第27話
「──ま、概ね想定の範囲内ですか」
『────』
犬ジイからエンデで起きた出来事と現状を聞かされ絶望的な気分に陥っていたゴドウィンたちは、軽い口調で言ってのけたウルを信じられないものを見るような目で見つめた。
「ただ事務所ってローグギルドの方でしょ? 皇子がそこだけ念入りにってのは、正直意外でしたね」
「ホントな。裏の人間なんざどうせ日和見主義だろうと無視するか、あったとしても牽制程度だと考えてたんだがな……案外、皇太子の指示じゃねぇのかもな」
「部下の独断で自爆っすか? 流石にそれは覚悟決まり過ぎでしょ」
犬ジイはウルの言葉に何も言わず、ただ意味ありげに肩を竦めて見せた。
そんな余裕ありげなやり取りを、ゴドウィンとワルター以外の面々は特に驚くでもなく聞いている。
「──ま、いいや。ともかく、ここにいるってことは保険は無事に動作したと考えていいんですよね?」
「取り敢えずは、な。多少の問題はあるにせよ、騒動の範囲は限定的だし、原因と対処法も特定できてる。上級連中への説明も済ませた」
ウルはふむふむと頷きマイペースに続ける。
「となると、後は号令をかけるだけですね。分担はもう決まって──」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! おかしいだろう! この状況でどうしてそんな落ち着いていられる!? それにさっきから言っている保険とは一体……?」
それを慌ててゴドウィンが遮る。そこに犬ジイも呆れた顔で続いた。
「そうだ。あんまり先走るな。そもそも会談がどうなったかの説明もまだだろうが」
「あ~、そっちもありましたね……」
ウルは失敗失敗と頭をかく。
「分けて説明した方が早いか。レーツェル、会談の方の説明はそっちで頼む」
「りょ~か~い」
犬ジイたちへの説明はレーツェルに一任。
そして自分は早く教えろと急かすゴドウィンたちに向き直り、今回の企みを白状した。
「まず保険について説明する前提として、今回は誰がどんな手段で攻めてくるかは分かりませんでしたが、最終的に敵の目標が何か──何を奪われたら拙いかってことだけは分かっていました」
「目標……具体的には?」
「迷宮の制御とダムハイトです」
ウルの言葉にゴドウィンたちはなるほどと頷く。
政庁やギルドなど他にも重要施設は存在するが、そちらはまだ立て直しが利く。しかしウルが口にした二つに関しては奪われた時点でゲームオーバーだ。
実際には政庁を守り切れなかったせいで間接的にダムハイトを占拠されてしまったわけだが、優先順位の考え方としては間違っていない。
「それに関しては異論ないが……保険、とは?」
「いや、別に大したことじゃないんですけどね。奪われるのは拙い。だけどどんな手段で攻めてくるか分からないから確実に守り切れる保障もない。なので──どっちも奪われて問題ない状態にしときました」
『…………』
言っている意味が分からず、ゴドウィンとワルターは沈黙した。
一応文法上、理屈は通っている──気がする。
奪われたら拙い。だけど守り切れるか分からない。なので奪われても大丈夫なように──んん?
「……すまない。この場合、私の理解力に問題があるのかな。迷宮の制御とダムハイトを奪われて問題がない状態とはどういう……そんな状態があり得るとは考えにくいのだが?」
「そうですか? 迷宮はともかくダムハイトの方は分かりやすいと思いますけど」
そう言われてゴドウィンは改めてダムハイトの現状に思考を巡らせる。
ニコラウス委員の裏切りが原因でダムハイトは皇太子の手に落ちた。あれはただの防衛兵器ではなくエンデ独立の要石。もしダムハイトを奪ったのが皇帝やオッペンハイム公の手の者であったなら、今頃エンデは帝国軍に占拠されていただろう。
結果的にダムハイトは原因不明の暴発により壊れてしまったわけだが、それは奪われても大丈夫というのとはまた違──
「──待て。待て、待て……待て」
「待ってますよ。野良犬じゃないんだから」
何かに気づいて同じ言葉を繰り返すゴドウィンにウルが失礼な返しをするが、ゴドウィンはそれどころではない。
そう言えばさっきこいつは何を言っていた? 仕込み──そう、ダムハイトを壊したのは自分の仕込みだと──
「──え゛? ひょっとして、貴様が、壊したのか? あれを?」
「まぁ、平たく言えば」
動揺のあまり片言になるゴドウィンに、ウルはアッサリ認めた。
そして絶句し口をパクパクさせるゴドウィンに補足する。
「正確には壊したというより最初から使えない状態にしておいて、使おうとしたら暴発するように──」
「何故そんなことをしたぁぁぁっ!!?」
ウルの言葉を遮ってゴドウィンが絶叫し、掴みかかる。
「おま──あ、あれが壊れたらエンデが、どどどどうなるか、わ、わか──」
「分かってますよ。でも、下手に使える状態のまま奪われたらどんな目的に使われるか分かったもんじゃないでしょ? 今回は偶々そうならなかったけど、あれを街中に向けて撃たれでもしたら最悪じゃないですか。だから使えなくしておいたんです」
「────っ!」
その理屈自体は分からなくもない。
実際に目的は違えど皇太子は都市内に向けてダムハイトを発射しようとした。敵の姿が確認できなかった事前段階ではそうしたテロ染みた行為の可能性も否定できなかっただろう。
だが『だから破壊する』というのはどう考えてもやり過ぎだし本末転倒だ。
「使えなくするだけならロックをかけるとか他にいくらでもやり方があっただろうが!?」
「それだとロックの外し方を吐かせようと敵が無差別に拷問やら始める可能性があったし、後々取り戻すのも大変でしょ」
「取り戻す? 壊れた物を取り戻していったいどうしようと──」
「直せばいいじゃない」
混乱するゴドウィンにそう言ったのは呆れた表情でそのやり取りを聞いていたカノーネ。
「…………は? 直す?」
「そ。暴発の原因はメインの制御ユニットを取り外してたことだから。派手に爆発したように見えるけど重要な部分はノーダメージよ。歪んだ金属部を呪文で成形しなおして制御ユニット嵌めれば──移動の時間込みで私なら一時間もあれば全部修理できるわ」
「…………」
牽制目的に一、二門で良ければあっという間ね、と続けるカノーネの言葉がゴドウィンの脳に染み渡るまで、十数秒ほどの時間を要した。
そして会談場所での皇太子の不可思議な言動を思い出す。
「……まさか、皇太子の『ダムハイトは迷宮を力づくで塞ぐために開発した兵器だ』という発言は……?」
「そういう偽情報をコッソリ流してました。そうすれば迷宮で騒動が起きた時にダムハイトを使って暴発させてくれるでしょ? 使えないって周知しとかないと、実際に使わなくても威嚇だけで意味がありますからね、あれは」
「一応都市内に向けて撃った場合のシミュレーションもホントにしてあるわよ。私たち、あの場じゃ嘘は一つもついてないから」
『…………』
ゴドウィンはワルターと無言で顔を見合わせる。
彼らの顔は互いに、情報過多でこれ以上聞きたくないと如実に語っていたが、しかし立場上そうもできない。
渋々──本当に渋々、もう一つのターゲットについて確認する。
「……迷宮の制御については? いや、ここまで聞いて、彼がこの場にいるということは何とはなしに想像はつくのだが……」
「んーと……それに関しては大きく二つのことをしていて。一つは例の分業化に関する計画の実行を早めて、迷宮のコアと融合していた術師を分離したこと。現在、迷宮は高度な自動制御を失い、環境変化を目視で監視し、人力で調整しなくてはならない状態に移行しています」
「ああ、うん。そうかね……」
エンデ共和国の一大事業を自分の知らない場所で勝手に始められていたと聞いて、しかしゴドウィンは全く驚かない。もはや驚き過ぎて心とか魂とか何か大事なものが麻痺していた。
「逆に言えばそれは機能が大幅に単純化されたということでもあるので、それに併せてカノーネ導師に頼んで回線をひいて簡単な監視と操作なら外部からでもできるようにしてもらいました。元々、迷宮に潜らなくてもギルドや政庁で迷宮内をモニター出来たらって話があったので、それを前倒しで実現した形ですね」
「簡単に言ってるけど、すっごい大変だったんだからね!」
「…………なるほど」
ゴドウィンはだんだん考えるのも億劫になってきたが、つまりそれが迷宮の機関部を占拠され、制御を奪われた場合の備えということなのだろう。
実際にはまだ機関部を占拠されたわけではないが、政庁を占拠された時点で皇太子側が迷宮外から圧をかけ、引き渡しを要求してくることは予想できた。先手を打って移行するというのは理解できなくもない。
「しかし……そうなると今街中で起きている魔物の暴走は、その自動制御を止めたことの副作用ということかね?」
「ありゃあ、ガス抜きを兼ねた牽制と誘いだな」
疑問に答えたのは先ほどまで孫娘から会談の内容を聞いていた犬ジイ。どうやらあちらの情報共有は終わったらしい。
「ガス抜き、と言いますと?」
「皇太子の手下がやらかしたせいで上層中心に魔物が興奮状態にあったからな。自動制御を失った迷宮内で暴れられたらどんな影響が出るか分からん。だから一部地上に繋がる穴をあけて外で暴れさせた」
アッサリと言うが、街中に魔物を解き放つなどあってはならない暴挙だろう。
ツッコミどころが多すぎて逆に言葉に困るゴドウィンに、犬ジイは苦笑して続けた。
「安心しろ。街中つっても人通りが少ない場所を選んでるし、予め腕っこきを配置してるから実際の被害はほとんど出てねぇよ」
「……いや、コントロールできているかのように仰いますが、あの地竜は? 流石にあれは──」
「それこそ大丈夫だ。あれは昔俺の嫁が餌付けしてたことがあってな。力は強いが攻撃さえしなけりゃ無害だし、どうとでも誘導できる」
「…………」
竜種を餌付けとか意味が分からないが、そこはもういい。いや、良くはないが制御できると言うのならそこはこの際流そう。もうツッコむ気力もない。
「……それでガス抜きついでに魔物によって皇太子一派の動きを牽制し、ダムハイトの暴発を誘ったということですか?」
「そういうことだ。都市内の対応はそこまでセットで計画してた」
勝手に計画すんな、せめて一言──とツッコみかけて、しかしゴドウィンは口をつぐんだ。
予め話を通されてもこんなの絶対に持て余している。だからと言って事後で知らされていいとは口が裂けても言えないが、何事も起こらず知らずに済むという可能性がある分こっちの方がマシと言えばマシなのかもしれない。
何か間違った考えかもしれないが、もうよく分からないし、それでいい。
今日何度目かになるツッコミスルーをしながら、最後にもう一つだけ気になっていたことを確認する。
「……ではもう一つだけ。帝都周辺で起きた迷宮の崩壊も企みの一環ですかな?」
「あ! それは俺も聞きたかったんだ」
そう言って犬ジイはウルとカノーネの方に向き直り、少し咎めるような口調で続けた。
「あっちの迷宮を崩すのは帝国が本格的に軍を起こした場合に、って話だったろ? 皇帝もオッペンハイム公も積極的に攻めてくるつもりはなかったみたいなのに、何で実行したんだよ?」
『…………』
その追及にウルとカノーネは顔を見合わせる。
実際のところ帝都周辺の迷宮の崩壊はカノーネの勇み足によるミスだった。崩壊させても人里に影響が出にくい迷宮を選んで崩壊させてはいるものの、万が一ということもあるし、最終的に溢れた魔物を吸収することになるエンデ側への負担の問題もある。
当初の予定では、どうしても帝国軍を牽制しなくてはならない場合に限って実行しようという話になっていたのだが──
「貴族どもの危機感が薄かったから少し煽る必要があったのよ。あのままじゃダムハイトを失った私たちと交渉する意味なんてない、って言いだす奴が現れそうだったし。当初の予定とは違うけど結果的に言質を取れたんだから問題ないでしょ?」
「ふむ……」
開き直ったようなカノーネの言葉に納得したようなしていないような微妙な表情で犬ジイが呻く。
会場にいたゴドウィンとしては、迷宮の崩壊がなければ話しがまとまらなかったとまでは思わないが、しかしあの出来事があったからこそスムーズに話が進んだのは事実なので特に異論はない。
ただウルとレーツェル、特に聖女として振る舞うハメになったリンは、白い目でカノーネを見つめていた。
「さっ、そんなことより! 情報共有は終わったし、これからの話をしましょう!」
パンと手を叩いてカノーネが強引に話を切り替える。
しかしこれからの話──ゴドウィンはそう言われても急激に詰め込まれた情報が多すぎて、一体何をすればいいのか全く分からなくなっていた。
そんなゴドウィンの肩にウルはポンと手を置き、うさん臭い笑みを浮かべる。
「つまりエンデ共和国の代表であるあなたの出番です。市民に号令をかけて、一気にカタをつける番ですよ」
「────」
振り回されていっぱいいっぱいになっていたゴドウィンはその言葉に思わず、
──私を無視して好き勝手やってくれてるし、もういっそのことお前さんが代表になればいいんじゃないか?
とキレ気味の感想を吐きそうになるが、理性と使命感がギリギリのところでその言葉を思いとどまらせた。
「…………そう、だな」
このガキに──権力を与えてはならない。




