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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第五章

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第24話

「迷宮が……竜種を封じるために作られた古代遺跡?」


ウルは集まった都市の有力者たちに、この世界における迷宮の正体について語った。


神話の真実、竜種誕生の経緯、古代人たちが竜種の棲家として迷宮をつくり、その頭脳体として迷宮と一体化したことまで、何もかも詳らかに。


これまで犬ジイたちが守り抜いてきた秘密ではあるが、今迷宮が抱える問題を解決し、リスクを解体するには情報の公開が不可欠だと判断した。


ウルから説明を聞いた有力者たちは戸惑いを隠せない様子でざわめき顔を見合わせる。


「迷宮が古代遺跡だという説は根強く存在したが……事実なのか?」

「確かに。竜種との間に契約が存在するというなら、あれほど強大な力を持つ存在が大人しく迷宮の中に引きこもっている理由にも説明はつく……つくのだが……」

「……確かに大発見だが、それが我々にどう関係する?」


迷宮の正体や成り立ちはこれまで迷宮に関わる全ての者にとって最大の謎とされてきた。だがこの場にいるほとんどの者は学者でも冒険者でもない商人たち。迷宮の正体など知ったことではないし、興味はひかれるがだからどうしたというのが正直な感想だった。


だからウルはこの問題を彼らに関係のある所まで引きずり下ろす。


「問題は、この迷宮というシステムがもう限界を迎えつつあることにあります」

「限界だと?」


最初に突っかかってきた武器商の元締めの目を見ながら、ウルはこくりと頷いた。


「ええ。迷宮と融合し肉体的には不死となった古代人ですが、その魂はあくまで人のもの。長い年月を経て摩耗し、消滅しつつあります」

「……その古代人の魂が消滅すればどうなる?」

「管理機能が失われ、迷宮は徐々に崩壊していくことになるでしょう」

『────』


迷宮の崩壊──商人とはいえ彼らも迷宮に携わる人間。それが何を意味するか分からないほど愚鈍ではない。


「馬鹿を言うな! そんなことになれば棲家を失った竜種や強大な魔物が地上に溢れ出ることになるではないか!?」

「そうだ! 大体、迷宮が限界を迎えつつあるなどと何の根拠があって言っている!!」

「そもそも、その迷宮の正体というのもこの場を逃れるためのデタラメではないのか!?」


そんなことはあってはならない、ある筈がないと有力者たちは一斉にウルの言葉を否定した。


「…………」


ウルは反論することなくワザと冷めた目つきで彼らを見つめ、言い疲れ否定の言葉が出尽くすまで待つ。


そして彼らの言葉が勢いをなくし、萎れて途切れたタイミングを見計らって口を開いた。


「まず、一点。既に大陸各地で迷宮の崩壊は始まっています」

『────』

「ですが安心してください。一つ二つ迷宮が崩壊した程度では、直ぐに魔物が地上に溢れ出すことはありません」

「……どういうことだ?」


一度落とされ、持ち上げられ、何を言っているのか分からないと顔を顰めて武器商の元締めが呻く。


「先ほども言った通り、迷宮内の魔物は迷宮に踏み入った時点で契約が結ばれています。一つの迷宮が崩壊しても他の迷宮がそこに住む魔物たちを受け入れることで、これまで世界は致命的な破綻を免れてきたんですよ。──先般、帝都周辺で起きた翼竜事件をご存じですか?」


そして荒唐無稽な話だと否定の言葉が飛ぶ前に、ウルはその根拠となる事例を口にした。


「こちらにおられるカノーネ導師がエンデに来る切っ掛けとなった事件です。皆さんの中には、彼女がこちらに来た経緯について情報取集していた方もおられるのではありませんか?」

『…………』


その場にいた凡そ三分の二ほどが既知の雰囲気を示し、そうでない者はコソコソと近くの者に話を聞いている。


「あの時出現した翼竜は、契約に基づきエンデの迷宮内に取り込まれています」

「噂では至高神の巫女が祈りを捧げて鎮めたと──」

「あれは真相をお偉方から隠すための演出です」


キッパリと言い切られ、有力者たちはその場にいる至高神の信徒──ログナー司教に窺うような視線を向けるが、司教はムッツリとした表情で腕組みして黙り込み、ウルの発言を否定しなかった。


そしてそこで彼らは、これまで司教が一切ウルに否定の言葉を発していなかったことに気づく。


竜種誕生の切っ掛けとなった神話の真実など至高神の信徒からすれば噴飯ものの侮辱であろう。しかもログナー司教は【真偽判定】の奇跡を行使できる。ウルの発言の真偽を糺さぬ理由がないのだ。それをしないということはつまり──


「また、先ほど迷宮の正体やそれが限界を迎えつつあることの根拠について言及されましたが、これに関しては先ほどギルドや神殿騎士団の方々に直接確認いただきました」

『────!?』


その場にいた人間の視線が、議場に遅れて入ってきた三人に向けられる。代表して答えたのはロイドだった。


「はい。先ほど信用のおける上級冒険者たち同行のもと、ギルドと神殿騎士団共同で根拠となる迷宮の基幹部を確認してまいりました。彼の言うように帝都で目撃された翼竜と同じ特徴を持つ翼竜の存在を確認しており、遺跡内の資料の詳しい調査や検証など必要な工程は残っていますが、少なくとも迷宮の成り立ちについては一定の信憑性があるものと判断いたしました。また、迷宮が限界を迎えつつあることについての根拠ですが──」


そこでロイドは言葉を切り、一瞬言い難そうな表情をして続ける。


「迷宮の基幹部でコアと同化した人物の姿を当ギルドのマスターが確認したところ、約四〇年前に行方不明となった当ギルド所属の冒険者であることが判明しました」

『は……?』


ロイドは『本来ならこの場にはギルドマスターが同席すべきだったのでしょうが、知人の変わり果てた姿にショックを受け──』と説明しているが、聞かされている側はそれどころではない。


「待て待て! その小僧の話では迷宮のコアには古代人が融合しているのではなかったのか!? それがどうして四〇年前とはいえ現代の冒険者が──」

「──要するに、四〇年前に一度エンデの大迷宮は崩壊しかけていたんですよ」

『────』


ウルの口から出た言葉に一同は頭が真っ白になる。


十数秒ほどの沈黙の後、有力者の一人が絞り出すような声で呻いた。


「……崩壊? 一体何を言っているんだ、お前は? 大陸の迷宮資源の六割超を産出する大迷宮だぞ? それが、崩壊など、すれば──」

「大陸崩壊の可能性すらあった大事件ですね」


ウルは肩を竦めながら彼が言い淀んだことをアッサリと口にする。


「だから当時それを知った或る冒険者パーティーは、仲間の一人が古代人に代わってコアと融合することで崩壊を防いだんです」

『…………』

「そして残されたメンバーはこの迷宮を四〇年に渡って見守り続けてきた。秘密を公にしなかったのは、それを知った権力者がどんな反応をするか読めなかったからです」


迷宮に使われている技術とそこから得られる可能性のある利益は計り知れない。しかし下手に手を出して全てが終わるリスクを考えれば、どこまで迷宮の危険性を理解しているか怪しい貴族どもに情報が漏れぬよう秘密を隠匿するという判断も理解できた。


大陸が密かに滅びかけていたという発言の衝撃に、話を聞かされた者たちは絶句し、しばしの沈黙が流れる。


しかし何とかショックから脱した武器商の元締めが、気を取り直し自分に言い聞かせるように口を開いた。


「……なるほど。ギルドと司教殿が確認したのであれば、迷宮の正体と崩壊の危機については一定の信憑性があるのだろう。だが、今の話ではエンデの大迷宮は既に危機を脱し、崩壊の原因となる魂も新しいものに交換されているのだろう? ならば現在、差し迫った危機はないのではないか?」


その発言に「おお!」「言われてみればそうだ!」「何を脅かすかと思えば──」などと、方々から安堵の声が上がる。しかし──


「いえ、危機は去ってなどいません」

「何?」


そんなホッとした空気に水を差したのがウル。彼は憐れむような苦笑を浮かべて続けた。


「少し前にあったゴブリン騒動を覚えていますか?」


それはどこからともなく迷宮に棲みついたゴブリンの群れによって上級冒険者を含めた冒険者たちが多大な被害を受け、探索に支障が出て迷宮都市の機能がマヒしかけた一件だ。この都市に住む者であれば忘れられる筈もない苦い思い出に、武器商の元締めは嫌そうな顔をして頷く。


「……ああ」

「あのゴブリンたちは崩壊した他地域の迷宮からエンデの迷宮に取り込まれた魔物です」

「何!?」

「迷宮の規模はコアになった古代人の術師としての力量に比例するそうです。我々が認識していないだけで、既に人の手が入っていない中小規模の迷宮はあちこちで崩壊を始めているんですよ」


武器商の元締めは一瞬怯んだような表情になったが、直ぐに気を取り直して言い返す。


「……それがどうした!? 小規模な迷宮が崩壊しているとしても、それは他の大規模な迷宮が吸収するため差し迫った危機ではない! そして大陸最大のエンデの迷宮も、そのコアが新しい魂に刷新された! 全部お前が言ったことだ! この上、一体何が問題だと言うんだ!?」

「エンデの大迷宮は、崩壊した他の迷宮を取り込み、次々と規模を拡大せざるを得なくなっています」

「だから──」

「このまま行けばエンデは崩壊した迷宮の煽りを受けて益々膨張していく──持つと思いますか? 現代とは比較にならないほど優秀な術師が揃っていた古代人でさえ、維持できる迷宮の規模には限界がありました。翻って、かつてない規模にまで膨張し今後も膨張し続けていくエンデの大迷宮を、現代の術師がいつまで維持できると思います?」

「それ、は……」


ここまで来てようやくその場にいた全員が問題の本質を理解し、危機感を共有する。


ウルの発言が事実なら今自分たちは大陸存亡の危機にさらされていることになる。一部の者たちはチラリとログナー司教の様子を窺い、彼が反論もせずムッツリと黙り込んでいるのを見て、やはりこの発言は事実なのだと解釈した。


実際のところウルのこの発言には特に根拠があるわけではない。本当に危機が差し迫っているかどうかなど誰にも分からず、取り合えず周りを巻き込むためにそれっぽい理屈をでっち上げたに過ぎなかった。この部分をログナー司教に追及されたらマズかったので、彼には予め事情を説明し黙認してもらうことの了承を頂いている。


再び沈黙が流れる議場。今回最初に立ち直り、口を開いたのは大手の薬問屋を引き継いだばかりの青年だった。


「……君の言うことが事実なら、やはりこの問題は中央に報告すべきじゃないか? 大陸の存亡にかかわる問題など、どう考えても我々の手には余る」


それは至極常識的で正しい意見であり、幾人かがそれに同調して頷いている。しかしウルはそれをバッサリと切って捨てた。


「それは責任逃れですよ」

「な──っ!?」

「何度も言いますが、中央の役人がどれだけ迷宮の危険性を理解できていると思います? 迷宮を知らない彼らに、この場にいる人間より正しい判断と対応ができると、貴方は本気で言えますか?」

「…………」

「しかも今は内紛の真っ最中。報告したところでどちらの勢力が管理するかで揉めて余計な火種を作るだけでしょう。断言しますが、彼らが共通の危機を前に手を取り合うなんてことは絶対にない。よくて問題の先送り、悪ければ好奇心や功名心に駆られた連中が騒ぎだすだけですよ。専門家なら正しい対応ができるだろうなんて期待しない方がいい。ここにいるカノーネ導師も、詳細は伏せますが迷宮絡みでやらかして中央から飛ばされた一人ですからね」


発言のダシにされ顔を顰めるカノーネだったが、先にウルを見捨てたのは彼女であり、また事実ではあったので反論はしない。


一方、議場の有力者たちは中央に迷宮を委ねるリスクと、これは最も迷宮に近しい自分たちが対処すべき問題だというウルの理屈には一定の理解を示す。それが大陸と人類の行く末のためには最善の道であろうことにも。


だが、それとウルの提案に納得するかは別の話だ。


その責任に見合った見返りがあるわけでもないのに、いきなり「お前、この問題に詳しいからチームに入って一緒に対応して。どうすればいいかはこれからだけど、他に任せられる人間もいないし、失敗したら人類滅びちゃうかもだからよろしく~」などと言われて、誰が「はい、わかりました!」と了承しようものか。


それはウルも理解していた。だから大義に加えてしっかりと利益をチラつかせる。


「それに、これはかつてない商機でもある」

「……何?」

「この問題を解決すれば、我々エンデは迷宮の管理者としての地位を確立することができる。ただ来たる滅びを防いだという名誉だけでなく、点在する各地の迷宮をエンデに集約して、大陸中の迷宮資源を独占することができるかもしれませんよ?」

『…………』


この場に集まっていた商人たちの瞳に、今日初めて前向きな光が宿る。商機、独占といった単語につられて、彼らの思考が普段通りのやる気と回転を取り戻していく様子が目に見えて分かった。


しばらくして、口を開いたのは武器商の元締め。


「そこまで言うってことは、当然お前にはこの問題を解決するための腹案があるということだな?」

「…………」

「今よりも何倍も魔術も技術も発展してた古代人でさえ完全な形での解決は叶わなかったこの問題を、何の実績もないお前にどうにかするアイデアがあるという解釈で、間違いないな?」

「──ええ」


ウルはその問いかけに腹を括って頷いた。


彼を見る者たちの視線の圧力が否応なく増す──が、ウルは肩を竦めてアッサリと言った。


「そもそも解決策自体は既に存在しているんですけどね」


実は彼の足はガクガク震えていたが、それは机に隠れて正面からは分からない。


「何? どういう意味だ?」

「そもそもこの問題の本質は何だと思います?」


ウルは人差し指を立てて元締めの問いに問いで返した。


「本質……?」

「答えは“竜種や強力な魔物たちを人類に害のない形で隔離する”ことです」


その当たり前の答えに元締めはキョトンと目を丸くする。


「この問題に焦点を絞れば、古代人たちは既に解決策を示しているんです──迷宮っていうね」

「それはそうだが……問題はその迷宮に寿命があるってことだろう?」

「その通り。だから我々はいかに迷宮の寿命を延ばし、維持するかを考えればいいんです。我々の技術レベルじゃあ、どうあがいても古代人以上の物は作れっこないですからね」


ウルの言葉にその場にいた者たちは顔を見合わせ、一人の男が口を開く。


「それは……そこのカノーネ導師に投資して、その分野の研究を支援しろって意味か?」

「無茶言わないで。永劫の魂なんて実現できるなら古代人は滅びてないし、人間はとっくの昔に神様になってるわよ」


カノーネ自身に否定され、また別の男が口を開く。


「融合した魂が限界を迎えることが原因なら、やはりそれを取り換えるしかないのではないか?」

「それも一つの考え方ですが、先ほども言ったようにコアとしての適性は概ね術師としての能力に比例します。今後更に膨張せざるを得ないエンデのコア足り得る術師は現代には存在しませんし、各地の小規模迷宮に適合可能なレベルの術師さえ現代では稀少です。絶対的に数が足りませんよ」


男の顔はそれが非人道的な行為だと理解しているものだったが、ウルはそれを人道や倫理以前の段階で否定する。


「……となると迷宮を魂がなくても成立するようにするしか──いや、そんなことが可能なら最初から古代人がやっているか」


武器商の元締めが独り言のように呟き、直ぐに自ら首を横に振って否定する。


しかし──


「ええ、それしかありません」


ウルは元締めの意見を肯定した。まさか自分の意見が認められると思っていなかった元締めは目を見開き、間の抜けた声を出す。


「…………は? ちょっと待て。さっきお前、現代人にはどうあがいても古代人以上の物は作れない、って言ったよな?」

「はい」

「なら、古代人でさえ魂無しには成立させられなかった迷宮を、魂無しで成立するものに作り替えるというのは矛盾しているだろう」

「いいえ、矛盾はしてませんよ」


元締めはウルガ何を言っているのかまるで分からないと言った風に目をぱちくりさせた。


「……分からん。お前は一体何を言ってるんだ?」

「簡単に言うと、迷宮をダウングレードして、我々でも扱える代物に落とし込もうという提案です」


アッサリと告げられた答えの核心を、しかしその場にいた者たちは全く理解できなかった。


「……ダウングレード? 迷宮の性能を落とす、という意味か?」

「そうですね。性能というか、今の魂一つで全てを観測し、コントロールするシステムを、複数人で分業化して対応する原始的なやり方に切り替えようという話です」


まだ、理解が追いつかない。


「そもそも迷宮が抱える最大の問題は完璧すぎたことなんです。いや、完璧を求めすぎたことが問題だったと言うべきかな。当時の古代人は既に数をかなり減らしていたとも聞きますから、最小のリソースで最大限の効果を発揮する手段しか取れなかったという事情もあるのでしょう」


完璧すぎた──それは確かにその通りだ。魂の劣化という避けようのない要素はあったものの、外部メンテナンスの必要さえなく約三千年に渡って竜種を地上から隔離してきたこの装置が、人の手になる物としては完璧と表現して差し支えないものであったことは否定しようのない事実だ。


「でも完璧で合理的過ぎるシステムは我々には理解できないし扱えない。バージョンアップなんてもってのほか。なら原始的に人手と手間をかけて、目視と手作業で迷宮を管理していくしかないでしょう」

『────』


理屈は分かった。

今までコアと融合した魂がこなしていた迷宮の管理を、今後は人海戦術でカバーしていこうという話。確かに言われてみればそれ以外にない単純な話ではある。あるのだが──


「……いや、言いたいことは分かるが、そんなことが可能、なのか?」

「そもそも、その管理のための人手や資金はどうやって捻出するつもりなんだ? 迷宮全体の管理など、どれだけのコストがかかるか……」

「それに人海戦術に切り替えるリスクも当然あるはずだ。もし不具合が起きて魔物が暴れだしたりしたら、先日のゴブリン騒動でさえ手一杯になっていた冒険者たちで対処が可能なのか?」


議場からは口々に不安の声が漏れる。

彼らは国家運営に責任を負う貴族でも役人でもなく、ただの商人。今まで無料で提供されていたサービスを、今後は身銭を切って運営していかなければならないと言われれば、自分たちの領分ではないと逃げだしたくなり否定的な言葉が出てくる当然だった。


だからその不安を一つ一つ潰していく。


ウルは議場の後ろに座る三人に目配せし、ロイドがそれに頷いて口を開いた。


「その点に関しましては先ほど我々が確認してまいりました。基幹部には人力で迷宮の監視や管理が可能な設備が存在し、ある程度の改修や体制整備のための時間は必要でしょうが、それを活用すればギルド職員と在籍する冒険者だけで十分に管理は可能と判断いたします。もちろんこの“管理”とは従来通りの迷宮資源の採取を含めたものです。迷宮の管理者側に回れるとなれば安全性も効率も飛躍的に向上しますので、管理の手間はかかっても十分に利益は出せるかと」


この確認のために冒険者ギルドと一部の上級冒険者には事前に事情を説明し、犬ジイたちと共に基幹部をチェックしてもらっていた。


管理の手間がかかるため単純な採取量は当面減少せざるを得ないし、その役割分担や負担をどうするかという問題はあるが、これが実現すれば今までほとんど立ち入り不可能だった深層の開拓や稀少素材の採取も可能となるため、ギルドも冒険者も非常に前向きな反応を示していた。


それに人手に関しては、やり方次第でいくらでもカバー可能だ。


「それから、不測の事態に対する対応ですが──」


ロイドはチラリとログナー司教とマザーに視線を向けて続ける。


「これに関しては神殿騎士団やオーク部族を中心とした亜人の方々と提携し、迷宮内の巡回や冒険者のサポートなどを行っていただくことで対応する方針です」


ログナー司教はムッツリとしたまま、マザーはニヤリと笑ってその言葉に頷いた。


当然これらの協力は無償ではないし、単純な金銭以上に彼らに対するメリットは大きい。


今後エンデが共和国として独立し、迷宮の存在と共にその重要度が増せば、エンデのトップであるログナー司教の教団内での影響力は否応なく増す。加えてその際、現地の有力者と密な関係を築いていれば中央から横やりを入れられるリスクも小さい。


またマザーたち亜人種も人手の足りないエンデに恩を売ることで都市内に確固たる居場所を確保することができる。オーク部族の武力は言うまでもなく、コボルトの嗅覚、マーマンの水中行動力など、今後人の手の届かない部分の管理に彼らの存在は重宝されることだろう。


『…………』


大義と利益は示した。その為の方法も。


反論の言葉を失くし、戸惑いだけが残った議場の有力者たちに向けて、ウルは改めて口を開く。


「迷宮を作って竜種を隔離することだけを目的としていた古代人と違い、我々には迷宮を金に換える手段がある。それは人を動かす何ものにも代えがたい武器です。そしてそれができるのは商人である皆さんだけだ。エンデ共和国というこの構想は皆さんの協力なしには成立しない」

『…………』

「だからここから先は皆さんが決めてください。我々に投資しエンデ共和国を成立させるか。リスクを避けて問題を棚上げするか。配当金は名誉と金──皆さんが商人として望みうる全てです」

『────』


その言葉の誘惑に勝てる商人はいない。


この日、この瞬間、大陸に新たな国家が産声を上げた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

本来ならエピローグ的な話を入れて五章完結とすべきでしょうが、まだ主人公は解決策を示しただけでその実現にはまだまだ様々な障害や妨害が存在します。


その為、五章は問題への「回答編」と位置づけて一旦この話で区切らせていただき、「実現編」にあたる六章を来週から投稿させていただきます。


六章を最終章とし、エンデの迷宮と主人公たちにまつわる物語に一先ずの区切りをつける予定ですので、引き続き最後までお付き合いいただければ幸いです。

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