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ひよっこ魔導技師、金の亡者を目指す~結局一番の才能は財力だよね~  作者: 廃くじら
第五章

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第23話

『…………』

「…………」


普段は予算や条例の審議に使用され喧々諤々たる議論が交わされているエンデ政庁の議場は今、痛いほどの沈黙に包まれていた。


席に座っているのは主に大商人や各職人組合の幹部など、所謂エンデの表の有力者たち。内、現職の議員は半数にも満たないが、今日は正式な議会ではなく、形式的な資格の有無にかかわらず約四〇名ほどの実力者が広く招かれている。


対する主催者側に座っているのはエンデ共和国初代代表(暫定・仮)ゴドウィン、元賢者の塔の部門長カノーネ──スラムとの繋がりが噂される怪しげな小僧ことウルの三名。


この場は本来、ゴドウィンが自らの暴挙を弁明し、有力者たちがそれを糾弾する場であったのだが、その当のゴドウィンは腕組みしながら席に着き、ふてぶてしい笑みを浮かべている。というのもゴドウィンは有力者たちが待つ議場に入ってくるなり、


『先に言っておくが、私はあの宣言に一切関与していない。ここにいる二人に名を騙られ勝手な宣言をされた被害者だよ。よって今日は私も君たちと共にこの二人の弁明を聞かせてもらう立場だ』

『うえっ!?』

『──あ。それなら私も言われるがまま協力しただけで、首謀者はコイツなんで』

『ひょぇぇっ!?』


と、二人してあっさりウルを裏切ってしまった。


そのため議場の有力者たちは半信半疑ではあるものの、一先ず弾劾の対象をウルに絞り、厳しい目つきでジッと彼を睨みつけている。


──一緒に乗り越えようって言ったじゃん! 矢面には二人が立って、俺は後ろでフォローするって話してた昨日のあの打ち合わせの時間は何!?


いきなりちゃぶ台をひっくり返されたウルは悲壮な面持ちでゴドウィンとカノーネを睨みつけるが、当然二人は素知らぬ顔。二人に縋りついて抗議したくても、有力者たちから突き刺さる視線の前ではそれもできない。


ウルは痛いほどの沈黙が流れる議場で既に五分ほど有力者の視線にさらされ針の筵となっていた。


──うう、沈黙が逆に痛い……!


当初の想定では議場に怒号が飛び交い、それを宥めながら話をするという想定だったが、人を責め立てることに慣れた彼らは簡単に口火を切ることすらしない。ウルの口からどんな弁明が飛び出すのか、そしてそれにどう食いつき叩き潰してやろうか、虎視眈々と様子を窺っていた。


痛い沈黙が続く。


「──遅い」


トントンと指で机を叩く音と共に、誰かがボソリと呟いた声が議場に響いた。それが引き金となってウルに対する周囲の圧は益々高まるが、ウルはジッと待ち人の到着を待った。


そしてとうとう有力者の一人が威圧目的で机を蹴り飛ばしてやろうかと考え、実行に移しかけたその時──


「──すいません。遅くなりました」

「……フン」

「悪い悪い、寄り道してたら時間かかっちまった」


ドアを開けて議場に入ってきた三人の姿に有力者たちは目を丸くして驚いた。


先頭の男はいかにも小役人風の地味な男。服の胸部分に冒険者ギルドの印章が刺繍されており、その関係者であることが分かる。


続く二人目は至高神の法衣を纏った体格の良い老人で、その場にいた過半数は彼がこの街の教会関係者のトップであることを知っていた。


最後の三人目は二人目の老人より更に二回り以上体格の良い──オークの女。彼女がエンデのオーク部族の長であることを知る者は、当事者を除きこの場に片手の数ほどもいない。


ギルド職員ロイド、ログナー司教、オークの長マザー。

全く繋がりの見えない──そもそもマザーに至ってはこの政庁に足を踏み入れることさえあり得ない──三人の姿にその場の者たちは呆気に取られポカンと口を開けた。


身構える周囲の反応を無視して、三人はそれ以上何も言わず議場の空いた後ろの席に着席する。ログナー司教だけは不機嫌そうな表情でロイドやマザーとは離れた席に座った。


三人が同時に入ってきたのは偶然で特に意図はないのか?──いやいや、そもそもどうしてオークなどがこの場にいる!?──と、有力者たちが内心混乱する中、ウルがとうとう口を開いた。


「──お待たせしました。関係者が揃ったようなので、先の『エンデ共和国独立宣言』についての説明会を始めさせていただきます」

『────』


そうだ。気になる部分はあるが、まずはこの小僧がどんな弁明をするか聞いてやろうではないか。


都市の有力者たちは気を取り直し、改めてウルを睨みつける。あまり大勢の前で話すことに慣れていなさそうな少年は、気持ちを切り替えるように瞑目して深く息を吐き出してから口を開いた。


「まず最初にこの独立宣言の目的と想定される国内勢力の動き、それに対する対応から──」


ウルは緊張からかやや早口で、ゴドウィンに行ったのとほぼ同じ内容の説明を幾分端折って行った。




その内容を要約すると──


独立宣言の第一の目的はエンデがこれまで通り国内都市と商取引を行うことにあり、独立はあくまでそのための手段に過ぎない。


領土的な野心などは一切なく、帝国の内紛が収まればすぐさま帰順する予定である。この宣言は、内紛によってエンデからの迷宮資源の供給が滞り自領の景気が悪化することを懸念する地方領主からは賛成されるだろうし、エンデを巡って最前線となることを懸念する周辺の領主からは既に内々に黙認するとの反応が返ってきている。


中央の貴族からは反発が予想されるが、現実問題中央で皇帝派と公爵派が睨み合っている中、新型兵器で武装したエンデを攻める余裕は彼らになく黙認するほかない。また地方貴族に代わりに攻めさせようとしても、馬鹿にならない被害を被ると分かって真面目に攻撃してくる者はいないだろう。


その間にエンデは商取引によって各地の貴族たちとの関係を密にし、また両勢力の緩衝地帯、仲裁者としての役割を──




「──ええいっ! 何だその聞くに堪えん希望的観測はっ!!!」


ウルの言葉にその場にいた約半数ほどが幾分興味を引かれ聞き入り始めていたタイミングで、一人の男が拳を机に叩きつけ説明を遮った。


この街の武器商の元締めでもあるその男はウルに反論させることなく畳みかけるように続けた。


「目的が商取引の維持だけだと言うなら、馬鹿げた独立宣言などせずとも他にいくらでもやりようはあっただろうが!! 他の貴族が賛同する? 皇帝やオッペンハイム公が黙認してくれる? そんな保証がどこにあるっ!? 逆に経済封鎖でもされてみろっ!! 直接攻撃を受けずともこんな自給能力の低い都市など簡単に干上がるぞっ!!」


武器商の元締めの言葉に、他の有力者たちも顔を見合わせ「そーだそーだ」と釣られるように次々と口を開く。


「確かに独立までせんでも他の領主たちと連名で皇帝や公爵に取引維持を嘆願するとか、やりようはあったんじゃないか?」

「大軍で攻め込むのが難しいなら、少数で潜入して兵器を破壊しようと考えるかもしれんだろ。防げるのか、それを?」

「この都市の食料の備蓄は精々三か月……いや、本気で兵糧攻めにされたらこの都市の士気じゃ一か月も持たんわな」

「もし思う通りに進んでも、内紛が収まれば中央が儂らを見逃す理由はなかろう? 結局議員が責任を取らされるんじゃないか?」


思い思いに口にする彼らの懸念は、感情的なものも一部交じってはいたが基本的に至極もっともな内容だった。


ウルもそうした問題があることは理解していたし、逆の立場なら彼らと同じようなことを訴えていただろう。


そしてそれに対し、ウルには彼らが一〇〇%納得する答えを返すことはできない。


「…………」

「…………」


ウルはチラリとゴドウィンとカノーネに視線をやるが、二人は全く助け舟を出してくれる気配がない。まるでこの程度の反論は当然に抑えてみろと試されているようだ。


──はぁ……


ウルは内心で深々と溜め息を吐き──しかし不安を露ほども表に出すことなく余裕たっぷり、挑発的なムカつく笑みを浮かべて口を開いた。


「──それ、本気で言ってます?」

「何ぃ……っ?」


生意気なウルの態度に、賛同者が現れ満足げだった武器商の元締めが不快そうに噛みつく。


「今、なんと言った?」

「だから、それ、本気で言ってるのか──って、聞いてるんですよ」


睨み合い、互いに一言一言区切るように言う。そして罵声を浴びせようとした元締めの言葉を遮り、ウルは馬鹿にした態度を隠すことなく続けた。


「小僧──!」

「ここにいるのは国や貴族を相手に真っ向からやり合ってきた海千山千の商人でしょう? 平民の弱い立場でエンデの自治と利権を守り抜いてきた歴戦のネゴシエーターじゃないんですか? 防衛? 食料? 責任問題? その程度のことが、本気で何か問題だと考えてるんですか? どうにもならない、自分たちの手には余る問題だと?」

『────』


懸念を口にしていた有力者たちは、そのウルの言葉に思わず言葉に詰まる。


彼らは当然、商人として人並み以上のプライドを持っていて、自ら“手に余る”と口にするのは憚られたし、実際その気になれば今言った程度の問題はどうとでもできるだけの能力やコネがあった。


だが──


「──論点をずらすなよ」


その空気に待ったをかけたのは武器商の元締め。


「問題が解決可能かどうかと、リスクを負う必要があるかどうかは全く別の話だろう。お前は『そもそも独立する必要があるのか?』という問いに答えていない。この都市と市民にリスクを負わせてまで、エンデが独立するに足る大義と利があるとでも言うのか!?」

「はい」

『────』


躊躇なく。キッパリと。気負いなく。

あまりに堂々と言い切られ、ウルを問い詰めていた元締めだけでなく、その場にいたほとんどの者が絶句した。


「話が早くて助かります。今説明したのは表向きの理由。本当に独立してまでこの都市の自治を守らなければならない理由は他にあります」


ウルの表情に皮肉や馬鹿にするような色はなく、ようやくここまで辿り着けたと安堵しているようにさえ見えた。


「自治? 他の理由? お前、一体何を──?」

「他の方法で商取引の維持が何とかなったとしても、エンデの自治が守られる可能性は低いですからね。恐らく双方の勢力から代官が送られてきて、迷宮資源──いや、迷宮はガチガチに管理されることになるでしょう。それでは困るんです」

「だから、お前は一体何を言っている!?」

「大義の話ですよ」


困惑する都市の有力者たちを前に、ウルはほんの少し罪悪感の混じった表情で苦笑し、続けた。


「今からお話するのは、我々がこれまで当然のように利益を享受してきた、迷宮の成り立ちに関わる真実です」

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