつけられ、兵士たちの間に動揺が走る。


「──そうか。エンデは無事か」


しかしレオンハルトは穏やかな表情でホッとした声を漏らした。


「殿下……?」

「──ゾッド。お前には捕縛された同胞の救出を命じていたはずだがどうした? それにゲルルフの姿も見えぬ」


部下たちの戸惑いを無視してレオンハルトはゾッドに問いかける。大柄な熊の獣人は言い訳を探すように目を逸らした。


「ゲルルフたちは──」

「私はお前たちが混乱した都市から仲間を救い出すこともできぬ無能とは思わん──私の命令を無視し、無茶をしたな?」

「…………」


あっさり真実を言い当てられゾッドは顔を歪めた。


そんな部下を咎めることなくレオンハルトは穏やかに続ける。


「責めるつもりはない。お前たちがそうしたということは、そうすべき必要があったということだろう。謝るべきはお前たちにそんな判断を下させた私自身だ」

「そんなことは──!」


否定するゾッドの言葉にレオンハルトはかぶりを振って言った。


「だからこそ、私のために働いてくれた者たちをこのままにはしておけん。何としても救出するぞ」

「お考え直し下さい!! 我らは雑兵! 代わりなどいくらでもいます! しかし御身にもしものことがあればこの国は、我らが同胞は──ここは屈辱に耐え、どうか捲土重来の機会を──!」


レオンハルトは指をピンと立て、ゾッドの言葉を遮る。そしてほろ苦く笑って言った。


「──お前の言葉が正しいことは分かっている。上に立つ者として、時に犠牲を受け入れ前に進まなければならないこともな。──しかしすまん。どうやら私は、こんな名ばかりの皇太子でしかない私に忠誠を誓ってくれたお前たちの犠牲を受け入れるだけの度量を持ち合わせていなかったらしい」

『────』

「不甲斐ない主君ですまん」

「──いえ……いえ……っ!」


ゾッドは俯き顔を隠しながらかぶりを激しく横に振った。


そんな部下にレオンハルトが苦笑し、改めて部下たちに突撃を指示しようとしたその時、スタークが何かに気づいて警告を発した。


「後方より軍が! それも二方向からこちらに向かってやってきます!!」


言われて見やると、それぞれ一個大隊ほどの軍が魔物の群れを突っ切ってレオンハルトたち目掛けて突撃を開始していた。


旗などは掲げていないので所属は不明だが、間違いなくそれぞれ皇帝とオッペンハイム公が送り込んだ別働隊だろう。


「このタイミングで動き出す……エンデの占拠は難しいと判断し、私を捕えることで手柄としようとでも考えたかな?」

「殿下!?」

「落ち着け。まだ追いつかれるには距離がある。それに退路が絶たれれば覚悟も決まろうというものだ」


周囲を魔物に取り囲まれ、後方からは精鋭の別動隊が迫っている。


絶体絶命のピンチに部下を鼓舞するよう、レオンハルトは叫んだ。


「聞け、皆の者! もはや後退の道は絶たれた! 今より全速力でエンデに突入し、エンデの戦力を後背の軍の盾とする! 混乱に乗じて迅速に都市内に残る同胞を救出し、迅速に離脱するぞ!」

『──はっ!!』


それが無理難題だということは皆理解していたが、力強いレオンハルトの声に呼応して力を振り絞る。


速度を上げた部下たちを見ながら、同時にレオンハルトはこの状況を冷静に俯瞰していた。


──この数では決定的に突破力が足りん。どれほど順調にいっても、外壁の遥か手前で彼奴等に追いつかれてしまうだろうな。犠牲前提でゾッドたちに足止めさせたところで逃げきれるかどうかは怪しいし、それでは本末転倒だ。いっそこの身を囮として──


レオンハルトが自分の技量と敵戦力を冷静に秤にかけ、なお無謀な策に身を投じようと覚悟をきめかけた、その時。


──クケェェェェッ!!!


大きな影が怪鳥音を響かせ、彼らの頭上を通り過ぎていった。


「あれは──鷲獅子グリフィン……!?」


竜種を除けば天空の最強種の一角に数えられる雄々しき幻獣。


もしこちらに襲い掛かってきたならばレオンハルトたちは数分と持たず壊滅していただろう。しかし鷲獅子は彼らには目もくれず、後背の帝国軍目掛けて飛んでいく。


空の王の威容に動揺する帝国軍の気配がレオンハルトのいる場所まで伝わってきたが──彼の意識はそこにはなかった。


「何だ、あれは……ゴブ、リン……?」


見間違いでなければ、鷲獅子の背には小柄で何の変哲もない一匹のゴブリンが跨っていた。

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