第15話
『…………(ザワザワ)』
「…………」
迷宮第五層。
第六層へと下る階段の直前にある安全地帯で、ウルは休憩中の他の冒険者パーティーが雑談しながらチラチラこちらに視線を送ってきているのを背中に感じながら、努めて無反応を貫いていた。
今日はこの迷宮都市に来てから二度目のダンジョンアタック。仲間の勧誘や他パーティーへの参加は一旦棚上げし、今回もソロでの挑戦だ。
初回の失敗から二か月近くの間を空け、決して万全とまでは言えないが自分なりに準備を整え、今回は明確な目標と成算を以って迷宮に臨んでいるつもり。
前回は第三層で大蝙蝠に襲われ撤退したが、今回は既に第五層まで到達している。これはしっかり準備を整えたから──ではなく、普通に順路を歩いてきた結果。
そもそも迷宮一〇層までの浅層は人類の支配領域であり、魔物の活動はさほど活発ではない。特にこの五層までは、人の行き来が活発な順路を歩いている限り、魔物に襲われることはほとんどないと言ってもよい。前回、第三層で大蝙蝠に襲われたのも、ウルが順路を外れてわざわざ彼らの住処に踏み入ったから。あの時自分に声をかけてきた冒険者は、炸裂弾の音よりむしろ、危険なだけでまともな素材も採れないあんな場所に踏み込む者がいたことにこそ驚いていたのだろう。
実際今回は、この第五層まで一度も魔物に遭遇することなく、拍子抜けするような気軽さで辿り着くことができた。
『あれ……』
『……ゴーレム?』
周囲から漏れ聞こえる囁き声が少し鬱陶しい。
彼らが気にしているのはソロでここまでやってきた見慣れぬ冒険者──ではなく、ウルが連れているガーディアン。魔導技師の珍しいこの迷宮都市ではガーディアンを見たことがある者は少ないのだろう。
『特殊なゴーレム』『迷宮産の魔道具』などと様々な憶測を交わし合い、それを連れた少年が自分たちの新たな競争相手となり得るのかを観察している。
安全地帯とは言えこんな浅層で休憩している彼らの実力はたかが知れており、浅層ではそんな半端な実力の冒険者が少ないパイを取り合って糊口を凌いでいる。新たな競争相手の登場は、彼らにとっては死活問題なのかもしれない。
──あんま長居すると、話しかけてきそうで面倒だな。
あまり人付き合いが得意ではないウルは、近くの冒険者パーティーが互いに肘を突き合い、話しかけてみろよと言っているのを視界の端で捉え溜息を吐く。今の今まで話しかけてこなかったのは、ゴーレムらしき鋼の獣を連れたウルの実力が測れなかったからだろうか。
──行くか。
冒険者としての正しい行動というのであれば、ここは積極的に同業者と交流を持ち、情報交換やパーティー参加などに話を繋げるべきなのだろう。だがウルは今のところ、自分が冒険者としてやっていくかどうかも定まっていなかったし、今日はここからが本番。
余計なことに意識を割く余裕はないと、ガーディアンを引き連れて六層へと続く階段を下った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
現在、迷宮都市エンデで活動する冒険者の多くが、比較的危険度の低い一〇層以上の浅層で活動を行っている。
とは言っても、完全にリスクを排して活動できるほど迷宮が安全な場所であろうはずがなく、そうした冒険者たちもある程度のリスクを負って採取・採掘・狩猟活動を行っている。漁り尽くされ魔物すら少なくなった五層以上で活動する者はほとんどおらず、ボリュームゾーンは六層から一〇層。その中でも六層は、見習い冒険者の壁と呼ばれているエリアだった。
「順路確認。見晴らし、良し。周囲に敵影……なし。行くぞ」
ウルは六層の入口から、草原に伸びる順路とその左右に点在する森林、水場を見渡し、目に付く範囲で魔物がいないことを確認、ガーディアンを横に侍らせ歩き出した。
今日、ウルはこの六層で活動することを目標として迷宮を訪れた。この階層は見ての通り生命豊かな草原・森林エリア。動物系の魔物が特に多く、毛皮や薬剤に使用する骨や内臓など、狩猟目的の冒険者が主にこの階層で活動している。
あまり特殊な能力を持った魔物が存在しない、迷宮外の環境に近いエリアだが、生息している魔物の数は多く、この階層から順路を歩いていても積極的に魔物が襲い掛かってくるようになる。
故に、索敵・戦闘といった冒険者にとって必須のスキルが不十分な者は、この六層で魔物の群れに襲われ命を落としてしまう──見習いの壁。
とは言っても、斥候役と前衛、後はパーティーメンバーの人数さえ確保できていれば、実際に死ぬようなことはほとんどなく、あくまで“見習い”にとっての壁だ。
問題はウルが、その三つの内一つしか条件を満たせていないということなのだが……
──罠の類はないんだ。索敵は見晴らしの良い場所を歩くことでカバーする。
一番の問題に関して、ウルは単純かつ草原エリアでのみ通用する方法をとった。理想は敵より先に相手を見つけ奇襲することだが、とにかく自分が不意打ちされないことを優先して移動する。
前衛はガーディアンを準備したので、後足りないのはパーティーメンバー──数の力。人数が少ないというのは多くのケースで不利に働く。例えば群れに襲われれば、屈強な戦士でも一人では死角から攻撃され不覚を取ることもあるし、後衛を守り切れない。また魔物も馬鹿ではないので、大人数で移動している冒険者に襲い掛かってくることはないが、逆に人数が少ないほど襲われるリスクが高くなる。
もちろん冒険者の中にはこのフロアに出現する魔物程度意にも介さない強者や、鋭い魔物の五感を掻い潜る隠密能力の持ち主など、ソロでも活動可能な者がいるが、当然ウルはそのどちらでもない。
──ヤバそうな魔物に遭遇しても、ガーディアンの背に乗れば俺の重量込みでも時速四〇キロ以上は楽に出るし、何とか逃げ切れる……はず!
ガーディアンの性能頼りの雑な計画ではあるが、意外に何とかなりそうなところが何とも言えない。
そもそも堅実に行くなら、そんな素人考えの対策を練る前に、金を払ってでも案内役を雇うべきなのだ。しかしその第一候補として頭に思い浮かんだのがレーツェルだったため、ウルはその選択肢を頭から排除した。知り合いに情けないところを見られたくないという、無意識で無意味な自意識過剰の表れである。
「……適当に戦って魔物を狩れたら即帰る。無理しない。頑張らない。収支マイナスでも構わない。儲からないのは自分が悪いんじゃありません。そんな世の中が悪いんです」
ブツブツとクソみたいなことを呟き、安全第一を自分に言い聞かせながら順路を外れ、ソロソロと迷宮内の草むらを進む。おっかなびっくり周囲を警戒しながら進んでいるので、移動速度は普通に歩くのの半分程度だろうか。
今日ウルが自分に課した目標は、この六層で魔物を狩り売却可能な部位を剥ぎ取った上で帰還する、というもの。魔物の種類や戦闘回数、剥ぎ取った素材の想定売却金額は今回の目標に含まれていない。
言い換えれば冒険者らしい活動が自分にもできるという証明さえできればそれでよい。無理に稼ごうと危険を冒すつもりなどないし、危険を冒さなければ稼げないなら、それはきっと向いていないのだと自分に言い聞かせる。
……心の片隅で『採算をとってこその冒険者活動だろ』とリトルウルが冷めた目でツッコんでいる気がしたが、奴はしょせん坊や、世の中の厳しさってものが分かっていないのさ、と無視した。
「早く出ろ、早く出ろ、早く出ろ……」
とにかくこうなったら何でもいいから適当な魔物に出てきてほしい。どうせ戦う予定なのだから、これ以上引っ張らず、とっとと出て来い。そんな自分勝手なことを考えている、と。
「早く出ろ、早くで──」
進行方向約一〇〇メートル先の茂みの中から、のそりと現れる黒い影。
少し距離があるので分かりにくいが、四足歩行の獣、サイズ感は自分の横にいるガーディアン程だろうか。歩みを止め、目を凝らして影を観察する。
「──悪魔犬、か……?」
凶悪な顔つきと毛深い体が特徴の、狼型の魔物──うん、間違いない。見えている個体の数は一体だけ。群れで襲ってこない限りそれほど強い魔物ではなく、十分に対処可能。剥ぎ取り素材としてはあまり旨味がないが、ともかくあれを狩って帰って換金すれば今日の目標は達成だ。
ウルは魔導銃を腰から抜き、逸る気持ちを抑えながら悪魔犬の方へと歩き出し──
──ガサガサガサ
彼が一〇歩ほど進んだところで、茂みの中から更に悪魔犬が一匹、二匹、三……六、計七匹。
それはそうだ。群れで襲われたら怖い魔物ということは、つまり群れで行動する魔物ということでもあるのだから、これは驚くには値しない。
そら、ちょうど悪魔犬たちの方もウルに気づいて耳をピンと立てている。
ウルは足を止め、横に侍る鋼の獣の背にそっと跨り、決断した。
「……よし。逃げるか」
鋼の獣が来た方向へと全力疾走を始めると同時、七匹の悪魔犬たちが獲物を見定め駆けだした。




