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第20話

カノーネが中心となって防衛兵器の製造・設置を進めている間、他のメンバーたちも何もせず遊んでいたわけではない。


彼ら彼女らは今後に備え、それぞれが所属する母体や関係者に計画を打ち明け根回しを進めていた。


勿論全てを打ち明けたわけではなく、計画の一部を相手を選びながら慎重に。これから起こり得る初動の混乱を最小限に留め、スムーズに本来の計画に着手できるよう思いつく限りの手を打っていく。


根回しの主な対象はギルドを中心とした冒険者組織、オーク部族ら亜人種とスラムのアウトロー、教会関係者。


ギルドや冒険者関係はロイドやカナン、エイダが、亜人種やアウトローは犬ジイとエレオノーレが中心となって押さえていったが、難航したのは教会関係者だ。


リン一人では事情が事情だけに上司たちを説得することは難しく、結局ウルも駆り出されログナー司教相手に面倒な交渉を行うハメになった。紆余曲折あり、本来の計画についてもかなり踏み込んで説明させられはしたが、司教たちの得られるメリットが極めて大きいこともあって、何とか()()を勝ち取ることに成功。


ログナー司教の存在は初動対応において重要な役割を果たすため、この成果に一同はホッと胸を撫でおろした。


一方でレーツェルだけはこうした兵器の製造にも根回しにも参加せず、迷宮の基幹部に潜り続けている。ウルたちも詳しいことは知らされておらず、「万が一の時の保険」を準備しているとのこと。犬ジイも了承済みらしいので深くは聞かずそのままにしていた。


そんなこんなで防衛兵器の製造に取り掛かってから、あっという間に一週間が経過。


完成を目前にして一同は最後の根回しに取り掛かった。




「新型防衛兵器のデモンストレーション、だと?」


豪奢な天幕の中で、オッペンハイム公フリードは腹心たるヒルデスハイム伯からの報告に眉根を寄せて聞き返した。


「はっ。自治領主ゴドウィンの名義で、学院の通信網を用いて我らと宮廷の双方に事前連絡がございました」


ヒルデスハイム伯は感情の見えない淡々とした声音でボソリと付け加える。


「……どうやら、その兵器の開発には先般学院を放逐されたカノーネなる導師が関わっているようです」

「カノーネ……ああ! 例の翼竜事件に関わっていたというエルフか」

「御意」


先日帝都周辺で発生した迷宮崩壊と翼竜の出現はオッペンハイム公の耳にも届いていた。


「レオンハルトが狙っていたほどの術師だという話は聞いている。そ奴が関わっているというならそれなりの物ではあるのだろうが、我々に知らせてきたのはどういう意図だ? まさかエンデまで見に来いということでもあるまいし、向こうが兵器を持ってここまで出向いてくるのか?」

「いえ。かなり巨大な兵器らしく持ち運びは困難とのことで、今回は学院が所蔵する【遠見の水鏡】なる魔道具を用いて、閣下にエンデでの様子をご覧いただきたいということです」

「ふむ……」


オッペンハイム公は顎髭を撫でつけながら頭の中で伝えられた情報を整理し、ヒルデスハイム伯に確認する。


「……そのデモンストレーションの目的は何と?」

「要約すれば『現在の不安定な国内情勢を受け都市の防備を固めることとした。要らぬ疑いを抱かれぬよう性能について公開させていただく』と」

「なるほど……どうとでも取れる表現だな?」

「御意。また、どうやら我らだけでなく、各地の主要貴族や有力者にも同様の通知を行っているようです」

「ほう? それはまた大掛かりなことだ」


オッペンハイム公は頭の中で自治領主ゴドウィンの目的についていくつかの可能性を展開し、思考を整理するために先にヒルデスハイム伯の考えを聞いた。


「どう思う?」

「……威嚇と売り込み──あるいはその両方かと」


伯の意見はオッペンハイム公の考えと概ね一致していた。


威嚇とはその新兵器とやらの性能と威力を見せつけ、エンデに対する武力行使を抑止すること。流石に兵器一つで皇帝やオッペンハイム公の軍を抑止できるなどとは考えまいが、どさくさに紛れてエンデを攻め落として自領に組み込んでしまおうとする周辺領主の愚行を抑止する程度の効果はあるかもしれない。


一方で売り込みは新兵器やその技術のプロモーション。この戦時下に合わせ、皇帝やオッペンハイム公、各地の有力者に兵器を買わせることを目的としたものだろう。記憶に間違いがなければ自治領主のゴドウィンは大陸随一の魔石商人だったはず。その魔石を原料、エネルギー源とした兵器の売り込みのためと考えれば、これだけ大々的なアピールにも納得がいく。


深読みすれば防衛設備込みでエンデをいずれかの勢力に売り込みたいという意図もあるのかもしれない。


「うむ。我も概ね同意見だが、兄上と我だけでなく、他の者たちにまで広めておる点が些か気になるな」

「……確かに。その新兵器とやらがいかなるものかは不明ですが、現段階で帝国中の需要を満たせるほどの生産が可能とは思えません。であれば売り込み先は順を追って広めていく方が効率的ではありますな」

「更に言うならば、新兵器は敵に予備知識のない初見の状態でこそ最大限に力を発揮する。周辺貴族に対しては()()()()()()()()という噂だけで充分抑止になろう。わざわざ兵器の性能を公開するのはデメリットが大きい」

「……それに関しては、可能性であればいくつか思いつくことはあります」


ヒルデスハイム伯は予めその問答を想定していたのだろう。オッペンハイム公の疑念に対して、ほとんど間を置くことなく準備していた自分の考えを披露した。


「一つは自治領主に兵器そのものを売り込む意図はなく、兵器の製造方法を公開し、その製造に必要な迷宮資源の販売で利益を得るつもりである可能性」

「……ふむ。であれば、迷宮資源の需要を喚起し値を吊り上げるために、帝国中に情報を公開するというのはおかしなことではない、か」

「また先ほど閣下が仰られた防衛面でのデメリットについては、エンデ側が情報の一部を伏せてくることが考えられます」

「デモンストレーションではわざと不完全な兵器を見せ、自分たちはより高度な──あるいは全く別の隠し玉を準備しているケースだな」


いずれもあり得ることだ、とオッペンハイム公は頷く。


「この他にも、費用や耐久性などの問題でデモンストレーションが何度も行えるものではない、既に近隣領主との間で何らかの密約が結ばれている、裏に第三者の意図が関わっているケースなど可能性を挙げればきりがありませんが、いずれにせよ実際の兵器の性能を見ないことにはこれ以上の推測は難しいかと」

「……確かに。これ以上は憶測に憶測を重ねるだけか」


エンデ側の意図は気にはなるが現段階では推測するための材料が圧倒的に不足している。


他に対処せねばならない問題はいくらでもあるため、オッペンハイム公は一旦この疑問を棚上げすることにした。


「それで、ヒルデスハイム伯。そのデモンストレーションとやらはいつ行われるのだ?」

「はっ。連絡によりますと、明日の正午過ぎから、と」

「明日? 忙しないことだ」


オッペンハイム公は皇族である自分たち相手に前日連絡を行うエンデの段取りの悪さに呆れ、これは警戒しすぎたかと苦笑する。


考えてみれば新兵器と言ったところで、エンデに軍事の専門家がいるわけでもなし、件のカノーネという導師も軍事に関しては素人だ。兵器とは十分な軍事力と結合し適切に運用されて初めて脅威となるもの。蓋を開けてみればとんでもない期待外れということも十分にあり得るだろう。


──そもそもそのカノーネという導師も帝都から放逐されてまだ間もないはずだったな。いくら優秀な術師であれ、この短期間で一体どれほどのことができようか。


オッペンハイム公は最終的にちょっとした見世物を見る程度の軽い気持ちでエンデから通知されたデモンストレーションの時を迎えることとなる。




翌日。


──ヂュドォォォォォォォォォォォォォォン!!!


『…………』


閃光と轟音が魔道具の水鏡の中から響き渡り、魔道具越しにも伝わってくる威力と迫力にオッペンハイム公たちは絶句する。


いや、正確には公たちが絶句しているのは魔道具越しの情報だけが原因ではなく、この映像の衝撃に少し遅れて伝わってきた地面の揺れの影響も大きかった。


地震──とは少し違う。


だがまさか、エンデで行われた実験が、徒歩で半月以上離れたこの地に影響を及ぼすはずが──


「──閣下! たった今、エンデの自治領主より魔導通信で通知文が発せられました!!」

「卿。閣下の御前で無礼であ──」


ヒルデスハイム伯は入室の許可も待たず天幕の中に飛び込んできた部下を叱責しようとし、その部下のあまりに泡をくった様子に顔を顰める。そして一先ず叱責を後回しにして部下が持ってきた通知文を奪い取り目を通した。


「────」


絶句する。


「……おい。どうしたヒルデスハイム伯? 何が書いてあったのだ?」

「────」

「おい! どうした!?」

「────」


ヒルデスハイム伯は無言で通知文をオッペンハイム公に手渡し、訝し気にそれに目を通したオッペンハイム公はやはり──絶句した。

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