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第21話

──ヒソヒソ、ヒソヒソ……


「これは……流石に予想外だったわね」

「ですね。ただ予想外ではありますけど、想定を超えてきたわけじゃありません」

「うん……でも、こうなった以上、やっぱり実行……するのよね?」

「ええ。荒療治ではありますけど保険は利いてます。むざむざコントロールを奪われるわけにはいきませんからね」

「そ、そうよね、うん──えいっ!」


──ピーッ


「まぁ、計画自体はもう俺たちの手を離れてます。実際に実行するどうかは現場の判断──えっ?」

「えっ?」

「…………」

「…………」

「……今、ひょっとしてGOサイン出しました?」

「あ、うん……え?」

「いや、そっちはちが──」

「え?(汗)」

「あ……うん」

「…………」

「…………」


「…………あ~あ」

「聞いてない。私は何も聞いてない……(ブツブツ)」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『──により、都市内に潜伏していた所属不明の工作員たちは外壁の占拠に失敗しほぼ壊滅状態。エンデ側も正規兵に六割以上の死傷者を出したものの、件の防衛兵器は死守した形です』


レオンハルトが会談場所に持ち込んだ水鏡に移った覆面の男が、淡々とした声音でレオンハルトに向けて報告を上げる。皇帝もオッペンハイム公もゴドウィンも、誰も口を挟むこともできずジッとそれに耳を傾けていた。


覆面の男の背後に映っているのはエンデ政庁の議場と、その窓から見下ろすエンデの街並み。市内では現在も小規模な戦闘が続いているのか所々で黒煙が立ち上っていた。


『外壁の占拠失敗を受けて、エンデ侵攻の動きを見せていた所属不明の軍は撤退。政庁は我々が占拠し、残留していた政治家たちは全員捕縛に成功しました』


そう言って覆面の男の前に引っ立てられてきたのは残留組の一人──ニコラウス環境委員。ニコラウスは後ろ手に縄で縛られ拘束こそされているものの、特に暴行を受けた様子などは見られない。


ニコラウスは覆面の男に促されると、いかにも渋々といった顔つきで口を開いた。


『……我々は敗北し、このエンデを国家として維持する能力を喪失した。私はここに、都市内で意思決定能力を保持する現状唯一の政治家として、皇太子殿下に統治権の全てを移譲し、その慈悲を請うものである』


あまりに分かりやすい敗北宣言。

それに最初に反応したのは権限移譲を受けたレオンハルトでもエンデ代表の地位にあるゴドウィンでもなく、それまで背後で黙って話を聞いていたワルター外務委員だった。


「何を勝手なことをっ!?」


彼は水鏡の前に進み出ると、目を血走らせ唾を飛ばしながら水鏡の向こうのニコラウスに罵声を浴びせる。


皇族のいる場で不敬極まりない振る舞いだが、誰もそれを制止せず、咎めることもしない。


「命惜しさにエンデを売ったか、ニコラウス委員! 例え政庁が占拠されようと、軍の侵攻さえ防ぐことが出来ているならエンデはまだ終わっていない!! 正規兵が損害を受けようと都市にはまだ百戦錬磨の冒険者たちがいる! 貴方が敗北を認めない限り、彼らはすぐに皇太子の私兵を駆逐し都市機能を回復するだろう! エンデはまだ終わってなどいない!!」


ワルターの言葉はニコラウスに「エンデを守って死ね」と言っているに等しいが、誰もそれを酷いとは思わない。ニコラウスには政治家として都市を守る責任があるし、そもそも降伏したところで助命される可能性は極めて低い。であれば最後まで国家のために命を使い潰せというのは当然の主張だった。


しかし水鏡の向こうのニコラウスはかぶりを横に振り、ワルターの言葉に苦々しく抗弁する。


『……無駄だ、ワルター委員』

「何を──」

『迷宮で大規模な災害が発生した。冒険者たちの多くは迷宮に閉じ込められ、残った者たちもその救助対応に追われている。加えて移民希望者たちが暴動を起こしてギルドに詰め掛けているそうだ。冒険者たちはとてもではないがまとまった行動がとれる状況にはない』


そう告げられてワルターは反射的にレオンハルトを睨みつけるが、彼は涼しい顔だ。


迷宮での災害や移民希望者の暴動というのがどういったものかは分からないが、このタイミングでコトが起きたということはレオンハルトが仕組んだものと考えて間違いない。


そもそも冒険者たちは個々の能力こそ正規兵に劣らず高いものの、その本領はあくまで“迷宮”や“魔物”への対処だ。対人戦は必ずしも得意ではなく、大集団での行動にも不慣れ。


また基本的に個人主義で国家に対する忠誠心は薄く、彼らには国家のために身を挺して動く理由も道理もない。彼らに依頼を発するギルドや都市上層部がこの状態では、ニコラウスの言うように冒険者による状況打破は難しいだろう。


「だが──」

『あの老人やローグどもに期待しているなら、それも無駄だ、ワルター委員』


ワルターの言葉に先回りしてニコラウスが続ける。


『……ローグギルドで自爆テロがあった。下っ端連中は無事だが、幹部格に多くの死傷者が出ていてとても指示が出せる状態じゃあない。あの老人も手が無数にあるわけではないのだ。迷宮の守りで身動きが取れん状況ではどうしようもあるまい』

「…………」


あてにしていた二つの勢力が無力化されていたことを告げられ、ワルターだけでなく横で話を聞いていたゴドウィンも顔色を失う。


この他にまとまった戦力と言えば近時友好的な関係を築いている神殿騎士団が存在するが、教団は基本的に政治に中立。エンデが帝国から見て謀反人だからと非難してくるようなことはないが、逆にこうした政治的な争いに手を貸してくれることもあり得ない。


あの老人以外にもオークの族長のように一騎当千の武力を持った者は存在するが、彼らも所詮は個人だ。ことがただ敵を皆殺しにすれば勝ちという単純な殺し合いでない以上、エンデのこの状況を打破することはできまい。


何とかカノーネの転移呪文を使って今すぐエンデに帰還しゴドウィンが指揮を執る──いや、既に政庁だけでなく他の主要施設にもレオンハルトの手が及んでいると考えるべきだ。その状況から敢えて多量の血を流してでもエンデの独立を維持すべきだと訴えて、果たしてどれだけの人間が呼応してくれるか──


──駄目だ。詰んでいる……!


ゴドウィンとワルターが同時に同じ結論に至り、この事態を仕組んだであろうレオンハルトを悔しげに睨みつけた。


「────」


しかしそのレオンハルトは何故か訝し気な表情で水鏡の向こうのニコラウスたちを見つめている──が、ゴドウィンたちの視線に気づくとすぐに気を取り直し、余裕たっぷりに勝者の笑みを返してみせた。


「……さて。このように現時点で私がエンデを実効支配しているという点についてはご理解いただけたと思います」


エンデ側との決着はついた──レオンハルトはゴドウィンたちから視線を外し、皇帝とオッペンハイム公に向き直る。


「その上で、今後は私が皇族として責任を持ち、エンデの迷宮問題に対処させていただく所存です。平民たちにこのような重要な問題を任せるよりは、官僚や各地の貴族も納得しやすいでしょう?」

『…………』


そう宣言したレオンハルトに両派の官僚たちは『確かに……』と顔を見合わせ、逆にオッペンハイム公は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。


レオンハルトは美しい顔に芝居がかった笑みを浮かべ、スラスラと用意していた言葉を紡ぐ。


「無論、迷宮資源の供給はこれまで通り帝国全土に向けて行う予定です。ただ現在は帝国が二分されてしまっていますので、私も公平を期すため父上や叔父上とは独立した立場でことに当たらせていただかねばならぬでしょう。なに、先ほどお二人がゴドウィン氏に認めようとしていたのと同じことです。平民に認められて、皇太子である私にそれが認められないという道理はありますまい」


レオンハルトの言葉は表向き筋が通っているように聞こえるが、ゴドウィンに独立した立場を与えることと、皇族であるレオンハルトにそれを与えるのとでは全く意味合いが異なる。


「……よくも抜け抜けと。皇族である貴様とゴドウィンとではまるで立場が違う。貴様が独立した地位を得ればそれに追随する貴族どもも現れよう。迷宮資源の取引を餌に貴族どもを味方につけ、第三勢力を形成する腹積もりか?」

「ハハ……それは邪推というものですよ」


オッペンハイム公の追及に、レオンハルトは肩を竦めて嗤う。


「私はあくまで皇族としてこの帝国が抱える問題に対処せねばならぬと手を挙げたまで。……まぁ、叔父上が自らの求心力に自信が無いとおっしゃられるのであれば、第三勢力とやらの懸念もあり得ぬ話ではないのかもしれませんが」

「…………」


あからさまな挑発ではあったが、これが能力至上主義のオッペンハイム公に対しては鋭く刺さった。


──叔父上は一都市の自治権を得たに過ぎない私に脅威を感じておいでで?


そう言われれば『面白い、やってみろ』と戦意を滾らせるのがオッペンハイム公の気質である。皇帝との戦いに若輩者が割り込んでくることは不快であったが、割り込むだけの能力を示したのであれば否やはない。


オッペンハイム公は好戦的な笑みを浮かべてレオンハルトの言を受け入れた。


「…………」


一方、レオンハルトに手を噛まれた形の皇帝は、当の息子から視線を外し、顎に手を当て何か考え込むようなそぶりを見せていた。


実のところ皇帝にとってこの状況は予想外ではあっても想定の範疇にあり、また必ずしも悪い状況という訳ではなかった。


そもそも反決別状態にあったとはいえ、レオンハルトは形式的に未だ皇太子であり、反逆者でもない正当な皇位継承権者だ。


エンデの占拠も、皇帝の手の者を排除するなど問題行動がなかったわけではないが、排除された彼らが公に皇帝の部下という事実を示す証拠はないし、公式には“叛徒からエンデを取り戻した皇太子”という栄誉だけが残る。


またレオンハルトのことは多少独断が過ぎ、若さゆえの危うさはあるものの、皇帝としての資質に欠けるとは思っていない。


このまま第三勢力を形成させるという選択肢もあるが、早期に皇帝の地位を譲ることでエンデを取り込み、オッペンハイム公との戦いに決着をつけるという選択肢も出てきた。あるいは第三勢力を太らせてから、というのも悪くない。


恐らくレオンハルトも、そうした皇帝との駆け引き込みで今回の一件を計画したのだろう。


いいように振り回されたと考えれば腹も立つが、息子の成長の証と考えればさほどでもない。


息子との関係だけを考えれば、この状況は決して悪くない、が──


「──のう」


皇帝はレオンハルトを無視して、エンデの使節団の中でも一際若く、異彩を放つ四人組の少年少女に視線をやり、唐突に話しかけた。


「そこのお主ら。他の連中は愚息の企みですっかり顔色を失っておるのに、さっきから主らだけはまるで動じた様子がない。いや、動じておらぬわけではないが、それは別の理由によるものじゃな。──主らは一体何者じゃ? 何を企んでおる?」


突然の皇帝の発言に、その場の視線が一斉にウルたちに集まった。


彼らはまさか自分たちに注目が集まるとは思っておらず、また皇帝に見られているとは想像もしていなかったためたじろいだ様子を見せる、が──


──ドゴォォォォォォォッ!!!


ウルたちが何か答えるより早く、その答えが水鏡の向こうで解き放たれた。

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― 新着の感想 ―
どうろくでもない事態になるのか楽しみすぎる
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