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第11話

「…………はぁ」


自宅のリビングでテーブルにぐでっと身体を投げ出してウルは溜め息を吐く。そこには重苦しさより何よりウンザリした感情が滲み出ていた。


「…………はぁ」


繰り返す。


『…………』


一緒にいたレーツェル、エレオノーレ、リン、ブランシュは顔を見合わせ誰か何とかしろと押し付け合い──


「…………はぁ」

「いい加減しつこいのですわ!!」


一番遠慮と容赦のないブランシュがウルの背中に飛び乗り頭に噛みついた。


「いでぇっ!?」


甘噛みではあったが普通に痛い。ウルは飛び上がってブランシュを振り払い──


「──……はぁ」

「戻るんですのっ!?」


怒りもせずそのまま元の体勢に戻ってしまった。


そのあまりの腑抜けっぷりに少女たちは再び顔を見合わせ、本人に聞こえる程度の音量でヒソヒソ話を始める。


「あの男、メンタル弱過ぎじゃないですの?」

「いや、リーダーは元々あんなものだぞ」

「ですね。追い詰められて開き直るとヤバいだけで、基本は人目を気にして生きてる小者ですよ」

「……ま、流石に四六時中周りからあんな目で見られて、ちょいちょい因縁付けられてりゃ、あんな風になるのも分からなくはないけどね」


護衛していた商隊が賊の襲撃を受け、彼らがエンデに帰還してから一週間後。敵の妨害は新たな段階に移っていた。


「しかし、あんな噂話嫌がらせにもならないと思っていたが、案外馬鹿にならないものだな」


どこか感心した風に唸るエレオノーレが口にした“噂話”とは、昨今エンデでまことしやかに流れているものだ。


『今回の独立騒動、”犬”とその手下のウルって小僧が一枚噛んでるらしい。最近、あの小僧が政庁やギルド本部に頻繁に出入りしてる姿が目撃されてるって話は知ってるだろう? ある筋からの話じゃ、連中が相当強引なやり口でゴドウィンを動かしたらしい。独立を隠れ蓑に何かとんでもねぇことを企んでやがるんじゃねぇかって話だ』


どこからともなく、いつからともなく、気が付いた時には中堅以下の冒険者を中心にこんな噂が浸透していた。


独立宣言直後の混乱はあったものの、その後すぐにエンデが戦争に巻き込まれる気配はなく、また仕事面では以前より順調だったため表面的には落ち着きを見せていた冒険者たち。しかし彼らの胸に生まれた不安は決して消えたわけではない。


この噂話は彼らにそうした不安のはけ口を与えてしまった。


とは言え犬ジイは勿論のこと、その部下と思われているウルに直接的な嫌がらせや難癖をつけてくる考えの足りない者はごく僅かだ。ほとんどの者たちは遠目に嫌な目でこちらを見ながらヒソヒソ噂話をしている程度で、直接的な行為はカナンたち知り合いの冒険者がガードしてくれている。


ただあまり大っぴらに庇うとカナンたちまでウルの同類だと見做されてしまいかねないので、ちょっとした嫌がらせ程度はスルーせざるを得ないこともあった。


特別これといった実害があるわけではないのだが、そうした周囲の空気感というのは確実にメンタルを削っていくもので……


「まぁ噂話っていうか、内容は概ね事実ですしね。真相を知ったら皆こんなものじゃすまないでしょ」

「…………」


シレッとリンが追い打ちをかける。声が少し弾んでいる気がするのは気のせいではあるまい。


テーブルに額を押し付け見えないどこかへ沈んでいこうとするウルを無視して、レーツェルたちは話を続けた。


「実際問題、噂話って言ってもそう馬鹿にしたもんじゃないわよ。爺ちゃんのお膝元で悪評を流して尻尾を掴ませないとか、相当手口が巧妙なのか内側にまで入り込んでるのか」

「実は妨害工作でも何でもなくて自然発生した噂って線も捨てきれないあたりがにくいですわね。まさかこの程度の話を追って人手を割くわけにもいきませんし……」


自然発生した噂である場合、元々ウルに周囲から恨まれる素地があったということになるのだが、それに関しては今更誰も言及しなかった。


「まあ噂は噂だ。リーダーには我慢してもらうしかないが……しかしやられっぱなしというのは面白くないな。結局、工作員や内通者の調査についても特に進展はなかったのだろう?」


先日ウルを──勝手に──囮にして行われた商隊の護衛依頼で、内通者と繋がっていると思しき賊を捕縛に成功したものの、賊の大半は詳しい事情を何も知らず、主犯格と思しき男の取り調べも口が堅く遅々として進んでいなかった。


判明した賊のアジトも討伐隊が向かった際には既にもぬけの殻。賊の過半数は仕留めたので、彼らが体勢を立て直すまで輸送網の安全が確保されたことだけが唯一の成果だ。


また一応、評議会で内通者の可能性については警告してみたものの、


『狙われたのは君の日頃の振る舞いの問題ではないかね? 近頃、市中で良からぬ噂が流れているようだが』


と、この噂話のせいでウルが狙われたのが確実に内通者のせいであるとは言えなくなってしまった。


エンデ内部に一定数の工作員が入り込んでいることは皆想定の上だし、護衛の陣容が漏れていたことも『まあ、あり得ることだろう』と薄い反応。まさか確証もなく上層部の人間に疑いを向けて体制に亀裂を生じさせるわけにもいかず、内通者についての調査・追及は全く進展していなかった。


「噂の根っこに敵の工作員がいる可能性が高いのは確かなわけだし、糸口がないならそこに本腰を入れて調べてみるというのも一つの手じゃないか?」

「ん~……」


エレオノーレの提案に、レーツェルは少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。


「難しいとこね。人為的に流された噂だって確証がないこともあるけど、敵がそこに対策をしてないとは思えないもの。指示系統は独立していて横の繋がりを辿ることは不可能でしょうし、当人たちもどこまで上を把握してることやら」

「それに動きを誘導されている可能性が高いことも問題ですわ。意識と人手を分散させて隙を作ろうとしている可能性もありますし、下手に動けば噂に真実味を持たせる恐れもありますもの」


現状、噂によって被害があるのはウル一人。噂に反応して犬ジイの手の者が動けば、やはり噂は真実で彼らにやましいところがあったのだと考える者も出てきかねない。いや、自分たちが敵の工作員であれば確実にそういう方向に噂を誘導する。


「ふむ。まぁ、それもそうか」


エレオノーレの思い付きを口にしただけなので、専門家二人の言葉に納得して意見を取り下げる。そしてウルほどではないが少しだけウンザリした表情になり、溜め息を吐いた。


「……はぁ。しかしストレスが溜まるものだな。敵の正体も姿も見えない状況というのは」


その言葉はウルたち全員の想いを代弁するものだった。


敵の正体も目的も分からないまま、真綿で首を絞められるようにゆっくりと行動を阻害されている。それはどちらかと言えばこれまで仕掛ける側であった彼らにとって初めての経験であり、ウルほどではないにしろ全員が大なり小なりストレスを溜めていた。


「このままだと手詰まりだし、いっそウチの人たちに引き渡してガッツリ調べてみます?」


リンは軽い口調で捕まえた賊を()()()の尋問にかけてみないかと提案する。実はリンは上司からそうさせろと裏でせっつかれていたのだが、彼女自身はそれにあまり前向きではなかった。


服毒自殺を試みた獣人の女は現在まで仮死状態で放置されていて、全く浮いた駒となってしまっている。それなら蘇生術込みでどこまででも追及が可能な教会式の尋問にかけるというのは一つの手ではあった。


これまでそれを控えていたのは一度教会に引き渡すと、リンでさえそこから得られた情報が確実にウルたちに共有されるとは保証できないということもあったし、


「う~ん……でもねぇ。あそこまで覚悟ガンギマリだと、情報吐かせる前に壊しちゃう可能性もあるわけでしょ?」

「まぁ……」


レーツェルの懸念をリンは否定することなく認める。


蘇生術といってもその成功率は一〇〇%ではない。対象の損傷が大きいほど成功率は下がり、またそこには精神的な損傷も含まれる。覚悟の決まった相手に何十回と蘇生術を繰り返していれば、対象が情報を吐く前に壊れてしまうこともあるのではないか、と。


それでも仮死状態で何もしないまま放置するよりは有意義な筈だが、レーツェルはそれに慎重だった。


「そもそもあの獣人がどこまで情報を持ってるか怪しいし、仮に情報を引き出せても上に繋がる証拠なんかは処分されてるでしょうしね」


彼らはまるで自分が重要情報を握っているかのように覚悟を決めて振る舞っていたが、所詮彼らは卑民と獣人だ。卑民や獣人が主体となってエンデに何か仕掛けようとしているとは考えにくいし、裏には必ず別の誰かがいる。


となると彼らは捨て駒で、持っている情報も偽装されたものである可能性が高い。


「それより生かしておけば賊の残党との駆け引きに使えるかもしれないし、無理をする必要はないでしょ」

「ま、そうですよね」


敵の妨害はあるもののウルたちの計画は着実に前に進んでいる。下手に妨害を排除しようと焦るより、どっしり構えて隙を見せないことが第一だ。


彼女たちはそう結論付け、落ち込んで一言も議論に参加しなかったウルを蹴飛ばして、適当に喝を入れてその場をしめた。




その判断は誰から見ても妥当なものだった──少なくとも、その時点では。

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