第9話
現地での尋問を切り上げた一行は、その後、捕まえた賊の処分について少し意見が割れた。
残りの賊たちからもざっと話を聞いた限り、彼らの大半はこの地元ではなく大陸中央部を中心に活動していた流れ者たち。彼らはリーダーの男に言われるがまま最近こちらに移ってきたらしく、詳しい事情は何も知らされていなかった。
何も情報を持っていないならこの場で処分してしまえと言う意見もあったが、彼らがこれまでもリーダーの男に手足として使われていたことは事実であり、まるで利用価値が無いと判断するのはやや尚早に過ぎる。
しかし現実問題、三〇名超の捕虜──死体含む──をそのまま連れて行くのは難しい。
悩んだ末に一〇台あった荷馬車の一台を空けてもらい、捕虜はそこに積み込んで護衛の一部はエンデに引き返すことになった。移送を担当するのは囮の役割を終えたウルたちで、念のためフルウもそれに同行してくれた。ゼンゼたちフルウの仲間は商隊の護衛を続けるため護衛戦力に不足はない。フルウが同行するのは万一別動隊が捕虜の奪還に動いた場合に備えてのものだ。
結局、懸念していた別動隊の襲撃などはなく、ウルたちは丸一日かけて捕虜をエンデに移送した。
「爺ちゃんに頼んで専門の人に尋問してもらったけど、結局大した情報は得られなかったわ」
襲撃の翌々日、エンデに帰還した翌日。ウルたち一行とフルウ、カノーネ、そして死事復帰したロイドはギルドの会議室でレーツェルから報告を受けていた。
「まずあの連中は大陸中央から西部を中心に活動してたはぐれ者で、集団の総数は五〇人前後。元は数人で旅人なんかを襲ってたらしいんだけど、居場所のない卑民や獣人を受け入れてたら、いつの間にか大所帯になっちゃったんだって」
「なっちゃったって……そんな行き当たりばったりでどうにかなる規模じゃないのでは? 五〇人を山賊行為だけで食べさせようとしたら、よほど手あたり次第襲撃しないとやってけませんよ。すぐに軍か官憲が出てきて終わりじゃないですか?」
リンの疑問にレーツェルは「いい質問です」と頷きながら答えた。
「襲撃を統率してた男がいたでしょ? あの男を含めて三人、中心になって動いてた連中がいたみたいでね。そいつらが相手を選んで上手く立ち回ってたらしいわ」
「選ぶ?」
「密輸とか主に後ろ暗い商売してる連中ね。『俺たちは義賊だ』って喧伝したこともあるみたいよ」
「へぇ……」
レーツェルの説明にリンは半眼になって乾いた嗤いをこぼした。
「あと、今回襲撃に加わってなかった連中には、爺ちゃんに頼んでアジトに人を送ってもらってるわ。──ま、襲撃が失敗したことは把握してるでしょうし、多分もう逃げ出してるとは思うけど」
「それはいいけど……要はその三人が内通者と繋がってるかもってことだよな?」
レーツェルの説明に今一つ腑に落ちない顔でウルが首を傾げる。
「状況的にその可能性が高いわね」
「うん。で、手下どもの話を聞く限り、ここに来る前も、そいつらはどこからか情報を手に入れて上手く立ち回ってたわけだ」
「……そうなるわね」
「つまりそいつらは元いた場所とエンデと両方に伝手があることになるわけだが──独立宣言があってからこの短期間にその二つが繋がって、賊を呼び寄せて、独立の妨害に動いた──ってタイミング的に無理がないか?」
ウルの言いたいことを理解して、その場にいた全員が難しい顔になった。
まだエンデ独立宣言から三週間も経っておらず、帝都がある大陸中央部からエンデまで通常の移動手段で半月ほど。普通に考えれば賊はエンデ独立宣言を受けてこちら送り込まれたと考えるべきだが、タイミング的にはそれより前に呼び寄せていないと間に合わない。
「……確かに。時系列が繋がらないわね」
「内通者が元々彼らを支援していた可能性はないか? 別の目的でエンデに呼び寄せたら、偶々独立宣言が重なったとか」
エレオノーレが例えばと可能性を口にする。
「別の目的って?」
「それは分からないが……商売敵の妨害とか?」
「いや、妨害しなくても独立宣言前は輸送網が滞ってたんだって」
しかしその可能性はレーツェルが即座に否定する。彼女への助け舟のつもりで口にしたエレオノーレは、もっともだと思い反論こそしなかったが唇を尖らせた。
更にそこにフルウが続ける。
「ついでに言えばエンデの中枢にいるはずの内通者が中央の事情にも通じていて、しかもわざわざあの連中を支援してたってのも辻褄が合わないな。やはり裏にいる主体は内通者とは別と考えるべきだろう」
内通者が全ての黒幕という説は却下された。しかしだとすればエンデの動向と、賊の動きとのタイミングが合わない。
一同は腕組みして『う~ん』と唸った。
「……そもそも賊の裏にいる者の目的は何なんでしょうか?」
煮詰まった状況に風を入れるため、ロイドが根本に立ち返ろうと提案する。反応したのはエレオノーレ。
「それはエンデの独立を妨害することだろう? 周辺領主との取引を妨害して、彼らからの支持を失わせる──」
「しかし賊の襲撃というやむを得ない事情です。エンデの資源を欲している領主がそれだけで支持を取り下げますか? むしろそれが続けば領主たちが積極的に賊の排除や商隊の護衛に動いていたのではないでしょうか」
む、とエレオノーレは唸る。確かに商隊の襲撃は厄介な嫌がらせにはなっても、致命的な妨害とはならない可能性が高い。
「内通者がゴドウィン代表やその周囲に不満を持ち嫌がらせに動いた。あるいは誰かと手を結んだ、という可能性はあるでしょう。ですが直接賊を動かしている側は相当な手間と労力がかかっているはずです。何か別の確固たる目的を持って動いていると考えるべきでしょう」
そう言われて、ウルはふと思い出しレーツェルに話を振る。
「──そう言えば、元々この護衛の話を受けたのは、都市内に入り込んでる工作員と賊の動きが連動してるかもしれないって話があったからだったか?」
「ええ。別に確証があるわけじゃないんだけど、こっちの警戒網を広げて何か企んでるんじゃないかなって」
警戒網を広げて都市内の戦力を分散させ、内部からエンデを占拠する。実現可能性の有無は別にして、それが成れば形勢は一気に傾くだろう。だが──
「その場合、利益を得られるのは皇帝陛下やオッペンハイム公のどちらかですけど、両者とも独立宣言前から動いていたとは考えにくいですし、やっぱり動きが速すぎますねぇ」
リンが指摘するようにエンデを占拠し有効に活用できるのは今帝国を二分している両者ぐらいだが、その場合やはりタイミングと時系列の問題にぶつかる。
それ以外の者たちではエンデを占拠しても持て余し攻められるリスクが高まるだけだろう。
再び煮詰まりそうになったので、話を止めまいとウルは適当な思い付きを口にした。
「黒幕レオンハルト皇子説は? ほら、あの人は独立宣言前からエンデにいて、タイミング的には合うじゃん」
「……まぁ、タイミング的には合ってるな」
ウルの口調からその意図を察したのだろう。フルウは苦笑してその話に乗った。
「問題はあの皇子がエンデを占拠してどうするのか、ってとこだな。仮に皇子がエンデを手に入れてそのトップに立ったところでゴドウィンと立場が挿げ代わるだけだろう。とても国としてまとまるとは思えんし、第三勢力を構築するなんざもっての他だ」
それはその通り。
軍事的な裏付けがない以上、他の領主が皇帝やオッペンハイム公を裏切ってエンデに付く可能性はないし、エンデが商業以外で発展する目はない。
皇子がそれで満足するなら話は別だが、仮にも帝国の皇太子の地位にある人物がそれを良しとするとは考えにくい。
そして更に話に乗っかったのがエレオノーレ。
「それに……これはあの皇子に限った話ではないが、そもそも皇族がああいった連中を使うかというと疑問がある。帝国内での卑民や獣人の扱いを考えれば、彼らが皇族や貴族のために動くとは考えにくいからな。手駒として策に組み込むのは差し障りがあるだろう」
これもまぁその通り。護衛の話が出た際にエックハルト委員が言及していたことでもある。
利益と報酬を与えればある程度、意図した方向に動かすことはできるだろうが、彼らに忠誠心など期待できず、いつ何の切っ掛けで裏切るか予想できない。であれば、まだそこらのローグに金を渡して動かす方が合理的だ。
「あ~、確かに。あの女とか服毒自殺までして覚悟ガンギマリだったもんな。上が皇族じゃ、あそこまではしないか」
ウルは賊たちの監視役だった獣人の少女を思いだして呟く。
下っ端たちから聞き出した話では、少女はリーダー格の男たちに手紙を運んでくる現地の連絡役という位置づけだったらしい。何も知らず言われるがまま仕事をさせられている部外者として振る舞っていたそうだが、実際にはリーダー格の男たちより黒幕に近く、重要な立場にあったのではないかと予想される。
彼女は尋問の最中、少しでも情報を奪われるタイミングを引き延ばそうと服毒自殺を図ったが、ゼンゼによって毒が回り切る前に呪文で処置を受け、現在は仮死状態でギルドの地下室に保管されていた。脅しつけたように教会に引き渡して本格的な尋問を受けさせてもいいのだが、一度教会に渡すと改めて話を聞きたくなった時など再引き渡しなどの融通がきかないため、一旦判断を保留にしている。
「彼女たちが身内を人質に取られているという可能性は? 情報を漏らせば身内を殺すと脅されれば服毒自殺することもあり得るでしょうし、皇族も卑民や獣人相手なら思うさま残酷になれるのでは?」
話に乗っかっただけなのか本気なのか、サラリと黒いことを口にする教会関係者のリン。
ただ言っていること自体は一理あったため、ウルはこの中で一番皇族や皇子と接点の多いカノーネに視線をやる。
それまで黙って話し合いを聞いていた彼女は一言。
「ないわね」
ほとんど悩むことなく即答した。
「ないですか?」
「ないわ。レオンハルトは決して清廉潔白な人間ではないけれど、部下に対しては公平公正よ。忠誠と働きにはきちんと報いていたし、間違っても部下の身内を人質にとるようなタイプじゃないわ」
ウルはカノーネの人物評を疑うつもりはなかったが、ここまできっぱり言われると逆に少しツッコんでみたくなってしまう。
「それが卑民や獣人でも?」
カノーネは悩むというより言葉を選ぶように少しだけ考え込み、口を開いた。
「……彼の思想の根幹には、優秀な人間が上に立ち、そうでない劣った人間を導くべきだという考えがあったように思う。だから卑民や獣人──それどころか平民さえ内心では劣等と見下していたけれど、逆に彼ら程度を利用するために自分の信条を曲げて人質を取る様なことはしないでしょうね。それにそうした振る舞いは露見すれば皇族としての疵にもなる。レオンハルトに限らず、皇族が敢えて使いづらい卑民や獣人を使うとは考えにくいわね」
「なるほど」
まぁ、それはその通りだ。皇族であれば他に使える人間はいくらでもいるだろうし、敢えて使いづらい駒を選ぶ理由はない。
「となると、あの賊は皇族とは直接関係がなくて他の第三者が裏で操ってることになるけど……そんなことして誰に特があるのか。まさかあいつらが自発的にエンデの妨害をしてるわけでもないだろうし……」
『う~ん……』
彼らはその後しばらく賊の背景や狙いについて話し合いを続けたが、結局これといった結論は出なかった。




