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第19話

「ふむ……迷宮は竜種を始めとした強大な魔物を封じる檻であり、しかしそれに耐久限界が近づいておると」

「その機に乗じてエンデが大陸中の迷宮を集約し、迷宮資源を独占し利益を図ろうとしている、とお前は言うのだな?」


一体どうやって調べたのか、皇太子レオンハルトは彼の立場から見たエンデの目論見をトップ会談の場で皇帝とオッペンハイム公に暴露。その突飛な内容に周囲はレオンハルトに疑わし気な視線を向けるが、彼は堂々と頷きを返した。


「はい」


彼らを取り囲む官僚たちは皆困惑し、その真偽を巡ってざわついている。


一方で皇帝もオッペンハイム公もこの会談でエンデの目論見については探りを入れるつもりであった。だが予想外のところからそれが暴露され、二人は玩具を取り上げられた子供のように些か不満げな顔つきだ。


「ゴドウィン代表。愚息はこのように申しておるが、事実かの?」

「そうですな──」


このタイミングでのレオンハルトの暴露はゴドウィンにとって間違いなく予想外のものであった。しかし彼はぐるりと三人の皇族の顔を見回すと、不敵な笑みを浮かべてあっさりとこれを認める。


「──皇太子殿下の説明には些か恣意的なものが交じってはおられましたが、大筋においては事実です」


その発言に皇帝派、オッペンハイム公派の官僚たちが爆発した。


「な──!? ゴドウィン、貴様何を抜け抜けと!」

「自身の利益のために国家の大事を秘匿するとは何たることか!?」

「貴様らの迂闊な行動が帝国を滅ぼしておったかもしれんのだぞ!!」


皇族三人が沈黙しゴドウィンの心底に探りを入れる背後で、敵も味方もなく騒ぎたてる貴族の官僚たち。そのヒステリックな様にゴドウィンは冷笑を浮かべた。


「ふむ。何やら我らにご不満をお持ちの方がおられるようだが、一体何に対して騒ぎ立てておられるのか。理解に苦しみますな」

『────!!』


──カァン!!


官僚たちの再びの爆発を、宰相が手に持っていた杖で地面を叩いて遮る。


そして宰相自身が剣呑な光を瞳に宿し、不満と不信を抑えきれぬ声音でゴドウィンを問いただした。


「……ゴドウィン代表。卿と殿下の話が事実だとすれば、エンデは迷宮の崩壊という未曽有の危機に関する情報を秘匿していたことになる。これは一歩間違えば帝国はおろか、この大陸の人類が滅びかねぬ大問題じゃ。当然一部の人間のみで抱え込んでいてよいことではなく、皇帝陛下に上奏しその指揮の下で対応を検討すべき事柄であろう。このような無法を行い万一の事態が起きた時、卿にその責任が負えるのか?」


宰相の発言は帝国の法と理念に基づく正論だ。


通常の組織においても、問題発生した際に一部の人間が『自分たちがこの問題に一番詳しい』と自惚れ、上に報告を上げず問題を抱え込み、独断で対処することが言語道断の振る舞いであることは言うまでもない。


しかしゴドウィンは宰相の発言の正しさを理解した上で開き直った。


「責任を負えるかどうかと問われれば『負える』し『負うべきだ』と答えるほかありませんな。今の私は帝国の臣民ではなく、独立国家の元首なのですから」

「詭弁を!!」


その通り詭弁だ。

だがゴドウィンがこの問題に責任を負う為、敢えて帝国から独立を宣言し、共和国代表を名乗ったことは紛れもない事実だった。


「ふむ、詭弁ですか。しかし宰相閣下は皇帝陛下に迷宮問題について上奏し裁可を仰ぐべきだったとおっしゃるが──」


ゴドウィンはウルたちの提案を受け入れた時から、いつかこのように追及を受けるだろうことは覚悟していた。当然、彼なりに言い分も準備している。


彼は宰相ではなく皇帝陛下と目を合わせて続けた。


「──陛下に上奏したとして、果たしてこの問題に対し何らか適切な行動を起こすことが出来たでしょうか?」

「ゴドウィン、貴様っ!! 陛下を愚弄するか!?」


宰相が鋭く反駁し、背後に控える官僚たちもそれに追随して騒ぎ立てる。


「…………」


しかしゴドウィンに侮辱ともとれる発言をされた皇帝は表情一つ変えることなく、無言でゴドウィンの目を見返していた。


ゴドウィンはここが勝負どころと腹に力を入れ、皇帝から目を逸らすことなく続ける。


「この迷宮問題への対処は大きなリスクを伴う一方、明確にいつ問題が具体化するかは不透明だ。失礼ながら陛下の周囲は些か騒がし過ぎる。この問題を上奏したとしても、周囲の方々は問題を先送りにして見て見ぬふりをするよう提言していたのではありませぬかな?」

「…………」


官僚たちは「我らを侮辱するか!?」と騒ぎ続けているが、皇帝は無言、宰相は苦い表情だ。


現在エンデで進められている迷宮管理の分業化は、限界が訪れた迷宮を延命する現状唯一の解決策ではあるものの、やはり相応のリスクを伴う。少なくとも傍からそう見えることは確かだ。


これを皇帝や官僚たちに伝えれば、もっと安全な解決策があるのではと実行を躊躇うのが自然だし、約三〇〇〇年に渡って維持されてきた迷宮が今すぐ駄目になるはずがないと言い出す者は必ず現れただろう。


そして解決策を模索するにしても、内容が内容だけに大っぴらにはできず、その検討は閉鎖的で小規模なものとならざるを得ない。


ただでさえ今はオッペンハイム公と帝国を二分し、皇帝は貴族たちの求心力を保つため腐心せざるを得ない状況。結局より良い解決策などでないまま何の対応も示せず問題を先送りし続けざるを得ないだろうことは宰相にも容易に想像がついた。


そうしたゴドウィンの指摘を呑み込んだ上で、宰相はキッパリと反論する。


「しかしだからと言って卿の行動を正当化することはできまい。帝国の民の命運が、卿らごく限られた人間の恣意によって左右されるなどあってはならんことじゃ。何より商人である卿がただの善意や使命感で大陸の命運なぞ背負えるはずがない。その行動は大陸中の迷宮資源を集約し利益を独占せんとする利己的な目的によるものであろう。否定できるか?」


皇帝とオッペンハイム公は無言だが、その視線は真っ直ぐにゴドウィンを射抜いており、彼が宰相の追及にどう答えるのか試しているように見えた。


「……確かに私は商人です。今回の決断も善意や使命感などではなく、自身の利益を目的としたものであることは否定しませんよ」


ゴドウィンは敢えて苦笑し、肩を竦めてあっさりと認めた。その上で、宰相や官僚たちが口を開く前に続ける。


「しかし迷宮への対処は命がけであり、それに伴うプレッシャーやストレスは並大抵のものではない。欲の一つもなく、ただの善意や使命感でこの問題と向き合うことが出来る者が果たして存在しますかな?」

『…………』


騒ぎ立てる官僚たちとは対照的に宰相は黙り込む。


要するにゴドウィンは『お前は私の欲を非難したが、逆にお前らは善意や使命感だけでこの問題に対処できるのか?』と皇帝や宰相たちの覚悟を問うているのだ。


皇帝に対する侮辱ともとれる発言に、しかし宰相は咄嗟に言い返すことが出来なかった。言い返して、ならばとゴドウィンに迷宮問題を預けられた時、今の情勢で自分たちが『様子見』『問題の先送り』以外の選択肢をとれると思えなかったからだ。


「──ククッ。欲に駆られた商人だからこそ問題に向き合うことが出来るとはよく言ったものだ」


黙りこくった宰相に代わって口を開いたのはオッペンハイム公。皇帝も弟によく似た愉快犯的な苦笑を浮かべて続く。


「うむ。まぁ、こうも堂々と『お前にはできん』と言い切られてはむかっ腹が立たんでもないが、逆に清々しくもあるの」

「……申し訳ございません」


皇帝の皮肉にゴドウィンは素直に頭を下げ、皇帝は楽しそうに笑った。


「よいよい。実際、好き好んで手を出したい問題でないことは事実じゃしな」

「陛下っ!?」


迷宮問題など関わりたくないという皇帝に、その責任と権威を守ろうとしていた宰相が梯子を外され悲鳴を上げる。


「そう情けない声を出すではない、宰相。このような面倒な話、知らぬ間に誰かが勝手に解決しておいてくれと思うのが誰しも自然な発想であろう?」

「そういう問題ではありませぬ!! 陛下は皇帝としてこの国の民に責任を──」

「別に責任を放り出すとは言うておらんじゃろ。ただ、知らぬ間にこそっと解決して置いてくれれば嬉しいと──」

「陛下!!」


突然、漫談のようなやり取りを始めてしまった皇帝と宰相に周囲に官僚たちが戸惑い、顔を見合わせ黙り込む。


「──兄上の言葉自体は全くもって同感だが、しかし知ってしまったからには放置するわけにもいかん」


その緩みかけた空気に再び緊張感をもたらしたのはオッペンハイム公。彼の表情は形だけ笑っているが、しかし目には冷たい光を宿しゴドウィンを見据えていた。


「一平民に過ぎぬ卿が帝国の命運を左右する問題に独断で抱え込み、またそれに乗じて個人的な利益を得ようとしていたことは事実。問題を秘匿していたのも、ことが漏れれば貴族どもの横槍が入り話が前に進まぬとの理由もあろうが、それ以上にそれが道義に反した振る舞いであるとの自覚があったからであろう?」

「…………」


ゴドウィンはオッペンハイム公の言葉に肯定も否定もせず、無言で視線を返す。その指摘は正しく、事実であるからこそ引いてはならないと彼は理解していた。


「…………」

「…………」


しばし二人は視線を交わし合い、先に沈黙を破ったのはオッペンハイム公の方だった。


「──だがまぁ、皇帝に反逆した我が、帝国から独立を企てた卿に今更道義だ何だのを説くのもおかしな話か」

「そりゃそうじゃ」


何をいまさらとツッコむ皇帝に苦笑し、オッペンハイム公は諦めたように溜め息を吐いた。


「つまり我らはこれから卿らエンデの独立と併せて、帝国がその迷宮問題にどこまで関与すべきかについても話し合わねばならぬということよ。我らとしても立場的にも心情的にも問題を丸投げするわけにもいかんが、かといって卿らの動きを過度に掣肘して対処に失敗しては元も子もない。……全く、想像していた以上に面倒な話が湧いて出てきたものよ」

「ほんにのぅ。それもこれもお主が叛乱など起こしたからじゃないか?」


ふざけているように聞こえるが、両者の発言はつまり、具体的な話し合いはこれからだが大枠ではエンデの立場と判断を認めるという意思表示。


『…………』


それを理解したゴドウィンとエンデの官僚たちは最大の山場を越えたと理解し、大きく胸を撫でおろした。


しかし──


「──父上も叔父上も。そのように軽々しく平民の叛乱を許すのはいかがなものか」


そこに口を挟んだのは、エンデの目論見を暴露して以降、無言でやり取りを見守っていたレオンハルト。


その意図がどうあれ彼の発言がエンデの立場を揺さぶるものであったことは間違いなく、一見それは不発に終わったように思えた。しかし彼の表情に全く動揺は見られない。


「宰相も勝手なことを言われてお困りでしょうに──ねぇ?」

「はぁ……いや、まぁ」


突然話を振られて宰相が曖昧な反応を返す。


皇帝から離れ独断で行動を起こしていたとはいえ、現時点でレオンハルトが皇位継承権第一位であることに変わりはなく、あまり失礼な反応もできない。


一方でレオンハルトの言動に改めて困惑を示すエンデ陣営。


彼の言動を問いただしたのは瞳に冷たい光を宿した皇帝だった。


「ふむ……愚息や。儂の記憶が確かであれば、この会談を仲介し、儂らに話し合うよう要請したのは主だったと思うのじゃがの?」

「私の記憶もそうなっております。まだ老いを心配する必要はありませんよ、父上」

「そうか。それは嬉しいが、であれば今の発言はどういう意図かの? まるで主が、儂らがエンデ独立を否認することを望んでおるように聞こえたのじゃが?」

「その通りです」


悪びれることなく認めたレオンハルトに、皇帝だけでなくその場にいた全員が目を丸くする。


「私は会談の仲介こそいたしましたが、決してエンデの独立を認めるべきだなどと申し上げたつもりはありませんよ。軽々しく、一都市──しかも平民による独立など認めては帝国の統制が保てなくなります。しかし父上も叔父上も兄弟喧嘩にお忙しく、またエンデ側の意図も読めずお困りのようでしたので、こうしてそれを解決する場を設けて差し上げたまで」


つまり最初から彼はエンデの味方ではなかったという宣言だが、別にそれ自体は誰にも驚きはない。元々エンデ側もレオンハルトに裏の意図があることは予想していたし、皇族である彼がエンデの独立を積極的に支持する道理がないのだから。


ただこの場で、堂々とエンデを騙していたと認めたことには驚きを隠せなかった。


オッペンハイム公は、甥のそうした道義を軽んじた振る舞いに不快そうな表情を見せたものの、口に出してそれを非難することはなく、その意図を問う。


「……レオンハルト。貴様の言いようではまるでこの問題に関し、貴様には我らに思いつかぬ良案があるように聞こえるが?」

「良案と言えるかどうかは分かりませんが、お二人の結論よりは幾分貴族たちも納得しやすいであろう案ならば」


ならば言ってみろと無言で続きを促すオッペンハイム公に笑みを返し、レオンハルトはチラリと背後の部下に視線をやる。


そして部下から何か耳打ちを受けると満足そうに頷き、口を開いた。


「それにあたり前提となるご報告が一つ」


その言葉は正しく、誰にとっても青天の霹靂と呼ぶべきものであった。


「今しがた、私の部下がエンデの都市機能全てを掌握したとの報告がありました。つまり、現時点においてエンデを実効支配しているのはそこにおられるゴドウィン氏ではなく、私ということになります」

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