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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第一章

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第13話

「冒険者はもう諦めたの?」


夕食時に突然そう問われ、ウルは咄嗟に答える言葉が見つからず頭が真っ白になった。


スラムの住人による消臭剤の製作・販売に取り掛かって今日で丁度一か月。当初サンプルとして提出した置き型に加え、携帯用、服や体に噴霧するタイプの商品開発・改良が完了。それらの品質がウルが直接作業しなくても実用レベルを安定して確保できるようになり、一息ついたタイミングでの不意打ちだった。


「…………え?」


単語ですらない音を喉から絞り出したウルを、レーツェルはサラダをむしゃむしゃと齧りながら他意のない無垢な表情で見つめていた。



余談ではあるが、今日の夕食はレーツェルが差し入れてくれたローストビーフをメインとした惣菜と麦粥。ここ最近多忙で満足に食事もとれていないウルのために、彼女は時折こうした差し入れをしてくれるようになっていた。逆に彼女がウルの買った食料に手を付けることもあるので、貸し借りで言えばトントンだ。


傍から見ればなし崩し的に同棲を始めたかのような状況だが、レーツェルは別に拠点──こちらも犬ジイの所有物件──を借りており、寝泊まりはそちらでしている。夜遅くなれば稀にこちらに泊まっていくこともあるが、ここにはあくまで遊びに来ているだけだ。


他に知り合いもいるだろうに、わざわざ遊びにくるなよと思っていたウルだが、レーツェルはつい先日パーティーを強引に抜けたばかりで、旧パーティーメンバーはもちろん、この街の知り合いは大なり小なりそのメンバーともかかわりがあったため、今は少し気まずいのだとか。


また、元々この家は犬ジイの昔の仲間──レーツェルにとっては師匠でもあった人物が住んでいたらしく、かねてから自分が住みたいと思っていた物件。ウルが家を粗雑に扱っていないか監視するという名目で徐々に占有権を主張し始めている。



──と、ウルがレーツェルの問いから逃げるような思考に意識を逸らしていると、レーツェルは改めてその問いを口にした。


「だから、バイトと物作りでばっかで迷宮に潜ろうって気配が全然ないけど、あんた元々冒険者になろうとしてこの街に来たんじゃなかったっけ。もう冒険者は諦めたの?」

「いや、諦めたって言うか──」


ウルは言葉を探す間を繋ぐように喉から意味のない音を出す。しかしウルの脳はまだ十全に働いているとは言えず、出てきたのは意味のないただの言い訳だった。


「──忙しかったから」

「ふ~ん」


実際には、忙しかろうが何だろうが、本当にそうしようとする意志があるのなら普段の行動にそれが表れているはず。そのことはウル自身も理解していたが、レーツェルはさほど興味もなさげに相槌を打つだけだった。


ウルは話題を逸らそうと、逆にレーツェル自身について話を振る。


「……そっちこそどうなんだよ。新しいパーティーメンバーは見つかったの?」

「ん~? いや、そっちはさっぱりだね」


レーツェルは指についたソースを舐めとりながらあっさりと答える。冒険者にとってパーティーメンバーが見つからないというのは、無職になって就職先が見つからないと同じようなものだと思うが、全く気にした様子が見られなかった。


思わずウルも眉をひそめて、言わなくてもいいことを言ってしまう。


「……大丈夫なの? そりゃ、幾らか蓄えはあるんだろうし、いざとなりゃ犬ジイに頼りゃいいんだろうけど」

「大丈夫よ~」


不躾ともいえるウルの言葉にレーツェルは全く気にした様子もなく応じた。


「これでも爺ちゃんや先生に色々教わって迷宮に関しちゃ詳しいからね。一〇層より上の浅層ならソロでも回れるし、臨時雇いの斥候の仕事もあるから、普通に食べる分には問題なく稼げてるよ」

「……そうなのか?」


迷宮は一〇層を境に危険度が跳ねあがり、上級者であっても油断すれば命を落としかねないという話は有名だが、だからと言ってそれより上の階層が安全なわけではない。三層で早々に死にかけたことのあるウルは、レーツェルはそんなに腕が立つのかと目を丸くした。


そんなウルの反応をレーツェルは別の意味に解釈したようで。


「そうなのよ。ほら、女の冒険者って何時でもフルメンバーが万全の体調で動けるわけじゃないからさ。あたしみたいなのは意外と需要があんのよ」

「……なるほど」


そっちもあったな、とウルは女性特有の体調不良に納得を示す。


しかしそうか。自分が初手で挫折した冒険者の世界で、目の前の少女は立派に居場所を確立しているのだな、とウルは複雑な感情を抱いた。


「それよりさっきの話よ。忙しいって言っても、今日で爺ちゃんとの取引は山を越えたんでしょ? これからどうするの? 迷宮に潜る? それとも魔道具作りに専念?」

「……なに? ひょっとしてパーティー組まないかって誘ってる?」

「まっさか~」


ウルの探るような発言をレーツェルは一笑に付した。

ウル自身も八割方ないだろうなと思って口にしたことだが、流石に全くその気がなさそうに笑われて、表情には出さないものの少しだけ傷ついた。


「そうじゃなくてさ、時間があるならあたしにも魔道具作ってもらいたいなって話」

「…………は?」


意外な言葉に目を丸くする。

そんなウルの様子を気にした様子もなく、レーツェルは邪気のない笑顔で続けた。


「前からうちの爺ちゃんが色んな魔道具使い分けてたの見て憧れみたいなものはあったんだけど、ウルと話しててやっぱ便利だな~って思ってさ。あたし貯金はそんなにないから爺ちゃんが使ってるみたいな高い魔道具は無理だけど、ウルってまだ新米でしょ? それならあたしでも手が届くかな~って」

「…………ほう」


辛うじてそんな言葉にもならない声を絞り出し、彼女の言葉について行こうと思考を巡らせる。


提案の良し悪しやメリットの有無を判断する前に、ウルは反射的に頭に浮かんだ疑問を口にしていた。


「具体的にどんな物が欲しいわけ? レーツェルの場合、半端な魔道具は意味がないだろ」


こうして友人づきあいをするようになって知ったことだが、レーツェルは秘儀詐術師アーケイン・トリックスターという魔術師系呪文を使う特殊な斥候職だ。もちろん呪文が使えると言っても、その能力は本職の呪文遣いに比べれば格段に劣るが、斥候系技能と呪文の組み合わせは凶悪そのもの。幻術や精神操作系呪文などを使いこなす斥候は、斥候技能一本でやっている者がチートだと喚き散らすほどのシナジーを発揮する。


簡単な魔道具に賦与可能な効果であればレーツェル自身の呪文で再現可能。ウルも初対面で彼女の呪文にしてやられている。


「そこは逆に、どんな商品ラインナップがあるのか教えて欲しいなぁ。ほら、この街じゃ他に魔導技師アーティフィサーなんて滅多に見ないし、ウルがどんなものを作れるのか私じゃ分かんないのよ」

「むぅ……言いたいことは分からんでもないけど、正直、俺が“作れる”って保証できるラインナップは相当しょぼいぞ?」

「そうなの?」


情けないことを白状するウルに、レーツェルは少しだけ意外そうな顔をする。


「ああ。正直、レシピは知ってても素材が高くて作ったことがないものとか多いんだよ。作ろうと思えば多分作れるだろうけど、ラインナップに挙げろって言われたらなぁ……」

「なるほどね」

「逆にこういうのが欲しいって指定があれば、こっちも提案しやすい。作ったことがないもんでも多少納期と費用にバッファーを見て貰えば何とかなるものが多いからな」


例えば最近関わっている消臭剤がそうだ。

あれは素材が高かったわけではないが、作ったのはレーツェルに襲われたあの日が初めて。こういう商品を作りたい、こういう改良を加えて欲しいというイメージがあれば、技量自体が足りないものは別として、作れる物の幅はかなり広がる。


「そうねぇ……やっぱり欲しいのは逃走用のアイテムよね。煙幕とかはギルドでも売ってるんだけど、魔法生物とか感覚器が普通と違う相手には通用しないことが多いし」

「なるほどな。動きを拘束したり魔力感知を妨害するようなアイテムってことか」

「そうそう、そういうの。それと、ウルが持ってるゴーグルみたいなの欲しい!」


ウルの首にかかった魔導ゴーグルを指さすレーツェルに、彼はそれを予想していたように頷いた。


魔導ゴーグルを欲しがるものは多い。しかし──


「これは基本、魔導技師専用アイテムだから、ちょっと難しいかな」

「えぇ~?」

「ただ、レーツェル専用でってんなら【暗視】【拡大】【魔力視】の三つの機能の内、二つまで付与した物を作ることはできる」


秘儀詐術師は魔道具との親和性が高い職業クラスなので、彼女にも使える多少ダウングレードさせた類似品を作ることはできる。


「【解析】は?」

「それは無理。脳に専用の回路を作らないと使いこなせない」


魔導技師はただ魔道具を作る職人ではなく、それを最大限使いこなすため脳に専用の回路を構築している。魔術師系の呪文遣いも同様に脳に魔術回路を構築しているが、魔導技師のものとはまた別物。余談ではあるが、こうした回路を構築できるかどうかが一部の職業クラスに就くための条件にもなっている。


「【解析】は鑑定に使えるから欲しかったんだけどな~……」

「ついでに言うと、素材は俺が持ってるのと同じのを使うから値段は据え置き。素材代だけで金貨五〇枚はするぞ」

「うげ……」


値段を聞いてレーツェルの表情が歪む。魔道具としてはかなり格安だが、それでも冒険者歴一年ちょっとで見習いを脱したばかりの彼女には少し負担が大きいだろう。


「素材持ち込みでどうにかなんない?」

「ならんこともないが……」


ウルは思わず難しい表情になる。レシピがある以上、必要素材を伝えることはできる。だが指定した素材であっても品質や状態によっては使い物にならないことがあるし、逆にモノによっては他の素材で代替できることもある。出来れば素材は持ち込みではなく自分で選びたいというのが本音だ。


「ないが?」

「…………いや」


だが、その辺りのことを彼女に言っても仕方あるまい。ウルは使い差しの羊皮紙の表面を削って再利用したものに魔導ゴーグルに必要な素材とその分量、条件、工賃と期間をサラサラと書きつけて差し出した。


それに難しい顔で目を通すレーツェル。


「むむ……」

「入手が難しそうな素材があれば言ってくれ。代替可能なものもあるし、相談には乗る」

「いや、どれもそこそこ難しいんだけど……」


ジッと羊皮紙に見入り、考え込んでしまったレーツェルに、ウルは嘆息して付け加えた。


「あと逃走用の魔道具は今度来る時までに幾つか候補を書き出しとくよ。使い捨ての消耗品でいいんだろ」

「…………うん」


話を聞いてはいるようだが、まだ意識がゴーグルの方に向いていて気もそぞろだ。


ウルはテーブルに頬杖をついて、たっぷり一分ほどそんなレーツェルの様子を観察する、と。


「……ふぅ。直ぐには無理そうね。ゴーグルは、素材にある程度目途が立ったらまた相談するわ」

「そうか」


レーツェルの提案は、魔道具を製作すること自体が修行になるし、それで工賃を貰えるのだからウルにとって悪い話ではない。


元々ウルはこの迷宮都市に、迷宮の素材を得てそれで魔道具を作り、経験を積むためにやってきたのだ。その内、素材を得るという手間を他の者が代替してくれるというのだから、どう考えても歓迎すべき話。これは魔導技師の少ない迷宮都市ならではのメリットだ。


好条件の提案に、しかしウルは全く高揚していない自分の気持ちに気づき、首を捻る。


そんな自分の心境から目を逸らすように、ウルはレーツェルに話を振っていた。


「……にしても、あんた変わってるな」

「何が?」

「いや、あんたって言うか、あんた“ら”か。ほら、冒険者ってあんまり魔道具とか使いたがらねぇだろ? 単に切れ味がいい剣とかならともかく、複雑なものほど金がかかって仕組みがよく分からんって嫌がる奴が多いからさ」


これは誰から聞いた話だっただろうか──そうだ、彼女の祖父である犬ジイに言われたのだ。にも関わらず、犬ジイ本人やレーツェルは不思議なほど魔道具に興味を持っている。


「まあ、手堅く稼ごうと思えば、魔道具はあまり賢い選択じゃないしね」

「…………」

「あ! いや、ウルが賢くないって言ってるわけじゃないよ!? その、魔道具は便利さに慣れちゃうとコストが嵩んでいくけど、冒険者の収入なんてプラスアルファでリスク負わなきゃ頭打ちになっちゃうでしょ? 普通にやってく分にはどっかで費用対効果に見合わなくなるんだって! でも魔道具を自分で自作できる人はまた別かな~って──」

「いいよ別に。そんな無理にフォローしなくたって」


半眼でレーツェルを見やり、深々と嘆息する。


自分を一体何だと思っているのか、流石にそれぐらいは自覚している、とウルは胸中で呻いた。


継戦能力を一部財力に依存している魔導技師が、普通に冒険者として“稼ぐ”上で不利なことぐらいは当然に。


「俺が聞きたいのは、どうしてあんたらはその賢くない選択肢に興味を持ってるのか、ってことだよ。犬ジイが俺をここに住まわせてくれたのだって、結局俺が魔導技師だからだったわけだろ?」

「そりゃ、あたしも爺ちゃんも手堅く稼ごうなんて思ってないからね。要はもっと先に行きたいの」


言葉の意味は分かるが、それが何を指すのか理解できず、ウルは首を傾げて続きを促した。


「ん~……迷宮の一〇層より下の階層は、人間の支配が及ばない領域だって話は知ってるよね?」

「……ああ。確か中層以下の階層は、とんでもない化け物が出てくるから、出くわしたら絶対に逃げろってやつだろ?」


冒険者登録をした際にギルドでそんな注意を受けた記憶がある。


しかしレーツェルはウルの言葉に苦笑してかぶりを横に振った。


「それは正確じゃないね。正しくは、中層以下には人類では討伐不可能な魔物が存在する、だよ。とんでもない化け物なんて曖昧なモノじゃない。地上で暴れれば国一つ簡単に滅ぼせるレベルの魔物が、中層以下にはゴロゴロ実在してるの」


ウルはその言葉を聞いて一瞬呆気にとられ、乾いた笑いを漏らした。


「ハハ……いや、それは大げさだろ。だったらどうやって冒険者は中層以下で活動してんだよ?」

「そりゃ、そういうヤバイのに出くわさないよう上手く回避してるのよ。強力な魔物ではあっても、別に人間を食い殺す気満々ってわけじゃないからね。刺激したり、運悪く出くわしたら死んじゃうけど……ま、冒険者にとっては、どうやってそういうリスクを回避するかが腕の良し悪しに直結してるわけよ」


ウルはレーツェルに反論しようと言葉を探し、しかし口をついて出てきたのは何ともピントのズレたものだった。


「……それじゃ戦闘職とかまるきり役立たずってことか?」

「そんなことないわよ。魔物素材を狩るにはやっぱり戦って倒す必要があるし、強いのも弱いのも全部の魔物を避けて移動してたら非効率っていうか、現実的にそんなこと不可能だしね。効率的に動くためには、ある程度の魔物は排除できるだけの戦闘力も必要なのよ」


──まあ、それはそうか。


ウルが次の反論を探している内に、レーツェルは自分の唇に指をあてて自身の発言を一部訂正した。


「──あ。でも爺ちゃんたちは少し例外かも」

「例外って?」

「昔の爺ちゃんたちのパーティーはね、戦闘力とかは大したことなかったんだけど、とにかく魔物や迷宮に詳しくて、ほとんど戦いもせずに迷宮の最深部まで探索してた変わり種だったんだって。あたしも昔、爺ちゃんに連れられて二人で深層まで案内してもらったことがあるの」


爺ちゃんは私に迷宮の危険さを伝えたかったみたいだけど、あんなにスイスイ簡単に潜ったんじゃ逆効果だよね、と笑いながら言うレーツェル。


ウルは昨今深層に潜れる冒険者は全体の一%に満たないというギルドで聞いた話を思い出して彼女の話の真偽を疑い──しかしあの爺さんならやりかねないと思いなおし、結局意味のない相槌を喉から絞り出す。


「…………ほう」

「まあ爺ちゃんだけじゃ、潜れるだけで特に何ができるってわけでもないんだけど……えと、何の話だっけ──そうそう、何で魔道具に興味を持つのかって話ね」


そんな話だっただろうか……うん、そんな話だった。適当に振った話題だったので、レーツェルのレスポンスのインパクトに、つい頭から飛んでいた。


「結局、迷宮やそこに棲む魔物の前じゃ人間の力なんてのはどこまで鍛えても限界があって、知識や経験を積み重ねてもできるのは危険を避けることだけなの。迷宮を本当の意味で制したいと思えば、道具に頼るってのは自然な発想じゃない?」

「……………………いや、それは無茶苦茶だろ」


ウルの言葉は『迷宮を制する』という部分に対してのものだったが、レーツェルは『道具に頼る』という部分にかかっていると解釈し、苦笑した。


「そりゃ、今すぐとんでもない道具が出てくるなんて思ってはないわよ? でも、同じ積み重ねでも、個人の肉体や技術を鍛えるより、使う道具を発展させた方が可能性は広がるんじゃないかって、爺ちゃんたちは考えてるのよ」

「…………」


その期待が自分個人に向けられたものではないと理解した上で、それでもウルはレーツェルの言葉に『無茶苦茶だ』と声には出さず反駁した。

【今回の収支】

<収入>

 銀貨83枚

 ・バイト代(一〇日分)

<支出>

 ・金貨4枚 銀貨98枚 銅貨8枚

 ・生活費(一か月分) 銀貨93枚 銅貨8枚

 ・サンプル製作費 金貨4枚 銀貨5枚

<収支>

 ▲金貨4枚 ▲銀貨15枚 ▲銅貨8枚


<所持金>

(初期)白金貨10枚 金貨7枚 銀貨26枚 銅貨28枚

(最終)白金貨10枚 金貨3枚 銀貨11枚 銅貨20枚

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