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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第六章

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第16話

時は流れてトップ会談当日。


近時皇帝とオッペンハイム公の軍が度々衝突を起こしている帝国中央部のルワーグ平原。その中心部を豪奢な幕で仕切って設置された仮設の控室で、ウルたち一行は会談が開始されるまでの時間をめいめい自由に過ごしていた。


今回エンデからこの会談場所にやってきたのは、まず会談の中心メンバーである代表のゴドウィンとワルター外務委員、彼らを補佐する官僚が一〇名ほど。彼らは先ほどから綿密に相手側の情報や方針について確認し、打ち合わせを繰り返している。


またこの控室の中にはいないが、護衛として同行した傭兵が五〇名ほど。彼らは控室の幕の外で、こまめに休憩を取りながら二十四時間体制でゴドウィンたちを警護していた。僅か一週間ほどで編成した即席の護衛部隊を一先ず見れる形に仕上げたクラウス公安委員の手腕には感嘆するしかない。


そして控室の中にいながら会談の打ち合わせに参加するでもなく、護衛任務からも解放されているのがウル、レーツェル、リン、カノーネの四人。


これは別に彼らがサボっているわけではなく、官僚たちが正式なトップ会談の内容にまでウルが口出しすることを嫌がり、また護衛の傭兵も指揮系統が不明瞭になるからとカノーネたちを通常の護衛任務に組み込まなかった結果である。


ウルたち四人の立場は同行者兼オブザーバー。何か要請があれば協力し、緊急時には自己判断で最善の行動をとるという不明瞭極まりないものとなっていた。あまり賢い対応とは言えないが、扱いに困ったゴドウィンたちの苦悩が滲んだ末の配置だ。


ただ話し合いの蚊帳の外には置きつつも、ウルたちが何かやらかさないか気になってはいるようで、ゴドウィンたちの一団からは時折、ウルたちの方に窺うような視線が飛んでくる。


そんな味方からも微妙な注目と警戒を向けられているウルたちは──当然のように、息をするように悪巧みをしていた。




「……ねぇ。マジでやるの?」


胡乱な目つきでウルに確認したのはレーツェル。いや、レーツェルだけでなくリンやカノーネも似た表情でウルを睨んでいた。


しかしそんな視線を向けられた当の本人は心底何を言っているのか分からないと言った表情でキョトンとしている。


「マジでって……そりゃ、有事の備えとして準備したんだから何かあれば実行するだろ。そもそも俺がコトを起こすわけじゃないし、今更俺に確認されてもなぁ」

「いやまぁ、そうなんだけど……」


あっけらかんと言うウルに、レーツェルは言葉を濁しながらリン、カノーネと顔を見合わせた。


ウルの言葉通り、トップ会談が決まってから彼が行っていたのは“万一の備え”。このタイミングで何か問題が起きた場合を想定し、その対策を周囲に提案、準備していただけのことだ。ウル自身が実行の引き金を引くわけではないし、既に状況は彼の手を離れている。


今更確認されても、という彼の発言は表面的には筋が通っていた。


「それよりカノーネさん。会場全体に通信妨害が仕掛けられてるみたいですけど、そっちは問題ないですか?」

「この程度の妨害は想定の範疇よ。事前に段取りは伝えてある。リアルタイムで複雑な情報のやり取りをするのは無理だけど、GOサインを出すぐらい問題ないわ」


ウルの確認にカノーネは宙を見上げ遠い目をしながら呟く。


「……まさかよりにもよって、私がまたこんなことをするハメになるなんてね。ひょっとしてこれ、何かあったら主犯は私ってことになるのかしら?」

「はっはっはっ。何を今さら」


悪びれることなく笑うウルにカノーネは殺意の籠った視線を向けるが、実際に計画を認めたのは自分自身だし、保険もキチンと利いている。いやまぁ、この計画自体が保険なので保険の保険というのもおかしな話だが、何かあっても大きな被害がでることはないのだ──少なくとも直接的には。


問題は間接的な影響の方で、この計画は何というか禁止兵器を街中で使用するようなもの。実際にその兵器が周囲に被害を及ぼすことがなくとも、使用どころか開発所持した時点で非難は避けられない。


それも今さらと言えば今さらなのだが、今さらだからこそダメージが大きいというか何というか……


「リン! 万一の時はちゃんとフォローしてね!!?」

「無茶言わないで下さいよ……」


ウルが当てにならないと判断したカノーネはリンに縋りつくが、無茶振りされたリンはリンで死んだ目をしている。


「私は私で身内の期待が重くてしんどいんですから……」


彼女にそんな目をさせている原因はエンデからやってきた護衛団と共に幕の外に控えている一団。



『いいか貴様ら! 何が起ころうとリリナリア様の御身をお守りするのだぞっ!!』

『おおぉぉぉぉっ!!!』



「…………勘弁してよ」


聞こえてきたむくつけき声に、こんな筈じゃなかったと呻く。ちなみにリリナリアとはリンの本名である。


元々ローヴァル家という代々僧職を輩出してきた名家の出身であったリンは、帝都の神殿に勤める次兄を通じて今回の会談に至高神神殿も中立の立場で立ち会ってもらうよう要請していた。至高神神殿も政治的に存在感を発揮したいだろうから、エンデ側の要請ということにすれば断りはしないだろうと予想し、実際その通り要請は受諾された。予想外だったのは彼らの強烈なモチベーション。


何故か帝都の至高神関係者の間では、先般の翼竜騒動でハッタリをかましたリンが“聖女”扱いされており、至高神神殿は一〇〇名からなる精強な騎士団をこの会談に押し込んできていた。


そもそも銘魂の儀で僧職関係に就くことができず、やむを得ず踊り子の職を選んで実家を追放された自分が何で“聖女”なのよ、とリンは色んな意味で死にたい気分だった。


どうも次兄が先日の翼竜騒動を上手く身内に説明できず、リンのことを悪ノリして説明したことも影響しているらしいが──やはり全然殴り足りない。ことが終わったらあと二〇発は殴ると心に誓い、リンは途方に暮れた。


「……ひょっとしてこれ、実際にコトが起きたら、自分に何か期待が向けられるなんてこと………ないですよね?」

「うふふ、私たちは死なば諸共、道連れよぉぉっ!」

「うう……嫌だけど、実力的には頼りになるし……いやでもセットだと余計にマズい気が……!?」


苦悩する女性陣の事情など待ってはくれず、幕の外から係員の声が聞こえてきた。


「──間もなく会談のお時間です! 関係者の皆様は会場への移動をお願いします!!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


会談は意外と言うべきか当然と言うべきか──段取りの悪さが目立つグタグタな空気の中で始まった。


「ふむ……?」


会場に入ると中央に三つ席が用意されていたが、どれに座ったものか判断に迷い動きが止まるゴドウィン。


──普通に考えれば中央の席が上座で皇帝陛下がそこに座るべきなのだろうが、だとしたら自分は左右どちらに座るのが適当なのか。いやそもそもオッペンハイム公は皇帝の下座に座ることを良しとするのか。自分がオッペンハイム公と対等で良いのか。そもそもこの席の並びに問題があるのでは──


罠などを警戒し、会場は皇帝とオッペンハイム公の合同で設置されている。本来であれば会場設営に合わせて席順や皇帝陛下に相対する際の手順や儀礼などについてもすり合わせておくべきだったのだが、敵対する両陣営はそうしたあるべき打ち合わせを完全に放棄していた。これは敵対関係にあったからと言い訳できるものではないが、そもそも皇帝の側近は周囲が皇帝に最上の礼を尽くすことを当然のものと疑っておらず、逆にオッペンハイム公の側近は武断的な色が濃くそうした儀礼にまで頭が回っていなかった。


その結果、会場に連れてこられたゴドウィンは周囲がアテンドしてくれる気配もなく、様子を窺ってその場に立ち尽くしていたわけだが──


「ひょっひょっひょっ。おお、卿がゴドウィンか? 突っ立っておらんで早う座らんか」

「は……」


ゴドウィンに少し遅れて会場に現れた皇帝オトフリート二世は、そういうなり周囲を無視して席についてしまった──上座ではなく正面右側の席に。


残る席は左側しかないのだが、そうするとオッペンハイム公が自動的に上座になってしまうがそれでいいのか──?


戸惑い皇帝の側で慌てている男──宰相リューベック侯爵に視線を向けるが、彼も皇帝の勝手な動きに呆気に取られて固まっている。


「私が最後か」


そう言って悠然と会場に姿を見せたのは皇帝に反旗を翻したオッペンハイム公。


「遅いぞ愚弟」

「済まぬ兄上。部下どもが罠の確認がどうとうるさくてな」


両者は敵対している皇族同士とは思えぬような和やかな雰囲気で挨拶を交わし、オッペンハイム公はそのまま迷うことなく正面左側の席に着席する。


結果、ゴドウィンに残されたのは中央の上座のみだ。


ゴドウィンは何かの間違いだろう、と周囲に視線をやるが、宰相もオッペンハイム公の腹心ヒルデスハイム伯も諦め顔で頭を抱え助け舟が出される気配はない。


「ほれ、ゴドウィン代表。今日は卿が主役じゃ。早う座らんか」

「うむ。皇族二人を下座に座らせるなど滅多にできる経験ではないぞ」


ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる皇族二人。

ゴドウィンは額に手を当てて溜め息を吐き、開き直ってにこやかな笑顔を取り繕った。


「……そうですな。まさか独立宣言にこのような特典がついてくるとは。貴重な経験を楽しませていただきましょう」


震える様子もなく席に着くゴドウィンに、皇族二人はニヤリとした意地の悪い笑みを濃くする。彼らの側近がゴドウィンに些か同情的な視線を向けたのは決して気のせいではあるまい。


とは言え席は決まった。皇帝陛下を蔑ろにするかのごとき振る舞いに不満そうな目をする者がいないではないが、そもそも皇帝本人がその立場を一番蔑ろにしているのだから文句も言えない。反逆者相手に礼儀を説いても仕方あるまいと割り切り、本日の会談を取り仕切る宰相が皇帝の左斜め後ろに立って口を開いた。


「それでは儀礼や挨拶は省いて早速会談に入らせていただきましょう。本日の会談は先ほど帝国からの独立を宣言したエンデの今後の立ち位置について話し合う場です。それ以前の大きな問題を棚上げする形とはなりますが、オッペンハイム公立ち合いの下、忌憚のない意見交換を──」

「宰相、少し待て」


さりげなくオッペンハイム公の立場を牽制した宰相の言葉を、牽制された本人が遮り口を挟む。


「……何かご不満でもおありですかな、オッペンハイム公」

「何。不満というわけではないがこの場を卿が仕切るというのは少し違うのではないかな?」


皇帝陛下がおわす場で、宰相である自分以上の適任がいるとでも?──そう反論しようとした宰相に、オッペンハイム公は悠然と続けた。


「今日のこの場は、形式的なものではあれレオンハルトが仲介し実現したものであろう。であればまず最初にレオンハルトが挨拶をし、この場を取り仕切るというのが筋ではないかな?」

「それは……」


オッペンハイム公の指摘に宰相は言葉に詰まる。


ウルたちエンデサイドもレオンハルト皇子の動きは把握していなかったが、宰相の反応を見るに皇帝やオッペンハイム公もそれは同じらしい。


──ひょっとしてこの会場にはいないのか?


オッペンハイム公やゴドウィンがそう考えた始めたタイミングで、彼は颯爽と会場に姿を現した。


「──お待たせしました、叔父上」


レオンハルトは僅かな護衛騎士のみを伴って会場に現れると、警戒する周囲の反応を無視してトップ三人の前に進み出た。


「おお、愚息や。久しぶりに顔を見るのう」

「うむ。手紙一つで会談に呼びつけられた際は、あまりの無礼さに実はとうに死んでおるのかと思っておったぞ」


皇帝、オッペンハイム公、両者の毒のある言葉を笑みを浮かべて受け流し、口を開く。


「申し訳ございません。お二人は兄弟喧嘩に夢中のようでしたので、私ごときが顔を出してお時間を取らせるのも心苦しく」


その慇懃無礼な態度に皇帝とオッペンハイム公は笑みを濃くする。


レオンハルトは戸惑う宰相に軽く手を上げ自分が進行役を引き継ぐと合図すると、背後の護衛騎士たちに視線を向け一歩下がらせた。


「それでは僭越ながら、叔父上から御推薦を頂いたと解釈し、私がこの場を仕切らせていただきましょう」


ただ進行役とは言っても、軽く前置きを述べて話を促すことぐらいしかやることはないが──


「まず最初にエンデが独立を宣言したその裏の事情と現状について簡単に説明させていただきます」

『────』


──そう油断していた者たちに、レオンハルトは特大の爆弾を落とした。

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