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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第六章

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第20話

「儂はとうとう耳まで悪うなったのか? 愚弟や、お主は儂より幾分若かろう。おかしくなったのは儂の耳か、それとも愚息の頭か。どちらか教えてくれんか?」


息子である皇太子レオンハルトの『エンデを掌握し、実効支配した』との発言に、皇帝はそんな三流の諧謔めいた言葉を口にする。


「……さて。後者だというのは簡単だが、あるいは我らの目が曇っておったという可能性もある」


応じるオッペンハイム公も返す言葉に今一つキレがない。


彼らの脳は今、レオンハルトの言葉の真偽、あるいはその意図を探ることにその機能のほとんどを費やしていた。




この会談のタイミングで何者かがエンデでコトを起こすだろうことは皇帝もオッペンハイム公も予想していた。レオンハルトが会談を仲介したことから、彼か、あるいは彼と繋がっている何者かが謀略を巡らせているのだろう、と。


どちらもそれを予想し、事前にエンデには軍と工作員を送り込んでいた。当然エンデ側も襲撃に備えていただろう。


しかしレオンハルトの発言を信じるならば、彼はその三者の戦力を出し抜きエンデを奪い取ったことになる。


レオンハルトが貴族の側近に恵まれなかった分、草や根と呼ばれる裏の集団と繋がりを濃くしていことは理解していた。だがそれらは“戦力”としてみれば微々たるものだし、エンデの冒険者やローグはそうした裏の勢力も相当なものだと聞く。妨害や嫌がらせ程度ならまだしも、地の利のある彼らをレオンハルトの手の者が出し抜くことなど果たして可能なのか?


そもそも戦力に欠ける彼らがどうやってエンデを”掌握”するというのだろう。仮に重要拠点を制圧し都市首脳陣を捕えたとしても、都市内には皇帝やオッペンハイム公が送り込んだ工作員たちが相当数存在する。彼らは人質など気にせずレオンハルトの手の者を攻撃するだろうし、それはエンデのローグたちも同様だろう。


会談の数時間前から互いの謀略を抑止するため、この場には通信呪文等を妨害する結界が張られている。その為エンデの最新情報はここに入ってきていないが、それにしてもたった数時間だ。この短時間で三者の戦力を出し抜き、エンデを制圧したとは考えにくいが……


果たしてレオンハルトの言う“掌握”とはどこまでを指した言葉なのか。あるいはまだ戦闘途中で、自分たちを牽制するための駆け引きとしてそうした発言をしているのか──




一方、エンデを奪ったと告げられたゴドウィンの内心の動揺は皇帝やオッペンハイム公の比ではなかった。


辛うじて動揺を表には出さずにいたものの、レオンハルトに対して何の返しも出来ていない。


ゴドウィンとしては襲撃に備えてエンデに十分な戦力を残してきたつもりだし、犬と呼ばれるスラムの元締めやその仲間はまごうことなき超人だ。それこそ件の防衛兵器がなくとも一個師団程度であれば容易く蹂躙できてしまうだろう。


無論、都市防衛戦ということで後手に回り、その力を十全に発揮できず苦労していたことは理解しているが、それにしてもそう容易くしてやられるとは──ハッタリだと思うし、思いたい。


しかし、皇太子がこの場でそんなすぐにバレる嘘を吐くとも思えない。


ゴドウィンの脳を徐々に最悪の想像が支配していった。




「──ふふっ」


混乱する代表三者の内心を見透かし、レオンハルトは薄く笑う。


「お三方とも色々と考えておられるようですが、想像ばかりを巡らせても結論はでますまい。通信妨害を解いていただけますか? 実際に自分の目と耳で確認するのが一番早いでしょう」

『…………』


彼らは顔を見合わせた後、皇帝が宰相に視線で通信妨害の結界を解く様に命じる。更にその宰相が部下に命じて通信妨害が解かれたタイミングで、レオンハルトの部下が陣の中に巨大な水鏡を持ち込んできた。


「これは対となる水鏡同士、遠隔で映像と音声をやり取りする魔道具でしてね。折角ですからここで一緒に現地を確認するといたしましょう」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


そして再び、時は少しだけ遡る。


「──そうだ。最高評議会の委員たちは私を除いて皇帝やオッペンハイム公の手の者による凶刃に倒れ、現在身動きできない状態にある。──いや、心配しなくともよい。こうした事態を想定して皇太子殿下が手配してくださっていた兵士が我々を救助してくださった。だがクラウス委員は意識不明で指揮が採れる状態ではないため、代わりに私が指示を下す、いいね?」


ローラン国防委員の意識がボンヤリと覚醒し、聞き覚えのある声が聞こえる。この声は──環境委員のニコラウスだろうか?


「外壁での宣言からも分かるように、皇帝とオッペンハイム公は会談を囮に強硬策に出た。その証拠に外壁の外には帝国の軍が展開している。ダムハイトが無力化されれば、彼らはエンデに雪崩れ込み我々を根切りにする腹積もりだろう。──ああ、落ち着きたまえ。軍はダムハイトが無力化されるまで攻め込んでくることはない。まずは外壁の防衛を最優先とし、都市内に潜り込んだ帝国の工作員を殲滅するのだ」

『────!!?』

「……確かに君の懸念する通り、ゴドウィンは既に帝国により捕えられたとみるべきだろう。帝国との交渉が決裂した以上、エンデの独立は極めて厳しいものとなった。だが安心したまえ。まだ手はある」


ニコラウスと話をしている相手の声は混乱しているのかうまく聞き取れない。


ニコラウスはその相手を宥めるように、不気味なほどに落ち着いた声音で囁いた。


「幸いにも皇太子殿下は我々に好意的で、こうして有事に備えて兵士も配置してくださった。この際名は捨てあの方の慈悲に縋ろう。従来平民に過ぎぬ我々はともかく、皇太子殿下の言葉ならば皇帝もオッペンハイム公も無碍にはできまい。元々ゴドウィンはどさくさ紛れで代表の座に就いただけの男だ。エンデのトップが誰であるかなど大した問題ではない。我々は殿下に恭順を誓い、あの方に帝国との矢面に立っていただくことで都市の命脈を繋ぐのだ」

『…………!』


それはつまりエンデをレオンハルトに売り渡すということだが、ニコラウスと話している相手からは否定的な雰囲気は伝わってこず、むしろ感嘆しているようですらあった。


「事後のことは私に任せたまえ。君たちのことはこの身に代えても守って見せる。だがそれも、この帝国軍の卑劣な襲撃を跳ね除けてこそだ。衛兵諸君は全力でダムハイトの防衛と工作員の排除にあたってほしい!」

『────!!』


ガチャっという音と共に話が途切れる。その時になってようやくローランは、ニコラウスが通信用の魔道具で外部と話をしていたことに気づき、本格的にその意識を覚醒させた。


「──目が覚めたかねローラン委員。気分はどうだい?」

「…………二日酔い以外でこれほど最悪の目覚めがあることを、生まれて初めて実感しているところさ」

「大事なくて何よりだ」


ローランの皮肉をあっさりと流し、ニコラウスは場違いなほど朗らかに笑った。


意識を縛られた目だけを開けて周囲の状況を観察する。場所は意識を失う前にいた政庁の議場から変化なし。周りには意識を失った委員たちが縛られ、硬い石の床に転がされていた。全身が痺れていてよく分からないが、恐らくローランも同じ状態なのだろう。


眼球だけを動かして声のした方を見上げると、椅子に座ったニコラウスが悪びれる様子もなくこちらを見下ろしていた。


その背後には仮面をつけた不気味な連中の姿──彼らが“皇太子殿下が手配した兵士”であることは確認するまでもない。手薄になった政庁を襲撃し、自分たちを取り押さえたのが彼らであったことを今更ながらに思い出した。


「──ニコラウス。皇太子と組んで、我々を裏切ったのか?」

「ああ」


ニコラウスの声はひどくあっさりしていて、罪悪感の一欠けらも感じ取れなかった。


「意外だったかね?」

「……いや。君は最初から皇太子に好意的だったからな。意外性には欠ける。エンターテイメントとしては三流と言わざるをえんね」

「だろうね。私も君やゴドウィンが私の周囲を探っていたことは知っている」

「……怪しい動きはないと報告を受けていたが、これは我々の目が節穴だったということか」


ニコラウスはどこか他人事のような態度だ。ローランはそこで彼が、こちらの注意を引くためにワザとあからさまな態度をとっていたことを理解する。


「見抜けなかったのも仕方のないことさ。私はただ殿下を支持するよう言われていただけで、具体的な計画には関与していないからね」

「……最初から皇太子と繋がっていたということか?」

「いや。殿下と接触したのはエンデが独立を宣言した後だよ。私の方から殿下に恭順を申し出た」

「…………」


ニコラウスは黙り込んだローランの顔を覗き込み苦笑する。


「罵声を浴びせてくれて構わないよ。私は自らの意思と判断で君たちを裏切ったのだから」


そう言われて、しかしローランの胸に全く怒りのようなものは湧いてこなかった。ただただ疑問だけがある。


「──いや。しかし不思議ではある」

「…………」

「良ければ理由を教えてくれるか?」

「……別に。私はただ自分の分を弁えているだけさ」


あるいは弁えた気になっているだけかもしれないがね──と、肩を竦めるニコラウス。ローランは彼を不思議そうに見上げた。


「あの皇太子がエンデを託すに相応しい人間だと?」


周囲の仮面の者たちが殺気立つのが気配で分かったが、しかしローランは今更気にしなかった。


「あまり批判的な発言は避けた方がいい。これでも君たちを生かしたまま捕えてもらうよう説得するのに、私も随分骨を折ったんだよ?」

「感謝が必要かな?」

「いや。ただ自分の罪悪感を薄めたかっただけさ」


はぐらかすニコラウスに、ローランは切り口を変えて揺さぶりをかけた


「……政庁や正規兵を抑えただけでもう勝ったつもりかね? この街にはあの老人がいる。ローグどもは君が何を吠えようと従うことはない。皇太子の私兵がいくら精強であれ、地の利のあるローグどもに都市戦で太刀打ちできるとでも?」

「できるさ」


あまりにあっさりと言い切られローランは言葉に詰まる。


「いくらあの老人が化け物であろうと、迷宮の守りに動きを縛られていては出来ることには限界がある。彼本人は迷宮から動けないし、部下たちへの指示も大雑把なものにならざるを得ない。彼が直接指示を下している中心メンバーを潰せば、後は烏合の衆だよ」

「……曲がりなりにもあの老人が鍛えた精鋭を、随分軽く見ているのだな?」


ローランの挑発めいた言葉に、ニコラウスはどこか悲し気な表情で首を横に振った。


「軽く見ているなんてとんでもない。命懸けだよ──彼らは」




同刻、酒場に偽装されたローグギルドの本拠は炎と爆風に蹂躙され、血と肉片が飛び散る廃墟と化していた。


咄嗟にテーブルを盾にして即死を免れた幹部の一人が、息も絶え絶えに襲撃者を睨みつけ呻く。


「しょ、正気か、テメェら……?」

「────」


しかし返事はどこからも返ってこない。それもその筈、襲撃者たちは既にこと切れていた。


「クソ、が……」


本当に突然の出来事だった。

表が騒がしいと思っていたら、一目見て卑民、獣人と分かる者たちが酒場の中に飛び込んできて、一瞬の躊躇もなく懐に隠し持っていた爆弾を起爆させた。


たった一人の鉄砲玉ならまだしも、複数人が大量の爆薬を仕込んでの自爆特攻など防ぎようがない。


ローグギルドの本拠は壊滅し、彼らの指揮系統は機能不全に陥った。



──レオンハルト様、万歳!!



自爆の瞬間、エルフの卑民がそんな言葉を叫んだ気がするが、きっと何かの間違いに決まっている。


自分たちを迫害してきた皇族のために命を捨てるなど、いくら何でも正気の沙汰ではない。

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