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第18話

【ウルの計画を聞いたメンバーの反応】


エレオノーレ

「やろう!!」


リン

「え~……正気ですか? そりゃまぁ、ホントにそれが実現して上手くいくって前提なら……ウチの上司は黙認すると思いますよ。てゆーかウチの連中は大半中央から島流しに遭った連中ですから、上手くいったら人生一発逆転なわけですし」


カナン

「…………ごめん。何言ってるのかよく分かんない。え? 結局それが実現するとどうなるわけ?」


エイダ

「実現可能性は一先ず脇に置いて──多少形は変われど私たちの仕事はむしろ増えるわけよね? 危険が増すわけでもなさそうだし、先行者として有利なポジションを確保できるメリットは大きいから、その辺りを説明すれば上級の人たちは納得するかな。下は上が動けば勝手に引きずられてくでしょ。──実現可能性はさておいて」


ロイド

「…………私に死ねと? いえまぁ、その必要性とメリットは理解しますが……将来のリスクを取り除こうと思えば、確かに今しかない……のか? いやでもそれはそれとして間違いなく私は死にますよね? 仕事……死事かぁ……」




困惑は大きかったものの、思ったよりもずっと反応は悪くなかった。


皆、話のスケールが大きすぎて思考が麻痺していたというのはあるかもしれない。


あるいは振り回されるこの状況に不満を持っており、何か一発かましてやりたいという稚気のような感情もあったのかもしれない。


そして当然、肯定的な反応であろうと「本当に実現可能なら」という枕詞が頭に付く。


その実現可否の判断と、適当過ぎるウルのプランの仕上げを任されたのがカノーネ。


彼女はウルが持ち込んだ図面の仕上げと精査、更にフワッとした案でしかない最終計画の実現性をほぼ一人で検証し、大枠だけではあれ具体的なプランにまで落とし込んで見せた。




カノーネ

「……面倒!! 計画そのものは単純だし難しくもないけど、ただひたすらに面倒!!」




そんなこんなで一週間後。

フワフワしたウルのプランはある程度──他人任せで──形になり、『あれ……やっぱこれ、できちゃわない?』との結論に至る。


ただウルを含めて全員、理論上可能ではあっても本当に穴がないのか、問題が問題なだけに確信が持てず、実行に移すか否かを決断できずにいた。


結局、ゴーサインを出したのは犬ジイ。


「俺も老い先長くない……やらせてくれ」


そう頭を下げられては止められるものではない。


最終的に失敗した時に備えて直接関与する人間を最小限に抑えることでウルの計画は実行に移されることとなった。


表向き関与する人間はカノーネとウルの二人だけ。実のところカノーネ一人でも事足りるのだが、流石に発案者であるウルが安全圏にいるのは無責任すぎるため、ウルは強制参加となった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ふむ……都市防衛用の兵器の導入かね?」


場所は自治領主ゴドウィンの執務室。


アポイントをとってやってきたカノーネとウルの提案に、ゴドウィンは拍子抜けした表情を見せた。


多忙なゴドウィンとの面談は、都市の有力者であろうと現在は数日待ちが当たり前の状況だ。しかし世界最高峰の魔術師の一人と名高いカノーネからの面談申し出を受け、何かこの硬直した状況を打破する提案が聞けるのではと優先してそれを受け入れたのだが……それがただの防衛兵器の売り込みとは。残念ながら期待外れというほかなさそうだ。


しかしゴドウィンは失望などおくびにも出さず、穏やかな表情を浮かべて二人の提案に耳を傾けた。


「おっしゃる通りです、閣下。我々が閣下にこんなことを説明するのもおかしな話とは思いますが、現在このエンデは非常に不安定な立場にあります。皇帝陛下とオッペンハイム公の両勢力に挟まれ、豊富な迷宮資源を巡っていつ攻め込まれてもおかしくない。また仮にどちらかの勢力に編入されることが決まったとしても、狙われる立場そのものに変わりはないでしょう」

「うむ」


ウルの言葉はただの確認であり前置きだ。

ゴドウィンは滔々と語る少年の言葉を聞き流し、続きを促した。


「常道は早急にどちらかの勢力に庇護を求めることでしょうが、一方への肩入れはもう一方への敵対行為とみなされかねず、余計な火種を誘発することにもつながりかねません。いずれかの優位が決した後ならばともかく、今この状況でそれを行うのは極めて危険と言えるでしょう」


なるほど、最低限の状況は見えているようだとゴドウィンはウルの分析の正しさを認めた。


「またどちらの勢力に対してであれ、庇護を請うことは都市の自治権の放棄とも見做されかねず、いずれ放棄せねばならないものであっても自らそれを言い出せば今後の交渉において極めて不利に働きかねません」


これも正しい。エンデやその周辺の貴族たちが明確に方針を打ち出せずにいる理由が正にこれだ。


「であれば、今必要なのはこの都市を守る防衛力であると考えます。足元を見られることなく正当な交渉を行うためにも、その後広がる戦火に備えるためにも」

「ふむ……」


取り合えず凡庸ではあるが最低限芯をくった提案ではあるようだ。ゴドウィンはウルたちの評価を僅かばかり上方修正し、彼らの提案の問題点を指摘した。


「興味深い提案ではあるが、今聞いた限りでも三つ、問題点が思い浮かぶな」

「三つ……ですか?」


ゴドウィンは「うむ」と頷き、指を一本ずつ立てながら話を続けた。


「一つ目は製作期間。二つ目は陛下や公に要らぬ警戒を抱かせるリスク。三つ目はその兵器が利用、あるいは模倣され、要らぬ火種を生み出すリスク」


細かいことを言えば他にもあるが、と続けながらゴドウィンは試すようにウルたちの答えを待った。


「いずれも問題ない、あるいは解決なものと考えております」

「ほう……」


ウルは予め想定していた範疇の問いに、表情に穏やかな自信を浮かべて説明を続けた。


「まず製作期間……これは今からこの規模の兵器を製作していてこの内紛に間に合うのか、という意味で宜しいですね?」

「うむ。私は門外漢なのでこの兵器がいかなるものかは理解しかねるが、この規模の物が一月や二月で出来上がるものでないことぐらいは分かる。加えてこれを製造するだけの資材や費用をどう調達するのかね? 費用はともかく資材を集めるだけで軽く一月はかかってしまうだろう」


ゴドウィンの当然の疑問にウルは一つ頷きを返し、順に答えていった。


「まず資材や費用の調達を除外した製造期間についてですが、これに関してはカノーネ導師の【変成術】を活用することで大幅に短縮することが可能です」

「ほう……?」


ゴドウィンはそこで面白そうな表情になり、それまで黙っていたカノーネに視線をやる。彼女は鷹揚に頷き、自信たっぷりに断言した。


「細かな調整は別途必要でしょうけど、一先ず運用に耐え得る物を仕上げるだけであれば一週間もあれば事足りるわ」

「この規模の兵器をかね? それは素晴らしい!」


ゴドウィンは芝居がかった仕草で称賛し、続いて視線で資材と費用の調達をどうするつもりだと言外に問いかける。


「そして資材については既に目途が立っています。平時ならともかく、現在この都市では在庫がダブついていますので」

「……確かにな」


そこに関しては領主であり商人でもあるゴドウィンは細かな確認を取るまでもなく把握していた。


現在、エンデでは今後の見通しが立たない状況で、今のうちにできる限り稼いでおこうと考えた冒険者や職人たちが活発に活動し、都市全体の生産量は一時的に増加している。しかし一方で、帝国全土が緊迫した状況にあることから、その生産物を各地に運ぶ輸送機能はむしろ低下傾向。その結果、エンデでは需要があるにもかかわらず物が運び出せず、倉庫に在庫が積みあがるという現象が起きていた。


「また予算については閣下に都市の防衛費やプール資金を回していただければ賄える範囲かと」


大陸随一の迷宮資源を産出するエンデの都市予算は膨大だ。そこに手を付ければ確かに十分に費用面は賄えるだろう。ゴドウィンに話を持ち掛けてきたのもそのためであろうと予想していた。


「言いたいことは分かるが、予算というものは議会の承認なしに動かせるものではない。臨時議会を招集したとして、議論するだけでどれだけ時間がかかることやら……利権の引っ張り合いや駆け引きで到底結論が出るとは思えんね」

「今は非常時です。であれば、規定では議会の承認がなくとも領主の専決権限で予算の執行が可能でしょう?」

「……正気かね?」


ウルの言葉にゴドウィンはこの話し合いで初めて素の感情を見せ不快そうに顔を歪めた。


「緊急事態条項による予算執行は確かに不可能ではないが、その執行は後日議会で適正であったかどうかを厳しく審査されることになる。そしてこのようなケースで議会が予算執行の正当性を認めるはずがないし、私には即日解任動議が出されることとなるだろう。それを理解した上で今の発言をしたのかね?」

「無論です」


ゴドウィンの詰問に、ウルは場違いなほどに穏やかな笑みを浮かべて即答した。


「都市の安全と領主の地位はそもそも天秤にかけるものですらありません。都市のために真に必要であるのなら、領主を辞めることになろうとそれは仕方がないことなのでは?」

「──っ」


あまりに明け透けなウルの言葉にゴドウィンは激昂しかけるが、直ぐに続く言葉で落ち着きを取り戻す。


「何より、今この都市の領主の椅子がそれほど座り心地の良いものとは思えません」

「──! ふむ……なるほどな」


つまりウルは『この情勢下で自治領主をしている旨味などないし、やりたがる者もいないだろう。その上で辞めろと言われるなら辞めてしまえばいいではないか』と言っているのだ。


これはある意味目から鱗だった。

ゴドウィンも昨今の多忙さとストレスに出来ることなら他の誰かに領主を押し付けてしまいたいとは考えていた。だが有事を理由にその職責を投げだしてしまえば周囲からの信頼を失い、本業の商人として致命傷を負うことになりかねない。その為、やむを得ず領主としての職責を果たしていたわけだが……


──いつ自治権を失うかもしれない都市の領主など誰もやりたがらない。文句はあっても実際に解任される可能性は低いし、解任されるならなお良し、か……


悪くない、とゴドウィンは感じた。

勿論、防衛兵器導入に一定の合理性があることが大前提だが、ウルたちが多少強引な理屈を持ち出しても乗ってやっても構わないか、と考える程度には。


「……では、二つ目、三つ目の問題点についてはどうかね?」

「二つ目、周囲に要らぬ警戒を抱かせるリスクについてはそもそも気にする必要がなく、三つ目の兵器が他に模倣され悪用されるリスクは我々が提案する兵器に関しては極めて軽微かと」


ウルは指を折りながら一つ一つ丁寧に説明を続けた。


「そもそも現在のエンデは餓えた狼と虎に挟まれた肥えた羊のようなもの。今更警戒されたところで狙われている事実に変わりはなく、むしろ自衛のためには積極的に警戒させるというのも一つの考え方かと」

「ふむ」


この点についてはゴドウィンも特に反論なく認め、続きを促す。


「また兵器が奪われたり模倣されたとしても、それが戦局に大きな影響を及ぼすことはないでしょう」

「……矛盾しているような気がするね。その兵器に価値があるなら奪われ、模倣されて影響がないとは考えにくいし、逆にそうでないなら君たちは私にその程度の価値しかないものを導入しろと提案していることになる」


ゴドウィンは冷たくその目を光らせて続けた。


「そもそも特定の兵器に頼った防衛など邪道だよ。どれほど秘密を守ろうと技術は必ず暴かれ模倣されるものだ。我々にはそれを適切に運用する軍もノウハウもない。初見で一時攻め手の出鼻を挫くことはできるかもしれんが、決して長続きはせんだろう」


その意見は正しい。

革新的な兵器の存在は一時的に戦いを優位に進めることが出来るかもしれないが、それだけだ。エンデは所詮一都市であり、総合的な技術力や生産力では皇帝やオッペンハイム公の勢力には遠く及ばない。兵器一つで都市を守り切ることは不可能だろう。


「別に兵器一つで都市を守り切れるとは考えていませんし、その必要もありません」

「ほう?」

「エンデを挟む両勢力の力は拮抗しており、この状況で余計な戦力はすり減らしたくないはず。要は強引に攻めても“割に合わない”と思わせるだけの力を示すことができればそれで良いのです」


逆にエンデを強引に攻めても構わないと思えるほどの戦況になったのなら、素直に優位な側に従えばいい。


「また、三つ目の問題点についての回答になりますが、この兵器は模倣されたとしてもエンデ以外では十全に運用することはできません」

「エンデ以外では……?」


ゴドウィンはすぐにウルに答えを聞くことなく、口元に手を当ててその言葉の意味を考えた。


「……カノーネ導師のような優れた魔術師がいなければ──という意味ではなさそうだね。もしそんな方法をとれば都市の防衛を一個人に頼る危険な状況に陥るし、最悪は学院の紛争への介入を招きかねない」


ゴドウィンはウルの顔色を窺いながら暫し考え込むが、結局諦めたように肩を竦めた。


「……分からん。どういう意味かね?」

「一言で言えば、この兵器は使用に際しエネルギー源として大量の魔石を必要とするんです。それこそ迷宮資源を大量に産出するエンデ以外ではとても賄いきれないほどのね」


ウルの答えはいたってシンプルだった。


「……しかしそれでは費用が馬鹿にならんし、継戦能力にも欠けるのではないかね?」


ゴドウィンは暗に『欠陥兵器では?』と指摘する。そしてウルはそれをアッサリと認めた。


「おっしゃる通り。でもそれでいいんです」


それでいいという言葉の意味が理解できずゴドウィンは首を傾げる。


「相手には『犠牲を覚悟で攻めればいつでも攻略できる』と思わせる位でちょうどいいんですよ。どのみち本気で攻めてこられたら勝ち目はないですし、勝つ意味もない。先ほども言いましたが『攻めるのは割に合わない』『後回しにしよう』と思わせることができればそれで十分なんです」

「なるほど……難攻不落と思えば無視できず本気になりかねんか。そして両勢力が我々を後回しにしている間、我々は迷宮資源を今まで通り変わらず中立の立場で供給し続ける、と」


目的は現状維持か、とゴドウィンはウルたちの提案の意図を理解して納得したように頷いた。


ウルはゴドウィンの判断を後押しするようにさりげなく付け加える。


「それに……我々の提案する兵器が周りに模倣されるとすれば、それはそれで喜ばしいことかもしれませんね」

「ほう? それは何故かね?」

「この兵器のエネルギー源は大量の魔石です。サイズダウンしようと、その運用のためには我々エンデの魔石が必要不可欠でしょうから」

「…………なるほど」


エンデの自治領主であり大陸随一の魔石商人でもあるゴドウィンの瞳に隠しきれぬ欲望の光が宿った。

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