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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第六章

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第22話

──そんじゃガー公、久しぶりの外だけどあんまはしゃぎ過ぎるなよ。


──拾い食いしちゃ駄目だからね?




「…………ん?」


最初にその異常に気付いたのは『これ以上無駄な血を流さないようやむを得ず降伏した憐れな政治家』を演じ切り、少し気を抜いていたニコラウス環境委員だった。


──ズズズズズ……


小さな地響き、地震。

すぐに収まるだろうと思っていたそれは、しかし一分以上経っても揺れ続け、振動は大きくも小さくもならず不規則に地面を叩き続けていた。


──地震ではないのか?


ニコラウスがそう思い始めた時、政庁を占拠していた皇太子の配下たちも揺れに気づき、訝し気に顔を見合わせる。


そんなエンデ側の微妙な空気は、何やら話が盛り上がっている水鏡の向こうには伝わってはいないようだ。


『…………』


まだ都市内では皇帝やオッペンハイム公が送り込んだ工作員の残党や抵抗勢力との小規模な戦闘が続いている。ちょっとした地面の揺れなど気にするほどのことではない──はずだが、しかしこれが何か大きな異常の前兆という可能性も否定はできない。


ニコラウスと皇太子の配下たちがこの揺れの原因を確認しようと考え始めた時。



──ドゴオォォォォォォォォンッ!!!



『────っ!!?』


それまでの振動が獣の足音だとしたら、その時彼らの身体を貫いた衝撃は魔物の体当たりだった。


頑丈な政庁の床が波打つようにべコリと歪み、ニコラウスたちの身体が石床から二〇センチほど宙を舞う。突然の衝撃に床を転がり這いつくばり、敵襲かと身を固くした。


続いて彼らの耳に届いたのは、耳慣れない、どこか呑気な雰囲気を漂わせた──



『グワワァァァツ?』



大きな鳴き声。ちょうどこの政庁のすぐ下から聞こえてきた。


ニコラウスは一応、手を後ろ手に縛られ捕虜になっているという設定で、勝手に窓の外を見に行くのは宜しくない。彼が躊躇っていると、先んじて覆面の男の一人が走って窓の下を覗き込んだ。


「何だ──…………は? えと……うぇ? おあ……あ、あ……ひぎゃぁぁぁっ!!?」


悲鳴を上げ腰を抜かして後ろに飛びのく。


「お、おい! 一体何が──」



──ドゴォォン!! ドゴドゴォォォォン!!



「ぐ──っ!?」


再び床を揺らす振動。今回のそれは先ほどまでとは異なり縦揺れではなく横揺れ。姿勢を低くしていたニコラウスたちだったが、その揺れの激しさに再びゴロゴロ床を転がった。


揺れが収まり、一体何なのだとニコラウスが顔を上げた時──揺れの原因がひょこりと窓の外に顔を出し、首を傾げた。


『……グワ?』

『────』


その仕草と鳴き声は、あるいはこんな出会い方でなければ、ニコラウスたちはそれを『かわいい』と感じていたかもしれな──いや、そんなことはないか。


例えオリハルコンの檻に閉じ込められていたとしても、竜種を間近に見ればチビる。絶対に。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「な、なななな──何なのだあれはっ!!?」


水鏡の向こうに映った怪物に悲鳴を上げたのは宰相リューベック侯爵。


些か情けない反応ではあるが、これでも周囲の大多数と比べればまだマシな方だろう。帝国側の官僚たちは絶句して完全に硬直していたし、エンデ側はそれが何なのか理解しているからこそ余計に強いショックを受けていた。


皇族三人は幾分冷静さを取り繕えていたが、滲み出る動揺は隠しきれない。


水鏡の向こう側──顔を突っ込んで政庁の窓を拡張し、舌をチロチロ伸ばし覆面の男たちをつついて遊んでいる巨大なトカゲ。それはまごうことなき──


「ガーくんですね」

「──は? がー、くん……?」


しれっと言葉を発したのはレーツェル。


宰相がそちらに視線を向けると、先ほど皇帝に問い詰められていた四人の少年少女たちは水鏡の向こうの怪物──竜種を見てなお平然としていた。


「ええ。うちの──エンデの迷宮に棲みついてる地竜の名前です」

「…………竜種に、名前……?」


宰相は意味が分からんと目を丸くし、口をあんぐり開けて問い返す。帝国側の人間は程度の差はあれ皆似たような反応だ。


「や~、流石に名前が広まってるのはこの子ぐらいなんですよ? 十三層の階層主で、エンデの冒険者なら結構な数の人間が一度は遭遇したことがあるんじゃないかな。竜種の中じゃ攻撃性が低くて人懐っこい方だから、中層に進出した冒険者なら一度は度胸試しに姿を拝みに行ってて──」

「そういうことではないわ!!」


ペラペラ呑気に喋るレーツェルを目を血走らせた宰相が遮る。レーツェルは怒られシュンとした様子で頭をかき、


「……確かに。攻撃性が低いとは言っても毎年結構な数の冒険者がじゃれつかれて死んでるんで、さっきの言い方は誤解を招きますよね」

「そこじゃないっ!!」

「でも、あの子の場合、消化菅が短いから死体はうんちに混じって比較的綺麗に排出されるので、蘇生率もすごく高いんですよ?」

「~~っ! だ~か~ら~っ!!!」


地団駄を踏む宰相の滑稽な姿に、それまで突然現れた竜種に頭が真っ白になっていた者たちも徐々に思考能力を回復させていた。


レーツェルが話を進めやすくするため、わざとこんなやり取りをしているのだと気づいた者はこの場に両手の指で数えられるほどしかいない。


そしてウルたちを除き、その場で一番早く冷静さを取り戻したのは皇帝だった。


「……ふむ。この水鏡の向こうに現れたのがその“がーくん”なる竜種じゃというのは分かった。しかしそれがどうして街中に現れておるのかの? エンデでは竜種や魔物を飼うのが流行っておるのか?」

「……いや~。私も迷宮外で竜種を見るのは初めてなので、そこは何とも(チラッ)」


レーツェルは大袈裟に首を傾げて惚ける。そしてチラリと視線をウルに向け、後は任せたと話を丸投げした。


自然、皇帝だけでなく、その場にいた全員の視線がウルに集まり、ウルは『またこのパターンかよ』と口を突いて出そうになる悪態をグッと飲み込んだ。


「……我々エンデの住人にとっても竜種が街中に現れるなど前代未聞のことですが、推測程度でよろしければ」

「聞こう」

「……いや、そんな大層な話でもないんですけどね。さっきニコラウス委員が迷宮で災害が起きたとか言ってたじゃないですか? 具体的にそれがどんな災害かまでは分かりませんけど、その影響で迷宮の管制機能に不具合が起きて、魔物を迷宮に閉じ込めておけなくなったんじゃないかな~、とか──」

「馬鹿なっ!!」


大声でウルの推測を否定したのはレオンハルト。


「あり得ん!! 多少フロアを爆破し、魔物が暴走した程度で迷宮に不具合が出るものか! 曲がりなりにも強大な竜種の力を封じてきた古代遺物アーティファクトだぞっ!?」

「……あ~、そんなことしてたんですか」


遅れてレオンハルトは、自分がテロ行為を主導していたと自白してまったことに気づくが、すぐに今更だと開き直る。


ウルもレオンハルトの発言を流して説明を続けた。


「おっしゃる通り、普段なら別に影響はなかったでしょうけどね。今エンデの迷宮じゃ、迷宮の管理を手動に切り替えるための準備を進めてたわけですよ」

「……まさか──」

「これはあくまで可能性ですけど、その作業中に迷宮で大規模な災害が起きたりしたら、管制機能に何か不具合がでるなんてこともあり得ないわけじゃないのかな~って」

「…………」


レオンハルトが絶句する。


そして皇帝は最終確認を取るように、改めてウルに問うた。


「つまりお主は、レオンハルトが仕組んだ騒動が原因で、迷宮に不具合が起きて魔物が溢れた、と考えておる訳か?」

「いや、断言はできませんけどね。さっきまでのやり取りと今その水鏡に映ってる情報からだと、そういう推測も成り立つのかな~って」


言質を取らせぬような物言いだったが、ウルの推測自体は筋が通っており、誰しも『あり得る』と納得せざるを得ない内容だ。


また水鏡から伝わってくるのは覆面の男たちで遊ぶ地竜の映像だけではない。



──『ワォォォン!!』『まずは穴をふさ──』『衛兵は住民の避難を──』『ラァァァァァ!』『地上に残ってた冒険者は──』『ヒィっ!? 逃げ、逃げ──』『落ちつけっ! 地竜は無視して他の魔物を──』『避難最優先だ荷物は置いて──』『怯むな、大した数じゃない!』『工場から補修用のセメントを──』



『…………』


全員が水鏡から漏れ聞こえる音声に耳をそばだてた。


地竜だけでなく他にも街中に魔物が溢れ出ている。ウルの言うように迷宮の機能に不具合が生じていることはまず間違いない。


しかし今のところ迷宮からの魔物の流出は限定的のようだ。そもそも迷宮の機能が完全に停止してしまえば、その上に立つエンデという都市そのものが崩落し、跡形もなく壊滅しているはず。


また付け加えるならエンデの住人は引き際を良く弁えている。危機に対する嗅覚は鋭く、どうしようもないと判断したら一も二もなく逃げ出しているだろう。魔物を食い止めようとしているということは、食い止めれる見込みがあると判断したからではなかろうか。


多分に推測に推測を重ねる形ではあるが、まだ取り返しがつかない状況というわけではなさそうだ。


今ならまだ──


「──それで。どうする、レオンハルト?」


問いかけたのは目に冷たく試すような光を浮かべたオッペンハイム公。


「どう……?」

「エンデの支配者は今、お前なのだろう? 皇族としてお前が責任をもって迷宮問題に対処すると宣言したばかりではないか。早速問題が起きたようだが、どうするつもりだ? 自力で対処するか、あるいは恥も外聞もなくゴドウィンに放り投げるのか……ああ、我や兄上に泣きつくというならそれでも良いぞ?」

「…………」


オッペンハイム公だけでなく、周囲から様々な感情の入り混じった視線がレオンハルトに突き刺さる。


その間にも水鏡からは絶えず悲鳴が伝わってきた。


しかしこの状況を打破しようにも、危ういバランスで何とかエンデを掌握しているだけのレオンハルトに十全な手など打てよう筈がない。


ほんの数分前には帝国の玉座に指をかけていたというのに、こんなことで──


「────まだだ……!」


ギリギリのところでレオンハルトは踏みとどまる。そして彼はゴドウィンに一瞬視線をやると、


「……ゴドウィン。卿の備え、使わせてもらうぞ」


そう告げて、水鏡越しに配下に指示を飛ばした。


「………………………え?」


しかし当のゴドウィンは何を言われたかまるで理解できず、キョトンと目を丸くしていた。

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