第6話
襲撃してきた賊は三〇名前後とかなりの規模だった。
事前に聞いていた話ではこれまで目撃された賊は一〇名強ということだったが、今回はそれを想定して増員した護衛よりも更に数が多い。
「御者は円陣を組んで馬車の中に隠れていろ!!」
護衛の冒険者が怯える商隊の者たちに指示を出す。
事前に取り決めてあった通り、長い列になっていた馬車を一か所にまとめて守りを固めようとするが、急襲に御者も馬も混乱してしまいうまく陣形が組めない。
結果的にウルたち冒険者は人数の勝る賊を、横に広がった厚みのない陣形で迎え撃つ羽目になった。
「リーダー! ブランシュ! 前に出過ぎだ!」
エレオノーレは後衛に下がるよう叫ぶが、しかしウルたちが引いては陣形がスカスカになってしまう。ウルは「前に集中しろ!」とエレオノーレに叫びかえし、ガーディアンに跨ったブランシュに援護を頼みつつ、得物に手をかけ賊を迎え撃つ準備を整えた。
ウルたちのいる場所に向かってくるのは、顔にびっしりと彫られた刺青が特徴の粗末な槍と盾を持った男が三人。その後ろでは犬型の耳を持った獣人が馬に跨り弓矢でこちらの動きを牽制していた。
──馬を使っているのは四、いや五人。内、突撃してきたのは一人だけで、他は全部援護か後詰か。厄介だな。とにかく引き付けないと……!
賊が二〇メートルほどの距離にまで近づいてきたタイミングで、ウルは炸裂弾を投げつけ迎撃を開始した。炸裂弾は弓矢や攻撃呪文に比べ一般に馴染みのない攻撃手段である。初見で適切な対処ができる者は少なく、仮に一撃で倒せずとも出鼻を挫くには十分なはずだ。
「くたばれ!!」
「──固まれ!!」
──ドゴォォォンン!!
投擲された炸裂弾は誤ることなく賊たちの足元に着弾したが、賊は素早く盾を構えてその場に固まり、爆発の直撃を防いだ。
「マジかっ!?」
思わず驚愕の声を漏らして固まるウル。全くの無傷ではあるまいが、ここまで綺麗に防がれるとは想像していなかった。
「馬鹿っ!!」
「うおっ!?」
──ヒュン
そのウルの隙を見逃すことなく後方に控えていた獣人がウルに矢を放ち、咄嗟にブランシュがウルの腕を引っ張ってくれたことで難を逃れる。
「一々止まってるんじゃありませんわ!」
「──すんませんっ!」
小柄なコボルトに叱責されながら、ウルはよろけた体勢を立て直す。
近づいてきていた賊三人は爆発の衝撃から回復していないのか動きが鈍い。追加で炸裂弾を投げ込んで畳みかけたい──が、後ろの獣人の弓矢が怖かった。
チラリ左右に視線を走らせると、他の冒険者たちも弓矢や呪文で迎え撃ってはいたが上手く防がれてしまい、一時的な足止め以上の効果はなかったようだ。何人かは既に賊と接敵している。
「気を付けてください! こいつら、戦い慣れてます!!」
リンが賊の一人と刃を交えながら警告を飛ばした通り、賊は強いというより戦い慣れていた。
近接戦の技量はリンの方が若干勝っているぐらいだが、とにかく一つ一つの対処が的確。まるで訓練された軍人を相手にしているような気味の悪さがあった。
「ええいっ、鬱陶しい!!」
エレオノーレが二人がかりで賊に挟まれ、劣勢というわけではないが攻め切ることもできず顔を顰める。
「武器に毒が塗られてるかもしれないから、短気を起こしちゃ駄目よ!」
「分かっているっ!!」
援護に回るレーツェルの忠告に、防御を捨てて強引に倒してしまおうかと考えていたエレオノーレは大声で言い返した。
ウルも魔導銃でチクチクと賊を牽制するが、背後の弓兵に意識を割かれ狙いが散漫となり、あと数歩ほどの距離にまで近づかれてしまっていた。
他の冒険者たちも自分たちの倍近い敵を迎え撃ち食い止めている状況で、援護は期待できそうにない。
──まだかっ!?
「焦るんじゃありませんわっ!!」
ウルの胸中の叫びを見透かすようにブランシュが叱責。彼女は投石機で賊を牽制しつつガーディアンから飛び降り、遠距離攻撃に意識が向いていた賊たちにガーディアンを突っ込ませた。
『ぐおっ!?』
「今ですっ!!」
賊の体勢が崩れ遠距離攻撃への守りが疎かになったタイミングで、ウルの魔導銃とブランシュの投石機がその手足を撃って動きを止める。三人中二人はその場に蹲って移動できなくなり、残る一人も二人を庇って身動きできなくなっていた。
「助かった!!」
「まだですわ! まだ敵の方が優勢です! 気を緩めないで!」
感謝するウルの言葉を押しとどめ、ブランシュはウルに注意を促した。
彼女の言葉通り後詰に控えていた騎兵がこちらに突撃してくる。動けなくなった味方を逃がす隙を作ろうという意図もあるのかもしれない──いや!?
『ここだっ!!』
騎兵が突撃しながら合図をすると、近くにいた賊が一斉にウルがいるポイント目掛けて突撃してきた。その更に背後からは少し離れた場所にいた他の騎兵たちがやってくる。
「なんでっ!!?」
「驚く暇があったら迎撃なさい!!」
ブランシュに叱責され慌てて催涙効果のある煙幕を前方に投げつけるが、頭の中は驚愕と同様で埋め尽くされていた。考えても詮無いことだし今考えるべきではないとは分かっているが──
──俺が穴だと思われた!? 前衛は薄いけどそれだけで……っ!? そうならないように範囲攻撃を見せたのに──うぇぇっ!?
敵の陣形の弱い場所を一点突破するというのは定石だ。ウルとブランシュが守る場所はひ弱な後衛とコボルトしかおらず、穴に見えてしまうことは予想していた。だから直前にウルは炸裂弾を見せつけた。単騎掛けならまだしも、範囲攻撃持ちがいる場所を数で攻めるというのは上手くない。そう思わせるための牽制だったのだが、しかし賊は突っ込んできた。とても理に適った行動とは思えないが、何か狙いがあるのか、何も考えず突撃してきただけなのか──
「だから考える前に動きなさい!!」
──ヒュン!!
『ぐぁっ!?』
ウルの意識が逸れたタイミングを見計らったかのように槍を持った賊が煙幕を突破してきた──が、ブランシュの投げナイフがその太腿に突き刺さり賊は地面に転がる。
反応が遅れたウルはブランシュに感謝を伝えようとし──
「一々こっち見ない! 手を動かして煙幕の中の敵を仕留めなさいな!!」
「────っ!」
一々ごもっともだったのでウルは言われるがまま煙幕目掛けて魔導銃の弾丸を打ち込む。標的が見えない状態で適当に撃った弾丸などまともに当たりはしないだろうが、範囲攻撃では煙幕を吹き飛ばしてしまうし、やらないよりはマシである。
ここに戦力が集中しているということは──手薄になった他の場所から助けが来ないか期待してチラリ左右に視線を走らせる。しかし賊も他のポイントに抑えのための兵力は残しており、救援は期待できそうになかった。
「まだぁっ!?」
「我慢なさい!!」
迎撃の手だけはしっかり動かしながら悲鳴を漏らし、それをブランシュに叱責された──その時。
──ヒヒィーン!
槍を持った騎兵が煙幕を突破してウルまで一〇メートルほどの場所に姿を現す。煙幕の影響か馬は暴れてコントロールが怪しくなってはいたが、賊が混乱から回復し突撃を再開すれば一瞬ウルの身体は貫かれてしまうだろう。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!?」
──チュドドドドドン!!!
なので近づけないように、馬を混乱から回復させないようにウルは手持ちの炸裂弾を手当たり次第に投げまくった。照準は適当、とにかく馬に驚かせて暴走させるのが狙いだ。
──ヒィィィン!!
ウルの目論見通り、馬は大きくのけぞり暴れまわる──が、それを駆る騎兵もやられてばかりではなかった。
『ぐ──っ、がぁッ!!』
騎兵は体勢をのけ反らせながらも、手に持っていた槍をウル目掛けて力強く投擲。放たれた槍はウルの脳天直撃コース──
「ていっ!!」
「うぉ──っ!??」
ブランシュの咄嗟のタックルによりウルは地面に転がり難を逃れる──いや。
「いたたた……っ」
「まだですわ!!」
「へ──っ?」
ウルが衝撃から立ち直り目を開けた時には、サブウエポンの剣を抜いた騎兵が馬を立ち直らせ、こちらに向かって突撃姿勢をとっている所だった。
立ち上がって迎撃──間に合わない。
投擲、射撃──この距離では当たっても馬の突撃に巻き込まれる。
ブランシュ──は、自分と絡まって立てずにいる。
極限状態によってウルの脳が高速で回転し、それでもなお間に合わないと結論を出した──その時。
『──お待たせ』
耳元に女性の声が響くと同時、周囲一帯の地面が細かく高速で振動する。
『な、なんだ──!?』
『ぐあ……っ!?』
『足が、助け──!』
ほんの一瞬の出来事──次の瞬間には地面は砂へと変化。賊たちは足を取られ、あれよあれよと言う間に腰まで埋まって動けなくなってしまっていた。
気がつけば戦闘は終わり、あちこちから賊のものと思われる悲鳴や呻き声が聞こえてくる。
「すまんな。隠れている奴を見つけるのに時間がかかった」
晴れていく煙幕の向こう側から姿を現したのは、隠密行動をとっていた上級冒険者フルウと、精霊遣いゼンゼ。
賊を確実に一網打尽にできるタイミングを見計らっていたのだろう、周囲はゼンゼの精霊術によって砂地へと変貌し、フルウの左手には気絶した獣人が引きずられていた。
結果的に囮のようになってしまったウルに詫びる二人ではあったが──
「それはいいんで……早く助けてください」
ゼンゼの術に巻き込まれて胸の辺りまで砂に埋まったウルは、ブランシュの身体を砂に埋まらないよう持ち上げながら、文句を言う気力もなく項垂れた。
 




