第16話
「ったく、クソ忙しいつってんのに……一体何の用だ?」
「ホント。よりにもよってこんな場所で、こんな男と……」
「アハハ……マジで何、この面子」
ウルの呼びかけによって犬ジイの事務所に集まった犬ジイ、カノーネ、レーツェルが三者三様の不満と戸惑いをウルに向ける。
特にカノーネは親友を奪った(誤解)いけ好かない男と同席させられ、くだらない用事だったら再びカエルに変えてやると言わんばかりの剣呑な目つきだ。
ウルはそんな三人の不満を無視して話を切り出す。
気にしていないというより、ここ二日ほどある図面とプランを仕上げるために完徹していて気にする余裕が残っていなかったのだ。
「お忙しいところすいません。今日はちょっと今後の方針について意見を窺いたくて集まっていただきました」
その言葉に犬ジイとレーツェルは何故この面子が集められたかを理解して眉を顰め、カノーネは意味が分からず聞き返した。
「今後の方針? それで何でこの面子なのよ。言っとくけどあたしは、この男と歩調を合わせて何かしてくれって言われても拒否するわよ」
「それはまぁ……話を聞いた上で判断してください。最終的には他の人たちにも意見を聞かなきゃいけないとは考えてるんですが……そもそも俺の考えがプランとして成立してるかどうかも自信がなくてですね。まずはコアな部分について意見を聞きたいな、と──」
「──おい」
ウルの言葉を剣呑な目つきの犬ジイが遮る。これからウルが何を話題にしようとしているかを理解し、迂闊な発言をすれば命は無いと思えと警告していた。犬ジイほど過激ではないが、レーツェルも似たような視線でウルを睨んでいる。
「……分かってます。最終的にその部分について話していいかどうかはそちらで判断してください」
ウルは両手を上げて弁解を続ける。
「カノーネさんより先にそっちに話を通すべきだって言いたいんでしょ? 分かってます。だけど、その判断をする大前提がそもそも怪しくてですね、結局三人まとめて話をした方が間違いはないのかな、と」
「…………」
「……爺ちゃん」
「……ちっ。まあいいだろ」
孫娘にまずは話を聞いてみようと促され、犬ジイはいかにも渋々といった態度で吐き捨てる。
一方、そんな二人の様子にカノーネは興味を惹かれたようで口元に薄い笑みを浮かべていた。
「へぇ……なんだか分からないけど面白そうじゃない。それで? 今の話の流れからすると、まず私に意見を聞きたいことがあるのよね? 言ってみなさいな」
「…………」
カノーネに促され、ウルは今更一瞬だけ躊躇するようなそぶりを見せた後、自作ポエムノートを知人に見せるぐらいの勢いで机上に数枚の図面を広げた。
「これは──?」
「クソみたいな内容なのは分かってます不備だらけなのは言うまでもありませんこのままじゃダメなことも分かってます未完成なんです完品じゃありませんでも俺一人じゃ仕上げれそうになくて一先ずこういうコンセプトの代物が実現可能かどうかだけでも判断していただきたいと──」
「──うるさい」
自分でも不完全と分かっている課題を提出して予防線をひいて逃げようとする学生のようなウルの弁解を一言で切って捨て、カノーネは溜め息を吐き図面を手に取り視線を落とした。
興味を惹かれた様子で犬ジイとレーツェルも横から図面を覗き込むが、専門的な内容のため二人の知識では何を描いているのか読み取れない。数字や付随する単位からするとかなり大規模な代物のようだが──
「────」
図面に視線を落としてきっかり三秒後、カノーネの表情がピシリと音を立てて固まった。
その様子にウルはいたたまれなくなってそっと視線を明後日の方向にやる。
「…………」
さらに一〇秒後、硬直から復帰したカノーネはすさまじい勢いで図面を隅々まで視線を走らせ、次々と図面をめくっていく。
二枚、三枚、四枚……計八枚の図面を僅か三分ほどで精査し終えた彼女は、完璧な無表情になってジッと一点を見つめた。
『…………』
他の者たちは何かあるのかとカノーネの視線の先にある壁に視線をやるが、そこにはあるのはただの漆喰の壁。
「…………」
壊れた人形のように動かなくなったカノーネに、の三人は顔を見合わせ誰か話しかけろとつつき合うが、結局その奇妙な迫力に気圧されて話しかけられないまま更に一分ほどが経過した。
そして──
「ばっ──────」
呆れた様子で。溜めに溜めて。
「──っかじゃないの!?」
カノーネはウルに心の底からの罵倒を吐き出した。
そして一度口を開くと堰を切ったように罵声が溢れ出る。
「こんな馬鹿丸出しの頭の悪いシロモノ人様に見せて何考えてるわけ? 馬鹿馬鹿しすぎて目が汚れるんですけど!? ここまでアホだとひょっとして自分の認識が間違ってるのかなって真剣に自分の頭が狂ってんじゃないかって疑ったわよええ結論は馬鹿! あんたが馬鹿!!」
「どうどう、師匠! よく分かんないけどウルが少し涙目になってますからそれぐらいで! 意外とコイツ撃たれ弱いんです!」
久しぶりにストレートな罵声を浴びせられ、覚悟していたにもかかわらずウルの目尻が少しだけ湿気る。レーツェルがフォローしてくれなかったら普通にこぼしていたかもしれない。
しかし直ぐには口を開けそうにないウルを見かねて犬ジイが代わりにカノーネに尋ねた。
「……それで? 坊主はその図面が実現可能か聞いてたわけだが、どうなんだ?」
「はぁ!? こんなお粗末でふざけた代物──」
「粗末でふざけた不完全な代物だってのは本人も最初に断り入れてただろ。その上でお前さんに見せたのは、お前さんの知識と能力があればそれを完成させることが出来るんじゃねぇかと期待してのこっちゃねーのか?」
「ぐっ……」
「どうなんだ? お前さんでも実現は不可能なのか?」
「…………」
犬ジイの問いかけにカノーネは嫌そうな表情で黙り込む。
そして心底その言葉を口にしたくなさそうに懊悩した後、絞り出すような声で答えた。
「……………………無理」
その言葉にウルは落ち込み、犬ジイは詰まらなそうに「じゃあ話はこれで終わりだ」と手を叩いてこの場を打ち切ろうとする。
「──で、でも無理っていうのは別に私の技術や知識が足りないからじゃないから!!」
「わーってるよ。そもそも坊主のコンセプトが根本から駄目だったんだろ?」
「ぐぅ……っ!?」
犬ジイの追い打ちに胸を押さえてうずくまるウルと、それを「よ~しよしよし」と慰めるレーツェル。
「そうだけど!!」
「やめて師匠。コイツのライフはもうゼロよ?」
「──それもあるけど!! 問題はそこじゃなくて──理屈の上では実現は可能なの! でもその為には膨大な素材や製作費が必要なのよ! それが現実的に調達不可能だから無理だって言ってるの!!!」
カノーネの言葉に三人はキョトンと顔を見合わせ、代表して犬ジイが確認するように訊ねた。
「あ~……要は、金がかかり過ぎるから現実的じゃないってことか?」
「……そうよ。でも『予算を無視すれば実現可能です』なんて、いい歳して彼女もいないのに『いつか自分は結婚できる』って思い込んでるオッサンみたいなもんでしょ? つまり無理なのよ」
その例えはどうかと思ったが、ツッコミを脇に置いてウルが口を挟んだ。
「予算──その予算の問題をクリアできるとしたら、実現は可能なんですね……!?」
「え、ええ……クリアできれば、だけど。……ざっと見積もって小国の予算に匹敵する素材と資金が必要なのよ?」
疑わし気に『分かってる?』と念押しするカノーネに頷きながら、ウルは更に続けた。
「期間はどうです!? 製作期間──完全じゃなくても、一先ずデモ運転が出来る状態にするまで!」
「期間…………まぁ資材さえあれば、大まかな骨組みは私が呪文で組み立てれるし……細かい調整を後回しにして…………一週間?」
「ホントに!?」
喜色を露わにするウルに、カノーネは慌てた様子で補足する。
「資材と職人が全部揃った状態から一週間だからね!? そもそもこんな量の資材を集めようと思ったら、迷宮都市中からかき集めないと──」
「うしうし! うっし……!!」
「ちょっと! 聞いてるの!?」
他の三人を置き去りにガッツポーズをとるウルに、レーツェルが呆れた声音でツッコミを入れる。
「……一人盛り上がってるところ悪いけど、その図面のものが実現可能だとして、結局これって何の話なわけ?」
「お……」
「そもそも何の図面なのか、何が目的かも私ら全然説明受けてないし。ってゆーか、師匠も言ってたけど予算無視してどうすんのよ?」
「…………コホン」
ウルはまだ自分が最初のハードルをクリアしたに過ぎないことを思いだし、咳払いをして居住まいを正す。
そして真面目な表情で本題を切り出した。
「……まずこれはきわめて強力な兵器の図面です。そして俺は、その予算を引き出すために今のこの状況が利用できないかと考えています」
『…………』
兵器、予算、今の状況──この言葉を受けて三人の表情に理解の色が浮かぶ。
最初に口を開いたのは犬ジイ。
「そりゃ、その兵器のスペック次第だが予算を引っ張ってくること自体は不可能じゃねぇ……が、本気で言ってるのか? お前さん、大量殺戮兵器を世に送り出そうって言ってるんだぜ?」
「もちろん。そのリスクは理解してますし……兵器といっても使い方次第でしょう」
犬ジイは『本当に分かっているのか?』と疑わし気に顔を歪め、カノーネに質問した。
「……お前さんの見立ては?」
「そりゃ、実現すれば威力は十分だけど……いやでも費用対効果が悪すぎ……それにこれを自国の人間に向ける……」
カノーネは暫くブツブツ呟いて考えていたが、やがてお手上げといった様子でかぶりを横に振った。
「……分かんないわね。全く売り込める見込みがないとは言わないけど反応が予想できない。まともな為政者なら無視するか、こんな馬鹿なもの考えた連中を皆殺しにして闇に葬るか……」
カノーネの反応に犬ジイは平然と頷いて言った。
「つまり口先三寸で予算引っ張るとこまではどうにかなるかも、と」
その上で彼は冷たい目つきでウルを見据え、問いただす。
「──それで? クソみたいな破壊兵器をどこぞに売り込んで。お前さんいったい何をしようってんだ?」
「全部です」
ウルは犬ジイの目を真っ直ぐに見つめ返し、答えた。
「この状況を利用して、今俺らが抱えてる問題全てを解決出来やしないかと、考えています」
「全部──」
そこで犬ジイはこのメンバーが集められた意味を思い出し、ハッと何かに気づいた表情になる。
そして念押しするように無言でウルの目を覗き込み、ウルもそれに応えて頷いた。
「……いいだろう。全部話せ」
十数分後。
一通りウルの説明を聞いた三人の反応は──驚愕、呆れ、困惑。
『ええ……?』
どうだろうかと意見をうかがうウルから目を逸らし、頭を抱えていた。
ウルの口にした計画は理屈の上では上手くいくような気もするし、何かとんでもない落とし穴がある気もすれば、そもそもそんなことしていいのかという根源的な疑問もある。
ただ彼の言う通り上手くいけば全てが解決する内容ではあったため、明確な根拠もなく否定することも憚られる。
つまり──どう判断してよいか分からない。
『うう~ん……』
あくまで提案・相談という形で持ち込まれた内容ではあったため、その場にいた者たちはなんて厄介事をと恨み言を漏らすことさえできず、答えの出ない問題にひたすら唸り続けた。
注)この兵器は竜種には通用しません。念のため。




