第21話
迷宮都市エンデ独立のお知らせ
平素は私どもエンデの商品をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。
さて、私どもエンデは帝国歴一五二年に時のマンスレート一世陛下に自治都市として認められて以降、三〇〇年以上の長きにわたって帝国の良き臣民として、また皆様の良き取引相手としてその務めを果たしてまいりました。
しかし昨今の国内の政情不安を受け、自治都市という統治形態では「帝国の皆様に良質な迷宮資源を安定供給する」という使命を果たすことが困難と判断せざるを得なくなりました。
つきましては私どもエンデは帝国から独立し「エンデ共和国」としての活動を開始させていただくことを、ここにご報告させていただきます。
ご心配、ご不安をおかけいたしますが、これまで私どもエンデの迷宮資源をご購入いただいていた皆様方には、引き続き同条件でお取引を継続させていただく予定です。
これまでに賜りましたご厚情に心より感謝申し上げますと共に、皆様の今後ますますのご健勝をお祈りいたします。
エンデ共和国 初代代表 ゴドウィン・ハイネマン
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「どぉぉぉぉいぃうぅぅぅことだぁぁぁっ!?」
迷宮都市エンデ自治領主ゴドウィン──もといエンデ共和国(暫定)初代代表ゴドウィン・ハイネマンがウルの自宅に怒鳴り込んできたのは、エンデ独立宣言が魔導通信により各地の有力者に発せられてから僅か一時間後のことだった。
ゴドウィンの訪問を予期していたこともあり、自宅に待機していたのはウルとカノーネの二人だけ。他のメンバーは都市内の他の勢力の抑え込みや、新型防衛兵器「ダムハイト」のデモ運転の後片付けや整備などに奔走している。
「何だあの宣言はぁぁっ!? いつの間に人の名前を騙って通知文なぞ送ったぁっ!? 独立!? 共和国!? 私が代表!?? 何の冗談だ冗談だろう冗談だと言ってくれお願いだからお願いします!!!」
ゴドウィンは見るも哀れなほどに動揺し泡を食ってウルに掴みかかった。
日頃いかにも余裕たっぷりでできる男という雰囲気を漂わせたゴドウィンが涙目で錯乱する様は中々の見ものではあったが、ウルやカノーネにも最低限の良心ぐらい存在する。無実の罪で帝国に反旗を翻した大罪人に貶められた目の前の男に対し、罪をでっちあげた側として罪悪感らしきものは抱いていたのだ。それなりに。一応。
そのためゴドウィンの慌てぶりを見て愉悦に浸ることはせず、申し訳なさそうな表情を浮かべ落ち着かせようと努力はした。
「まぁまぁ。そう焦らないで落ち着い──」
「これが落ち着けるかクソガキィィィッ!!」
「────!!」
耳元で怒鳴りつけられ、そのあまりの大音声にウルは頭がキーンとなり、軽いスタン状態に陥る。
「何から、何まで、どうなっとるんだぁぁぁっ!!? そもそもなんだ! あの『ダムハイト』とか名付けたクソ兵器は!!? 事前に説明のあったカタログスペックでは精々一個大隊をなぎ払える程度という話だったろうが!! 何をどう間違えたら旅団を飛び越えて一個師団を軽く壊滅させそうな破壊力になるんだぁぁっ!!?」
「そこはアレよ。予想成果を過大に見積もってガッカリさせるより、控えめに言っておいて実はいい成果が出ましたって報告する方が喜ばれる社会人的なアレ、配意」
「程度というものがあるだろうがぁぁっ!!!」
目を回して答えられそうにないウルに代わってカノーネが弁解するが、ゴドウィンはますますヒートアップしていく。
「その上どうして勝手にあのクソ兵器の図面まで独立宣言とセットで公表したぁぁっ!!? あんなクソ破壊力の兵器が世に出回ったら商機どころか帝国が壊滅するぞ!! 控えめに言っても砦や街一つ位簡単に吹き飛ばしかねん威力だっただろうがっ!!?」
「あ、吹き飛ばしかねんっていうか、スペック的には帝都でも一撃で余裕──」
「余計にマズいわぁぁッ!!!」
カノーネの説明にゴドウィンは唾をまき散らして更にヒートアップしていく。その意外に逞しい腕にがくがく揺さぶられるウルの顔色が少しヤバいことになっていたが、誰も気にしていなかった。
「消費する魔石量的に連発できんという話だったが、あんなクソ威力では連発以前の問題だっ!! 万一にもアレが都市に向けられたら大虐殺どころの話ではないぞっ!!?」
「大丈夫大丈夫。ダムハイトは金と資源に物を言わせてただただ既存の魔導砲を巨大化した頭の悪いシロモノだから。構造上小型化なんて不可能──というか無意味だし、移動させて攻め手に使うとか絶対に無理。文字通り防衛専門兵器だからそこは心配しなくていいわ」
カノーネの言葉通り、ウルが発案した新型防衛兵器「ダムハイト」はただただ既存の魔導砲台を巨大化し、威力を極大化しただけの頭の悪い兵器である。
基本的にこの世の中はデカいものが強い。ただ威力を求めて兵器がサイズアップするのは自然なことだが、普通はそれにも限度があり、デカけりゃ良いというものでもないのだ。例えばウルの魔導銃を素材そのまま一〇倍のサイズにすれば砲身がエネルギーに耐えられず自壊してしまうように。ダムハイト級のサイズになると一般に流通している鋼では重すぎて砲身を形成することさえ困難だ。
しかしダムハイトはオリハルコンやアダマンタイトといった神造金属をふんだんに使用するという成金的発想でその問題を解決している。
実のところダムハイトの製造に取り掛かった後、当初想定の数倍以上の神造金属が必要であることが判明し、エンデ中の素材をかき集めても材料が足りなかった事情があったりもした。今回は長年エンデに棲みつき稀少素材を密かにため込んでいた犬ジイがへそくりを放出したことで何とかなったが二度目はない。エンデ外の都市ではこのサイズのダムハイトを製作することはほぼ不可能と言ってよいだろう。
そんな伝説の聖剣を千本作ってもお釣りがきそうな頭の悪いコストをかけた砲台が全十二門。
どこの災厄の神を殺すのだと言わんばかりの殺意の高さである。
更に付け加えるならば今回のデモンストレーションでエネルギー源として使用した魔石の量はエンデ全体で産出される魔石の凡そ二か月分。この大陸の魔石需要の過半数をカバーするエンデの二か月分であり、エンデ外の都市であれば数年がかりで魔石を溜め込み一門、一発撃つのが精一杯であろう。
ダラダラと説明したが、つまるところ「ダムハイト」とは新型兵器ではあるものの何ら目新しい技術を使っているわけでもない、ただエンデの財力と資源にものを言わせたクソ兵器。製造方法を公開したところでエンデ外では製造も運用も困難、加えて防衛以外の用途では一切使えないという制約だらけの欠陥品なのだ。
今頃このダムハイトの図面を見せられた大陸中の技術者たちは、これを考えた者の頭の悪さに罵声を浴びせていることだろう(ちなみに当初ゴドウィンに見せた図面はダミーであり別物だ)。
ただこんなクソ兵器であっても、ことこのシチュエーションにおいてはこの上なく有効に働く。
「ええいっ! だとしてもだっ!! 私の名前を騙って帝国中に通知文を流すとはどういう了見だ!!? 公文書偽造だ何だのはさておくとしても、独立宣言などしでかして──分かっておるのか!? 本気で皇帝や公爵に目をつけられれば、こんな都市一たまりもないのだぞ!!?」
皇帝への敬称も忘れるほど動揺しているゴドウィンだったが、その分析自体は正しかった。
いくらダムハイトで武装しようと、エンデの攻略自体はとても簡単だ。
ダムハイトはその性質上弾数に限りがある。中隊単位で波状攻撃を仕掛ければ被害はあっても簡単に攻略できてしまうだろう。罪人などを用いて決死隊を組織できればなお効率的だ。
特にエンデは命懸けで独立を維持しようとする者など皆無であろうし、まさしくハードだけで戦争は成り立たないという典型例である。
「大丈夫ですよ。皇帝や公爵がエンデに攻め込んでくることはありません」
目を血走らせるゴドウィンに答えたのは、大声のスタンから回復したウルだった。
「何故そんなことが言い切れる!?」
「エンデを落とすこと自体は簡単ですが、それには相応の戦力を集中させた上で、かなりの被害を覚悟する必要があります。中央で両軍が睨み合いをしてる中、そんな余裕が彼らにあると思いますか? しかも苦労して攻め落としても、すぐにもう一方の側に攻め込まれるかもしれない。先に手を出した側が馬鹿を見るだけですよ」
ウルの言葉にゴドウィンは少し冷静になったのか、ウルから首元から手を放す。
そしてくちゃくちゃになった服を直しているウルに、ゴドウィンは改めて懸念を口にした。
「……だがエンデの独立など認めては帝国の権威に傷がつこう。他の貴族たちが雪崩を打って独立を宣言する可能性さえある。軍事的な有利不利を無視して攻めかかってくる可能性はあるのではないか?」
「弟に叛乱を起こされて今更権威も何もないでしょう。それに、他の貴族とエンデでは立場と状況がまるで違います」
「だが──!」
「それに彼らにはエンデの独立を認めるメリットがあります」
ゴドウィンの言葉を遮って、ウルは自信たっぷりに──ただのハッタリだが──言った。
「メリット……だと?」
「ええ。元々エンデは現在の両勢力にとって面倒な存在です。理由は分かりますか?」
ウルの問いかけに、ゴドウィンは少しだけ考えて口を開いた。
「……エンデは迷宮資源を大陸中に供給する重要拠点だ。ここを押さえた側がこの内紛を優位に進める可能性が高いが、中央から距離があり、陛下とオッペンハイム公が中央で睨み合っている状況では直接的に関与しづらい」
「はい。必然的に他の地方貴族にエンデの綱引きに関しては任せることになるでしょうが、自分たちがコントロールできない部分で戦況が左右されるというのはとても嫌なものですよね」
「それをエンデが独立することで争点から外してしまおうと言うのか? 理屈は分からんでもないが、それで独立を認めるというのは論理が飛躍しすぎているだろう」
ゴドウィンの懸念は正しい。ならばもう少しハードルを下げてやろう。
「どうせ後日皇帝や公爵から詰問の使者が来るでしょう。その際に『この独立は内紛が収まるまでの一時的なもので、帝国の盟主が一つに定まればエンデは再び帝国に帰順する』とでも言っておけば納得するでしょう。エンデからの資源供給が止まれば帝国の経済は大きな被害を被ります。これはそれを防ぐための一時的な措置だと。エンデを奪って相手勢力にダメージを与えたいという考えもあるかもしれませんが、貴族たちの多くは皇帝と公爵、どちらが勝とうとあまり興味がない。エンデの独立を支持すると思いますね」
「……取引のある他の貴族たちも巻き込み、エンデの独立を認めさせろということか」
ここまで説明されて、ゴドウィンはウルたちの行動の意図を理解し、この状況のメリット、デメリットを冷静に考えられる状態になった。
本来であればウルとカノーネと捕縛して、二人が勝手にやったことだと皇帝や公爵に弁明したい気持ちはあるが、ゴドウィンが彼らと組んで兵器製造を行っていたのは事実であり、どこまで無実を信じてもらえるかは分からない。
また仮に信じて貰えたとしても、その場合ゴドウィンは彼らに騙され帝国中に大恥を晒した間抜けというレッテルを張られることになる。命は助かるかもしれないが、政治家や商人としては死んだも同然だろう。
彼の心が、ほんの僅かではあるがウルたちの行動を認める方向に揺らぐ。
その隙を見逃すことなく、ウルは畳みかけた。
「それにやりようによっては、エンデの存在は皇帝や公爵からも重宝されるかもしれませんよ?」
「……どういう意味だ?」
「今帝国は、皇帝派とオッペンハイム公派の二色に別れようとしています。ただ、どちらの勢力も必ずしも全面戦争による潰し合いを望んでいるわけではないでしょうし、内紛が長引き泥沼の状況に陥ることは避けたいはずです。そんな時に緩衝地帯となり、仲介者として落としどころを探れる存在がいたとすれば……どうですか?」
「…………」
ゴドウィンは真剣な面持ちでウルが語った未来像について考え込む。
更におまけのようにウルは付け加えた。
「ついでに言えば、万一閣下が今回の件で罪に問われるようなことがあれば、我々が閣下に無断でその名を借りて独立宣言を行い、以降は裏で脅して閣下を操っていたと法廷で証言しますよ」
「────」
ゴドウィンが顔を上げると、苦笑しながらこちらを見るウルとカノーネの姿があった。
彼らも今回の件はやり過ぎだということは重々理解しており、巻き込んでしまったゴドウィンに申し訳なく思う気持ちに嘘はない。
年端もいかない少年にそこまで言われてはゴドウィンも本来の勝負師としての血がうずく。苦笑し、いつものふてぶてしい雰囲気を取り戻して口を開いた。
「……君たちがそこまで覚悟を決めているのなら詳しい話を聞くこともやぶさかではない。だが、理解しているかね? 私は現時点ではあくまでエンデの自治領主だ。エンデに利益のない話に乗るつもりはないぞ?」
「──勿論。最大級の利益が見込める話であることは約束しますよ」
一時間後。
ウルたちから計画の全容を聞かされたゴドウィンは、驚愕の中で彼らの手を取ることを選択した。




